(レオン)53 唯一の大切なもの
(レオン)
「────うぅっ!!」
「っうわっ!!」
「ひっ……っ!!」
その瞬間、リーフ様の後ろの方で悲鳴が上がる。
当然だ。こんな恐ろしい姿を見せられて、平常心を保てるはずがない。
これで目が冷めただろうと、俺は下に下げていた視線を徐々に上げていった。
これで俺は、俺のいるべき『世界』……変わることのないあの白い世界へ帰る。
それが正しくて当然の事なのだ。
自分に言い聞かせる様にそう考え、リーフ様に視線を向けたが────なんと予想していた『当たり前』のはずの視線は、リーフ様から向けられていなかった。
そこにあったのは、俺の『世界』に存在しないはずの感情が乗った視線で、それに俺は驚かされる。
何だこれは?何だこれは?
何なんだ?コレは?
頭が馬鹿になるくらい『不思議』が頭の中を占め、それが一体何なのか、俺には何もかもが理解できない。
「??……???」
そのまま混乱していると、リーフ様は満足そうに頷き、あっさりと予想外の言葉を言い放った。
「なんだ、大したことないじゃないか。
ちょっといい感じの特徴を持っているからといって、自分をかっこいいなどと勘違いしては駄目だ。
俺の方がかっこいい。分かったかい?」
「??……あ……はぁ……。」
『大したことない』?この姿が??
衝撃的な言葉に思考が停止しそうになったが、直ぐに我に返ってそれを否定する。
そんな事あるわけ無いではない。
だって、この醜悪な姿のせいで、俺はここにいる。
誰にも存在を認めてなど貰えない、受け入れて貰えないのはこの姿のせいなのに!
なのに……どうしてリーフ様だけはそんな事を言うのだろう?
その答えを、スキル<叡智>は教えてくれないため、俺はバカみたいにひたすらリーフ様を見ていた。
理解を越えた何かをなそうとする存在の姿を。
「うむ。そのへんの認識は後々ゆっくりしていくといいよ。
とにかく君は俺の下僕、それだけは今日きちんと理解したね?
そうと決まれば、下僕と呼ぶのは言いにくい。
なんて呼ばれたい?」
リーフ様の中で勝手に『下僕』というモノになった俺。
更に呼ばれたい名を聞かれたが、俺には元々名前はない。
今いる『一人きりの世界』には、必要のないものだからだ。
『名前』は、この世に生を受けた時、『誰か』から受け取る初めての贈り物。
それを贈られる事は、自分がこの世界に望まれて生まれた事の何よりの証拠となる。
「…………っ。」
────ドクンッ……ドクンッ……。
苦しいくらいに、心臓が高鳴った。
自分を『個』として認識してもらう証。
『誰か』にとっても自分にとっても、『自分』という存在を認めるのに、名前は必要不可欠なものだ。
きっとそれは、ふわふわとただ浮かんでいるだけの存在の足を、しっかりと『世界』に根付かせてくれるはず。
「はっ、はいっ……おっ、俺はリーフ様の……下僕です……。
……そっ……その……名前は……ありませんので、お好きにお呼びください……。」
期待に全身を震わせながら、やっとの思いでそう返せば、リーフ様は少し考える素振りを見せてこう言った。
「よし、じゃあ今日から君の名前は<レオン>だ。」
『レオン』
たかが三つの単語が並んでいるだけの言葉であったが、それが俺の『名前』
俺に贈られた俺の為だけの、この世で唯一のもの……。
────俺がここに存在する証だ。
「……レオン……レオン……。」
狂いそうになるくらい歓喜する心を必死に押さえつけ、口の中で何度も何度もその言葉を呟いた。
初めて貰ったソレを舌で転がし、噛みしめる様に味わう。
そのたびに喜びの感情が溢れ出し、それをどうやって止めて良いのか分からない。
「……〜っ。」
初めて感じるその感覚に体はグラグラと揺さぶられ、やっとの思いでそれに耐えていると、リーフ様は大きなランチバケットを掲げ注目せよと命じてきた。
そこから漂う芳しい匂いに、体の飢えを思い出し反射的にゴクリと喉をならすと、リーフ様は目の前でそれを食べ始める。
その様をぼんやりと見つめながら、嬉しそうにそれを口にする彼の姿に、今度はほっこりと胸が暖かくなった。
美味しそう。
自分は食べれないけど、リーフ様は嬉しそうだ。
────『嬉しい』。
「…………?」
突然湧いた『喜び』に、今度は不思議な気持ちになった。
なぜリーフ様が幸せそうだと、関係ない俺が『嬉しい』のだろう?
そんな疑問が頭を過ったが、突然バケットを渡され、意識はそれに移ってしまった。
「────うわっ……!」
ズシッと重いバケットにより、思わず膝をついてしまい、俺は小さな叫び声をあげる。
い、一体これをどうすれば??
オロオロする俺を前に、リーフ様はニヤリと笑った。
「俺の食べ残しの残飯を食べること!それが今日から君の大事な仕事だよ。
さあ!早く食べるんだ!豚さんの様に!むしゃむしゃと!しっかり噛んで、だよ!」
────そう言われた瞬間、俺の脳裏には絶対に叶うはずもないと思っていた光景が、またしても蘇った。
テーブルに所狭しと並べられた豪華な食事、テーブルの周りを囲み笑顔で笑い合う人々の姿……。
『喜びの共有』
それは『誰か』がいなければ得る事のできない感覚だ。
「あ……あの……本当に……」
本当に俺にそれを与えてくれるの?
ゴクリと喉を鳴らしながら、俺は心の中で必死にリーフ様に問う。
決して交わることのない世界から、俺に触れてくれるの?
あの『白い』世界で漂うだけの俺の『誰か』に……俺に存在する証を与えてくれる『何か』になってくれる?
────そんな意味を込めた言葉も……リーフ様はあっさりと肯定した。




