50 英雄お助け作戦 そのよん
(リーフ)
「…………。」
恐る恐るレオンの様子を伺えば、サンドイッチを食べ終わっていたが、まだその目からはポロポロと綺麗な涙が流れ続けている。
そのあまりにも可哀想な姿にごめーん!!と泣きながら謝りたくなるのをグッと堪え、俺は悪役リーフとしての役目を果たす為、そのまま演技を続けた。
「やれやれ、やっと食べ終わったね。しかーし!君の仕事はまだ残っているよ。
さぁさぁ〜お次は『馬』になるんだ!我が下僕のレオンよ!」
<レオンハルトお助け作戦:その4>
筋力を鍛えよう!
身体強化系の魔法やスキルによる能力UPの恩恵は、全て自身が元より持つステータスを基本値として、プラスしたり倍化したりするものだ。
つまりつまり〜!元々のステータスが高ければ高いほど強くなれるという事。
いかに強力なスキルであろうとも、元が弱ければ豚さんに真珠……つまりレオンを今から鍛えておくのに越したことはない。
万が一物語どおりの能力を得られなかったとしても、元が強ければ多分なんとかなる……かもしれないし、これも優先的にやらせたい。
そこで考えついたのがこの『馬』だ。
これは俺が小さい頃に読んだ少年向け漫画が元になっている。
その漫画は一人の少年が、ずっと虐められながらも強くなり、やがては悪いやつを倒し世界を救うという────いわゆる王道の少年漫画だったのだが、その時の虐めの内容がこれであった。
『これから貴方は私の馬よ!さぁ跪きなさい!!』
意地悪な敵サイドの女の子が、公衆の面前で主人公を事あるごとに四つん這いに這いつくばらせその上に乗る。
それに主人公は屈辱を感じ、それをバネに強くなっていくわけだが、幸運な事に人を乗せて歩くという重労働は主人公の体幹を鍛えてくれた。
『屈辱を与えつつ、体を鍛える事が出来る。』
これを即採用!
レオンには、これからその屈辱をバネに体を鍛えてもらおう。
そう目論み、俺はニヤリと笑う。
そして俺のそんな思惑など露知らず……レオンは涙に濡れた目元をグイグイと乱暴に拭うと、無垢な瞳で俺を見上げた。
「あの……『馬』とは……?俺は……どうすれば良いのですか?」
「えっ?あぁ、それは────……。」
『馬』について説明しようとした俺は、途中でピタリっと止まる。
『馬』とは、4本足を持つ走るのに特化した生き物であり、それを真似するとなると、勿論両手と両膝を地面につけなければならない。
そこまで考えて、俺は自分の足元を見た。
前世の舗装された道とは違い、大小様々な砂利が敷き詰められた地面は、とてもゴツゴツしている。
ここに膝をつき、更に俺という重りを上に乗せるとなると絶対に痛いし、多分結構酷い感じに擦り剥いてしまうはずだ。
「えっと……。」
俺は右足で地面をジョリジョリと擦ってそれを確かめると、あの地味〜な痛みを思い出し、それはちょっと可哀想だな……と思った。
しかし俺も悪役として言った手前引くに引けない。
困った俺は考えて考えて考えて……────突然名案を思いつき、ニタリと笑った。
「ふぅ〜、やれやれ。そんな事も知らないなんて、レオンは無知だな!
仕方ないからこの天才のリーフ様が教えてあげよう。
ちょっと後ろを向いてみるんだ。」
ちゃんと俺の話を聞いていた真面目なレオンは、真剣な顔をしたまま何の警戒もなく後ろを向く。
そうして目の前に現れた背中は────とても小さかった。
小さくて弱々しい、ただの子供の背中だ。
こんな子供の背中に世界の未来が乗ってるなんて、大人としては本当にやるせないな……。
突然悲しくなって気分はズズンと沈んでしまったが、慌ててブンブンと頭を振って振り払い、心を鬼にして俺はレオンの細くてか弱い肩に両手を乗せた。
すると、レオンの体は大きく跳ね、更に後ろからはイザベル達の短い悲鳴が聞こえたが、俺は気にせずピョンっとレオンの背中に飛び付く。
これは何かと言うと────所謂『おんぶ』と言うやつである。
これならお膝は痛くな〜い!
でも筋肉は必要!
漫画の『馬』との違いは、4本足か2本足かの違いだけ!
我ながら冴えているとは思うが、何せレオンはガリガリである為、これでも大丈夫かなとヒヤヒヤしてしまう。
現に今、レオンはガチガチに固まって、体はブルブル、足はガクガク、ちょっと大丈夫じゃない様子を見せている。
とりあえず一年くらいかけて体を整え、10メートルくらい俺を乗せて走れる様になったら上出来かなぁ……。
心の中でめちゃくちゃエールを送りながら、俺はビシッ!!とイザベル達三人がいる日向の方を指さした。
「さぁ、レオン進むんだ!」
そう叫べば、突然指を差された三人は一瞬で顔を真っ白にして、悲鳴を上げながらまるでモーゼの杖の様に道を空ける。
すると────日陰だった道に光が差し込んだ。
その光は俺達の方まで届かなくて……でもレオンは震える足を懸命に動かして、その光の方へと一歩、また一歩と前へと進み────……。
────直ぐに力尽き、体が前方に傾いていった。
「……おっとっと〜。」
転倒を察知しレオンが倒れる前に足を地面につけ、その細い体を後ろに引いてゆっくりと下ろして怪我をしていないかを確認する。
レオンは、何やらぼんやりしているが、どうやら怪我はなさそうだ。
とりあえず大丈夫そう。
ホッと胸を撫で下ろすと、俺は腕を組んで地面に倒れているレオンを見下ろし、わざとらし〜い溜め息をついた。
「やれやれ。『馬』も満足に出来ないなんて、俺の下僕はそれでは務まらないぞ!
いいかい?明日から朝七時に毎日俺の屋敷に来るんだ。
このリーフ様が直々に下僕の何たるかを教えてあげよう。
さぁ、今日はこのまま帰ってぐっすり眠るんだ。わかったね?」
「……はい……。」
レオンは俺の偉そうな物言いにギュッ!と眉を寄せ悔しそうな顔を見せる。
そして、か細い声で返事を返すとそのままヨロヨロと家へと帰っていった。
いやいや、本当に大丈夫?
大丈夫〜??
その様子に転ばないかヒヤヒヤしながら見守った後、レオンが見えなくなったところでやっと緊張が解け、はぁ〜〜と大きく息を吐き出し、力を抜く。
今の感じからすると、無事に俺は悪役としての役目は果たせたかな〜?
でもせっかく会えた憧れの人に意地悪してしまって、心が痛い……!
ズキズキと痛む胸を押さえて、うめき声を上げながら身悶えた。
これがあと数年か〜いやになっちゃうよ……。
「仕方ない仕方ない……。今は我慢するしかないからねぇ……。」
ガックリと落ち込みながら、地面に落ちているダンベル並みの重たいランチバケットを持つと、3人がいるところに戻ろうと1歩踏み出した、その時────……。
────ザザッ!!!
青を通り越して真っ白な顔色のままの3人が、すごい勢いで俺から離れた。
────えっ??何?何?
どうしたのかと普通に尋ねようとしたのだが、3人の尋常ではない様子……特にイザベルに至っては、どこかで走り込みにでも言ってきたの?と聞きたくなるような汗と息の乱れがあったため、慌てて声を掛ける。
「イザベル大丈夫かい?なんか沢山汗かいてるけど……。
暑いなら装備を脱ごうか。」
軽装備ではあるが、きっちりと付けている皮の装備を指差しそう告げると、イザベルは、はぁはぁと息を乱しながら勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ありません!!!」
「??お……おお…??う、うん??」
突然、土下座をする勢いで謝ってきたイザベル。
驚いてしどろもどろに返事を返すと、そのまま続けてイザベルが大声で喋りだした。
「わっ……私は……リーフ様の護衛にも関わらず……恐怖に打ち勝つことが出来ませんでした……っ!
あんな恐ろしい存在がこの世にいるなんてっ……。動くこともできずに……私はっ……!!!」
イザベルの必死の訴えと、モルトとニールがコクコクと首振りおもちゃのように首を振ってそれに同調するのを見て……俺はやっと3人の心情を理解する。
そうか……レオンの呪いは、他者に伝染するのではないかと思われているからか!
すっかり忘れていた事実に、俺は自分のうっかり具合に頭が痛くなって、こめかみを揉み込んだ。
呪いは伝染するモノもあるため、普通なら絶対に触らない。
ましてや『黒色』自体が良くない色と思っているこのご時世では、触るどころか近づく事さえご法度だと思っているのかもしれない。
「あ〜……うんうん。そっかそっか〜。」
三人の恐怖におののく表情を見て、反省しながら自分のトリさん頭を、軽く叩いておいた。
憧れのヒーローに出会えたビックな感動と興奮。
更には前世の記憶のせいで、その事がスコーンと頭の中からすっぽぬけていた。
なんといっても前世の日本には、このような強い禁忌的な考えというものは一般的にはなく、更にほぼ全員が黒髪に黒い瞳がスタンダード。
だからこういったモノが、禁忌であるという想いは一切ないのだが……その想いと同じくらい、目の前の3人はそれが大丈夫なモノだと思えないというわけだ。
「こういう価値観は、国とか時代によっても違うから……難しいね。」
ボソッと呟き、その難しさについて改めて悩む。
こういう生まれ育った環境も絡む問題は、口頭でゴリ押ししても余計こじれたりするし、そういうものだと理解するのには時間がかかるし……何をしても駄目な事もあるし〜……。
さて、どうしたものか……。
これからの事を考え頭を悩ませていると、イザベルが震える手を押さえながら続けて言った。
「……リーフ様、何故あのような不純な者に話しかけ、ましてや接触などしたのですかっ!!
しかも聞き間違えでなければ、明日屋敷に来いと……そうおっしゃりましたか??! 」
「えっ?……あ、うん。そうそう。」
イザベルのあまりの剣幕に、俺はコクコクと赤べこのように頷くと、彼女は目元を覆い空を見上げた後────カッ!と物凄い形相を見せる。
「絶対になりませんっ!!!
……あれはっ!!……あの姿は呪いのせいに違いありません!!
先ほどの接触で、リーフ様にもそれが感染してしまった可能性があるのですよ?!
なんとっ恐ろしいっ!!これ以上は絶対に近づいてはいけません。
明日アレが来たら直ぐに追い払いましょう!」
凄い圧をかけてくるイザベルに、もうそよ風くらいならこちらに吹いてきそうなほど首を振って頷くモルトとニール。
今の時点で、『呪いはうつらないよ〜』 とか『黒は別に邪悪じゃないよ〜』と言っても、やはり絶対信じてくれなさそうだ……。
多分、『地球は平たいお皿の形をしているんだよ〜』って言われていた時代に『実は丸なのだ!』と言い張っても絶対信じて貰えなかった話と同じ。
しかし────俺もここで『分かった〜』と素直に言うわけにもいかない。
仕方がない……あまり使いたくはなかったが、ここは物語のリーフと同じ手を使うしか方法はなさそうだ。
覚悟を決めて、俺は先程のレオンの時と同様、偉そうに腕を組み3人に目を向けた。
「君達〜?俺が何処の誰か……分かっているのかな?」
突如偉ぶりだした俺に狼狽した3人は、お互い顔を見合わせる。
「「「……公爵家の……リーフ様です……。」」」
すると戸惑いながら答えたので、俺はうんうんと満足気にうなづき、死刑宣告のように彼らに言い放った。
「そのと〜り!!そんな俺の命令は〜絶対!!俺のやる事を邪魔しない事!
これは命令だよ〜?わかったかな?」
「「「…………はい。」」」
権力をフルに使った強引な命令に、三人は一瞬の沈黙後、弱々しくYESと答えてくれたので、俺はニコニコと笑いながら、本日のランチが無くなってしまったのを思い出す。
「あっ!俺、お昼ご飯が無くなっちゃった。
せっかく誘って貰ったのに、これじゃあご飯一緒にいけないや。
残念だけど、今日はこのまま帰るね!2人ともバイバ〜イ!」
キョトンとするモルトとニールにお別れの挨拶をし、意気消沈し無言となったイザベルと共に俺は自身の家へと帰って行った。




