(アントン)161 アントンの悪寒
(アントン)
食堂近くに立っている食材の解体用の小屋にて、明日使う肉を切り分けていると、突如背中に悪寒が走った。
「────あ〜……。」
更に、続けて腕に鳥肌が大量に出現し、現在起こっている大体の状況を察っする。
「ホント運がねぇ奴らでさぁ……。」
俺は侵入してきたであろう傭兵たちに心底同情しながら、自身の担当する場所へ近づく魔力反応を感知し、ため息を尽いた。
自業自得だと思う心八割、同情が二割。
凝り固まった首をゴキゴキと鳴らした後、静かに包丁をしまうと────俺は自分の担当エリアへと向かった。
◇◇◇◇
「結構な大人数だが……まぁ、中堅どころの傭兵パーティーってところか……。」
場所は裏手の方向にある森の中。
先の方をジッと見つめると、身体強化をかけた数十名が何者かから逃げるように、全力で走ってくるのを確認した。
「このままココに真っ直ぐ来るみたいだし、とりあえずこのまま待つか……。」
大人しくその場で立って待ちながら、やっと見えてきた傭兵達に向かって、一応話しかける。
「流石に訪ねてくるには時間が遅すぎでさぁ、お引き取り願おうかい。
大事な用なら、このリーフ邸専属料理人のアントンが話を預かるが……。」
だいぶ優しく尋ねてやったというのに、傭兵たちはチッ!と大きな舌打ちをした後、大声で怒鳴りつけてきた。
「うるせぇぇ!!いいからどけよ!!この、料理人風情がっ!!」
「…………。」
随分と急いでいる様子の傭兵達。
なぜそんなに焦っているのか?答えは簡単だ。
ここから直線上には、ドノバン様がいる。
恐らく誰かが足止めをしていて、コイツラはその間に依頼を達成し直ぐに撤退する、そういう作戦なのだろう。
「バレバレ過ぎるだろう……。」
随分と稚拙な作戦に、大きく肩をすくめると────それに気づいた傭兵達は、あからさまにイラッとした様子を見せた。
そして、俺の目の前で足を止め、一斉に武器を抜いて構える。
「────あ?料理人ごときが、なに人のこと見下してんだ?
とりあえず両手を切り落として、ドノバンの野郎が来た時の人質にしてやんよ。」
「そうですかぃ。でも、そいつは困りまさぁ。これから直ぐに、明日の料理の仕込みをするつもりだからな。」
俺が素直に答えると同時に、ブチ切れた傭兵の男が身体強化を掛けてまっすぐこちらに飛び込んできた。
そして、迷うことなく手にもつ剣で、俺の右手を切り落とそうとしたのだが……。
────パシッ。
俺はその剣先を、軽く摘んで止めてやる。
「────は……????」
パカリと口を大きく開けながら、間が抜けたような声を出すその男に、俺はもう一度ため息をつく。
そして開いている方の手で腰にさす包丁を抜くと────そのままその男の腕を、スパンと切り落としてやった。
「ぎゃああああ────!!!!!!」
腕を失くした男は、大絶叫を上げながら地面を転がりまわる。
一瞬で張り詰める空気に、その場の全員が動揺しながらも俺を睨みつけた。
「おっ、お前ただの料理人のはずだろう!!?一体何をしやがった!!」
「いや、するもなにも……ただ包丁で斬っただけでさぁ。
こんな単純な攻撃もよけられないたぁ、お前らとんだ三流傭兵だな。」
俺はスキルどころか、身体強化すら使っていない。
つまりはその程度の実力しか、こいつらには無いと言うこと。
依然張り詰めたままの空気の中、俺は抑えている力を少しだけ開放してやる。
すると、体の周りにゆらりと白い闘気のようなものが滲んだ。
傭兵たちはそれを察知し不思議そうな顔をしたが、その傭兵たちの中では最年長であろう一人の男だけは、ドバッと大量の汗を掻きガタガタと震えだした。
「その白い闘気……っ!!まさかお前っ────伝説の元Sランク傭兵、『オーガ落としのアントン』かっ!!!」
俺はそれを肯定する様にニヤッと笑った。
◇◇◇◇
俺、アントンは、このリーフ邸の食卓を一気に預かっているリーフ様の専属料理人である。
生まれは小さな街の小さな食堂屋を経営する平民の家庭で、父は早くに亡くなっていたため母だけが俺の家族であった。
女一人で食堂を切り盛りするのは大変だったろうに、母は気丈にも女手一つで働き、弱音1つも吐かず何不自由ない生活を俺に与えてくれた。
『母を助けたい』
そう強く思った俺は、物心ついた頃から母の店を手伝い、料理を覚え次第に料理人になることを夢見るようになる。
最初はただ母を助けたいと願って始めた料理であったが、自身の作った料理を食べて人々が笑顔になってくれることが、たまらなく嬉しいと感じる様になったからだ。
だからこのまま将来は、母と二人、二人三脚でこの店を繁盛させていきたいと、そう思っていた────が……そんなささやかな未来は、資質鑑定を受けた時に見事崩れ去ることになる。
俺の告げられた資質は<闘戦士>。
闘気と呼ばれるオーラを身に纏い、圧倒的パワーで敵を倒すことのできる戦闘系中級資質であった。
めったにない中級資質、しかも戦闘系ということで周りは一気に祝福モードに。
そして傭兵や守備隊、冒険者パーティーからの勧誘がひっきりなしに訪問してくるようになり俺の周りは騒がしくなってしまった。
『俺は料理人になりたいんだ!』
その夢を語る度、周りの人達は口を揃えて言う。
『そんな素晴らしい戦いの才能があるのだから、それを生かすべき。』
『料理なんかより、その才能で人の命を助けようとは思わないのか?』
俺がどんなに望んでも、周りはそれを認めようとしてくれなかった。
俺は資質鑑定をしたことを後悔した。
それさえやらなければ……と、どんなに後悔しても一度判明してしまったものは永遠に俺の個人データーから消えることはない。
そんな周りの反応に頭を悩ませていたそんなある日、母が倒れた。
毎日高額な薬を飲まなければ死んでしまう病。
勿論一般平民家庭では、逆立ちをしたってそんなお金は出せない。
それを理解した瞬間、俺は夢を捨てた。
自身の夢より、母の方がもっと大事だったからだ。
いつも笑顔で俺を育ててくれた大好きな母。
今度は自分が母を助ける番だと決意し、小学院卒業後すぐに高額な収入が見込める傭兵になった。
幸い体格にも恵まれていた俺は、傭兵として確かな実力をつけていき、更には率先して困っている人達を助けている内に異例のスピードでAランク傭兵まであがってしまっていた。
しかし戦う仕事自体は好きではなく何度も心が折れそうにはなったが……それでもこの仕事のお陰で母の命をつなぐ事ができる。
更に助けた人々の『ありがとう』という言葉が、俺の心を支えてくれていた。
そんなある日、小さな村にオーガの大群が押し寄せたと緊急の連絡が入る。
オーガはとても凶暴かつ残忍で、一度暴れれば小さな村など簡単に全滅してしまうBランクモンスター、しかもそれが複数体ともなると依頼レベルとしてはSランクを超える。
< オーガ >
体長5mほどの人型Bランクモンスター。
筋肉質な肉体と圧倒的なパワーを持ち、一撃で街が吹き飛んだ事もある
物理、魔法攻撃に高い耐性をもち、状態異常耐性も持つため討伐は複数のパーティー推奨。
緊急討伐依頼がギルドから通達されたが、一体でも命がけのオーガ討伐……更にそれが複数体ともなると、誰一人手を上げる者はいなかった。
『貴族が一人も住んでいないような貧しい村では、助けても旨味がないし……このまま見捨てよう。』
『オーガは人肉を好物とするので、その村を襲ったあとは大人しく森に帰るだろう。』
そう言い残して全員が解散してしまったが、俺は迷うこと無く直ぐにその村に向かって全力で駆けていった。
すると村は既にかなりの被害であったが、全滅する前になんとか間に合い、襲われそうになっている子どもたちを助ける。
「早く逃げなさい!」
俺は襲い来るオーガ達の攻撃を受け止めながら、助けた子達やまだ生き残っている人達に避難を即した。
「は、はい!!!」
「あ……あ”り”がどう”ござい”ま”ず〜……!」
子どもたちや生き残っていた人達は、直ぐに後ろの方へと後退してくれて、ホッと胸を撫で下ろす。
後は……倒すだけか。
避難が終わったタイミングで、俺はオーガの大群に向かって一人飛び込んでいった。
その後、気がつけば全てのオーガを、しかも無傷で倒していて……結局その功績から俺は『オーガ落としのアントン』という二つ名と共に、S級傭兵の称号まで手にしてしまう。
特に出世は望んでいないのに……。
気持ちとは裏腹に、俺の名声はどんどんと上がっていき……しばらくは傭兵として順風満帆な日々をすごしていたが、母の容態は少しづつ悪くなっていった。
俺は仕事の傍ら精一杯の時間を作っては、できる限りの時間を母と過ごし、俺なりの親孝行を沢山したと思う。
その度に、母は『ありがとう』と言って笑顔を見せてくれたが……とうとう母の最後の日がきてしまった。
俺も母も、その日が最後になることは分かっていた。
だからこそ俺は、笑顔を絶やさず今までの思い出を沢山沢山母に話す。
幼い頃に失敗した料理についての事。
上手くいかなかった食材の下ごしらえ。
傭兵になってから驚いた事。
そんな本当にどうでもいい話を……。
大して面白くもなんともない話を、ひとつひとつしっかりと聞いた母は嬉しそうに笑い、最後に言った。
「今までありがとう、アントン。これからあなたはあなた自身の夢を追ってね。」
そうして母は、笑顔のままイシュル神の元へと旅立っていったのだ。
しばらくはぼんやりとしてしまい意識は半分夢の中であったが、傭兵の仕事は待ってはくれない。
ひっきりなしに入ってくる依頼をこなす日々が続く。
そんな中でも、母の言葉は頭にこびりついて離れず、小さい頃に捨てたはずの夢が再び自身の心の中に芽生えた事に気づいた。
「俺は……料理人になりたい!」
そう強く願うようになっていく。
しかし────……やはり周囲の者達はその夢を認めてくれず、『その戦いの才能を生かすべきだ』と口を揃えて言った。
中には『傭兵を辞めるという事は、君がいれば助かるはずの命を見捨てて殺す事と同じだろう!』とまで言う者達まで……。
俺は悩んだ。
そして、なぜ料理人になりたかったのかと考えた時……母を助けたいと思った事と、俺の料理を食べて笑顔になってくれるのが嬉しかったからという理由を思い出す。
助けたい母はもういない。
そして笑顔を見るためなら傭兵でも同じではないか……。
最後はそう思い直し、俺は傭兵業を続けることにしたのだった。




