750 どこにいるの?
(クラーク)
マービン様の騒動以降、気がつけば学院生活も五ヶ月以上が経っていて、もうすぐライトノア学院に入学して半年を迎える頃。
最初の頃に比べて、同級生達の様子は最初の頃とはガラリと変わったが、それは一学年だけではなく全学院生徒達もであった。
更にその変化は教員達にまで及んでいて、全員が全員、誰に言われるわけもなく勝手に何かしらの変化を起こしていく。
未だに変わらぬ俺を置いて……。
その最大の原因は、やはりリーフ様だ。
リーフ様は何を考えたのかは知らないが、復讐に来たマービン様を撃退した後から、明らかにオーバーワークでは?と思う程ボロボロの状態で、学院に通学してくるようになった。
それでも授業は手を抜かず、暇さえあれば鍛錬!座学!鍛錬!をしているリーフ様を見て、俺だけではなく全員が首を傾げた。
『もう十分強いのに……。』
『誰もがリーフ様を認めているというのに?』
『これ以上頑張る必要が、果たしてあるのか?』
そんな疑問に思う視線を一身に受けても、リーフ様は一切気にすることなく頑張り続ける。
ある日相変わらずボロボロの状態でフラフラと教室に入ってきた時、それを見かねたソフィア様がリーフ様に訪ねた。
「なぜそんなになるまで頑張るのですか?」と。
するとリーフ様は目を輝かせながら、力が入らず震える拳をグニャっと握って言った。
「ハッピーエンドを迎えるためには、どうしても必要なんだよ。」
『ハッピーエンド』
それは物語の最後に描かれる、誰にとっても最高の終わり方。
主人公は悪しき者達を苦難の末打ち砕き、いつまでもいつまでも笑顔で暮らしました────それが大抵の物語のハッピーエンドだ。
リーフ様が目指すそこに多分……いや、絶対に俺はいない。
でも────。
「ハッピーエンド……。」
隣にいたジェニファー様の、ボソッと呟く声が聞こえた。
リーフ様と同じ様に努力し強くなれば、近づく事はできる……?
フッと浮かんだその考えは、消える事なくぐるぐると回る。
例え変われなくとも、頑張り続ければいつかは辿り着けるだろうか?
その目指す先、ハッピーエンドへ。
その消えてくれない想いは原動力になり、俺も引きずられる様に死ぬほど努力をし始めた。
限界、限界、それをまた越えて、限界、限界────!
そしてそれぞれ想いは違えど、周りも次から次へと俺同様に動き出す。
リーフ様の目指す場所に自分達も行くのだと、今は見えなくなってしまった背中をひたすら追いかける様に。
そうして八ヶ月目を越えた頃、一年生全員が参加する特別合同授業が行われる事になった。
その内容は知らされず『基礎運動場』に集合とだけ知らされていた一年生達は、その全員がその場所に集まる。
俺とジェニファー様が到着した時には、もう既に沢山の生徒たちが勢揃いしており、各々どんな実地課題が出されても良いようにとしっかりした戦闘用装備を着用し、今か今かと始まるのを待っていた。
そんな中で変わらず真っ赤なドレスに、貴族のスタンダード服を着ていたのは、俺とジェニファー様だけ。
この半年強の授業によって、各々が戦いやすい装備を研究し、最初の内は俺たち同様貴族として相応しい格好をしていた者達も変わっていった。
俺とて魔法メインとはいえ、戦闘ともなれば走ったり魔法に頼らず回避する事はある。
そのためそれに相応しい格好をしたいとは思っているが、俺はジェニファー様の専属聖兵士だ。
主が変えないと言うなら、臣下である俺も変えない。
だから俺も、このままの格好をこれからも貫くつもりだ。
相変わらずのゴージャスな出で立ちで登場したジェニファー様に対し、周りの生徒たちはため息混じりにヒソヒソと囁く。
『またあの様な格好で参加か……好きだとしても、時と場合は考えるべきだろう。』
『そんなに見せびらかしたいのかしら?
やる気が感じられないし、あんまり一緒に戦いたくないわ……。』
傲慢、強欲、卑しい、金の亡者……。
そんなイメージが浮かぶような言葉達をどんなにぶつけられても、目の前にいるジェニファー様は顔を背けず、むしろ見ろとばかりに見せつける。
グレスター様から貰った『愛』を身につける事は、こんな周りからの声を、ジェニファー様に届かない様にする効果もあった。
それに包まれているジェニファー様には、誰の声も届かない。
『愛』が全てをかき消してしまうから。
例えその『愛』が本当は自分に向けられているモノではないと分かっていても、もうそれを手放すことができない。
その気持ちが痛いほど分かる俺も黙って目を伏せ、その周りからの声を直ぐにかき消した。
◇◇
「イ〜ッヤッホ〜イ!!」
授業の始業時間、そのギリギリの時間になって、やっとリーフ様の陽気な声が聞こえ、その到着を知る。
一斉に皆んなが向いた方向には、見るからに楽しそうな様子のリーフ様と、相変わらず無表情、無感情の、何を考えているのか分からない恐ろしい化け物であるレオンがいた。
場に程よい緊張感が走り、今から始まる合同授業をまたしても引きずられる様にワクワクドキドキしているのが分かる。
────今、リーフ様は『どこ』にいるのだろう?
フッとそんな事を考え、焦燥と不安が湧いた。
とっくに見えなくなってしまった背中は、ずっと見えないまま。
きっともう決して追いつけない場所まで簡単に行ってしまっているだろうと思う。
「…………。」
────モヤモヤッ!
嫌な感じの想いを必死で散らし、大人しく授業が始まるのを待っていると、やがて教員達がゾロゾロと姿を現した。




