210 見ているよ……?
( リーフ )
部屋に戻ると、モルトとニールが目を見開いたままぼんやりと天井を見上げていて、そんな二人に恐る恐る話しかける。
「 ふ、二人とも大丈夫? 」
声を掛けられた二人は、ツツッ……と涙を流し「 もうお婿にいけない……。 」と、か細く呟いた。
そしてその後二人はうっうっと泣き始め、部屋の中はそのすすり泣く声で一杯に……。
「 そ、そう……。 」
俺は悲痛な二人の声を聞きながら、深く同情して嘆き悲しんだ。
普段女性との絡みが皆無な俺、レオン、モルト、ニールの幼馴染〜ズ。
特にモルトとニールは、女性とのあれこれに対しキラキラとした理想像をもっている。
そんな二人はたった今、そんな女性に全てを見られてしまった上に赤ちゃんの様にお着替えまでされてしまったのだ。
全てをすっ飛ばしての赤ちゃんプレーか……。
確かにちょっと、難易度が高すぎる。
同じ男として掛ける言葉が見つからず、とりあえず静かに泣く二人にソッと布団をかけ、俺も寝ようかとレオンにおやすみを告げる。
コクリと頷くレオンを見た後、俺は大きなベッドにボスンっとダイブ!
────モフフフフ〜!!
そのまま、まるで雲の様なふかふかベッドに身を埋め、その感触を存分堪能する。
” さぁ、寝るぞ〜! ”
大満足した後は、寝る前にフッとレオンが寝る予定のベッドの方へ目を向けると────数匹の砂ネズミたちと目が合った。
「 …………? 」
なぜ砂ネズミ達がレオンのベッドに??
ちょうど4匹いることから、先ほど貰った大会の参加賞だと思われるが……??
ジィィィ〜……。
結構な圧力で見つめてくる8つの目に、思わず顔を引きつらせながら、砂ネズミ達の向こう側へ視線を移した。
するとそこには、ヌボっと立ったままジッと俺を見つめる別の2つの視線が……。
「 ……レオン、ベッドで寝ないの? 」
「 砂ネズミがいますから。 」
いるね、砂ネズミが4匹。
その通りだったから、コクリと軽く頷く。
「 な、なんで砂ネズミがベッドにいるの……? 」
「 この部屋の中で一番良い場所だからです。 」
ちょっと聞くだけでは理解不能な理由でも、レオンの部屋の事を思い出せばピン!ときた。
レオンは常にベッドの上に砂ネズミを置いて、まるで祭壇のように飾り付けている。
どうやらおままごとの一種らしいのだが、なんとそれにベッドまで譲り、自分は絨毯の上で寝ているので、少々行き過ぎ感は否めないなと思っていた。
何でも大人になってから嵌まると、規模は大きくなる。
そんな話を思い出したため、とりあえず飽きるまで暖かく見守ろう────などとマイペースに事を見守っていたらコレ。
外出先、しかも明日は大事な試験なので、いくら何でもおままごとはお休みして欲しいと思う。
少し考えた後、俺は、つぃ……と自分の布団を持ち上げた。
「 ほら、レオンおいで〜。 」
フリフリ〜♬と布団をあげながら、レオンに声をかける。
するとレオンは呆けた顔で俺を見たまま動かなくなってしまったので、俺は布団を持ち上げてない方の手でテシテシと敷布団を叩きレオンに言った。
「 心配しなくても大丈夫だよ。このベッド、広いからさ。 」
レオンの体格を考えると、シングルベッドでの熟睡は難しい。
しかしこんなに広いベッドなら、カッコウのひな鳥のように、俺がレオンに落とされる心配はない。
多分ぐっすり眠ることが出来るはずだ。
持ち上げた布団を更に激しくフリフリ〜!と振りながらレオンが来るのを待っていると、レオンはおぼつかない足取りでこちらにやってきた。
そして布団をジッと見下ろした後、モソモソとゆっくり布団の中に入ってきて、人間1人分位のスペースを開けてこちらを向いたまま大人しく横たわる。
よしよ〜し。
野良猫への餌やり初成功の時の様に、近づいてきたレオンに満足気に微笑むと、持ち上げていた布団をふわっとレオンの上に掛けてあげた。
そして、改めて感じるレオンの存在感にじんわりとした喜びが湧き上がる。
本物のレオンハルトなんだよな〜……。
俺の人生を変えてくれた人。
俺が俺であるために、ずっと心の支えになってくれた人。
そんな永遠のヒーローとも言える憧れの人が、こんな手を伸ばせば届く距離にいるなんて本当に凄い事だ。
「 ……〜っ……。 」
じんわりした喜びはそのまま大きくなっていき、ジ〜ンと全身へと行き渡って行った。
人生って多分楽しい一時が奇跡で、常に色々なものと戦って前へ歩き続けないといけないんだと、俺は1つの人生を終えてしみじみ思っている。
そんな歩んできた軌跡全てが人生で、それを進んでいくための心の支えが、俺にとってはこの ” レオンハルト ” だった。
沢山の困難にぶつかって沢山泣いたし、悔しい思いもしたし、誰かを憎いと感じる事だってあった。
でもその度に、頭をよぎった。
世界に復讐することができる力を持ちながら、ただ ” 生きるとは何か ”
その答えを見つけるためだけに前に進んでいった姿が。
ただ生まれてきただけなのに全てに拒絶され、傷つけられ、ゴミのように扱われつづけた ” レオンハルト ”
本来なら憎むはずだ。
自分を捨てた母を、自身を迫害し続けた人々を、自身を害すリーフを、そして自身を拒絶する ” 世界 ” そのものを。
しかしレオンハルトは復讐に目を向けることなく、心を壊してもなお、誰一人として恨んだり憎んだりはしなかった。
全てを飲み込み進み続ける彼の姿は、ただただ悲しい。
しかし同時に誰よりも強い人だと、俺は憧れをもったのだ。
そしてそんなレオンハルトは最後まで ” 絶望 ” に負けることなく、壊れた心のままたった1つしかないとはいえ答えを出した。
それって凄い事だと俺は思う。
目の前に横たわるレオンに俺は手を伸ばしかけて────……。
────直ぐにその手を止めた。
目の前にいるレオンも、どんなに俺にひどい扱いをされようが、挫ける事なくその屈強をバネにどんどん強くなっていっている。
それをみて嬉しく思う反面、ふっと思った。
もし俺が悪役リーフとして転生していなかったら?
そしたら二人で飲み明かしたり、語り合ったり、そんな未来があったのかな?
リーフとなった今、それはありえない未来だが……。
「 ……ふぅ。 」
届かなかった手を見つめながら、小さく息をはきだした。
俺達の未来はレオンによって断罪された後、二度と交わることはない。
残念だが、その覚悟はとっくについている。
俺はそのままゆっくりゆっくりと伸ばしかけた手を引っ込めた。
でも────今だけは側にいることが許されている。
それってすっごく幸せな事なんだと思った。
俺は暗くて全く見えないレオンの顔を見つめ、ニッコリと微笑む。
悪役リーフとしてこの手を伸ばす事はできないが、せめて断罪されるまでレオンの姿を沢山この目に焼き付けよう。
引っ込めた手をギュッと握り閉めると、次第に瞼は重くなっていく。
「 おやすみ、レオン……。 」
そして薄れていく意識の中、真っ暗で見えないレオンに向かってそう呟いた後、俺の意識はプツリと途絶えた。




