(レオン)52 変わる世界
(レオン)
「おいっ!!そこの君!!」
「────っ?!!」
突如背後から聞こえた子供の声に、心臓が飛び出るほど驚く。
直ぐに振り返れば、目に映るのは茶色い髪に緑の目の……街中でよく見かける特徴を持った男の子の姿があった。
────見つかった!
慌てて布を深く被り、更に石を投げられるのを想定して、体をできるだけ小さく丸める。
そして、隙を見て逃げるつもりで、その子の様子を注意深く伺った。
罵倒される?
もしかして仲間を呼ぶかも……。
あらゆる可能性を考え警戒していたが────その子供は、そんな素振りは見せずに笑った。
「君を今からこのリーフ・フォン・メルンブルクの下僕にしてやろう!!有り難くおもうといい!!」
俺を真っ直ぐ見つめる瞳。
強い口調で口から飛び出た言葉は、間違いなく俺に向けて放ったもの。
────俺に??
信じられない出来事に、目を見開いた。
一人で完結するはずの世界をまるでノックするように、この人は俺に……この俺に話しかけた?
「…………っ。」
嘘だと思った。
自分に都合の良い夢幻を見ているのかと思った。
だってありえないから。
それを認めてしまったら……俺の今いる世界は……?
────どうなるの?
一瞬頭を過る想像に背筋が凍りつき、体が震える。
そして、そんな現象を起こした幻の正体を知るため、俺は声を掛けてきた人物にゆっくりと目を向けた。
恐怖、蔑み、不快、嫌悪……俺に向けられるのは、そんな感情が伴った視線のみ。
それこそが俺の『正しき世界』の姿のはずなのに……。
視線の先の人物の目には、そんな感情は一切存在しておらず、見たことのない不思議な目を俺に向けてくる。
その目は、まるで俺を俺として認識する様な……?
────ゾクッ……。
突然、恐ろしい程の強い衝撃が体に走った。
『誰か』がいる事で得られたその衝撃は、心から体へ。
恐怖を感じるほどの強すぎる衝撃を、俺はどうしたら良いのか分からない。
初めて味わう感覚に心も体もついていけずに震えていると、突如目の前の『リーフ様』は俺に向かって言った。
『俺の言うことはなんでも答えよ。』、『それは命令である』────と。
そこで頭をよぎるのは、『母親と呼ばれる存在に以前ぶつけられた言葉だった。
『────気持ち悪い。』
『しゃべるな化け物。』
俺は話してはいけない。
なぜなら『気持ち悪い』から、『化け物』だからだそうだ。
それも『正しき』世界の常識なのに、それをこの目の前にいる人は……リーフ様は、その世界を壊せと、そう俺に命じたのだ!
「……あ……う……ぅ。」
必死に話そうとしたがうまく言葉が出なくて口をパクパクしていると、気がつけば俺は恐ろしいほど何もない真っ白な世界に一人きり、ただぼんやりと佇んでいた。
ここは、どこまでも続く真っ白な世界……。
今いる自分の居場所が上にあるのか下にあるのか、それとも左にあるのか右にあるのか、それすらも分からぬ『無』の世界。
かろうじて左手に絡みつく蜘蛛の糸のような細い糸だけが、俺という存在以外の『何か』であった。
これが『世界』で唯一の俺のいるべき居場所。
必死にしがみついている、俺という存在が許される場所だ。
しかし────……。
────ピシッ……。
いつも見慣れている何もないはずの風景に、突如一本の大きな縦線が引かれた。
「……えっ?」
新たに現れた自分ではない『何か』の存在に俺は驚き、それに恐る恐る触れば……そこから小さな破片達がボロボロと落ちていく。
それを見て気づいた。
これは────『亀裂』だと。
「ほ……本当に……話してもいいのですか……?……気持ち悪くありませんか……?」
やっと出てきた言葉は、目の前にいるリーフ様へと投げつけられた。
そしてそんな俺が投げた言葉を平然と受け止めたリーフ様は、さらなる言葉を俺にぶつけ返してくる。
「なんで話すと気持ち悪いんだい? 君程度が何か話したところで、俺に何一つ影響などありはしないよ。」
自分以外から『返される』モノの存在は、まるで体を擽る様な感覚を与えてきてクラクラした。
初めて『他』と繋がった。
その事で、とても不思議な感覚が体に染み渡る様に広がっていく。
しかし────直ぐに自分の存在がどういった存在なのかを思い出し、視線を下へ下へと向けた。
「……俺の事……怖くないのですか……?」
怖いに決まっている。
だって俺自身この身が怖い。
一切の光も通らぬ闇の色である『黒』と、まるでこの世の全てを呪うような左半身……。
こんな途方も無い恐ろしいモノに対して恐怖を抱かぬ者などいるわけがないのに、リーフ様はあっさりと怖くないと言い切った。
しかし、それも俺がその外見を隠しているからに過ぎない。
なら彼に見せてやろう。この俺の全てを。
俺は絶望に染まったこの身を見せるため────頭に被った布をとった。




