(レオン)69 俺の神様
(レオン)
ひどく興奮してしまったせいか、眠気は一向に襲ってこず、そのまま今か今かとリーフ様との約束の時間を待つ。
しかし朝日が昇る前に我慢の限界を迎え、せめて少しでも近くでリーフ様を待とうと俺は家を飛び出した。
俺の家は北のリーフ様のお屋敷から反対方向、南の最外周に位置している。
リーフ様のお屋敷へ行くには街中を通らなければならず、最低でも一時間以上掛かる……筈だったが、なんと5分も掛からずに直ぐに着いてしまった。
体が軽い。
それに疲れも寒さも暑さも感じず、あんなにも体を蝕んでいた飢餓感も今は微塵も感じない。
更に精神は異常なまでに静かで微動だにせず、今後リーフ様以外の刺激に対し、影響を受ける事はないだろうと漠然と理解した。
今まで感じたことのない不思議な感覚を不思議に感じないのは────これが当たり前であると分かっているから。
「………なるほど。」
自分の持つ力について完全に理解すると、あとはこの感覚に慣れる事、そして活かすための経験値を取得する事で、俺はずっとリーフ様の側にいられるだろう。
「ずっと一緒……リーフ様。」
会いたくて会いたくて堪らない、唯一の人の事を思い浮かべ、その名を呼ぶ。
感覚を研ぎ澄ませば、規則正しいリーフ様の寝息や心臓の鼓動、全身へ広がる血液の流れる音が耳に入ってきて、それが確認出来るだけで『喜び』という心の変化が訪れた。
現時点で、変化するはずのない世界を変える存在、それがリーフ様。
────俺の神様だ。
沸いて出てくる喜びの感情に身を委ねている内に、やがてリーフ様の意識が覚醒したのを感じた。
俺と同じ世界にリーフ様の意識が存在する事、それも俺に喜びの感情をくれて……俺は幸せというモノを知る。
「これが……喜び……幸せ……。」
まだ慣れない感覚の数々に馴染むため手を開け閉めしていると、フッと自分の呪われた左手に意識が向く。
昨日リーフ様が、『俺の外見は大したモノではない』と断言していたため、今日は顔や左側の手足を隠す布は身につけていない。
たとえ世界中の人々が否と口を揃えて言ったとしても、リーフ様が良しとするならそれが世界の真理であり、俺の絶対的な真実だからだ。
「……フフッ。一体今まで何を気にしていたんだろうな?」
嬉しくなってつい笑いを漏らすと、俺がいる正門の方へ一人の女が近づいてきたのを感知する。
リーフ様じゃないモノは、どうでもいいモノ。
一瞬でそう判断し黙っていると、女は俺の姿を見つけた途端、ギャーギャーとうるさくわめき始めた。
そして剣を抜きじりじりと距離をとって睨みつけてきたが、完全に無視して、引き続きリーフ様の動向を確認していると────来た。
リーフ様だ。
リーフ様の存在がこちらに向かって走ってくる気配を感じ、ドキドキして落ち着かなくなり、視線はその姿が存在する方向に固定したまま動かせない。
少しづつ俺の方へ近づいてくるリーフ様。
とうとう視覚で確認できるほどの距離まで迫って来た時、俺の体は痺れてしまい、新たに与えられた感覚に眩暈がした。
『姿が見れて嬉しい。』
ずっと会いたかった人が目の前に現れると、居ても立っても居られなくて、直ぐに駆け寄り跪く。
「おはようございます。リーフ様。あなたの下僕のレオンがご命令どおりに参りました。」
跪いたまま、俺はリーフ様を見つめた。
なんだかその姿は、キラキラと輝いていて……まるで世界まで輝いている様に見える。
「ふはははは〜!おはよう!我が下僕のレオンよ!
これから君と遊んであげようと思ってね。さあ、俺についてくるんだ!」
「……っはい!」
話しかけられて、また幸せ。
更にその時のリーフ様の目は、昨日同様『普通』で、それも堪らなく嬉しい。
命令されるがまま、喜んで着いて行こうとしたのだが────うるさい女がそれを制止してきたため、一旦リーフ様の動きが止まる。
『────邪魔だな。』
明らかな不快感を感じ、リーフ様に見えない様にチッと舌打ちをした。
リーフ様との時間を『他』 に邪魔されたくない。
────排除するか……?
そう考えたが、直ぐにリーフ様は女を叱咤し、『おいで 』と手招きしてくれたので、その女の存在は俺の頭の中からフッと煙のように消え去ってしまった。




