709 おじさんチョップ
(リーフ)
俺の手には、ふわふわのお毛々がついた耳かきが一つ。
レオンご所望の耳かきをするため、教会での依頼後に購入したものだ。
「〜♬〜〜♬」
それを魔法のステッキの様にブンブン振りながら、ご機嫌で家路へとつく俺とレオン。
チラッと後ろからついてくるレオンに視線を向ければ、なんとも嬉しそうに、俺が振っている耳かきのふわふわを目で追っている。
それにホッコリしながら、やっと息をつくことができた。
なんというか……今日は非常に濃厚な、かつレオンの成長を感じる事ができた一日であった。
『抱っこと撫で撫で。』
そんなワンワンなら涎を垂らしながら喜びそうな事をレオンも喜び、嫌なことを我慢するのと天秤にかけて良い方を取った。
今までは、とにかく────ムッ!とする!黙る!睨む!ごねる!爆発する!………がセットだったのに〜。
その新しいパターンにかなり驚かされたのだが、今日の成果はこれだけではない。
なんと!
『あと膝枕も……。』『耳かきも……。』────と、追加の代価まで求めてきたのだ!
これにはびっくりおったまげ〜。ちょっと成長を感じちゃったよね〜。
ふ〜む……と頷きながら、視線はレオンから手元の耳かきへ。
耳かきは、母親と子供の大事なコミュニケーションの一つ。
それを多分どっかでそれを見たか聞いたか……とにかく羨ましいと思っていたのかもしれない。
ジワジワ〜……と不憫に思う気持ちと共に、別の感情もチラッと顔を出す。
レオン君、もうほとんどストックホルム症候群的な感じになってない?
そんな心配をしている内にあっという間に我が家に到着してしまったので、俺は寝室のテーブルの上にその耳かきをコトっと置き、お風呂に入るため着替えを取りにクローゼットを開ける。
すると目の前には大きく広がる白い空間と、ちょこんと置いてある洋服達が。
そんな先が見えないくらいの広い空間を見ていると、突然先程感じた心配とはまた別の感情が、ニョキニョキと表に出てきた。
でも確実に成長はしてるんだな………。
多分不安と寂しさの中間の感情。
それが胸をチクチクと刺してくる。
レオンは基本的に、何に対しても受け身。
それは俺に対してだけではなく、他の何に対しても興味がないというか……あるがままを受け入れてしまうというか……。
物語のレオンハルトの事を思えば、それは性格的なものなのかも?と思っていたが、代価を求めてきたレオンを見てしまえば────そうじゃなかったんだと思い知らされた。
「…………。」
何だかしんみりしてしまい、それを振り払う様に置いてあるおパンツの山をゴソゴソゴソ〜!!と勢いよく探る。
レオンは成長している。どんどんどんどん。
それってつまり────…………。
お別れの時が近づいているって事だ。
────シュ〜………。
何やら燃えていた想いが凄い勢いで鎮火した感じで、体から力が抜ける。
先程の勢いはどこに?というほどヨボヨボと弱々しい動きで、お気に入りの骨付き肉が描かれているボクサーパンツを探し出しそれを手にとった。
そして、続けてレオンの分のヒヨコが描かれたボクサーパンツも探し出し、お揃いのネズミ色のパジャマも手に取ると、そのままクローゼットの外に出る。
すると、ジッ────……とテーブルの上に置かれた耳かきを見ているレオンの姿があった。
本当に楽しみにしている様子なのが分かり、胸の痛みはとりあえず一旦治る。
「耳かきは、お風呂を出てからゆっくりしようね。」
「……!────はい。」
レオンはパッ!と嬉しそうな雰囲気を全面的に出してきた。
何だかその何でもないやり取りが妙に嬉しくてほんわかしていたが、突然ハッ!と覚醒する。
何を考えているんだ、この還暦越えおじさんは……。
俺はレオンハルトを虐めて、立ち塞がる最強の悪役だぞ〜?
最近つい忘れがちな自分の役割を思い出しブンブンと首を横に振った後、平和ボケ気味のレオンに偉そうに命令した。
「さぁ!レオンよ!俺のパンツと着替えを持つのだ!そして同時に、俺も運びたまえ。
くっくっく〜。レオンはそういう扱いされるの好きなんだもんね〜?なんてったって奴隷だし!」
着替えとパンツを押し付け、更に精一杯張った胸でレオンの立ち塞がる山の様な体をグイグイと押す。
「は、はい……っ!」
するとレオンは顔を真っ赤にしながら、俺のパンツと着替え、そして俺の体も一纏めにしてギュッと抱き寄せた。
「俺はそういう扱いが大好きで、今とても幸せです。
……でも、もっともっと幸せが欲しいんです。
リーフ様と出会うまで、こんなに自分が強欲だとは思いませんでした。」
いつもの様に、まるで世界一の幸せを手にした様に嬉しそうに微笑むレオン。
それに何だかモヤモヤとしたものが広がっていく気がして……そのモヤをおじさんチョップ!
ぺぺぺペッ!とそれを一生懸命散らしている間に、レオンは服を片手で持ち、逆の手で軽々と俺の体を持ち上げた。
「うぅ〜……。」
お馴染みの浮遊感を受け、条件反射の様にモゾモゾ〜と収まりの良い所を探すと、良い場所をキープ!
そのまま担がれた麦袋スタイルで、お風呂場まで運ばれたが────レオンはずっと嬉しそうに微笑んでいた。




