763 希望と絶望の救世主
(フラン)
事前にモンスター行進は止める事ができた。
しかし、それだけが目的とは到底思えぬ……。
焦りからジワっ……と嫌な汗が流れ落ちたが、今は冒険者ギルド長の<ヘンドリク>殿を信じて待つしかない。
歯痒い思いをするばかりだ。
この平和はいつまで続くのか?
一体森の最深部には何があるのか?
────それは、もう間もなく判明するだろう。
私は最悪の結末を想像し、不安と恐怖から思わず手が震えた。
《もしも想定できぬ恐ろしい出来事が起こった場合、私は生徒たちと街の人々を守り切る事ができるのか?》
その想いは常に私の中にあり、こうしてフッとした瞬間に私の心を暗くしズルズルと真っ暗闇な場所へと引きづり込もうとしてくる。
多分これが『絶望』で、心を蝕み足を止めさせる最大の原因となりうるものであった。
『希望』が欲しい。
小さくてもいい。
前を歩こうと思える小さな『希望』が……。
また絶望がまたじわじわと迫ってきたのを感じ『何を弱きになっているのか』と、落ち着くため大きく深呼吸をした、その時────……。
────カッ!!!
塔から急に凄まじい光が放たれると、そのまま入口の扉の前に巨大な魔法陣が出現した。
まさか────っ!!??
私は信じられない表情でその魔法陣を見つめていたが、続けてそこから強い風が吹いてきて、私と他の教員達は顔を手で覆う。
そして風が収まってきたタイミングで直ぐ手を降ろし、その魔法陣の方へ視線を戻すと、そこにはボロボロの姿の生徒たちの姿があった。
「…………。」
ポカンッとして見つめる私や教員を余所に、生徒たちはニヤ〜〜〜と笑い、一斉に────。
「「「「 い〜っよっしゃぁぁぁ────!!!!! 」」」」
飛び上がって大きな歓声を上げた。
それらが意味する事は1つ。
『塔の制覇』の達成。
「────なんと……!」
真っ白になっていた頭は徐々にクリアーになっていき、ジワジワと喜びが体中に染み渡っていく。
目の前には私の最大の試練とも言える『塔の制覇』を達成し、身分に関係なく健闘を称え合う生徒たちの姿。
それは私がこの学院に赴任した時から思い描いていた『夢』そのものであった。
急に叶ってしまった夢に一瞬呆けてしまったが、直ぐにグワッ!と大きく飛び出した喜びにより、手の震えは完全に止まる。
ニヤけそうになる口元を必死に堪えていると、塔の上部が次第に餅の様に大きく膨れ始め、それに気づいた生徒達や教員達が「何だ!?」「なんか塔の先端が膨らみ始めたぞ!?」とざわつき出した。
皆が慌てて逃げようと後ろに下がろうとした、その瞬間────。
ドカ────ンッ!!!!
大きな爆音と共に、塔の頂点から七色の光が飛び出し、それが空にバラバラに散っていくと空一面が虹色になった。
「「「「 おおおおお────!!! 」」」」
見たことのない光景に、生徒たちと教員達は大きな歓声を上げ飛び上がって喜んだが、更にその虹色の空から大量の色とりどりの花達が落ちてくると、皆の興奮は更に勢いを増す。
まさに夢の様な奇跡の光景に、授業中であったはずの2年生や3年生、果てはその教師たちまで集まりだし、ポカンと空を見上げた。
私は空から溢れる様に落ちてくる花たちをゆっくりと眺めた後、はしゃぐ一年生達の方に視線を移し、皆の顔をしっかりと見回した。
「『塔の制覇』おめでとう。
これは、私がこの学院に赴任して初めて作ったもっとも思い入れの強いものだった。
今、この瞬間までクリアーしたものはおらず、諸君らが栄えあるクリアー第一号だ。
これは偉業であると言ってもいいだろう。本当におめでとう。」
私の言葉を聞いた生徒達は胸を張り、誇らしげな様子を見せたが、直ぐに視線は一点へと集まっていった。
それをゆっくりと追っていくと、そこにはある一人の人物がいた。
パッとみたくらいでは記憶に残らない様な平凡な容姿、特にこれと言って特徴のない年相応の少年。
<リーフ・フォン・メルンブルク>
全員の目が語る。
『その偉業を成し遂げさせてくれたのはこの人のお陰だ』と。
真のリーダーとは爵位を使って脅すわけでも、実力で人を従わすわけでもない。
周りが自然と、前へ前へと押し出すものだ。
そんなリーダーと巡り会える事、それもまさに『奇跡』。
彼らはまさにそんな『奇跡』に出会えたというわけだ。
「────ククッ……。」
私が笑いを漏らすと、隣にいるセリナが怪訝そうな顔を見せたが、これは何とも皮肉が過ぎて笑いが止まらない。
完璧な身分至上主義と差別的な思想を持ち、美しさを持たぬ者に人権などないと豪語するメルンブルク家の息子が、今まさにその真逆ともいえるリーダーとして目の前に君臨しているのだから。
私がメルンブルク家の人間であったなら、ただただリーフ殿が恐ろしい。
完璧に切り捨て無価値だと思っていたモノが、自分たちの遥か上へ行ってしまう恐怖。
これ以上の恐怖はない。
「まさに最高の復讐だな!」
それを証拠に、あんなにも毎日くだらない理由で開いていた盛大なパーティーだのお茶会だのはなりを潜め、現在はほぼ沈黙を守っているメルンブルク家。
リーフ殿の兄君であるグリード殿と姉君であるシャルロッテ殿は揃って休学、そして母君のマリナ殿は一切人前に出てきていないという情報が入っている。
────まぁ、本人はリーダーである自覚も復讐するつもりもない様だがな……。
スッと胸がすく思いを感じながらリーフ殿を見つめると、視線の先ではこんなに自分が注目されているというのに気付いてなさそうなリーフ殿の姿があった。
ちなみに、何故かレオン殿に両手を握られ引き寄せられながら「うん、うん、いいよ〜いいよ〜。」とまるでからくり人形の様にひたすら頷いている。
「…………?」
一体何をしているのかと思っていたら、ソフィア様とアゼリア殿が、こちらに近づいてきた。
「あれは、頑張って我慢したご褒美をリーフ様にお願いしているそうです。」
「……気色悪い。」
笑顔のソフィア殿と、嫌悪感を隠さず舌打ちするアゼリア殿。
二人の言葉を聞いたレナがコテンッと頭を横に倒す。
「へぇ〜、ご褒美って何かしら?お金……は、イメージできないわ〜。」
好奇心が強いレナがワクワクしながらそう尋ねると、ソフィア様は笑顔のまま少々気味の悪い要求の数々を教えてくれたため、それが聞こえた教員達全員は笑顔のまま黙った。
恐ろしい禁忌であるとも言える黒髪に、呪われた半身を持つレオン殿。
最初こそ、その未知の強さと恐怖を与えてくるその謎の存在感に学院はもうお終いだと思われたが……レオン殿は非常に大人しく、他の者達を害する事はなかった。
ただし、それはリーフ殿が側にいる事が絶対条件だ。
レオン殿は、何がスイッチになるのかは分からないが、時々理解できない行動を突然始める。
最初の頃は、その全ての行動に戦々恐々としていたが、すべてリーフ殿が華麗に解決してくれるため、今では不必要に怯える者達はいなくなり、更に信じられない事にレオン殿を好意的な目で見る女生徒達まで現れ始めたのだから非常に驚いた。
「ふ〜む……?」
今まで起きてきた数々の『奇跡』を思い出しながら、私はフッと思う。
リーフ殿はある者達には『希望』を、そしてある者達には『絶望』を与える救世主様だ。
そして────私や他の教員達は、きっとそれぞれに合う『希望』を貰った。
「……ありがとう。」
そんな救世主様から貰った『希望』を胸に抱き、もう一度『奇跡』の空を見上げる。
そして今まで見ることのできなかったこの美しい光景の先にあるであろう『希望』の未来に、目を輝かせながら想いを馳せた。
今はまだ────…………。




