208 まずは洗おうか
( リーフ )
◇◇
あ────……驚いた〜。
俺はレオンと隣り合って身体を洗いながら、はぁぁ〜と息を吐いた。
レオンに絞め落とされる直前────大きな音に気づいたモルトとニールが脱衣所を覗きに来てくれて、アナコンダに巻き付かれた餌のようになっている俺を発見。
息を飲む。
その後、直ぐに俺がぐったりしていることに気づき、レオンをタオルで叩きながら声を掛け、なんとか引き離してくれたというわけだ。
まさか、俺を亡き者にしようとするほどのパニックをおこすとは……。
先程のものすごい締め付けを思い出し、ゴクリっと息を飲み込むと、改めて注意しなければと反省した。
性的な事は本当に慎重にいかないと死人がでるぞ、高確率で俺!
恐る恐る隣で大人しく身体を洗うレオンを見れば、直ぐに視線がバチリと合った。
レオンがさっきから、めちゃくちゃこっちを見てくるのは、洗い方に自信がないからだと思われる。
最初に身体の洗い方をザッと教え、洗う為のタオルを渡してかずっとこの調子だ。
見られる側なら、締め付けられる事はない────はず!
だから、いくらでも見ておくれ!
見せつける様にワッシャワッシャと身体を洗いながら、次にこれから入る予定の素晴らしいお風呂の数々に目線を走らせる。
作り的には、めちゃくちゃ広いスーパー銭湯。
多種族の人達も多く泊まるこの宿には、沢山の種類の湯船が用意されている様だ。
スタンダードなお風呂から、体に良さそうな薬草風呂。
スーッとした匂いが刺激的!ミント風呂や、ポカポカ唐辛子風呂に、心安らぐ花の匂い風呂やフルーツがぷかぷか浮いた果実風呂!
そしてそして〜!
俺は、全ての匂いを押し除け、ぽわぁ〜匂ってくる独特の香りに、思わず鼻をピクピク動かす。
期間限定の地上の楽園名物────《 お酒の匂い風呂 》〜!!!
お酒の芳醇な香りに震えながら唇を突き出すと、レオンはビクビクしながら同じく唇を突き出し一生懸命俺の真似をしていた。
早く入りたいぞ〜!
必死に頑張る可愛いレオンにニッコリしながら、ウズウズする体を強く擦る。
そしてシャワーが付いた蛇口をコキュッと捻り、飛び出すお湯で泡を洗い流した。
ちなみにお風呂の際に使うシャワーは、ほぼ前世と同じ様な形態で存在しているのだが、シャワーは魔道具なので魔力を溜め込んだ、いわゆる電池の様なものがなければ使えない。
そのため、どうしても定期的な魔力補充が必要なのだそうだ。
大方体を洗い終わった俺は、モタモタ〜と普段とは真逆とも言えるスローな動きで体を洗っているレオンに視線を向けた。
「 背中洗ってあげるよ! 」
「 ────っ!!? 」
そう軽く声を掛けると、レオンは大きく体を揺らしたが、やがておずおずと俺に背中を向ける。
俺は鼻歌を歌いながら、泡立てたタオルでワッシワッシとレオンの背中を洗い、改めてその左半身をじっくりと見てみた。
火傷の様に、赤黒く爛れて盛り上がった皮膚。
その上に小さな判読不能の文字が、これでもかとビッシリ描かれている。
そういえば、これって一体何語なんだろうか……?
フッと何気なく浮かんだ疑問だったが少々気になり、前世で何度も何度も読み返した『 アルバード英雄記 』について思い出してみたが────結局最後まで、それについての記載は一切なかったはずだ。
細かい記憶をほじくりながら、やや離れた場所でまったりとミルク風呂に浸かっているモルトとニールに声を掛けた。
「 ねぇーねぇー前から思ってたんだけどさーレオンの左側に書いてある文字って、何語なんだろうね?
そんで、何が書いてあるんだろう?
これだけビッシリ書くって事は、相当忘れたくない事でも書いてあるんじゃないかなって思うんだよね。
モルトとニールは何か分かる? 」
二人は呆れた様な顔つきで、横にフルフルと首を振る。
「 いいえ、全く分かりません。
そもそも怖くてそんな凝視できませんよ、普通は。
俺達も慣れたとはいえ、未だにこの距離でもそれを直視するのは怖いです。 」
モルトの言葉に、ニールはウンウンと頷いた。
ほぅほぅ、なるほどなるほど〜?
俺としては好きなんだけどねぇ!
ダークヒーロー大好きおじさんとしては、何となく優越感を感じニンマリと笑うと、レオンのそのダークヒーロースキンを、ここぞとばかりに近距離で見つめる。
見た目は文句なしの100点。
肌触り的には、紙やすりのもうちょっと粗いバージョンで、よく研げそう、爪とか。
多分油断してたら、指も持っていかれる。
ゴクリっと唾を飲み込み、指が巻き込まないよう丁寧にタオルで擦った。
そして、書かれている文字に再度目を向け、何が書かれているか考えてみる。
「 う〜ん…… " 我、ここに示す、本日の朝食はパンなり " ────とか? 」
そう言った瞬間モルトとニールは、ぶっ!!!と大きく吹き出し、大笑いをし始めた。
「 なっ、なんで朝食べた物をレオンの半身に書くんすかっ!! 」
ヒィーヒィーと笑いながらニールがそう言うので、俺は顎に手を当てて考えながら、それに答える。
「 いや、だってこれだけビッシリ書くって絶対忘れたくない事だったと思うんだよね。
歳をとると、朝に食べた物を忘れちゃうんだよ。
そんで夕食に同じ物食べちゃって、うわーってなるから最終的に紙に書く様になるでしょ?
────それ? 」
” ヒャッハッハッー!!! ”
悶えながら笑ってる二人を、俺はため息混じりで見守る。
まぁ、二人とも今は笑っていられるけどね?歳をとったら分かるから。
笑っていられるのは、今のうちだよ〜?
1日の終わりに書く日記ならぬ、朝書く朝ごはん日記。
その存在を思い出し ” そういえばそれ棺桶にちゃんと入れてくれたのかな? ” と思いながら、レオンの背中をジャバっと流した。
レオンはこれで終了。
今度は俺も〜とレオンの前に回り込み背中を向けた────が……?
レオンはタオルを持ったまま、全く動かない。
「 レオーン?? 」
不審げにそう言いながら後ろを振り向くと、レオンは泣き出す一歩手前みたいな顔をしている事に気づき、ビシッと固まってしまった。




