113 レオンにとってのリーフは
( レオン )
多分それこそが、世界から逸脱している存在を受け入れるための " 力 " なのかもしれない。
「 世界から逸脱した存在か……。 」
その証を隠す様に、手のひらで左側の顔を隠す。
自分の価値観から逸脱した存在を受け入れることは、とても難しい事だ。
それを俺は、身をもってよく知っていて、そこには怒りも悲しみもない。
” 違い ” への攻撃を楽しみ、安全で楽な場所へ自分の身を置くことは、人の持つ性質の一つだから。
「 …………。 」
俺は " 大した事ない " と言われてしまった呪われた左半分の顔から手を外す。
多分リーフ様は、そんな ” 人 ” の性質の真逆を全速力で走っている。
人との ” 違い ” を、個性と呼び、それはそれは毎日楽しそうに。
「 居心地いい場所なんて、俺を使えばいくらでも作れるのに……貴方は作らないんですね。 」
その場所を作るのはとても簡単で、ただ俺を排他するだけでいい。
でも、それをしようとしないし、他の誰にもさせない。
それは俺のためでもあるし────多分他の子供達のためでもある様だ。
「 お優しい方だ。
でも────……。 」
簡単な方法で居場所を作ろうとする奴らに劣化の如く拳骨していたリーフ様を思い出し、少しだけ嫌な気持ちになってしまった。
優しく気遣ってくれるのは、俺だけじゃないの……?
モヤっとした気持ちに翻弄されて、不快な気持ちが心の中に広がっていく。
集団から流されるまま排除される化け物のレオンから、意思をもったリーフ様の下僕のレオンへと創り変えられた自分には、たくさんの感情が生まれた。
きっと今感じているのは、悲しい、悔しい、という不快な感情だ。
しかし────……。
「 これも ” 幸せ ” だから不思議だ。 」
その感情ですら幸せだと感じる。
幸せは、生きている者たちにとって最高の感覚だというのは、実際に経験して初めて分かった。
そんな俺を世界一の ”幸せ ” な男にしてくれるリーフ様。
幸せで満ちた光り輝く世界を見つめ、ポツリッと呟いた。
「 このままずっとリーフ様と一緒に居たいから、俺はどんな事があっても何処へだってついていく。
だけど……。 」
前を向いていた視線はゆっくりと下へと下がり、それに伴って心も深く沈んでいった。
俺の現在の立ち位置は< リーフ様の下僕 >
それはリーフ様の気まぐれで始まり、そして気まぐれであっさり終わる関係性でしかない。
血の繋がった家族や国が認定する夫婦関係のような強い繋がりはなく、ただ一言リーフ様が「 辞める。 」 と言えばすぐに切れてしまうような脆弱な繋がりだ。
俺は、リーフ様との確固たる絆が欲しい。
何をしても決して切れることのない強い絆が……。
焦がれる想いを抱えながら、重くなった足を引き摺るように歩いていると、やがて、" レオンの家 " が姿を現した。
これでリーフ様に会えるのは数時間後……長い長い苦痛の時間の始まりだ。
心底嫌でため息をつくと、家の中からガシャンという物音が聞こえた。
あぁ、 あの女がいるのか。
────まぁ、どうでもいいけど。
いつも通りに正面のドアから中に入れば、床にはいくつもの酒の空きビンが転がっていて、そして恐らくコップでも投げたのだろうか?ガラスの破片が所々に散らばり床も濡れている状態であった。
そしてその奥、粗末な木のテーブルに突っ伏し、ブツブツとくだを巻いている女が見える。
そいつは俺の存在に気付くと、顔を上げこちらに目を向けた。
濃い茶色の長い髪、それを下の方で大げさに巻くことでぱっとした華やかさを演出している。
ぱっちりとした目に長いまつ毛、分厚いぽってりとした唇に、自信を表す体にフィットした簡素なドレスに過剰な露出。
恐らくは世間一般的には美しいと言われるであろう女。
これが俺の ” 母親 ” というモノらしい。
女はその瞳に俺の姿を写すと、途端に不快感や嫌悪感を隠すことなくその顔に浮かべ、ふっと馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「 あ〜ら、相変わらず醜い姿だこと。
気持ち悪っ〜。
────あっ!ごめんなさ〜い、そういう気持ちなんてわからないか〜。
だって化け物様だものね?
いいわね〜化け物様は人間様の繊細な心を理解できなくて!羨まし〜い! 」
ペラペラと、その口からは俺に対する誹謗が次々と飛び出してきたが、リーフ様以外が何を思おうが俺には関係のないどうでもいい事。
その為、なんのリアクションもとらずにその女の前を横切り奥の空間へと向かう。
そこは、大人が二人くらい横たわることができる程度の広さがある空間で、俺が普段体を横たえる場所であった。
その下にはリーフ様がくださったふわふわの絨毯が敷かれている。
「 これ、汚れたからレオンにあげるね! 」
ある日突然そう言われて貰った大事な贈り物だ。
それ以来、ずっとこれに体を横たえて朝まで時間を潰してきた。
その絨毯はふわふわした毛がびっしりと生えており、しかも魔導具つきのため適度な温度調節を自動で行ってくれる。
そこに体を横たえると、微かにリーフ様の匂いがしてすぐに俺の思考は彼との思い出で一杯になった。
会いたい。
会いたい……。
会いたい……!
今すぐ走ってあなたに会いに行きたい!!
締め付けるような思いに焦がれ、リーフ様の暖かい体温や匂い、息遣いや心音、感触を思い出し、たまらない気持ちになって俺は自身の体を抱きしめる。
人の体がこんなにも自分を幸せにしてくれるものだと、それを教えてくれたのもリーフ様だ。
「 リーフ様……。 」
ポツリと呟いても答えてくれる声はないが、その存在を思い出すだけでも、俺は幸せになれる。
だから、いつも朝までひとつずつ思い出す。
リーフ様との出会いから今日までの事を。
これも俺の幸せだ。
そうして幸せな時間に身を委ねようとすると────……。
────ビュンッ!
こちらに向かって空のビンが飛んできたため、突然思考は中断されてしまう。
「 …………。 」
顔の前でそれをキャッチし、飛んできた方向に目線を上げれば────元の原型が分からぬほど顔を醜く歪めた ” 母親 ” がいた。
「 ────くそがっ!!
お前みたいな ” 気持ち悪い化け物 ” が この ” お母様 ” を無視していいとおもってんのか?!
あぁ!!?
……な〜にが ” 頭の悪い女とは結婚できない ” だっ!!
なんでこの美しい私がっ!あんなブスに負けんだよっ!!
私の人生っ……こんな……。
こんなはずじゃっ……こんなはずじゃなかったのにっ!!! 」




