784 覆われた
(ザップル)
「『浄化』は『人の心を理解し、複雑に絡み合った感情を紐解くことで媒体となっている心を救う』事で呪いを鎮めるスキルです。
つまり呪いを発生させた本人の心を理解し、共感する必要があるのですが……モンスターは人と同じ思考回路を持っていない。
それどころか、知性さえない者達がほとんどですよね?
果たしてその化け物に、『人』と同じく感情を理解できる様な心があるのかどうか……。」
「うむ……。それに、仮にその『浄化』が多少は効くとしても、そもそもそんな大規模なモンスター行進が起きていたら近づくのは至難の技……ましてや、浄化をしている術者をひたすら守り抜くのは不可能じゃろうて。
辺りは瘴気だらけじゃろうし、ある一定の濃度を超えれば『人』の体は即座に溶かされてしまうからのぉ。」
「そ……そんな……。でも、やってみなければ分からないのでは────……。」
必死に食い下がる俺に、エルビスは容赦なくトドメめをさす。
「実際にルセイル王国で孵化した化け物に浄化を試みたらしいけど、エイミの予想通りやっぱり全然効かなかったそうだよ。
数え切れない程大量の兵士達の犠牲で道を作り、その化け物に近づくことはできた。
でも浄化を受けても、その化け物はピンピンしていたんだって。
そこから考えるにそいつには自我はなく、『呪い』そのもので構成されている存在……いや思念?みたいなものと考えた方が良いかもね。
救う心がなければ浄化は効かずに、呪いはずっとそこにあり続ける────まさにお手上げって事。」
まるで葬式の様な重苦しい空気が辺りを漂った。
『浄化』の効かない呪いの化け物────確かにそんなヤツ、どうあったって倒す事などできる訳がない。
絶望が心を覆っていくのを感じたが、そこで突然ハッ!とある事を思いつき、し直ぐにエルビスに向かって言った。
「そんな無敵の化け物、過去のドロティア帝国はどうやって倒したのですか?
領土を半分失ったとはいえ、今現在もドロティア帝国として国は存在している……なら、その化け物は、過去一度倒されているという事ですよね?」
その方法さえ分かれば、またその方法を使って倒せばいい。
そんな期待と希望を持って尋ねた質問だったが────……その場は更に重苦しい空気になってしまい、俺は酷く狼狽え全員の顔を順々に見回した。
「ど、どうされたのですか?もしやそんな方法はないと……?」
「……いや?方法はあるにはあるんだ。でも────……。」
「大勢の国民の命か、ソフィアの命のどちらかが犠牲になる。」
言いよどむエルビスとは対称的に、ニコラ王はキッパリとそう答える。
その内容にギョッ!としたが、ニコラ王はそのまま淡々と話を続けた。
「打つ手がなく追い詰められたルセイル王国だったが、ある禁術といえる魔法を完成させた。
それが【聖令浄化】
これは呪いと正反対の『力』を純粋にぶつけて、呪いという力そのものを相殺し消滅させる魔法で、<聖浄結石>を使い聖属性魔力を集めてやっと使用できる極大魔法だ。
ルセイル王国はこれを使い、見事その化け物を消滅させることに成功したのだ。」
< 聖浄結石 >
聖属性魔力を吸い取ることができる結晶
ただし実際に使用するには特殊な加工によって魔力を受け入れる形に削らなければならない。
聞いたことのない魔法、そしてソフィア様の命、大勢の人の命……その言葉達が物凄い早さで繋がっていくと、その先にある答えを信じたくない俺は、それを振り払う様に王に確認をとる。
「ま、待って下さい!先程の話と合わせると、それを使うにはソフィア様の命か大勢の人の命が必要であると……そういう事なのですか?」
「その通りだ。呪いの化け物を消し去るとなると、相当数の聖属性魔力が必要となるだろう。
ソフィアは、歴代上類を見ないほどの強大な聖属性魔力の持ち主────恐らくは一人犠牲になれば足りるのではと思われるが、それでも足りなければ更にその分の犠牲者を。
そして、ソフィアを使わぬならばグリモアは勿論の事、かなりの広範囲の街の人間は全員犠牲になるはずだ。」
あくまで平静に語るニコラ王を絶句したまま見つめていると、そんな俺を見てエルビスが詳しい説明を補足する。
「聖属性魔力の適正を持つものは、元々僅かしかいないからね。
だから<聖浄結石 >を使うには、粘土みたいに形を変えられる性質を持った人の『生命力』を聖属性魔力に変換して使うしかないんだ。
ただ、それから取れる分はとても少ないから、沢山の人の命がいる。
教会から聖属性魔力を持つ者達を総出で出したとしても全然足りないから、どうしてもソフィア様を犠牲にしないなら多くの国民の命が必要……という事さ。
必ずどちらかは犠牲にしないといけない。……やりきれないよね、本当に。」
最後は吐き捨てる様にエルビスは言った。
『ソフィア様かその他大勢の命か』
その重い重い選択肢、そしてどうする事もできない事実によって、今度こそ心は絶望に覆われていった。




