130 レオンの錯乱
(リーフ)
たいした時間もかからず、レオンは家から出てきた。
その手には丸めた絨毯らしきものと、服が入ってると思われる小さな風呂敷袋、更にそこからニールに貰った金ピカのお皿がチラリと見えている。
それがレオンの荷物の全てのようだ。
何とも言えない気分になりながら、俺はレオンの家へ視線を向ける。
ここがレオンが生まれてからずっと暮らしてきた家……嫌な思い出あれど、出ていくのはきっと複雑な気持ちだろうなと思う。
物語の中のレオンハルトは、俺ではないリーフに奴隷にされて捨てられた後、ここに帰ってきた。
それはきっと心のどこかで、ここが自分の居場所であると思っていたからだ。
とりあえずは定期的にお掃除しに来て、出来るだけ綺麗に残しておこう……。
しんみりしながら、そう誓った直後─────。
「おまたせしました。」
家の中からレオンが出てきたのだが、その顔には咲くような綺麗な笑みが浮かんでいた。
恐らくレオンは無理に笑っているに違いない。
「そっ……そうでもないよ!まだ夜空見ててもいいかな〜?もう少しゆっくりしてきてもいいけどねー!」
遠回しに『もうちょっと感傷に浸ってもいいんだよ〜。』といったつもりだったが、レオンは笑みを浮かべたまま空を見上げる。
「……夜空、とても綺麗ですね。」
そう言いながら、レオンはとても眩しそうに目を細めた。
空は満天の星。
それを見つめるレオンはとても嬉しそうに見えて、もしかして気持ちの整理がついたのだろうか?と、その予想外の反応にほっと胸を撫で下ろす。
すると空を見上げていたレオンは、そのままゆっくりと俺の方へ視線を向けた。
「もう少し夜空を見ますか?」
「えっ?─────あ〜……え、えっと、そろそろ帰ろう……かな〜?」
話しかけてきたレオンの様子が、何となくご機嫌な様に感じて少々戸惑う。
しどろもどろになりながらも、レオンが大丈夫なら……と帰る意思を伝えたら、レオンはニコリと笑った。
「では、帰りましょう。」
一切悲しみや悔しさを見せずに、弾む様な声色でそう答えたレオン。
レオンは強い。─────いや、でも実は心の中では傷ついている可能性もあるから、ここは慎重に見極めねば……。
緊張しながらレオンを不躾に見ていると、レオンは、あっ、と何かに気づいた仕草を見せた。
「あぁ、忘れていました。少々お待ち頂けますか?」
「?うん、いいよー。」
忘れ物でもしたのか、レオンは出て来た家の方を振り向いた─────ら……?
ドゴォォォ─────ン!!!!!!
物凄い音を立てて、目の前にあった家が消えた。
跡形もなく。
「─────!っ!!??なっ…………?!……っ???……ハァァァ??!」
信じられない出来事を前に、思わずポカ〜ン……と家があったはずの場所を見つめる。
残っているのは、に影の様に残る黒い大きなシミ?……いや、土壌だけ。
一瞬赤い光が見えたから、多分燃えた??のかもしれないが、焼け焦げる匂いも煙もない。
呆然とその土壌部分を見ていると、レオンはまた笑った。
本当に幸せそうに。
「リーフ様の奴隷になった俺には、もう必要ないですもんね?
俺の帰る場所はリーフ様。……それ以外は許されなくなった。─────そうですよね?」
た、大変だ。レオンが限界突破した!
真剣な瞳で無茶苦茶な事を言うレオンに、できるだけ平静を装いながらも、心の中では、『わ───っ!!!』と叫ぶ。
とてもじゃないが上機嫌などではない。レオンは全然ショックから立ち直れていない!
自分の浅はかさを叱咤しながら、『ど、どうしよう、どうしよう!?』と、焦って焦って、考えて、考えて、考えて〜……。
「…………。」
……あ、新しい家建てて休日に帰ってもらう?
ピロリンっ!と名案を思いつき、今まで通り、通いで来てもらって〜……と頭の中で計画を立てた。
しかし、そもそも相談してくれれば直ぐ通いでいいよって言ったのに、なぜこんなにも極端な行動を……?と疑問が浮かんだそのその直後─────ハッ!と気づく。
俺の『奴隷』というものに対する認識が、甘すぎたのかも……?
その考えにたどり着いた瞬間、ピシャン!と体中に衝撃が走り、今のレオンの心情を理解した。
多分レオンは、主人になった俺に対して怯えている。
だから、こんな大事な思い出を消し去ってまで、俺に逆らいませんアピールをしてるのか!
汗をダラダラ掻きながら、笑みを浮かべるレオンを見上げてじっと探るように見上げた。
『俺は奴隷になって怖いです。』
『どうか暴力を振るわないで下さい。』
『なんでも言うことを聞きます。』
『だから怖いことをしないで……。』
─────とレオンの目は訴えてきている……気がする!
お、追い詰められてこんな事をしちゃったのか……。
完全に錯乱した俺は、焼畑の跡みたいな黒い地面を、ざっ!ざっ!と手で掘って小さな山を作る。
「わっ……わっ〜ははっ─────!!いい土壌になったから今度花でも植えよう!」
全く意味が分からない内容にも関わらず、レオンは「はい。」と素直に返事をし、その山をペタペタ固めてもう一度笑った。
結局その後、レオンがいつもの様に跪いて俺に背を見せてくるもんだから、条件反射のようにその背に乗り帰路につく羽目に。
傷心の子供を情け容赦なく『馬』にする還暦超えおじさん……俺!
非道な行為に心は沈んでいくが、どうにか鉱山行きだけは防ぐことができたという事実を思い出し、気持ちは何とかプカプカと浮上してきた。
そのため、周りを見る程度の余裕は戻ってきて、屋根伝いで進んでくれているレオンにおぶさりながら、下の街の人達の様子をボンヤリ見下ろす。
街のお祭りはディナーの時間を越え、ピークに近い様だ。
とてもじゃないが人が多く大通りは通れないので、俺を背負ったレオンは屋根伝いに俺の屋敷に向かっている。
ひょいひょい危なげなく、屋根と屋根の間を軽く飛んでいくレオン。
恐るべきはこれ、身体強化を一切使ってない。素の身体能力がこれだ。
『身体強化を使われたら即死』!
それが頭に思い浮かび、思わずぶるりと震えると、レオンは風が冷たいのかと思ったのかスピードを急激に落としてくれた。
すると、先程よりもゆっくりと街の様子が確認できて、人々の様子が上からよく見える。
そこには幸せが満ち溢れていて、なんて世界は綺麗なんだろうと思わせてくれるような光景だった。
でもあと数年後─────この世界は消えて無くなる。
『英雄 レオンハルト』の、この世界は『無価値』であるという選択によって。
その結末を変えることは絶対に不可能だそうで、レオンハルトは最終的に必ずその答えへ辿り着く。
俺はレオンの肩に乗っている手に力を入れ、視線を下げて初めて出会ったときの様に弱々しくない背中を見下した。
この世界が迎える結末は、レオンハルト一人だけのせいではない。
ここは皆んなが皆んなで作り上げた世界で、それぞれの小さな選択の集合によって成り立っている。
そんな今の世界が、もし完全に無価値だと思う人がいるなら……その一部である自分にも、きっと大なり小なりその責任はある。
そもそも誰かにとっての楽園は、誰かにとっての地獄でもあるのだ。
ずっと孤独という名の地獄の中に居続けたレオンハルトに、『自分たちにとっては楽園である世界を救え』と言っても、その価値の差に心はついていかない。
地獄しか見てこなかったレオンハルトには、選択肢がなかった。
ましてや壊れてしまった心では怒りさえ湧かずに、その全てを無価値であると判断するのは……無理もない。
これからレオンに襲いくる数々の試練達を振り返り、チクリと心は傷んだが、俺はグッと視線を上に上げる。
だからいつか来たる『選択』の日まで、選ぶための心と判断するために必要な経験を守りたい。
─────って思ってるんだけどなぁ〜……。
先程のレオンの壊れっぷりを思い出し、くったりとレオンの背中にもたれ掛かる。
地獄どころか、その深淵にまで届きそうなレオンに不安しかない。
このまま地獄の魔王みたいになったらどうしよう……。
天使の様に純粋なレオンが、ニタリと悪い笑みを浮かべながら、『世界を滅ぼしてやるー!!』と叫ぶイメージが頭に浮かび上がり慌てて頭を振った、その時─────……。




