61 訝しむ者達
(ジェーン)
独特の歌?を口ずさみ、目の前ではリーフ様が見たことのない『ラジオタイソウ』?というダンスを披露している。
それをコソッと物陰から見守るのは、上司であるカルパス様とその実子であるイザベルさん、そして私の三人だ。
「皆も分かっていると思うが、昨日からリーフ様のご様子がおかしい。
てっきり何か新しいお遊びでも始めたのかと思っていたが……。
それとイザベル、昨日の話に間違いは無いのだな?」
神妙な顔でそういったカルパス様に、イザベルさんはグッと悔しげに唇を噛む。
「……はい。以前から噂になっていた呪いの半身を持つ化け物に自分の下僕になれと仰っていました。
それだけでも恐ろしいというのにリーフ様は……あれにっ……あれに、触れました……。
私は専属護衛のくせに恐怖で一歩も動けませんでした……護衛失格です。
しかし、あんな恐ろしい者は見たことありません。今思い出すだけで……。」
イザベルさんは昨日の事を思い出したのか、ウゥッと嘔吐く。
数年前から街で噂される『呪われた半身を持つ黒い化け物』の話。
私も何度かその話を聞き、イザベルさん同様恐怖を感じていた。
この世の禁忌である『黒』を身にまとい、更に罹れば最後と言われている呪いをその体に持つ者。
そんなの恐怖以外の何者でもない。
思わずブルリと体を震わせると、カルパスさんは珍しくやや困ったような顔で言った。
「恐怖は誰の心にもあるもの……私も実は怖くて仕方がないのだよ。
何がと問われても、私の人生で得てきた価値観の全てが、その存在を怖がり遠ざけようとすると答えるしかない。
だから私もずっと見てみぬふりを続けてきた。しかし……。」
カルパス様は一旦言葉を切り、今だヘンテコな動きで踊り続けるリーフ様に視線を向ける。
「逃げるなど私の信念に欠ける行為であった。これもイシュル神のお導きか……。
我々は彼を、きちんと見極めなければならないということだ。
自身のもつ視点ではない、別の視点からもな。」
カルパス様の言葉を聞いたイザベルさんは、視線を下に向け考え込む様に目をつぶった。
カルパス様もイザベルさんも厳格なイシュル信者で、恐らく私より遥かに噂の彼の存在が怖いのだという事は言わずともよく分かる。
しかしその恐怖を抑え込み、その存在を見極めようとしているのだ。
カルパス様は緊張をほぐす様に、ふうっと短く息を吐いた。
「リーフ様の今のご様子からして、幸いなことに呪いに感染している様子はない。
そのため伝染型の呪いではなさそうだが、警戒は怠るな。
あくまで我々の最優先事項は、リーフ様の安全だ。
『噂の化け物』が来るのはもうリーフ様が決めたこと。臣下はそれに従うほかない。
何かあれば報告を頼むぞ。」
「はっ!!」
胸に手をあて敬礼するイザベルさんをよそに、私は「は〜い。」と軽く返事をしながら、ふっとリーフ様のあのヘンテコな動きに小さな既視感を感じた。
────はて??どこでだったかな?
思い出そうとしたが思い出せず、結局『まっ、いいか!』と諦めた瞬間、ハッ!とある事を思いつき直ぐに右手を挙げる。
何だと言いたげなそっくりな表情で見つめてくる2人に向かい、私は震える声で言った。
「────リーフ様のあのヘンテコな動き……。まさか呪いの影響じゃないですよね……?」
それにスッ……と真顔になった2人は、無言のままリーフ様から大きく一歩遠ざかっていた。




