262 種族間の深い溝を知る
( リーフ )
何だい何だ〜い?
何か言いたげな目を見て理由を尋ねようとしたが、それより前にメルちゃんが口を開く。
「……メル……強い?」
「えっ??うん!強い!強い!」
心からそう思ったので素直にそれを伝えると、メルちゃんは、フンフンッ!!と勢いよく鼻息を吐き出し、胸を目一杯張り出した。
??突然どうしたんだろう??
謎の行動を不思議に思っていると、レイドが近づいてきて、俺の耳にボソボソと囁く。
「メルはよ〜こんな体格だから、そう言われたのが初めてなんだ。
獣人は基本皆デケェだろ?それが強い証っつー風潮があってさ。
体格が小さいと色々と面倒なんだ。
強さが重要な獣人にとって『強い』っーのは、最高の褒め言葉なんだぜ。」
レイド嬉しそうにメルちゃんを見ていて、俺はそんな二人を見て、なるほど!と納得した。
種族が違えば褒め言葉も変わる。
つまり、獣人にとっての『強い』は、人族の女性で言い換えると『美しい』や『可愛い』に該当する様だ。
奥深〜い!
改めて種族の差を感じながら、ブスッとしているレオンに視線を向けた。
「レオンも強い!世界一強い!」
獣人風褒め言葉を言い、ついでに顎をサスサスと擦ってあげると、か途端に表情が和らいだのを見て、もしかしてレオンって獣人なんじゃ?と思った、その時────……。
「強いって言われて嬉しいなんて、獣人族ってやっぱり変わってるぅ〜。」
そんな無粋な一言が直ぐ横から聞こえ、フッとそちらに視線を向けると────やっぱりいた。
サイモンだ。
この気配を感じさせない感じ、そして気がつけばいる感じは、もはやレオン並。
ツツ〜ンとそっぽを向きながら言うサイモンを見て、メルちゃんはあからさまにムッとした雰囲気を出す。
そうして二人の間にバチバチと火花が散り始めたそのタイミングで、またしてもバインっバインっ!と、二つの山を揺らしながら近づいてくるリリアちゃんが見えた。
リリアちゃんグッドタイミング!
またサイモンをペンっして連れて行っておくれ。
心の中でそう言いながら安心して見守っていたのだが…………?
「もう……兄さん。
そんな怖い動物達に近づいちゃ駄目でしょう?
急に暴れたら危ないわ。
あっちにいきましょう?」
サイモンに引き続き、リリアちゃんもツツ〜ンと顔を背けながら言い放つ。
そしてそれにカッチ〜ンときたのはレイドだ。
あからさまに不快、かつ怒りを込めてリリアちゃんを睨みつけた。
「あ〜辛気くせえ奴らが来たと思ったら、口だけ良く回る引きこもり族か!
こんな真っ昼間から森を出てきて大丈夫かよ?
────あ〜なんか草臭えな〜!!」
それを聞いたサイモンとリリアちゃんは、穏やかな笑みを浮かべたままだがムッとしたらしく、レイドとメルちゃんを睨む。
「いや〜ん、こわぁ〜い!なんか野蛮な獣臭するしぃ〜。
僕ってば可愛いからぁ、狩りばっかりしている野蛮な人達に狩られちゃう〜!」
「……好みじゃない……だから狩りしない……弱い……。」
サイモンの嫌味に、メルちゃんが容赦ない一言!
それに表情を失くすサイモンと、シュッシュッとエアパンチを繰り出すメルちゃんの間に、再び火花が舞う。
「だよなだよな〜!!
引きこもって草とかばっかりいじってる根暗とは俺達違うんで〜!
日光浴びねえからそんな弱っちい身体なんだろ。」
「あら、知識を探求する素晴らしさも分からないなんて……。
頭が軽くてさぞ動きやすいでしょうね、獣人族は。
羨ましいわ。」
レイドの攻撃、そしてリリアちゃんの反撃!
カンッ!と試合開始のゴングが頭の中に聞こえた後は、ギャーギャーと獣人組とエルフ組の罵り合いの喧嘩が始まってしまった。
「…………。」
獣人族とエルフ族は、遺伝子レベルで仲が悪いと言うのは本当なんだ……。
しょうもない理由でバッチバチとやり合う二種族を見て、凄く納得した。
この世界の獣人族とエルフ族はなぜか仲が非常に悪く、道をすれ違うだけでこの様に喧嘩になることもしばしば……。
ここに来る途中で泊まったマルタさんも言っていたが、宿でも道端でもよくこの二種族は喧嘩しているらしい。
ちなみに宿で喧嘩した場合は、従業員さん達が喧嘩している人達を丸裸にして温泉にブチ込んでおくそうだ。
<地上の楽園>での出来事を思い出しながら思わず震えると、急にグイッと右腕をレイドとメルちゃんによって引っ張られる。
「リーフと俺達は親友!マブダチなんでぇ〜!
草くせぇ引きこもり族は、あっちにいってくださ〜い。」
レイドがドヤッと言い切ると、メルちゃんはフンフンッと鼻息を吐き出した。
────お?……おおおお?????
いつの間にやら俺、親友になっているぞ??
突然の獣人の直感的コミュニケーションを体験してびっくりしてしまったが……良き良き!
ほほ〜ぅ?と感心しながら頷いていると、今度は反対の左腕をサイモンとリリアちゃんに掴まれ負けじと引っ張られる。
「僕達ぃ〜リーフ様の愛人なので!
野蛮な動物さんの方があっちに行ってくださぁ〜い!」
サイモンがフフンっとドヤ顔で語ると、リリアちゃんは笑顔のまま頷いた。
…………サイモン、そんな物騒な言葉をどこで覚えたんだい?
君は後でお説教とゲンコツのフルコースわっしょいだ。
そのままグイグイと両端で綱引きされながら、白熱する罵り合いの喧嘩にキリのいいタイミングをはかっていると、突如不機嫌オーラ全開のレオンが俺を後ろから抱き上げた。
そして────……。
ミチミチ〜ッ!!!!
力の限り、俺の体を締め上げてきたのだ。
……俺の骨変形してない?
大丈夫??
そう尋ねたくなるくらいのその締め付けっぷりに、俺は無言になる。
「……あっ、あっちに優良物件はっけ〜ん。」
「怖いヤツ来た!!じゃあ、またなっ!」
突如現れたレオンに、両者は息ぴったりなタイミングで逃げていった。
多分『愛人』という物騒なキーワードが、レオンのセクハラセンサーに引っかかったんだと、諦めの域で悟る。
俺が素直にスーパー不機嫌レオンの地獄の抱擁を受け入れていると、事の顛末を見守っていたモルトとニールが近づいてきて、尊敬の眼差しで見上げてくる。
「流石はリーフ様!もう既に愛人をおつくりになられてたとは……。
獣人族の2人も入れて、これはもうミニハーレムと言ってもいいでしょう! 」
「生ハーレム初めて見たっすよ〜。流石は俺達の仕えるお方っす!」
性に興味津々な2人はキラキラと目を輝かせてそう言うが、そんなものは作ってない。
しかも、そのハムみたいな名前の集団、半分は男だし。
それを伝えたかったが、レオンのせいで伝えられず……唯一動かす事のできる指をワサワサと動かし助けてアピールすると、2人はリズミカルに拍手を始めた。
「レオンはリーフ様の特別枠だと、以前から思ってました〜♬」
「────はいっ、レオンが一番、レオンが一番!羨ましいっすよ〜このこのっ〜♬」
そんな飲み屋のお姉さんの様な事を言って、レオンの心を鎮める。
────あ、そっち??
セクハラ駄目!じゃなくて、生ハーレムずるい!俺も欲しい!……的なやつ??
少々思い違いをしていたらしい事に気づき、ニッコリ笑った。
なら問題ないよ!呪いが解けたら、生でも焦げでも、凄いハーレム沢山作れるから!
レオンの大勝利だから〜むっちんむっちんだらけになるから〜。
「レオンが一番〜レオンが最強〜……むっちんむっちん…………。」
そうブツブツと呟くと、やっとレオンは手を離してくれた。
そしてそれにホッとしたのも束の間、突如ワシっと俺の腰を両手で掴むと、そのままクルリと身体を回され正面から顔を覗きこまれる。
「俺が一番……そしてむっちんむっちん……ですね?」
『俺が一番強い、そして女性のおっぱいはむっちんむっちんが最高ですよね?』
「うんうん、その通り。」
物凄い気迫で言い迫ってくるもんだから、そう反射的に答えたが……後半はちょっと昼間に言っていい内容じゃない。
レオンのインモラル問題が切実となってきた事に頭を抱えていると、やっと教員達の方の仕切り直しが終わったようで、ジュワンの不当な暴力を謝罪する言葉と共に、キチンとした採点が告げられる。
レイドは、アゼリアちゃんと同じく70点。
そしてメルちゃんは、その美味い距離感のとり方が評価されたようで、50点だ。
そんな揃っての高得点に周りからは、拍手と称賛の声が上がった。
確かに素晴らしい戦いっぷりだったと、俺も便乗し拍手していると────……。
「────次っ!〜〜〜、リーフ・フォン・メルンブルク様、前へ!」
自分の名を告げる声が、聞こえてきた。




