32 リーフの俺と衝撃の事実と
(リーフ)
その言葉を聞いた瞬間────俺はピタリと動きを止める。
……ん?んんんん────????
何か今すごく衝撃的な事を言われたような……??
眉を寄せて考え込む俺の姿をよそに、彼女は手に持つピカピカの洗面器を小さなテーブルの上に置き、タオルを横の取手の様なところに掛けた。
その動きを目で捉えながら、俺はそのお嬢さんに恐る恐る話しかける。
「おっ、おはようございまーす!────で、悪いんだけど、もう一度俺の名前言ってもらえないかな〜?できれば大きな声で!」
挨拶は朝の基本。
これを欠かすのはいけないと慌てて挨拶を返し、その後はしっかり確認をするために、もう一度名前を言って貰えないか尋ねた。
前世では体の衰えとともに耳も遠くなっていたから、もしかしてその名残で聞き間違えたかもしれないし……。
そのためしっかりと大ボリュームでお願いすると、彼女はポカンとした顔のまま固まってしまう。
「???」
不思議に思いながら彼女の顔をまじまじと見つめると、心なしか顔色が悪いように見えた。
「もしかして具合悪いの?大丈夫?」
心配になって尋ねてみれば、彼女はハッ!とした様子で慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません!その……今朝は随分と落ち着いている様子だったのでつい驚いてしまって……。えっと、お名前を大きい声で叫べばいいのですね!────では……。」
すぅ〜っと大きく息を吸った彼女は、俺が思った以上の大ボリュームの声で叫んだ。
「リーフ様ぁぁぁぁ────────!!!」
近くで叫ばれたせいで耳がキンキンと痛む事から、耳は遠くなってなさそう。
「……あ、ありがとう。────で、ごめんね。俺ちょっと急用を思い出したから、少しだけ一人にしてくれるかな〜?」
ホタホタ〜!と胡散臭い笑みを浮かべながら、1人にしてほしい旨を伝え、戸惑う彼女の背を押し丁寧に部屋から追い出す。
そして途端にシ────ン……と静まりかえってしまった部屋の中で────……俺はそのまま床にバターンと仰向けに倒れた。
これはもう間違いない……。
俺、リーフ・フォン・メルンブルクに転生してる!!!
わ────!!!と悲鳴をあげそうになった口元を慌てて押さえ、グワングワンと荒れ狂う思考の中、リーフという人間について思い出す。
アルバード英雄記の中で、主人公レオンハルトを最も苦しめた張本人、悪の親玉!
そんな最凶・最悪の悪役、リーフ・フォン・メルンブルクに……俺は転生してしまっている!!
な、な、な、なんてこった!!この可能性は想像だにしていなかったぞ!
俺は、頭を抱えて右へ左へゴロゴロと転がった。
リーフといえばレオンハルトを虐めてその力を引き出す、言わば当て馬的ポジションの悪役キャラ。
俺の考えていた予定としては、レオンハルトの物語に全く関わらない人物に生まれ、ストーリーの大まかな流れは変えずにちょいちょい微力ながらレオンハルトの手助けをするはずだった。
しかし、こんながっつりストーリーに組み込まれている人物では、行動はかなり制限されてしまう!
『レオンハルトが奴隷になる事、リーフに虐げられる事、それは変えない方がいいかもしれません。』
突如レーニャちゃんが言っていた言葉が頭をよぎり、うぅ〜……と唸り声をあげた。
リーフがレオンハルトを虐めなければ、彼は強くなる事が出来ない。
それは絶対に必要な事────と、分かっている、分かってはいるのだか……。
「────虐めか……。」
想像力が貧困な俺に、果たしてそんな大役がこなせるだろうか……?
寝転んだまま俺は腕を組み、必死に鳥さん頭をフル活動して考えてみた。
────無抵抗の子供相手に暴言を吐くおじさん。時には暴力も振るう……。
それをモヤモヤと想像したところで、俺は大きく震える腕で大きくバッテンを作る。
……これはいけない。
そんな子供を虐めるおじさんがいたら、俺が即座に殴り飛ばす。
でも……そんなおじさんに俺はこれからならなくてはならない。
ましてや俺の憧れのヒーロー相手にそんな事をしなければならないなんて、なんて辛い大役を背負ってしまったのか!
汗をダラダラとかきながら唸り続けたが、ネガティブな事ばかり考えても仕方がない、ここはポジティブな事を考えよう!
そう決意し、どっこいしょと立ち上がった。




