136 神に選ばれし者達
( カール )
────コポコポ……。
控えめな音を立てて、飴色の紅茶がティーカップに注がれる。
それに遅れてバラの香りがフワッと鼻をくすぐれば、私の心には安らぎの風が吹いた。
昼食の後のアフタヌーンティーは、私にとって無くてはならない癒やしの時間だ。
誘われるままにティーカップに口づければ、バラの香りに感覚全てが包まれ全身にその高貴な香りが染み渡る。
まさに至福のとき!
私はコクリと口の中の紅茶を飲み干し、カップをそっとテーブルに置いた。
「 やはりバラ茶は格別ですわね。
今年も香り、味、ともに品質は最高級。次のお茶会が楽しみだわ。 」
隣に座る最愛の妻< マリナ >が、まるで天使のような笑みを浮かべて歌う様に言った。
王族の色とされる鮮やかな金色の髪、くっきりとした目にまるで青い宝石のような瞳。
筋の通った鼻筋、そしてみずみずしい果実のような魅力的な唇……。
どれをとっても美の女神が嫉妬するほどの美しさをもつマリナは、2人掛けのソファーに座る私の隣でお気に入りの紅茶に舌鼓をうっている。
「 お母様、次回のお茶会に行く時のドレス、どれにしようか迷ってますの。
一緒に選んでくださらない? 」
マリナにそっくりの美しい容姿に、まだ幼さを感じる可憐さが魅力の一つである我が子< シャルロッテ >が、マリナ同様天使のような笑みで微笑む。
シャルロッテの頼み事の際に見られる、首を軽く傾ける癖により、美しいストレートの長い髪がサラサラと揺れた。
「 シャルロッテ、君はどんなドレスを着ても似合ってしまうから、選ぶのはとても難しいね。
そのせいで、ドレスのほうが気後れして逃げてしまうんじゃないか? 」
そう言ってフッと笑うのは、将来はこのメルンブルク家を継ぐであろう長男< グリード >だ。
緩めのウエーブがかった金色の髪に、センターパートによって晒しだされた凛とした美しい容貌を持つグリード。
最近では男味のある色気を感じさせる雰囲気に、世の女性達はこぞって群がるようになった。
「 まぁ、お兄様ったら! 」
私たちは愉快を感じて一斉に笑い、そのせいで穏やかな空気がその部屋一杯に広がった。
私はそんな家族団らんの中心で幸せを味わいながら、前髪の先端を触り指でもて遊ぶ。
マリナ同様王族の色とされる鮮やかな金色の髪色に、長く伸ばした緩めのウエーブ掛かった髪を一つに束ね、この世に右に並ぶものナシと言われる絶大な美を表現した容姿に、澄み渡る海を連想させるブルーアイ。
公爵家メルンブルク家の現当主であり、アルバード王国の宰相の地位につく私は、現国王の弟にあたる。
< カール・アドケイド・メルンブルク >
それが私の名前。
王族に次ぐ権力を持ち、絶大な美しさを持つ我がメルンブルク家は、まさに神に選ばれた人間、完璧な存在であると言えるだろう。
ただ一つの汚点を除けば……。
────トントン。
控えめなノックの音が部屋に響き、マリナが入室を許可すると、侍女の一人が両手一杯のバラの花束を持って入ってきた。
「 わぁ!素敵! 」
バラが一番大好きなシャルロッテが、真っ先に目を輝かせてソファから立ち上がり喜びを口にする。
すると、同じくバラに関してはこだわりが強いマリナがその見事なバラの品質に、ほぅ……と感嘆のため息をついた。
侍女はお辞儀をし、直ぐにテキパキとそのバラを室内に飾る。
「 レガーノ産のバラでございます。
なんでも今年は気候にも恵まれ満開だそうです。 」
侍女の言った何気ない言葉に、今までの和やかな雰囲気は一転。
その場は恐ろしい程凍りついた。
それに気づかぬ侍女は、そのままバラの花を花瓶に生け、もう一度こちらに向かってお辞儀をしよう振り向いた瞬間────……。
────バシっ!!
立ち上がって侍女に近づいたマリナが、その頬をピシャリと思い切り叩く。
「 ぎゃっ!!!! 」
悲鳴を上げて床に無様に倒れこんだ侍女は、何が起こったのか分からない様子で呆然とマリナを見上げた。
するとマリナはその侍女を、とても冷ややかな目で見下ろす。
「 あなたの酷く醜いお顔を見ていたら気分が悪くなりました。
そのような汚らしいお顔で人前に出るなど、とてもではないですがわたくしには真似できませんわ。
きっととんでもない恥知らずなのでしょうね。
さぁ、早くその美しいバラで醜いお顔を隠して去りなさい。 」
侍女はその不器量な顔を歪めて更に醜くし、直ぐにバラを持って出ていった。
マリナはそれを見て面白くなさそうにフンッと息を吐き、私の隣に戻ってくる。
マリナの心をかき乱す、我がメルンブルク家の唯一の汚点、恥ずべき存在。
それは現在レガーノにいる。
メルンブルク家の特徴を何一つ持たずに生まれてきた、恥ずべき子供の< リーフ >
名前を呼ぶのも悍ましいその子供は、長男グリードそして長女シャルロッテの後にこの世に生まれ落ちた。
その時の事は、未だに悪夢に見る。




