762 今はまだ
(フラン)
「そうそう!そういや、さっきの事なんだけどよ!
塔の制覇でジェニファーとクラークだけ塔を登ろうとしなかったんだぜ。
でもリーフの奴が、あっという間に2人を回収して行っちまったんだ。
その時のジェニファーの顔っ!あんなびっくりした顔初めて見たぜ〜!」
大声で笑うルーンにクルトもその時の事を思い出したのか、同じくヒーヒーと笑い出す。
本格的に頭が痛くなってきたので、こめかみをマッサージするように揉み込んでいると、セリナが呆れ果てた表情を笑い転げる2人に向けた。
「全く……あなた達ときたら。
少しは生徒たちを導く教師として相応しい行動を取りなさい!
特にルーン先生は毎日毎日その破廉恥な服装、どうにかなりませんか?
男子生徒達の風紀が乱れます。」
セリナがくどくどと文句を言い出すと、ルーンは『うへぇっ!』と苦虫を食べた時の様に顔を嫌そうに歪めた。
「おいおい、硬いこと言うなよセリナ先生ぇ。
だいたいセリナ先生こそ傭兵時代は上半身ほぼビキニだったじゃねーか。
それによ、あたいがどんな格好してようがどーせ男子生徒達のムラムラ具合なんて変わらね〜って!
アイツらリンゴの断面見て興奮する様な奴らなんだからさー。
気にすんな気にすんな。」
ヒラヒラ〜と片手を振りながらあまりに下品極まりない事をいうルーンに対し、セリナは不快な顔を隠すこと無くチッ!と舌打ちすると「露出狂の変態魔法使いが……。」と呟いた。
そしてそれが聞こえたルーンは心外!とばかりに噛み付く。
「なっ!!?あたいは露出狂の変態じゃねぇ───!
ただちょっと人の視線が自分の身体に向くと、気持ちよくなっちゃうだけなんだぜ!」
「ハッハッハッ!ルーン、それはまごうことなき露出狂の変態だ!
俺もその格好はどうかと思っているぞ!」
クルトは怒るルーンを指差し腹を抱えて笑っていたが、そのやり取りをみていたレナがニッコリ笑いながら突然片手をス〜と挙げた。
「はいは〜い♡
私この間、階段の踊り場の大きな鏡の前で上半身裸のクルト先生がポージングしまくっているのを見ました〜。
あんまりにも面白かったので<映写球>で、た〜くさん映像取りましたよー。」
そう言ってレナは映写球を胸ポケットから取りだすと、宙にパッパッと様々なポージングをとるクルトの映像が浮かび上がる。
それを見た瞬間、セリナもルーンも吹き出し、他の教員達も同じく吹き出しては大笑いを始めてしまった。
「おっおまっ!!クルト!放課後生徒たちがいなくなった所で何やってんだよ!?あたい以上の変態じゃねーかっ!!」
「クッ……クルト先生っ……!
せっ、生徒のお手本になるべき姿をっ……見せっ……!」
息も絶え絶えに笑うセリナとルーンを、クルトは無表情に見下ろし「は?何かおかしいところでも?」と冷静に返答したものだから、セリナとルーンは崩れ落ちて笑いだしてしまった。
「…………。」
私はそんな巫山戯て笑うセリナ達や、少し離れた所で地面に転がって笑う他の教員達を見渡してため息をつく。
『まぁ、こうして笑っていられるのは平和な証拠か……。』
そう思いながら───フッと森の方へと視線を向ける。
森は静かにそこにあり、今日も街は平和そのものだ。
ただし───言葉の最後に『今はまだ』が付く。
モンスターの大量増加から始まったグリモアを襲う数々の事件……。
街の食料、物資の流通の滞り、王都からの応援と称した盗賊まがいの大量の冒険者達の派遣、そしてそれに伴った多くのトラブルと治安悪化。
そのため守備隊も上手く機能しない上、対応に追われ続ける冒険者や傭兵ギルド、治療に追われる教会───と、まるで誰かが意図的に仕組んだとしか思えない様な混乱に全ての対応が遅れ、常に後手にならざるを得ない状況が続いていた。
敵の狙いは分からず。
そして、少しづつ少しづつ悪くなっていく状況は、人を酷く疲弊させるものであった。
そんな絶望の中、ギリギリのタイミングで『希望』を見せたのが、やはりリーフ殿だ。
リーフ殿はなんと入学してから直ぐ冒険者になり、、早々に盗賊まがいの冒険者達のトップを崩してしまうと、更に数々の難解な依頼を解決してしまったらしい。
その知らせを受けた時には、流石に腰が抜けるかと思ったが、まだまだ嘘の様な出来事が起こり続ける。
街の流通が復活した事、更にはリーフ殿が朝に高ランクモンスターを修行代わりに倒してくれるお陰で、冒険者達や傭兵達の負担が劇的に軽減された。
すると守備隊は、本来の仕事である街の防御に徹する事ができるため、街の治安は劇的に回復。
更に不思議な事に、正体不明の黄色い何かと黒いボールの様な外見の者達が、森中にある難関不落のダンジョンを潰しまわっているとの事で戦闘員達の怪我自体が減ると、教会も力を取り戻した。
その結果、それを導いたリーフ殿の事を、誰が言い始めたか『救世主様』と言い出し、それが今やすっかり定着してしまったらしい。
街の人々は不安と絶望に耐えながら、『救世主』という希望を見出し、見事に立ち上がったのだ。
『シュペリンの踊り猫』の様に────……。
《人々に『希望』を与えた猫はその後一体どこに行くのでしょう?》
先程のセリナの言葉が頭を過ぎったが、何を馬鹿な……と、その考えを振り払い、次に敵の次なる狙いはなんだ?と考えた。




