125 借金取り
(リーフ)
魔力の花のシャワーと人々の歓声を振り切って、俺はレオンの家の前へと到着した。
日が落ちて月のうっすらした光のみに照らされる森、そのすぐ前にレオンの家がある。
ところどころ穴が空き、今にも崩れそうなボロボロの小屋……ここがレオンの生まれ育った家、帰らぬ母親をずっと待ち続けた家だ。
俺はそんなレオンの気持ちを思うと、とても悲しい気持ちになった。
何一つ悪い事などしてないのに生まれてからずっと母親に疎まれ、人々に迫害されてきたレオンは、この家で今まで一体どれだけの辛い思いをしてきたのか……。
俺にそれを理解することは出来ないし、力になってあげる事だって出来ないのだ。
俺は悪役、リーフ・フォン・メルンブルク。
これから絶対的な孤独に落とされるレオンに、さらなる追い打ちを掛ける。
「────よしっ!」
気合いを入れて早速中に入ろうと、扉に向かって足を進めようとした────……が、足が動かない。
「…………?」
不思議に思いながら足を見下ろすと、ガクガク、ブルブルと足が震えている事に気付いた。
「……しっかりしろ〜、俺。」
情けない足をペチンッ!と叩きながら、なんとかその場に踏みとどまる。
本当はレオンの心を傷つけたくない。
だが────それでも危険地帯の鉱山送りだけは絶対に阻止したい。
例え恨まれようとも……。
────バシンッ!!
両頬を強く叩き大きく深呼吸すると、今度こそ覚悟を決めて慎重にレオンの家へと近づいていった。
レオンの家の入り口らしき扉は、少しだけ開いていて、中からはロウソクの様な淡い光が漏れている。
そして家の中には数人の人間の気配を感じ、間に合った事を知った。
良かった……間に合った!
俺はホッ……と胸を撫で下ろし、そのまま扉にペタッとくっつき中の様子を伺う。
中は怒号飛び交う────……を想像していたのだが、妙に静かだ。
「…………???」
『奴隷商人達は、激しくレオンハルトを激しく罵り続けた。』────って本には書かれていたのに……?
違和感を感じて首を傾げてしまったが……まぁ、結局俺のやる事は変わらないと、それを無理やり吹き飛ばす。
よーし!この日の為に何度も練習した、『傲慢でぇ〜偉そうでぇ〜意地悪全開!の貴族の子供スタイル』で行くぞ!
大きく息を吸い込みピタリッと止まると、そのまま全ての息を吐き出し、バーン!!と豪快に扉を開いた。
すると、最初に眼に飛び込んできたのはレオンの背中で、更にその前にお兄さん……じゃなくて、40代くらいっぽいからおじさんが、3人地べたに座り込んでいる。
その三人の中で、恐らく真ん中のおじさんがリーダーだ。
一番魔力反応が高いし……それになんか厳ついし。
冷静に判断しながら、真ん中のリーダーっぽいおじさんをマジマジと観察した。
茶色い髪のオールバックに立派な体格、無精髭がだらしなくみえるが、それがまた怖い人というイメージを作り出す。
ちいさな色付きメガネをかけ、黒いロングコートに白いシャツを着崩した……とても堅気の人間には見えない出で立ちの男だ。
しかし、そんな悪そうな大人が、なぜ床にベッタリと座り込んでいるのか?
「????」
不思議に思い彼らの様子を更に詳しく観察すると、全員顔色は一様に悪く、全力疾走してきたかのように汗をぐっしょり掻いていることに気づいた。
もしかして……お祭りの人混みのせいで、ここまで歩いてくるのに相当疲れてしまった??
「…………。」
まぁ、俺も凄く疲れたから気持ちは分かるよ?
街からここまでは結構な距離がある上、前世の日本のように道路は舗装されていないし、三十も半ばを超えるとガクッと体力も落ちるし……確かに疲れてしまうのは仕方ないかもしれない。
だが────……。
俺はやれやれ〜とため息をついた後、お座り人形と化している男達へ呆れたような視線を向けた。
床の上に座るくらい疲れているなら、お祭りが終わった明日にすればいいのに……。
もしかしてちゃっかりお祭り楽しんできたんじゃないの〜?
そんな疑いまで浮かび上がり、呆れを通り越して軽蔑の眼差しを向けながらジロジロ見ていると、俺に背中を向けていたレオンがゆっくりとこちらを振り返る。
「こんばんは。リーフ様。」
なんだか異様な程普通に挨拶をしてきた。
────あれ?なんか普通だ。
絶望感が全く感じられないその様子にも少々違和感を感じたが、直ぐに、あっ!と気づく。
レオンは、まだこのおじさん達から話を聞いていないのでは?!
その可能性に行き着いた俺は、よしっ!!と心の中でガッツポーズをとった。
実はこのおじさん達、何も知らない純粋なレオンに母親から捨てられた事を無情にも告げるだけで飽き足らず、あろう事か傷心のレオンに暴言を吐きまくり八つ当たりまでしまくる。
お金が取れなくてイライラしたのだろうが、それを子供にぶつけてはいけない。
しかもこんな悪そうな外見のおじさんだったら、怖いに決まっている!
ここは、『度胸だけならエベレスト』と呼ばれたこのおじさんがお相手しよう。
「ふっふっふ〜、こんばんは!我が下僕のレオンよ。
おいっ!そこに座っている君達!俺の下僕に何か用かい?」
「……おめぇ、何モンだ?そこの化け物と友達か何かか?」
リーダーらしき男は青白い顔のままゆっくりと立ち上がり、ギロリと睨みつけてきたが、そんな脅しは子供のレオンには効いてもこの還暦越えのおじさんには効かないぞ!
「はっはっはっー!!!俺の名前も知らないなんて、とんだ田舎者めっ!
俺はリーフ・フォン・メルンブルク!身分は公爵だ!頭が高〜い!!」
腕を組み、ニヤ〜と笑ってやると、彼らはお互いに顔を見合わせた。
「……まさか、おめぇが噂の『変わり者の……』────じゃなくて、申し訳ありません。
失礼な態度をお許し下さい。公爵家のリーフ様ですね。」
男たちは慌てて立ち上がり、ブルブル震える足を必死に踏みしめて俺に頭を下げる。
「うん、いいよーいいよー。許す許す〜。それはいいから何か面白いお話してたんじゃないのかな?
さぁ早く話すんだ!なんだったら無理やり聞いてもいいんだよ〜?」
俺が彼らの下半身の相棒目掛けて、ヒュンッヒュンッと突きの素振りをすると、三人の顔色は更に悪くなった。
「……っ!!!話します!話しますからそれだけはやめて下さい!
実はそいつの母親が借金してバックれまして……その時の借金の担保がそいつだったんですよ。」
リーダーの男は、レオンの方を気にしながらそう説明する。
「ほほ〜、なるほどね〜。レオンは借金のカタに売られるってわけか。」
「……は、はい。しかし、こんな見てくれじゃあ奴隷として売ったとしても利子の足しにもなりゃーしないです。最初からそのつもりで俺達をだましたんですよ!あのクソ女っ……!!」
イライラした様子を見せ始めたリーダーの男は、近くにあった木のテーブルをダンっと叩いた。
ミシミシとテーブルが軋む音を聞きながら、俺は彼に「借金はいくらなんだい?」と聞くと「金貨100枚です。」という答えが返ってくる。
金貨100枚……日本円でいうと100万円だ。
借金奴隷の買取価格は、最低でも1000万円。特に歳が若ければ若い程そのお金は跳ね上がる。
彼らとしては最高の条件でお金を貸し付けたつもりが、まさかのどんでん返しだったというわけだ。
そのせいで丸々100万円をタダでむしり取られてしまったのだから、そのお怒りは仕方がない。
俺は、はぁ〜とわざとらしいため息をつき、怒りをおさまらぬ彼らに向かって言った。
「こんな見た目じゃ絶対買い取ってくれる人はいないだろうね。
あ〜君達は大損だ!可哀想に……!!俺は優し〜い男だから今、とてもとても同情している!」
あぁ〜と唸りながら叫ぶ俺の迫真の演技に、三人は再度顔を見合わせ「……どうも。」と控えめに頭を軽く下げてきた。
俺は、よろしい!と満足してレオンを振り返ると、多分状況がまだ飲み込めてないようで、いつもと同じ無表情でぼやっと立っている。
そりゃーそうだ……。
ずっと待ってた母親に捨てられてしまったのだから、ショックで呆然としてしまうのは仕方ない。
沈む心をごまかす様に、わーはっはっ!と俺は大声で笑った。
「レオン、聞いたかい?君はこれから奴隷にされてしまうんだ!
奴隷はね、主人となった人に決して逆らえず、ず〜っと側でこき使われるんだよ!それこそ死ぬまでず〜っとだ!
きっとご主人に沢山我儘言われると思うよ。アレやれ、コレやれとそれに振り回される日々になる!それが奴隷だ!」
「…………ずっと……側で……?」
相当衝撃が強かったらしく、レオンは下を向きブツブツと独り言を呟き始めた。
俺は心の中で『ごめん!』と必死に謝りながら、ベルトに括り付けてた袋を手にしリーダーの男に放り投げる。
受け取ったその袋から、チャリっという硬貨が擦れる音が聞こえ、男達は目を見開いた。
「面白そうだから俺が買ってあげよう!ちょうどおもちゃが欲しかったところだったからね。
くっくっくっ!さぁ何して遊ぼうかな〜?これからが楽しみだ!」




