787 ドノバンとカルパス
(ドノバン)
合わせた両手を左頬につけ、首を傾げるおねだりのポーズをして見せる俺に、伝電鳥からはハッ!と鼻で笑う声がし、続けて声が聞こえた。
《何が責任だ。お前の場合は自業自得だろう。恥を知れ。この愚か者め。》
◇◇
『恥を知れ。この愚か者め』
そう初めて俺がカルパスに言われたのは、ちょうど高学院に上がって直ぐの頃だ。
その頃の俺は、一言で言えば世間を知らないただのバカ。
まぁ、要するに今この国に溢れかえっている貴族達と同じだ。
『国の未来?何それ〜?今、自分が気楽に楽しく過ごせるならそれでいいじゃ〜ん!』────みたいな感じ?
そんなパッパラパ〜な思考回路になった最大の理由は、俺の生まれが<侯爵家>という高い身分だったからだった。
身分制度をゴリ押ししているこの国では、俺に意見を言える様な奴はほぼいなかったし、更に『魔法剣士』なんていう戦闘系の上級資質までもっていた事で、それこそ蝶よ〜花よ〜と扱われてきたというわけ。
欲しいと思えば、お金は有り余るほどあったから何だって直ぐに手に入ったし、俺が何か一言でも発すれば全員が思い通りに動いてくれる。
更に卒業後は、すでに第1騎士団の幹部としての椅子が用意されていて、将来は国の重鎮として国を好きに動かしていく────そんな、まさに誰もが羨むパーフェクトな人生が目の前にあった。
人生ってなんてイージー!
学院生活だって適度に勉強して〜適度に悪くない成績をとって〜適度に悪友とどんちゃん騒いでは、適度に女を抱いて楽しむ。
ほら、まさに世で言う『幸せ』を象徴したような人生だろう?
だから俺は自分を『世界で一番幸せなラッキーボーイ』だと思っていた。
カルパスと出会うまでは────。
ある日、学院内で勝手に俺の仲間を名乗る、いわゆる『取り巻き』達が、平民の生徒を取り囲んでイチャモンをつけ始めた。
理由なんてとってつけたような、ど〜でもいい話で、要は暇だからそいつで遊んでいるだけ。
よくある話、なんてことない日常。
俺には一切関係ないので、いつも通りあくびをしながら、その様子を暇つぶしにぼんやり眺めていた。
騒ぎを聞きつけ駆けつけた教員も周りで見ている生徒達も、俺がその場にいる以上、誰一人口出しができないため遠巻きにただ見ているしかない。
『あ〜……ダルッ〜……。』
見ている事しかできない奴らの視線はさして気にせず、俺はもう一度あくびしてからパカッと目を開くと、人混みの中から突如一人の生徒が前に進み出てきたのが見えた。
淡い栗色の髪にキリッとした目元、女……には全然見えないが、随分ときめ細やかな肌にキレイな顔立ちをしている爽やかイケメン野郎。
そんなムカつく容姿に加え、漂ってくるのはまるで聖職者の様な……まさに高潔!と言わんばかりの清らかオーラ。
俺の大嫌いなタイプ!
思わず、「げぇぇ〜……。」と息を吐き出し、視線を不自然に逸らす。
だいたいこういうヤツって変な正義感かざして『喧嘩は辞めましょう』『争いは何も生み出さない』────とかいうんだよな〜……。
いやいや、どこを見ても人間なんて喧嘩だらけじゃ〜ん……とか?
争いの結果が今なんだから、何か生まれてんじゃ〜ん……とかとか?
ツッコミどころが多すぎて面倒くさ!
この一言に尽きる。
俺は隠すことなく顔を嫌そうに顰めていると、平民の生徒にイチャモンをつけていた取り巻き連中は、お遊びに水を差されてカチンッときたらしく、そのイケメン君に近づき睨みつけた。
「はぁ〜?何か文句でもあるんですかぁ〜?優・等・生・くん?」
『新しいおもちゃ見〜つけた!』
それを隠すことなく、取り巻きの男はニヤつく顔をそのイケメン君に近づけようとした、次の瞬間────……。
────バキッ!!!
大きな打撃音と共に、取り巻きの男は、鳥の様に大空を飛んだ。
「…………?」
ポポ〜ンと空高く飛んだそいつの体を、俺はぼんやりと見上げる。
『……あれ?あいつ空飛んでない?』
そんな呆けた事を考えていると、仲間達はそのイケメン君が蹴り上げた事によってそいつが空を飛んだ事に気づき戦闘体制になった。
「貴様っ!!仲間に何をっ!!」
「クソっ!!この野郎っ!!」
残りの取り巻きたちは激怒しながら、そのイケメン君に殴りかかっていったが────イケメン君は余裕そうにひらりと攻撃を回避しては、急所に的確に拳を打ち込み、一人また一人と、ソイツらは空を羽ばたく鳥になっていく。
「……あ、あれれ??」
そしてその場は呆けている俺を残して全員が地に伏せている状況になると、そのイケメン君はクルッと俺の方を向いた。
────ビクッ……!!
目の前で起きた事と、そいつのめちゃくちゃ怒っている様子に、正直ビビって肩は大きく震えてしまう。
今まで人から、こんな怒気をぶつけられた事はない。
だから、何を言えばいいか分からず、反射的に両手を挙げて降参のポーズをとりながら、必死に考えた。
と、とりあえず何か言わないと……!
「あ〜……こんにちは?」
焦った俺は、上げていた手を後頭部に持ってきてポリポリと頭を掻きながら、何故か疑問系であいさつをしてみた────のに、それを言い終わるか否かに、奴は俺の金のお玉を容赦なく蹴り上げたのだ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ────っ!!!!!」
叫びながらその場に崩れ落ち、そのまま激痛に耐える俺にそいつは一言。
「恥を知れ!この愚か者め!!」




