759 やり直し
(フラン)
「───ほぅ?今年は全員塔へ登ったようだな。」
副学院長である<セリナ>と生産術担当教師である<レナ>と共に、本日『塔の制覇』を行っている基礎運動場へと到着した私は、生徒たちの姿がその場に見えない事に気づきそう言った。
すると、メガネをキラッと輝かせたセリナが、何故か誇らしげに笑う。
「これは『塔の制覇』を作ってから初めての事ですね。
だいたい何割かの貴族達は面倒くさがって登らないか、最初に平民グループだけで突入させて最後の手柄だけかすめ取ろうとするかのどちらかですから。」
セリナの言葉を聞き、私とレナは大きく息を吐いた。
この『塔』は私の作品の一つであり、99階までのモンスターは数は多いが全てFランク〜Gランクという低ランクであるため、学院も半年を超えていればさほど苦労せずに進めるレベルだが……ここで最初の試練が待ち受ける。
100階のボスが待ち受ける部屋の扉を開けるには、全生徒が揃わなければ絶対に開かないようなセキュリティー魔法が掛けられていて、その時点で誰か一人でも欠けていればジ・エンド。
その最初の試練によって、今までこの『塔の制覇』に望んだ生徒たちは全て脱落した。
その理由はセリナが言った通り、単純に苦労をしながら塔を登るのが面倒で登らないか、もしくは平民や下位の貴族達に突入させてボスを倒した時点で登り楽にクリアーしようとする高位貴族が大多数だったためだ。
更には塔に入った下位貴族と平民、そして平民同士でも争いが起きる。
下位貴族はそれより身分が低い平民に、平民同士でも地位が高いとされる優秀な者達がそれより下の者達へ危険で辛い役目を押し付け一人、また一人と次々倒れていく。
ひどい時には日常的に組んでいるグループ同士、もしくはグループ内の私的な想いから足の引っ張り合い……果ては罵り合いまで発展し、生徒同士で戦いまで始めてしまうこともしばしばあった。
そしてそれを勝ち抜いた者達も、扉の前で足止めをくらい何とか開く方法を……と考え込んでいる内にゲーム・オーバー。
その瞬間、塔は崩れ落ち、塔の中にいた者達はおろか下で待機していた高位貴族達もその下敷きになって三日三晩寝込むほどのダメージを受ける羽目になる。
「全くフラン様もお人が悪い。
あんなに普段からギスギスしている生徒たちが全員仲良く塔に登るわけないじゃないですか〜。
まぁ、今年の一学年の様に仮に全員で登りきったとしても待ち受けるのはAランクモンスター……ちょっと鬼畜すぎませんか?
協力プレーができなければ、瞬殺されるレベルですよ?」
困った様に首を傾けながら言うレナに、フッと鼻で笑って返事を返した。
「元々クリアーできる想定で作っておらんからな。
要はこれは生徒たちに、現在自分を取り巻いている状況について改めて考えさせるのが目的だ。
圧倒的な敗北によりそれを知る。
残念ながら人は敗北からの方が、より多くを学べる性質を持っているからな。」
ふぅ……とため息をつきながら、私は自身の作り出した塔を見上げた。
この国は絶対的な身分至上主義が蔓延り、基本下の身分の者達は上の身分の者達に逆らう事はできない。
そんな中でのチームワーク、それが容易ではない事はわかっている。
しかし、どんなに無理でもモンスターや盗賊など脅威を与えてくる存在は、そんな事情を考慮してくれるわけもなく常に我々に襲い来るわけだ。
圧倒的な個々の力を保持するモンスター、『数』と『悪意』を武器に何でも使ってくる盗賊達……そんな者達を相手にするなら、チームワークが取れない者達は真っ先に殺されてしまう。
下の身分であればあるほど、前にはそういった『脅威』が、そして後ろには理不尽な命令を出す上の者達がいて自由に動くことはできず、上手く渡っていけなければ上の利益のために、ただ従いただ消費され命を失う羽目になる。
そして上は上で、どんなに下の者達を犠牲にしても、それだけでは最後は自分も死ぬ、それを身をもって知ってもらうのだ。
このやり直しがきくこの塔の中で。
今までこの塔に挑んできた生徒たちを思い出しながら何とも言えない表情をしていると、突然セリナがフフッと笑ったので訝しげな表情に変えてセリナへ視線を移した。
「?なんだ?急に笑いだして……。」
「いえ……随分今年の一年生たちには期待してらっしゃるなと思いまして。」
図星を指され、表情を僅かに崩せば、レナまでニヤニヤと笑い出す。
「毎年報告を聞くだけのフラン様が足を運ぶなんて初めてですもんね〜。
まぁ、気持ちは分かりますよ?私も今年の一年生にはものすご〜〜く期待しているので。
実力も然ることながら貴族と平民のトラブルや貴族同士、平民同士のトラブルもほぼないなんてまさに『奇跡』!
その原因は、どうもリーフ君のせいらしくて、皆口を揃えて言うんですよ。
『悪い事をすると、モンスターより怖いリーフ様にお尻を叩かれる』って。」
それを報告しながら、怯えてそう言っていた生徒たちを思い出したらしいレナがぷぷ───ッ!と吹き出すと、セリナが流れるような仕草で、口元を隠し肩を震わせている。




