779 恐怖を感じるモノ
(グリモア冒険者ギルド長:ヘンドリク)
緊急伝煙が上がる数時間前────。
ドシ────ン。
ドシ────ン────……。
大きな地響きと共に、Aランクモンスター<岩盤エレファント>が歩いていく。
< 岩盤エレファント >
体長20m超えの巨大象型Aモンスター。
硬い体表は物理耐性( 大 )と魔法反射の性質を持つため攻撃が通りにくい上に体力値が並外れているため倒すのが非常に困難。
また攻撃も非常に高い攻撃力を持ち、並の兵士ではその鼻息だけで即死する程。
気配を殺し木の陰でそいつを見送ったワシは、さらに森の奥へ奥へと歩を進める。
そしてその道中、周りに目立った魔力反応がない事を確認できた所で地図を取り出し下に広げると、その一部分にバッテンを書き足した。
「ふむ、ここら一帯もハズレか……。
しかしここまでくれば、最奥エリアまでもう少し……これで目的はハッキリするはずじゃ。」
ワシは地図を見下ろしながら、ポリポリと頭を掻いた。
吸魔石によりモンスターが爆発的に増加。
森全体が魔素で溢れてしまった影響で、中を進むのは不可能だと思われたが……なんと突然グリモアに現れた救世主様のお陰で人数的にも余裕ができ、やっとここまで辿り着く事ができた。
「ありがたや〜ありがたや〜。」
すっかり日課になっているお祈りを捧げた後、地図を懐にしまい、また先を急ぐ。
未だに敵側の狙いは不明。
モンスター行進を起こさせるのが目的としてはお粗末過ぎる作戦に、必ずや別の目的があるとは確信しているが……そうまでしてグリモアを狙う理由が分からない。
「一体何を考えておるのか……。しかし────……。」
今までの状況から考えると、ぼんやりと見えてくる事があった。
────トッ!トッ!
軽快なステップで、地図にバツが書いていないエリアへと向かいながら、その事について思考を巡らせる。
モンスター増加により直接的な打撃を受けるのは、街を守る守備隊、冒険者ギルド、傭兵ギルドの三箇所。
更に戦いによってけが人や死亡者もでるため、教会も手一杯となり、戦闘機関の余裕がなくなれば街の人々の不安や恐怖から小さないざこざも増えてくる。
そんな中、あの王都から派遣されてきた質の悪い冒険者達を投入……そのせいで、いざこざは加速し、一気に治安も悪化してしまった。
これではまるで、わざと人々の不安や恐怖を煽るためこの事態を起こしたようではないか?
起こった結果から考えるとそれが目的であると思えなくもないが……でもその目的は??
「……全く、困ったものじゃ。」
またしてもループする思考に頭を悩ませていると、前から強い魔力反応を感じたため、直ぐに巨木の影に隠れてやり過ごす。
そして無事に巨大なモンスターが通り過ぎていったのを確認すると、ホッと息を吐いた。
以前のままの状況だったら、こんな森の最深部に近い場所に到達する事は、縄張り意識が非常に強いボス級のモンスターのせいで不可能だと思われていたが────現在、その類のモンスター達は、ほとんどいなくなっている。
「……行ったようじゃのぉ。」
巨大モンスターの気配が完全に消えた事を確認しつつ、周りにまた強い魔力の気配がないか慎重に探った。
そして、近くにはいない事を確認すると、ワシはニヤッと笑みを浮かべて先に進む。
報告によると、朝の早い時間に救世主様がコソコソと高ランクモンスターを倒してくれているらしく、それがまずは一つ目の理由。
更にそんな救世主様の出現と同時に、謎の黄色いモンスターとそれから直ぐに新たに確認された黒い何かによって、大量のダンジョンや高ランクモンスター達が、片っ端から駆逐されていった事がもう一つの要因となっている。
その正体は、今まで早すぎて分からなかったそうだが、ギルドに救世主様が来た時に判明する事となった。
「まさか密かに自身の契約モンスターに命じてまで、我らを救おうとしてらしたとは……やはりリーフ様は、神の御使い様。
我々を導こうとして下さっていおるのじゃな。」
ブツブツともう一度祈りを捧げた後、そのまま更に奥へ奥へと進んでいくと────急に自分の感覚が可笑しくなった様な……奇妙な感覚を覚えた。
更に続けて、突然魔素のねっとりとした空気がぱったりと消えたため、足を止め一気に警戒心を高める。
────この先に何かある。
それを全身で理解した。
「……ハッ。」
ワシは短く息を吐くと、そのまま大きく一歩を踏み出した────が、なんとその一線を越えた瞬間、ブワッ!!と大量の汗が吹き出し、鳥肌が全身に立ってしまう。
更に、体の体温は一気に下がり、耳に入る音は己の心臓の音のみ。
頭は鷲掴みにされたかの様な、酷い頭痛に襲われてしまった。
「…………っ!?な、何じゃ?この気味が悪い感覚は??」
全身がこれ以上近づくなと警告を鳴らしている様で、足を止めそうになったが、ここまで来て引き返すという選択肢はない。
そのまま、ゆっくりゆっくりと進んでいった。
そして辿り着いたのは広く開けた場所で、その違和感だらけの場所にゾクッ……としたものが背筋に走る。
あれだけウヨウヨとモンスター達がうろついていた森の中なのに、そこは不自然なほど静まり返っていて、他の生物の気配は一匹たりとも感じない。
更に音一つ風一つ吹かない事がそこが『普通』ではない事を、強く証明していた。
「一体このエリアで何が起こっておるのじゃ?」
疑問だらけのワシの前に、やがて大きな湖が姿を現したが……ワシはそれを見た瞬間息を飲んだ。
真っ黒な湖と、その周りを囲うドライフラワーの様に枯れている沢山の花々や草木達。
どう考えても異常な景色に戦慄を覚える。
「何じゃ、この黒い湖は……?
それに、風がなかったため気づかんかったが、この匂いは……腐っておるのか?
周りの草木が枯れているのはそのせいか。」
近づいて初めて気づいた匂いは、思わず顔をしかめる様な酷い腐敗臭で、恐らくその発生源はこの黒い湖。
そのせいで、湖の周囲の草木は全て腐ってしまっている様子であった。
慎重に慎重にその湖に近づくと、その湖の中央には小さな離れ小島の様なものが浮かんでいて、そこには1本の巨大な樹木が立っているのが見えてくる。
その樹木も勿論枯れてはいるが、何故か黒い湖に伸びている根っこ幹の部分だけは枯れておらず、寧ろ瑞々しい力強さすら感じた。
勿論それに違和感を感じはしたが、それ以上に違和感どころか恐怖を感じるモノをその木の根本部分で見つけ、ワシはすぐさま着た道を引き返す。
『一刻も早くこの情報をグリモアへ!!』
全速力で森の中を駆けながら、それだけが頭の中を巡っていた。
なんてものをっ……!!
なんてものを持ち込んだんじゃっ!!エドワード!!!
叫び出したい言葉をグッ!と飲み込み、ワシは最短の道でグリモアまでひたすら走っていった。




