214 優しくて残酷な世界
( レオン )
そんな薄暗い気持ちを持て余している俺に、リーフ様は不安そうな目を向けてくる。
どうやら初めての乗り物で、不安な気持ちを抱いている様だ。
頼られているという事実に、俺はハッ!として、直ぐにそのドロっとした黒い気持ちを隅へ押し出し、リーフ様の体を強く抱きしめた。
「 ありがとう。 」
嬉しそうにお礼を言ってくれるリーフ様に、今度はホッとした気持ちがこみ上げる。
” 今、ここにいる ”
その事実をもって、また徐々に広がろうとする黒い何かを懸命に心の奥底にひた隠すと、まるでそれを助ける様にヒヨコもどきが走り出した。
「 う、うひょ〜!!! 」
風をビュンビュンと受け、リーフ様は先程の不安そうな様子など微塵もなく、とても楽しそうに歓声を上げる。
その姿は、妙な不安を抱えたオレの心をふっと軽くしてくれたような気がした。
大丈夫、大丈夫、リーフ様はここにいる。
変わらず感じるリーフ様の体温を感じながら、俺は自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟く。
あの初めて出会った時のように遠くではなく、リーフ様は俺の直ぐ側にいる。
だから焦る必要はないと思っているのに……時々フッと不安になるのだ。
なんだかリーフ様が見ている世界は、俺が見えている世界の遥か向こう側な気がして……。
「 …………。 」
またモヤっとしたものが、心の中に広がっていった。
大丈夫……大丈夫……。
────大丈夫……?
ヒヨコもどきはスピードを上げ、そのまま巨木へとまっすぐ走っていく。
それに、リーフ様は焦った様子で声を張り上げたが、ヒヨコもどきは気にすることなくどんどんと上に上がっていき────頂点から空に向かって思い切り飛び立った。
その直後、この目に写るのは、青く澄み渡った空とどこまでも続く様に見える地平線。
そして────……。
心に宿るのは、広い世界への " 絶望 " だった。
その絶望は、耐え難い恐怖をこの心に与えてくる。
こんなにも世界は広いのかと知ってしまえば、リーフ様と出会えたことは本当に奇跡なのだと思い知らされ、それが俺は怖いと思った。
俺を見つけてくれて、受け入れてくれて、この世界に初めて生み落としてくれた。
そして、今現在もココに存在させ続けてくれる唯一の人。
そんな奇跡は、きっと一度見失ってしまえば、もう二度と見つからない。
きっとこの広い世界に、リーフ様は取られてしまうだろう。
「 うわぁー……凄く綺麗だ……。 」
感極まった声が前から聞こえ、俺は一度目を閉じ、そしてもう一度同じ景色を眺める。
すると不思議な事に、先程までの不安感、焦燥感、絶望感はなりを潜めキラキラと輝いて見えた。
「 そうですね。凄く綺麗です。 」
自然と口から出た言葉に、俺は思わず笑みをこぼす。
リーフ様と一緒に見るから、この世界は美しい。
そしてそう見えるのは俺が ” 幸せ ” だから。
リーフ様といる日々は俺にとっては宝物で、泣きたくなるほど毎日 ” 幸せ ” なのだ。
今まで一緒に過ごした日々を振り返り、確かにある幸せな思い出達を誰にも取られないように、心の中にギュッと抱きしめた。
リーフ様を通さず見る世界に対し感じるのは、リーフ様を取られてしまうかもしれないという負の感情だけで、きっとこの ” 幸せ ” を失くしてしまったら、世界を美しいと思う事はない。
「 綺麗な景色……これからも沢山見たいです。
────……一緒に……ずっと……。 」
そう言い終えた後、脳裏に思い浮かんだのは、あの結婚式でのビジョンだ。
俺ではない誰かといつかリーフ様は並び立ち、こんな美しい景色を一緒に見るのだろうか?
綺麗だねって笑い合って、溢れんばかりの ” 幸せ ” を抱えながら……。
その時俺は、何処にいる……?
それを考えると、俺の心はドロリドロリと黒い何かに飲み込まれそうになる。
リーフ様を俺から取り上げる世界を、許すことができない。
耐えきれない程の怒り、憎しみがその世界そのものに、そしてその世界を形成している全てのものへと向かっていく。
これをどうやって抑えたら良いか分からず、そのドロドロした黒い何かが心の中から飛び出してこようとした、その時────……。
「 うん!これからも沢山見れるよ! 」
前に座るリーフ様が、それが当たり前の様にサラッと言ってくれた。
これからもずっと俺の側にいてくれる。
ずっとずっと俺に ” 幸せ ” を与え続けてくれる。
美しい世界をずっと俺に見せてくれる。
────未来永劫離れることなく一緒に。
それを聞いた俺は嬉しくて幸せで、そんな感情が心の中を占めれば黒いものは何処かへと消えてしまった。
だから、その喜びの感情のまま、ギュッと強くリーフ様を抱きしめる。
この広い世界に彼を取られないように。
────ここから決して逃さないように。




