749 見えた先に広がっていたモノ
(???)
辺境伯【ライロンド家】
辺境伯とは、伯爵家の中でも特に功績を立てた者が手にする事のできる、名誉ある地位である。
【ライロンド家】がその地位を手にする事になったのは、領土が隣国のドワーフの国<ガンドレイド王国>の国境付近にある事に関係する。
<ガンドレイド王国>の隣国は、<アルバード王国>と<ガリウス帝国>で、カリウス帝国は<ドロティア帝国>の同盟国であった。
そのため、ガリウス帝国とドロティア帝国が共謀し、ガンドレイド王国を攻めてきた場合、いち早く駆け付ける大役を任されているからこそ、辺境伯という地位が与えられたのだ。
約1500年前に、ガリウス帝国とドロティア帝国に攻め込まれ、あわや全滅の危機に陥ったガンドレイド王国は、現在強固な防衛線を引いているにも関わらず、未だにこの二カ国からの脅威に常に晒されている。
そのため、小さな小競り合いが絶えず起こっているわけだが、その時直ぐにその戦いを鎮圧するのが────。
【ライロンド家】当主<ダリオス>が率いる《飛竜隊》だ。
<飛竜>とは、希少で非常に強い竜種であるが、スピードと飛行能力に特化した種である事と単体では攻撃能力も低く、また人を見れば直ぐに去ってしまう事からモンスターランクもDランクに指定されている。
< 飛竜 >
スピードと飛行能力に特化した進化を遂げた竜種の一種であるDランクモンスター。
体皮の色はフォレストグリーンでスピードを出すためスッキリとしたスリムなスタイルに、爪や牙も他の竜種と比べて控えめだが翼は大きい。
大人しい性格でかつ草食である彼らは滅多な事では人を襲うことはない。
人の姿を見れば直ぐに逃げて行ってしまうため基本はその姿を捉えるのも難しい上に、生息域は山の急斜面や崖なので人との接触はほぼ皆無。
そんな飛竜達と始めて契約を交わしたのが【ライロンド家】の初代の男で、飛竜達は恩がある初代と交わした約束をずっと守り続け、その子孫達のため現在まで家の名を継いだ者と、良い共存関係を築いていた。
その出会いはまだドロティア帝国がガンドレイド王国に攻め入る前の事────。
飛竜は最強と言われている竜種であったが、スピードによる回避がメインの戦闘スタイルであったため、そこを突かれガリウス帝国の奴隷商や他の商会達の手によって、乱獲されていた時期があった。
それを真っ先に助けたのがこの【ライロンド家】の初代の男で、それに感謝した飛竜達は、その初代にこんな提案を持ちかける。
『単体で相手を屠る力のない我が種族は、このままでは”人”により滅ぼされてしまうだろう。
だから我らが力を使い、どうか種の存続に協力してくれないか?
そうしてくれるなら我が種族は【ライロンド家】に永遠の忠誠を誓おう。 ”
それを快く引き受けた初代と飛竜達は契約を結ぶのだが、それは【ライロンド家】に対して。
つまりこれは<家系契約>と呼ばれる特殊契約であるため【ライロンド家】の名を持たねば適応されない。
『では誰でもライロンド家の人間なら従うのか?』
そう問われればそうでもないらしく、正当なライロンド家の血筋を持っていても、そっぽを向かれてしまう事もあった。
『では、そっぽを向かれてしまった子孫達はどうしたか?』
それは竜に関する希少なスキルをもった資質の者達を伴侶とし、自分の代わりに飛竜達と共に辺境伯としての義務を果たしてきた。
そんな【ライロンド家】に生まれてきた一人娘、<ルィーン>。
彼女はその『そっぽを向かれた者』であり、そのため竜に関する資質を持った元第二騎士団副団長の<ダリオス>を【ライロンド家】に迎え入れることにした。
そうして【ライロンド家】の現当主となった<ダリオス>は、元々の生まれは自然と共に生きる事を選んだ貧しい男爵家の生まれであったが、両親の死後は第二騎士団に入団。
そこで持ち前の実力を開花させ、当時団長であったドノバンと共に副団長として数々の功績をあげた騎士であった。
そんなダリオスは非常に寡黙な男で、社交界などに夫婦で姿を現す際は9割……いや10割、話すのは奥方の<ルィーン>のみ。
彼女が独自の思想について語れば、それに同意する形で子息である長男<マクベル>と次男の<マービン>が大きく頷く────それが【ライロンド家】の普通だった。
<ルィーン>は、まさにエドワード派閥の過激派代表と言える程の非常に極端な思想を持っていて、身分に重きを置き、下の爵位の者達……特に女性に対しては、攻撃的で偏った考え方を持っていた。
『下の身分の者達は生きているだけで感謝せよ。』
『若い女性は獣と同じ。男に躾けられて初めてマシな存在になる。』
『女性たるもの、夫を立てて出世させてこそ真の淑女。』
────などなど……自身の考えを周りに語っては、息子たちにもよく言って聞かせていた。
そう語り光悦な笑みを浮かべるルィーンに対し、否定的な考えを持つ者も多くいたが……爵位が高い事、そしてエドワード派閥の筆頭である事から、誰一人その言葉を否定する事はできず曖昧な笑みを浮かべるしかない。
そして、隣に立つ当主のダリオスは、ただ口を閉じ無関心を貫き続けた。
その全てがルィーンの語る世界が正しいという証明になってしまい、どんどんどんどんとその世界はそれが絶対的に『正しい』ものになっていく。
その中で確固たる地位を持つ自分は『正しい』。
そう彼女に教えられた世界の中で、俺は同じく『正しい』ものであった。
だから自分の思った通りにならないモノは全て『間違い』で、誰も彼もが沢山のモノをどうぞと、この『正しい俺』に差し出す。
俺の手の中には、沢山の価値あるもので一杯だ!
俺は王様!
このままこの沢山の価値あるモノに囲まれて幸せに幸せに────……。
…………。
……あれ?
急に晴れた視界の中、目を覚ますと俺は丸裸。
さっきまで両手に収まらないほどの沢山のモノを抱えていたはずなのに、今は衣服さえ身につけていない。
急激に冷えていく思考は、今の自分を冷静に見せてくれた。
広い広い世界の中で何も持たずに丸裸。
そしてただぼんやりと立ち尽くしている────『魅力』の一つすら持たない自分の惨めな姿を。




