64 スキルを発現させよう
(リーフ)
◇◇◇◇
「おぉ〜……ホントに広いな。」
裏の広場に到着した俺は、キョロキョロと周囲を見渡した。
裏の広場は、表の庭園広場とはガラリと印象が変わり、結構殺風景というか小ざっぱりとしている。
鑑賞メインの表の庭園とは違い、裏の広場は主に実践型の訓練に使う場所なんだそうで、訓練用に木が沢山生い茂っている、前世で言えばちょっとした森林公園のような場所だ。
自然一杯のその場所で大きく深呼吸して、美味しい空気を思い切り堪能する。
そもそもここレガーノは巨大な森にぐるりと囲まれる形で建てられており、この大豪邸も裏口のすぐ外は森。
そのためちょうどこの裏の広場から少し歩いたところに、森に繋がる裏口が存在している。
ちなみに俺がここに来たのは初めて。
本来はココでとっくに実技用の実地訓練が行われているはずだったが、なにせ俺が大泣きし逃げ回ったせいで家庭教師の男性は去り、未だこの広場を活用したことがないからだ。
「……俺ぇ〜…………。」
小さき甘ったれ坊主な自分にため息をつき、辞めてしまった家庭教師さんの事を想う。
その家庭教師さんは、確かゴリゴリのメルンブルク家崇拝者の男だったため、俺の外見で既にアウト。
それに加えて、知性の欠片もないヒステリックな泣き声に、恐らくうんざりしてしまったものだと思われる。
まぁ、彼にも本当に悪いことをしたなぁ。
心の中で謝罪と、彼の今後の人生が穏やかであるよう密かに応援しておいた。
「〜♬〜〜♬〜〜♬」
気持ちを切り替え鼻歌を歌いながら、予めその場所に用意してあった木刀を手に取ると、同じ場所に置いてあった小さな布袋の紐を解く。
そして手にした木刀でちょいちょいと突きながら、慎重に中のものを袋から追い出すと、その白くてぷにぷにした体長10cm弱ほどの物体、その名も<カユジ虫>を木刀の先に乗せた。
< カユジ虫 >
お花を食べる芋虫型モンスター。
白いツルツルした外見から無害に見えるが、天敵から逃げる時の体当たりはかなりに速く、たまに農家の人が怪我をする事もある。
更に刺されると5分間痒くて痒くて堪らなくなり、その痒みは大の大人でも転がり回るほど。
この虫こそが、レオンのスキル<豪傑>を発現させる秘策、それの要とも言えるモンスターだ。
そのスキルの発現条件は<ある一定回数以上、瀕死状態を経験する>事。
よって、この虫で何度もレオンを瀕死状態とやらに追い込んでやろうと思いついた。
そもそも瀕死状態とはHPが限りなくゼロに近い状態という酷く曖昧なもので、具体的に言えば、要はめちゃくちゃ疲れている状態の事。
つまりつまり〜!俺は毎日レオンがぶっ倒れるまで追いかけ回せばいいのだ。
我ながらナイスな考えに、キラッ!と目を輝かせた。
これなら、スキル発現の為だけではなくレオンの体力強化にもなるし、俺の鍛錬にもちょうどいい。
しかし、ただ逃げろと言うだけでは甘えが出てしまい、瀕死になる手前くらいで諦めてしまう可能性もある。
そこでこの<カユジ虫>の出番だ!
「クックックッ〜!」
俺は悪役に相応しい笑みを溢し、レオンの方へ見せつける様に木刀の先を向けた。
「レオン、これを見るんだ!この白い悪魔が目に入るだろ〜う?
コイツを今からお前の背中にくっつけてやるぞ!
ほ〜れ、ほれ!嫌だったら今直ぐ逃げるんだ!」
「…………。」
木刀の先を、くいっくいっ!とレオンに近づけて笑うと、レオンは俺と木刀の先に鎮座するカユジ虫を交互に眺める。
そして、とりあえずといった様子ではあったが、俺の『逃げろ』と言う言葉に反応し、タタっと軽く駆け出した。
俺はその姿を見て満足そうに微笑むと、木刀を持ったまま逃げるレオンを追いかけ始めたのだが────……それがもう、ちょー楽しい!!
「────っヒャッホ〜イ!」
久しぶりの鬼ごっこに心は弾み叫ぶと、まだ体が動かなくなる前に子供達とよくやった鬼ごっこを思い出してお胸がほっこりする。
楽しかったな〜あの頃は!
その後は病気でどんどん動けなくなっていったから、また動ける様になった事が凄く嬉しかった。
それに────……。
「子供だから、体が物凄く軽い!疲れにくい!腰も足も痛くな〜い!」
パワーUPした状態での鬼ごっこに、わーい!とご機嫌で追いかけ回す。
そんな俺を、レオンは表情が分かりにくい涼しい顔でチラチラと見ながら走り続けていたが、瞳の奥底には、僅かながら感情のようなものが滲み出ている事に気づいた。
多分、このカユジ虫に恐怖を抱いている。
追いつかれたら最後、アレをくっつけられる!と、多分不安で仕方がないとみた!
風の抵抗を受け、剣先で丸まっている<カユジ虫>を見て、ありがとう!と心の中でお礼を告げた。
これはなんと嬉しい誤算。
まさに棚からぼた餅だ!
物語の中のレオンハルトは常に無表情、無感情。
そのクールなところもとても魅力的だとは思うが、いちファンとしてはレオンハルトの心からの笑顔を是非見たいものだと思っていた。
それにはまず心が死んじゃってない事が大条件なので、これから起こる悲劇の数々をなんとかマイルドに変え、様々な感情をゆっくり育てて貰おうと思ってたのに、その第一歩はすでに踏み出されている!
思わぬ好スタートにレオンの将来がピカピカと光り輝いた気がして、思わず『カユジ虫バンザイ!』と心の中で更に叫ぶ。
恩人……いや恩虫の<カユジ虫>には、後でお礼にお花をあげよ〜!
そう心に誓い、そのまま俺はレオンを追いかけ回し続けた。




