72 虐めラストスパート
(リーフ)
本日も大変美味しいアントンの朝食を平らげ心も身体も大満足な俺は、ぐて〜と椅子の背もたれに体を預け綺麗に空になったお皿を満足げに見下ろす。
レオンはそのガリガリの体の何処に入ったの?というくらいの気持ちのいい食べっぷりで、用意された料理全てを完食してしまった。
この調子でいけば栄養失調は直ぐに改善しそうだと、思わずニンマリと笑みを浮かべる。
子供の仕事は、食べる事と寝る事、そして遊ぶ事!
沢山食べて沢山寝て沢山虐めて走らせれば、レオンも直ぐに大きくなるはずだ。
順調なスタートを切っている事に満足し、レオンの方に視線を向けると────……見てる。
めちゃくちゃ見てくる。俺の事!
「…………。」
朝から虐めがハード過ぎたか……。
張り切って突っ走った感もあるので、浮ついた心をしっかり鎮めた。
とりあえず、俺はレオンを殴ったり蹴ったりと、そういった身体的な虐めはやっぱりどう考えても出来そうにないので、その分精神的な虐めを増やそうと思っている。
しかし、肉体的な虐めより精神的な虐めの方が一般的にはダメージが強いため、配分を間違えてしまえばやり過ぎてしまう恐れも……?
ゴクリッと唾を飲み込みながら、俺をひたすら見てくるレオンを注意深く観察した。
レオンは現在、感情を表に出すのが苦手である事は間違いない。
今も色々と思う所があるはずなのに、完璧なる無感情に無表情を貫いている。
これならもう一虐めいけそうに見えるが、その見極めが凄く分かりづらい!
今日はこの辺で……とも考えたが、現在レオンの着ている服もどきを見て、思わずムッと眉を寄せる。
レオンの着ている服は、農家の人が野菜や果物を出荷する時に使う大きな麻袋だ。
しかもところどころ破けてボロボロなのを見ると、恐らく農家の人が破棄したものを拾ったのだと思われる。
それに穴を開けて被り、腰辺りを紐で緩く縛っただけ、靴は布を巻いただけ。
それがレオンの今の服装で、ちょっとでこぼこした道を歩いたら大怪我をしてもおかしくない格好をしているのだ。
「……ジェーン、ちょっときて〜。」
これも早急な改善が必要だと心を鬼にして、パンパンッ!と2回手を叩き、専属侍女のジェーンを呼ぶ。
ジェーンは自分が呼ばれると思っていなかった様子でビクッと肩を振るわせ、出来るだけレオンから離れながら俺の約3メートルくらい離れた位置で止まった。
「お、お呼びでしょうか〜……?」
ビクビク、オドオドしながら頭を下げるジェーンに、俺は偉そうな物言いで命令をする。
「昨日渡したゴミを持ってきてくれるかな?あの洋服が一杯入ったやつ。」
そう伝えると彼女は、「あ────……。」と、思い出してくれたようで直ぐに取りに走っていった。
実は昨晩、レオンの服問題についても考えた俺。
どうしようどうしようと悩みながら、とりあえず自分のクローゼットを開けてみたのだが……なんとそこには、見たことないくらい沢山の洋服があって固まってしまった。
前世では常に五着くらいを着回し。
そんな自分にとって、これは恐怖を感じる程の量の服であったが、どうにかして、この一部をレオンにあげようと考えた。
しかし────……。
もしかして、カルパスが一生懸命選んでくれた洋服かもしれない。
だったら、ポイポイあげるのは失礼か……。
そう思い直した俺は、直ぐに走ってカルパスの元に行き「洋服は全て君が選んでくれたのかい?」と質問すると、カルパスは首を振る。
「リーフ様の洋服は、全て洋裁店から定期的に送られてくる契約を交わしております。」
そうしてカルパスは、洋服についてのお貴族様事情を教えてくれた。
なんでも爵位が高いお貴族様は、契約しているオーダーメイドの洋裁店に服のサイズだけ伝え、その時の流行や季節の関係上最も最適と思われる服を選んで持ってきてもらうサービスがあるのだとか。
記憶を思い出してない時の俺は、洋服に対し全くこだわりがなかった為、お店の人が一山おいくら?的な量の服を持ってきては、それをとりあえず買い取って置いといただけとの事。
「もしや何か希望でも?」
カルパスが心なしか嬉しそうに聞いてきたが、俺は慌ててブンブンと顔を横に振り、お礼を告げた後は直ぐに自分の部屋へと戻った。
「──!そっか、そういう事ならいい作戦があるぞ!」
後手で部屋の扉をしっかりと閉めた後名案を思いついた俺は、ほくそ笑みながらクローゼットを開ける。
そしてその一部……と言っても二十着くらいはある服達を床に並べると、その上をゴロゴロと転げ回った。
するとシャンとしていた洋服達はヨレヨレのぐちゃぐちゃ、いい感じに汚れる。
「────よしっ!」
それを見下ろし、とガッツポーズをした後、すぐにジェーンを呼んで少し大きめの袋を貰うと、その洋服達を中にパンパンに詰め込んだ。
「これ全部ゴミなんだけど、とりあえずまだ捨てずに取って置いてくれるかい?
気が変わるかもしれないからね!」
俺のおかしな行動にポカンとするジェーンに、それを保管するよう頼んでおいたのだ。
◇◇
「……クククッ…………。」
俺は不敵に笑いながらジェーンを待つと、すぐにジェーンはパンパンに膨れた例の袋を持ってきてくれた。
お礼を言って受け取ると、そのままバケツリレーの様にレオンにそれを有無も言わずに押し付ける。
「これは今日、破棄予定だった服ゴミ達だ。そんないらないゴミはレオン、君にあげよう!
さぁ、ゴミで着飾った面白い姿を俺に見せてみるんだ!下僕のレオンよ!」
「俺に……?」
はーはっはっはっ!!と悪役に相応しい高笑いをしながら暴言を吐いてやると、レオンは呆然としながら弱々しく呟き、押し付けられた袋をぎゅーっと抱きしめた。
そしてそのままプルプルと子鹿のように震えるレオンに対し、高笑いは凄い勢いで萎んでいき気まづい雰囲気が漂う。
『ゴミで着飾れ』は、ちょっとキツ過ぎたかな……?
やり過ぎたかと内心オロオロと焦りながら、レオンの様子を慎重に伺った。
これまでの反応を見た限り、多分レオンは繊細な子。
だからもしかして、殴られたりするより精神的な虐めの方が相性が悪いのかもしれない。
どうしよう、どうしよう……!
震えたまま動かなくなってしまったレオンに心の中でひたすら焦っていると、突如レオンが物凄い勢いで立ち上がった。
「おおおっ!!?」
大きな音を立てた椅子の音に驚きながら、固唾を飲んでレオンを見守っていると────下を向いていたレオンが顔をスッ……と上げる。
「完璧にやり遂げてみせます。」
レオンの顔は、相変わらず感情の全く読めない無表情。
なのに、熱く力強く告げてきたと思ったら、その場で勢いよく服もどきを脱ごうとし始めたのだ!
「え……えぇぇぇぇぇっ!!??」
な、なんてこったぁぁぁぁ────!
ここで素っ裸はまずい!
ジェーンという女性もいるので、俺は急いでレオンの際どいところまで上がった服もどきの裾を掴み、下にズリ下げた。
自分の行動を止めてきた俺に対し、心なしかショックを受けたような顔をするレオンに、俺の部屋で着替えようと提案しようとしたのだが────ここで今までずっと静観していたカルパスが突如口を開く。
「食堂を出たすぐの所に、食料保管庫がございます。十分な広さなので、そこで着替えて頂くのはどうでしょうか?
……よろしければ、私がご案内致しましょう。」
パンを作る時の麦などを大量に保管した食料保管庫が、ここから5分も掛からない所にある。
対して俺の部屋はここから下手したら10分以上……流石できる男カルパス!的確なアドバイスをくれる。
「うむ!そうしよう!ありがとう!カルパスよろしく!」
早口で御礼を告げると、カルパスは完璧な礼をし、チラチラと俺を不安そうに見るレオンを連れて出て行った。
レオンはストレス過多っぽかったから、正直カルパスが連れて行ってくれてグッドタイミングだったと額の汗を拭う。
その瞬間、すかさずジェーンが「どうぞ〜!」とフルーツの香りのする紅茶をすかさず差し出してきたので、お礼を告げてゴクリと飲みこめば、さっきまで緊張していた身体が軽くなった。
彼女も、かなり仕事の出来る侍女さんとみた!
感心しながら、紅茶を飲み干した俺はおかわりを彼女に頼んだ。




