149 愛とは?
(リーフ)
◇◇
懐かしさに目を細めていると、隣に座っていたレオンが、「リーフ様?」と怪訝そうな雰囲気でこちらを見ているのに気づき、ハッ!と現実に意識が戻ってくる。
「あ、ごめんごめん。結婚式があまりにも素敵だったからぼんやりしちゃったんだ。本当に綺麗だね。」
「……そうですか。 」
慌てて誤魔化すと、レオンは一応納得した様でそれ以上何も聞いてこず、花婿と花嫁の姿をじっと見つめた。
もしかして興味を引かれているのでは?
ワクワクしながらそう考えていると、レオンは不思議そうな表情を浮かべる。
「リーフ様、『愛』とは一体どんなものですか?」
『愛』
なんとレオンが愛について尋ねてきた!
これには驚いてカカッ!目を見開く。
あの基本、『何にも興味はありませ〜ん!』なレオンが……レオンが……!
心の中でヨヨヨ……と泣きながら、今後に繋がる素晴らしい答えを────と気合を入れて考えたものの、これは難しい質問だと考え込んでしまった。
『愛』と一言で言っても沢山の種類があるわけで、恋愛、家族愛、友愛、親愛……と上げたらきりがない。
生まれてすぐ捨てられてしまった俺にとってパッと思いつく愛とは、まきやパン屋のみち子さんに向けていた恋愛と、陽太や友人たちに向けていた友愛や親愛、それに子どもたちに向けていた加護愛、慈愛だ。
正直、語るほど『愛』というものを理解してない上に、恋愛にいたっては成就したことがないから語っていいものかも分からない。
まぁ、結婚式という狭いカテゴリーで考えれば、教える愛は『恋愛』でいいと思うけど……。
では!と、その恋愛について考えてみれば、これまた新たな悩みにぶち当たってしまった。
『恋愛』一つとっても、身を焦がす様な愛もあれば、穏やかに慈しむ愛もあるし、独占欲の強い重苦しい愛もあれば、性欲にすぐに負けちゃう軽い愛もあるし、一般論でも語るのが凄く難しい。
「う、う〜ん……。」
頭を大きく横に倒しながら、考えて……考えて……。
分からないなりに、とりあえず年長者として伝える努力はしてみようと口を開いた。
「そうだね〜、『愛』っていっぱいあるからね。レオンは結婚に興味があるの?」
「興味……?────どうでしょうか……。ただ不思議な気がします。
全くの別の個体同士が出会い、これからの人生を共にするという事が。
それを決める『愛』とはどのようなものなのかと……。」
レオンの顔はいつもより柔らかい雰囲気だ。
なるほど。
レオンが興味を持ったのは『恋愛』についてで良いらしい。
にんまりと三日月のように目を細め、密かにほくそ笑む。
甘酸っぱい青春の始まり……その第一歩を踏み出す直前、そういうことだね〜?
それに気づくと、口端はニヨニヨ〜と上へ上へと上がっていき、おっとっと!と口元を慌てて手で隠した。
ならキラキラした美しい恋愛について教えてあげよう。
レオンはとりあえず少女漫画レベルからだ!
口元から手を外しゴホンと咳払いをしてから、ペラペラと輝く様な恋愛について語った。
「やれやれ、レオンはお子様だな〜。
ずばり一緒にいて幸せだなって感じることだよ。
愛があれば、隣にいるだけで、目が合うだけで幸せな気持ちになるんだ。
あとは姿が見えないと会いたくてたまらなくなるし、その人のためなら何でもしてあげたくなる。
その人が何をしても可愛くてたまらない気持ちになって、ずっと一緒にいたくなるし、幸せになって欲しいと誰よりも願うようになるよ。」
「────えっ……?」
レオンは、なぜか驚いたような顔をして固まった後、かぁぁと顔を赤らめた。
おおっと、しまった。純情恥ずかしがり屋さんのレオンにはちょっとレベルが高すぎたか……。
予想以上の反応に、『失敗してしまったか!?』と心配したが、なんのなんの。
俺もこのくらいの年の頃、まきに対し今のレオン同様の反応をしては枕に顔を埋めて恥ずかしがっていたものだ。
微笑ましくて思わずにっこり。
そして甘酸っぱいまま終わってしまった自分の恋愛を思い出した。
「……でも、残念ながら自分と一緒にいても幸せになれないことが世の中にはあるんだよ。
その時はその人の幸せを願って離れてあげるのも『愛』ってやつだと思うよ。
自分が側にいなくても好きな人が幸せなら嬉しいものさ。」
────な〜んちゃって!
自分の恋愛経験を語ってしまい、ちょっと恥ずかしくなって頭を掻く。
そして、『カッコつけちゃったな〜!』などと照れていた、その瞬間────……。
────ブワッ!!!!
物凄い殺気が、レオンから放たれた。
「────っ!!!!」
それをまともに浴びてしまった俺の体は凍りつき、体中から汗が一瞬で吹き出す。
「う……あ……ぁ……。」
指一本すら動かす事は出来ず、更に喉は火傷した様にヒリつきうめき声しか出せない。
どうにかして乱れる呼吸を整えようと、ヒューヒューと息を吐きつづけると、俺の状況にすぐに気づいたレオンは慌てて殺気をかき消した。
そのせいで俺の体は崩れ落ちガクリと力を失うと、青ざめた顔のレオンが抱きとめてくれて……直ぐに震える手でお茶の入った袋を口元まで持ってきて飲ませてくれる。
「あ……俺……あぁ、どうしよう……。俺、そんなつもりじゃ……!」
レオンはパニックを起こしている様で、うわ言の様に繰り返し謝罪を呟きながら俺にお茶を飲ませてくる。
そのお陰で、徐々に呼吸は整い、固まった体は元通り動くようになった。
────……あ〜……びっくりした〜!
俺は、ぷはぁっ!と大きく息を吐き出し、殺気でこんなに体が固まるのか〜と初めての体験に衝撃を受ける。
なんといってもビリビリ草を握った時より痺れが上!
これに早く慣れないと、勝負の時は不戦勝だ!
今後の戦いについて危機感を抱いたが、とりあえず、パニックを起こしているレオンを安心させようとして────やっと何故レオンがこんなに激怒したのかを理解した。
レオンの現在の身分は俺の<奴隷>。
<奴隷>とは所有物と同じ扱いであり、恋愛すること自体許されぬ身分である。
つまりレオンからしてみれば────……。
『恋愛?偉そうにそんなものを語りやがって!こちとらお前に奴隷にされて恋愛も結婚もできないだろ!』────って事か!!
「…………。」
そのお怒りはご尤も。
考えが及ばなかった自分を反省し、青ざめて震えているレオンをチラッと見つめた。
『ごめんね、酷いこと言っちゃって。』と直ぐ謝ろうとしたが────……そこでハッ!と思い出す。
俺は、リーフ・フォン・メルンブルク。
レオンハルトを虐め抜き、その眠れる力を引き出すことが役目の極悪非道の悪役だ。
大事な事を思い出し、ぐっと謝罪の言葉を飲み込んだ。
悪役の俺は、こういう時になんて言えばいいのだろう……?
うんうんと悩みながらもう一度レオンを見上げれば、レオンはパニックを起こしたまま泣きそうになっているのが見えた。
呪いが解けた後は、誰もが羨むほどの沢山の愛情をこれでもかと向けられるレオンだが、現在それを知っているのは俺だけ。
レオンからすれば、呪いはあるわ、奴隷にされるはで踏んだり蹴ったり。
その上、酷い暴言により傷つけられ、怒った際の殺気が原因で、これから主人の俺にひどい目に合わされるかもしれないと、そんな恐怖でガタガタ震えている。
「…………。」
謝ることはできないが……罰を与えるつもりはない事くらいは、伝えてもいいんじゃないかな?
そう考えた俺は、まずレオンの首に両手を伸ばし、そのまま力一杯ぎゅーっと抱きしめた。
「────!??」
突然の俺の行動に、レオンはヒュッ!と息を飲んだまま固まる。
そんなレオンに大丈夫だと伝えるように、優しく首あたりを叩いてあげた。
パニックになっている時は、言葉で伝えようとしても全然伝わらない。
だから、代わりにこうやってぎゅーっと抱きしめて『怒ってないよ〜』『大丈夫だよ〜』とアピールしてあげるのだ。
子供には言葉より行動で示すべし。
これで無理ならお腹一杯食べさせるか、一度寝かしつけをするかの二択だ。
ちゃんと次の手も考え、来るなら来い!と目を輝かせた。
子守唄の準備は万端。
ご飯はアントンが作ってくれるから、最悪そのまま担いで家に帰ろう!
そう考え指をワキワキ動かしていたのだが、レオンにはそれだけで十分だった様で、震えは徐々に収まっていく。
そして、完全になくなったタイミングを見計らって、俺はレオンからそっと手を離した。
「あ……あの……。」
俺を見下ろすレオンの顔は耳の方まで真っ赤っ赤。
更に困ったように、眉をハの字にしていたので、相当恥ずかしかった様だ。
もう大丈夫そうだと思ったので────今がチャンス!と、俺の悪役感をここで出す!
「奴隷は開放されるまでずっと主人のもの!つま〜り!レオンはずっと俺のもの!
潔く諦めて、一生俺のうしろについてこ〜い!」
分かったかな〜?と悪どいセリフを言ってやると、レオンは泣きたいような笑いたいような顔をして「はい。」と答えた。
その後、俺達は大人しく家に帰ったのだが、なんとその広場にて巡回中だった数少ない守備隊さん達が一斉に気絶してしまったらしい。
その話を後日イザベルから聞き、すっかりその時の事を忘れていた俺は「怖いね〜!」と語り合った。




