123 不穏な空気
( レオン )
────バシッ!!
俺はリーフ様の手を掴み、何も考えずそのまま思い切り自分の方へと引っ張った。
すると、腕の中にスッポリ収まったリーフ様の温かい身体に安堵する気持ちが湧く。
大丈夫……。
大丈夫……。
リーフ様はここにいる。
いつの間にか震えていた手で、その体をしっかり抱きしめると────俺の周囲の黒ずんだ世界は侵食を止め、また元のキラキラした世界へと戻っていった。
「 ??急にどうしたんだい? 花爆弾にびっくりした? 」
リーフ様の言葉に、俺は精一杯「 ......いえ。 」とだけ答えることが出来たが、今だに震えが止まらない。
輝く光の中、手を伸ばそうとするリーフ様はとても美しかった。
幻想的で、儚げで、まるで今すぐ消えてしまいそうな程に……。
それに恐怖し更に震えは大きくなると、無意識に目を瞑った。
俺とリーフ様は、血の繋がった家族ではない。
愛を誓いあった恋人でもない、お互いに心を交わす友達ですらない。
リーフ様がいらないと言えば、すぐになくなってしまうものしか俺たちの間にはないのだ。
その事実は日を追うごとに、俺の心を苛ませる。
そのまま恐怖に震える身体で、縋る様に必死でリーフ様にしがみついた。
” 行かないで ”
” 捨てないで ”
” 俺を側に置いて ”
” どうかあなたの思い出に一生いさせて下さい ”
祈るようにリーフ様を腕の中に囲い込んだまま、随分と長い時間そうしていたが、暫くしてリーフ様は、もぞもぞと身動ぎし始める。
これはいつもお昼寝をする時にする動作で、無意識に俺の腕の中で収まりが良いところを探している様だ。
それがピタリと止まると、規則正しい息遣いが聞こえたため、やっと俺はソロリとリーフ様から身体を離す。
するとスヤスヤと眠ってしまったリーフ様の顔が、目の前に飛び込んできた。
────寝てしまった……?
無防備に眠り、全身を俺に預けるリーフ様に……俺はやっと緊張していた体から力を抜く。
大丈夫……大丈夫……。
……大丈夫……大丈夫……。
ゆっくり呼吸をしながら、” 可愛い ” 寝顔をずっと見つめ続け、気がつけば随分と時間が経ってしまったらしい。
もう日も沈む時間で、結局起きそうにないリーフ様をそのまま横抱きにし、屋敷に向かって歩き出した。
今日は上に掛ける毛布を持ってきていない為、風邪を引いてしまうかもしれない。
そんな心配をしながら慎重にリーフ様を運んでいると、行く先々で街の人間達がギョッとこちらを見て動きを止めたが、特に気にする事ではない。
腕の中でピスピスと鼻を鳴らすリーフ様の邪魔にならなければ、俺にとってそれはどうでもいい事だ。
幸せそうな寝顔を見下ろしニコッと微笑むと、そのまま歩き続けてお屋敷まで辿り着いた。
すると、直ぐに正門にいた女がこちらに気づき、あからさまに顔を歪め、剣を構える。
「 きさまっ!!なぜリーフ様が気を失っているのだ!!
やはり貴様など信用すべきではなかった!!
私には最初からわかっていた!
怪しげなスキルを使ってリーフ様に何を────。 」
物凄い剣幕で捲し立ててきた女であったが、、突如背後に現れた執事の男に思い切りげんこつを落とされ、言葉を途中で中断せざるを得なくなってしまった。
「 ────っっ!!いったぁぁぁ〜っ!!! 」
女はその場にしゃがみ込み、頭を押さえながら涙ぐむ。
げんこつを落とした執事の男は、ふぅ……とため息をついて、俺の方へと視線を向ける。
「 レオン君、すまないね。
彼女は少し猪突猛進なところがあって……どうか気を悪くしないで欲しい。
リーフ様は途中で眠ってしまったのか。
送り届けてくれてありがとう。
きっと初めてのお祭りでお疲れになったのだろう。 」
そう言いながら、執事の男は俺からリーフ様を受け取ったが、その際俺に対し怯えた様な表情を見せる。
しかし、それを一瞬で隠した。
「 これからもリーフ様をよろしく頼む。 」
「 言われなくてもリーフ様から離れるつもりはない。
だから、" 鳥 " で見張る必要はないぞ。 」
それを聞いた執事の男は、酷く驚いた顔を見せる。
「 ……驚いたな。
まさか気づかれていたとは……。
なぜ私のスキルが分かったのかね? 」
「 ?鳥たちにお前の魔力がついてるからだ。
他にも小型の生き物が森やこの街の至る所にうようよいるだろう?
……あぁ、この街だけじゃないのか。
随分と遠くまでいるんだな? 」
執事の男は頭を押さえながら一度息を吐き出すと、うっすらと貼り付けたような笑みを浮かべ、俺に視線を戻す。
「 本当に君は……。
普通はそんな微量な魔力を感知する事は不可能なのだよ。
ましてやそんな広範囲まで……。
それはあまり人様には言わない方がいい。
あぁ、それと一つだけ訂正させてほしいのだが……これは君を監視していたのではない。
リーフ様を守るためにどうしても必要な事なのでね、
悪いが多めに見てほしい。 」
" リーフ様を守るため "
こんな事が一体なんの役に立つのかは知らないが、リーフ様の為になるのならば勝手にやってて貰って構わない。
黙る事で肯定を示すと、執事の男は貼り付けた笑顔をうかべたまま俺から視線を逸らして言った。
「 もしも何かあった時、私の魔力を帯びた生き物に声を掛けて貰えれば、いつでも私と連絡がとれる。
その時は、是非、試してみてくれ。 」
「 特に連絡することはないが……? 」
「 ……そうだろうね。
だから、もしもの時の話だよ。
とりあえず、この情報を頭の隅にでも置いといてくれ。
君はただ今の生活を続けるだけでいいんだ。 」
よく分からないが、今まで通りに過ごすだけでいいらしいのでとりあえず頷いておく。
そして気まぐれに、ふっと空を飛ぶ鳥たちに意識が向き、視線を空へと上げる。
「 ────鳥……。 」
「 ……鳥がとうしたんだい? 」
「 ここ半年くらいで随分増えたな。 」
執事の男と門番の女は一瞬沈黙したが、執事の男はすぐにまた貼り付けた様な笑顔を見せ軽く頭を下げる。
「 ……では、レオン君お気をつけて。 」
そしてその後は、俺に視線を向けることなく屋敷へと入っていった。
「 …………? 」
執事の男の態度が少しだけ引っかかったが、リーフ様以外はどうでもいいかと考え、直ぐに疑問を消す。
そして、その後はリーフ様の姿が消えるまでそれを見送り、やがて見えなくなると、 ” レオンの家 ” に帰るために歩き出した。




