(レオン)70 幸せの場所
(レオン)
◇◇
そうして案内された場所は、緑が多い広い場所で、リーフ様はそこで何やらゴソゴソと準備をし始める。
どうやら手にした木刀で下に落ちている袋を突ついている様だが……中から出てきたのはカユジ虫だけだったので、俺は軽く首を傾げた。
「???」
あんなモノを一体どうするのだろう?
とりあえず黙って見守っている中、リーフ様は慎重に剣先にカユジ虫を乗せ、クックックっと楽しそうに笑う。
「レオン、これを見るんだ!この白い悪魔が目に入るだろ〜う?
コイツを今からお前の背中にくっつけてやるぞ!
ほ〜れ、ほれ!嫌だったら今直ぐ逃げるんだ!」
「…………。」
そう言いながら、リーフ様はカユジ虫が乗っている剣先をクィクィと近づけてきた。
リーフ様が望むのなら、一匹と言わず十匹でも百匹でも喜んで付けるが……最後の『逃げろ』に反応し、とりあえず命令に従い走り出す。
そして一応一定距離が開く様に走り続けたが、これで正解か不安でリーフ様へチラチラと視線を送ると────そこには、輝くばかりの笑顔がそこにあった。
それを見ると、ホワっとした暖かいもので心の中が満たされて……また新たな幸せが心の中で生まれる。
『リーフ様が楽しいなら、俺は幸せになれる。』
それを理解すると、俺はもっともっとこれが欲しいと貪欲に欲する自分の欲望を知って、少しだけ怖くなった。
一体心が、どれくらい強欲になれるモノなのかは分からない。
それが怖くて、でも嬉しくて……そんな両極端な感情に戸惑いもあったが、それ以上に俺は手にした感覚の数々に夢中だ。
この幸せがずっと続けばいいと願いながら走り続け、ちょうど一時間くらいが経った頃だろうか……?リーフ様の様子が明らかに変わってきた。
「────はぁ、はぁ、はぁ、ゼィっゼィっ……。」
汗を大量にかき、呼吸と心拍数は明らかに乱れている。
心配で仕方なかったが、こうした場合の対処法がわからずどうするべきか迷っていると、リーフ様は、「あっ!」と短く叫び前方に倒れていった。
このままだと転倒してしまうので、直ぐに俺はリーフ様の横に移動し、そのまま腕を身体に巻き付け転ばぬ様にしようとしたのだが……それでは抱きしめてしまう事になる。
流石に、こんな呪われた手で触れれば嫌がられるか……。
自身の醜い左手を見下ろし首を振ると、反対の右手で倒れゆくリーフ様の腹部に軽く添えてその体を持ち上げた。
するとリーフ様の暖かいお腹の感触が右手から脳へと伝わり、心臓はドキドキと忙しなく鳴り出す。
『他』の体は、柔らかくて暖かい。
そしてこんなにも胸がドキドキするものである事は、昨日リーフ様が初めて教えてくれた。
動揺している俺の前で、リーフ様は驚いた顔で目をパチクリさせた後、体を捻って俺を見上げる。
「ありがとう、レオン……じゃなくて、良くやった!下僕のレオンよ!」
「……はい……。」
『ありがとう』
また一つ、俺はリーフ様の『世界』に入れてもらえた!
それが嬉しくて頬に熱を感じながら、何かを呟くリーフ様をゆっくり地面に降ろした瞬間────突然少し離れた場所から女の声が聞こえてきたため、仕方なく意識を向ける。
「リーフ様から離れろ!この化け物めっ!!」
リーフ様との時間を邪魔され、イラッとしながら声がした方を睨みつけると……そこには剣を構える女がいた。
何処かで見た事あるような?女だったが、勿論興味など無かったため、直ぐにリーフ様の方へ視線を戻す。
しかし、突如その女は大声で怒鳴りつけてきた。
「やはりこんな呪われたものを見過ごすなど……私には出来ません!!
私はリーフ様の専属護衛!主人の安全を守る義務があるのです!
────お許しを……っ!!」
「…………。」
煩いな……。
ムッとしながら女の方を見ると、なんと剣を抜いてコチラに向かってくるではないか。
ウンザリしながら俺は足元の木刀を蹴り上げキャッチすると、向かってきた剣の力の方向を自身の木刀でするりと変えてやった。
────ガキィィンッ!!!
「────っ!!」
女は大きく弾かれた剣を信じられないという目で見つめたが、一応自分の分が悪い事だけは理解したのか、慌てて距離を取ってくる。
しかし、その動きは既に予測済み。
女の攻撃パターン、癖、予測される動きが物凄い速さで頭の中を巡り、その全てに対応できる様、反撃の型をその一つ一つに結びつけていった。
どの未来が来ても俺が勝つ。
それだけの量の情報を俺は一瞬で計算し全てを理解したので、この女はもう何をしても俺に勝てない。
もし、これ以上邪魔をするなら────……。
「…………。」
「────くっ……!」
明確な殺意を持って女の方へ静かに足を踏み出そうとしたその時────……女の頭の上に白い何かがポーンと落ちてきた。
「ギャアアア────!!!」
すると、女は突然悲鳴をあげ、暴れながら頭を掻きむしる。
こちらに向かってくる殺気は消えたので、とりあえず様子を伺っていると、リーフ様はアタフタと慌てふためきながら女に声をかけた……が全く聞いてない様だ。
そんな失礼極まりない女に対し、リーフ様は困った様子でオロオロとしていたが、とうとう最後は……。
「意地悪するから……。」
呆れた様子でそう言って、ため息を吐いていた。




