116 悪夢の序章
(リーフ)
ここアルバート王国をはじめ、世界中に大きな影響力をもつ<イシュル教>。
かつてこの地が何もない世界であった頃、美しい銀髪を持った美しい女神イシュルが、この大地を空を海を、そして『命 』を創った。
イシュル神は様々な生物を創り出し、世界中に散りばめたが……人型種は弱く、戦う術を持っていなかった。
それを哀れんだ女神は、彼らに才能を与え、生きていくための力を授けた。
それが【資質】であると言われている。
そんなイシュル神が世界を創った日を<イシュル神の日>と呼び、その日は一年の始まりとするのと同時に全人型種共通のお誕生日でもある。
その為、毎年その<イシュル神の日>は、世界中で飲めや歌えや踊れやの盛大なお祭り騒ぎとなり、それが夜通し続くのだ。
もちろんここレガーノも例外ではなく、朝から陽気な音楽が聞こえてくるのを聞きながら────俺はどんよりとした気持ちで今日という日を迎えた。
<イシュル神の日>、本日、俺とレオンは12歳になった。
それと同時に俺達の扱いは【準成人】となり、いわば大人の仲間入り一歩手前へ。
イシュル神のお使いという立場から人へと存在チェンジしたよ!という重要な日でもある。
ただ人にはなっても完璧な大人ではない為、お酒や性接待のお店に行くのは絶対NG。
正直成人として認められる15歳までは、微妙なお年頃であると俺は思っている。
俺はこの日が来ることがとても気が重かった。
物語の中で一番心を痛めた出来事が、これからすぐに起こるのだ……それを考えると、気分が晴れることはない。
俺はお祝いの言葉を述べてくれるカルパス達に引きつった笑顔でお礼を告げ、正門の方に向かった。
本日は朝の修行はなしにし、レオンには7時に門の前に来てほしいと伝えてある。
なんといっても一大イベントだ。せめて体力的な余力は残して貰わねば……。
レオンは今日、母親の借金のカタに【産業奴隷】へとその身を落とされ、鉱山に送られてしまう。
それをなんとしても防ぐつもりだ。
「絶対にそんな事はさせるもんか。そもそも、なんで【犯罪奴隷】達と一緒に、危険な鉱山へ売られちゃうんだよ……。」
これから起こる事を思い浮かべ、思わず頭を抱えた。
そもそも本来【産業奴隷】は、借金が返せなくなった者たちがなる借金奴隷の一種だ。
そのため、犯罪を犯した者達がなる【犯罪奴隷】よりは身分は高く、そもそも危険指定されている鉱山へは送られないはずなのだが……。
「レオンハルトには売り手がつかなかったんだ。だからそんな場所に……。」
酷い話に、俺は首を静かに振った。
その危険指定された鉱山送りは、質上死刑宣告と同じ。
あっさり死刑にするより苦痛を与え、最後は役にたってから死んでもらおうというという目的がある。
そのため不衛生、劣悪な環境のなか奴隷同士の争い、監視員からの日常的な暴行などなど、目も当てられないような酷い扱いを受ける上、鉱山には貴重な鉱石とともに、危険なモンスターもウヨウヨいるためその大半は食われてしまうらしい。
【犯罪奴隷】の全ては重犯罪者であり、現国王は平和を愛するが故、こういった犯罪者にはかなり手厳しい罰則を課しているそうだ。
「レオンハルトはなんもしてないのに、これから酷い生活を強いられる。
だから俺は物語の大筋『レオンを奴隷にすること』は変えずに『危険鉱山へ送還させない。』を目指すぞ!」
す〜っと大きく息を吸い、俺は覚悟を決めるため両頬をバチンと叩いた。
俺は悪役<リーフ・フォン・メルンブルク>
今日も完璧な悪役としてレオンの前に立ちふさがり、見事にその目的を達成してみせる!
「やってやる────!!!」
グッ!と拳を握りしめ、大声で叫びながら飛び上がった。
とりあえず、借金取りがくるのは恐らく夕方〜夜の間のはずなので、本日はお祭りに参加し、レオンが帰宅後ある作戦を実行にうつすつもりだ。
シュタッ!と地面に着地し、俺は不敵に笑う。
本当はお祭りにあえて参加しなくても良いのだが、それもこの作戦の一部。
その名も────……。
《とりあえずお腹を満たしてニコニコ大作戦!》
目を輝かせ、フッフッフッ〜!と含み笑いを漏らした。
男は基本、腹が膨れれば他のことは割とどうでも良い。
俺はそう。
ちなみに前世で親友だった陽太も他の男友達もそうで、学生の頃は嫌なことがあるとよく皆で一緒に近所の激安特盛牛丼を食べにいったものだ。
そんな懐かしい思い出を振り返りながら、俺が立てた作戦はズバリこれ。
イシュル神の日のお祭りでは、様々な場所から集まった沢山の人達がこれまた沢山の出店を出すため、各地のご当地グルメを一気に堪能することができる。
そこでレオンに沢山の美味しいものを食べさせて幸福度をマックスにし、その後に来る大きな衝撃を少しでも和らげてもらおうと考えたのだ。
なんたってレオンは、<鑑定(改)>により狂っている事が証明されている。
つまりは今回の事件で物語以上の衝撃を受け廃人になってしまう可能性だってあるという訳だ。
俺はスッ……とクラウチングスタートのポーズをとると、そのまま勢いよく走り出した。
ここが第一の正念場!!
失敗は許されないのだ!
気合を入れながらそのままイノシシダッシュで正門に着けば、いつも通りの無表情で佇むレオンを発見する。
レオンは俺が近づくにつれ、はにかむ様に笑ったので、片手を上げて偉そうに挨拶をした。
「おはよう。今日も忠実なる下僕っぷりが滲み出たいい顔をしているね。うむ!くるしゅうない!」
「おはようございます。リーフ様。
はい、俺はどんな時でも貴方の下僕です。これからも沢山滲ませますね。」
そう言ってレオンは更に笑みを深める。
『そんなものを滲ませては駄目だ。 』
そう言いたくなるのをグッと堪え、俺は早速今日の予定をレオンに説明し始めた。
「レオン、今日は修行をお休みにしてお祭りに参加しようと思うんだ。だからちょっとお供してくれるかな?
モルトとニールは家族でお店を出すらしいから二人でなんだけど……。」
「────!はいっ!勿論です!しかし、イシュル神のお祭りとなると俺の外見では……。」
笑みが消え真顔になるレオンを見て、俺の顔も真顔になる。
────そうそう、そうだった。
あんまりにも毎日普通に過ごしてたもんだからすっかり忘れてた。が、『黒』はイシュル教にとって禁忌の色、ましてや呪い(疑)付き……。
そんな大前提の事をスポポーンと忘れていて、指摘されなければこのまま行く気満々であった。
加齢性痴呆が脳みそを襲う!
ヒェッとその恐怖に震えながら、俺は改めて目の前に立つレオンの全身をジッと見回す。
高身長に無駄のないしなやかな肉体。
サラサラの黒髪に透き通るような白い肌。
完璧としか言いようがない顔の各パーツに、それが奇跡の配置をしている美し〜い顔貌。
そしてそして〜左半身を飾るのは、少年心をビシビシと刺激してくるダークヒーロー感てんこ盛りの呪いの模様達!
それを隠さないといけないなんて、個人的には非常に残念な事だと思う。
「せっかくかっこいいのにね。」
「……えっ?」
レオンは一瞬呆けたような表情を見せ、すぐに下を向いて震えだしてしまう。
────しまった……。傷つけてしまったか。
オロオロと焦っても、もはや手遅れ。
歳をとって困ることの上位にランクインすること、それは心の中で思った事が気がつけば勝手に口から飛び出てしまうことだ。
そのせいで何度困った事態に陥ったことか……。
なのに懲りない懲りない!
思わず言ってしまったことに、心の中で頭を抱えてしまった。
レオンは幼少期に母親から言われた言葉により、そりゃぁ〜もう自身の外見に強いコンプレックスを持っている。
それに対し、カッコいいということは、背が低い事を気にしている人に対し『君は巨人だね〜。』と言うようなもの。
これは酷く傷つけてしまったに違いない。
俺は焦りを必死に隠しながら、下を向いてしまったレオンに話しかける。
「ま、まぁ……その……。レ、レオンごときが俺より目立つなどあってはいけない!
だからその姿は隠してあげよう!────ちょっと待っててね!」
俺はすぐに屋敷の方へ引き返し、自分の部屋のゴージャスクローゼットを開ける。
そしてゴソゴソと中を探り、以前カルパスがくれた黒いフード付きの大きなマントを取り出すと、すぐにレオンの元へと戻った。
戻った時のレオンはすっかり落ち着いた様子で、そのことにホッと息を吐きながら、俺はぼんやり立っているレオンにバサッとマントを被せる。
黒マントは右の方に高そうな留め具があり、上手く左側が全体が隠れる仕様となっていて、
フードを被せればスッポリと顔も隠れて黒髪と顔を隠してくれる。
これはカルパスがレオンの外出用にと仕立てておいてくれたものだ。
何も言わずとも用意してくれたカルパスには、本当に頭が頭が上がらない。
「さぁ、これを着れば、姿は隠れるから問題ないだろう!」
「……!あ、ありがとうございます。」
嬉しそうに、レオンは留め具をしっかり締めた。
それを身につけたレオンは、ちょっと良いところの護衛のお兄さん的な出で立ちへと変わり、これなら街の中を歩き回っても騒ぎにはならないだろう。
ガッツポーズをとった後、俺はレオンを連れて街の方へと繰り出した。




