100 レオンの精神事情
(リーフ)
俺はこの3年間、それはもうネチネチネチネチ……悪役にふさわしい陰湿なやり方でレオンを虐めに虐め抜いた。
その結果、レオンの精神はある日とうとう限界を迎え、気がつけば思ってもない方向へとネジ曲がっていく。
24時間365日、朝から晩まで。
そんなブラック企業も深海色に青ざめるほどの過酷な労働状況の中で、レオンは辛い現実から逃れるため、ある心の変化をもたらした。
今の過酷な状況こそが『幸せ』!
そう現実を歪めることで、心を守り始めたのだ。
そのためレオンは基本は無表情のクールな少年だが、今のように控えめな笑顔やムッとした顔、ちょっと嬉しいを表現した顔などなど……感情を表す表情が少しずつ表に現れ始めたのだが、これには本当に焦った。
『今の現状こそが自分のあるがままの世界である。』
これが原作のレオンハルトの心情を表した言葉で、辛い現実を受け入れるため、心自体をなくすための言葉だ。
対して今のレオンは、それにちょこっと言葉が追加されている。
『今の現状こそが自分のあるがままの<幸せ>な世界である。』
これに変換してしまったのだ!
全然幸せじゃな〜い。
ドM過ぎるセリフ!
嘆かわしさに頭は痛みだし、こめかみをモミ込んだ。
どうやら俺にはいじめっ子としての素晴らし〜い才能があったらしく、まさかの元のリーフよりも、レオンの心を深くえぐることに成功してしまったらしい。
まぁ、物理的な虐めより精神的な虐めの方がダメージが大きいって言うし?
そんなしたくもない証明をしてしまったわけだが、もしやこれがレーニャちゃんの言っていた『元の未来へとんでもない方向へ向かわせようとする補正力という力』なのだろうか?とも悩んだ。
『補正力』はどんな形で現れるか分からない。
最悪な形で現れてしまう事も……。
確かそう言っていたが、今の状況を考えると確実に悪くなってしまっているので、それが最悪な形で現れたのかも……。
これはまずい!と焦った俺は、様々な試みを行いなんとか軌道修正をと努力をし続けたが、今の今までそれは一つも実っていない。
小学院に通い始めて一週間くらいが経った頃────。
朝は7時に集合なのにも関わらず、朝日が登る前から門の前にいたレオンに、たまたま走り込みをしていた俺が気づいた。
門の格子を握りじっとこちらを見ていたレオン。
その姿をお化けと間違え、思わず悲鳴を上げてしまった俺……とりあえず気付いた後に話を聞くと、なんと初日からずっとここで集合時間まで待機していたと言う。
『せっかくだから一緒にやる……?』
ずっと見ているだけも勿体ないし……と修行を付き合わせれば、ヘトヘトの俺を『馬』で運んでくれるようになり、その後も俺が何かしようとする度にいち早く動くまでになってしまった。
そして俺は、そんなレオンにこれ幸いと言わんばかりに身を任せる────……そんな生活が始まって今に至る。
まさに朝から晩まで、某警備会社もびっくりな働きっぷりで俺にこき使われるレオンに、流石に過労で倒れるのでは?と心配した俺は、休日を定期的に与えようと考えた。
『今日は下僕は休みだから我が家に来ないこと!』
学院がない休日に、そう伝えて休んで貰ったのだが……何故か次の日、随分と酷い顔色でフラフラとレオンは我が家にやってくる。
「???」
降って湧いた休日に日頃の緊張もほぐれ、さぞやリフレッシュしてくるだろう。
そう思っていたから、驚いて理由を聞いてみると……なんとレオンは、食事も水も一切口にせず、ただ壁を見て一日を過ごしたのだそうだ。
これはもう末期症状。
『お仕事以外することがな〜い。』
『お休みを上手く消化出来な〜い。むしろ不安感が募っちゃうよ!』
────社畜。しかも最強レベルの。
俺はその事実に愕然としてしまった。
ずっと見たいと思っていたレオンの笑顔が、まさかこんな形で拝める事になるとは夢にも思っていなかったから。
これは大きな運命の変化にカウントされない……???
結構ヒヤヒヤしていたのだが、まぁ、冷静に考えれば結果はそこまで大きく変わってはいないため大丈夫かな?と今は考えている。
レオンはリーフに虐められているし、母親との確執も健在。
このままいけば結末は変わらないはずなので、一応はセーフなのではと思う事にし、今後は更に慎重にレオンの様子を観察する予定だ。
「リーフ様!実は魔法についてよくわからないところがあるのですが、ランチの時間にお聞きしてもよろしいですか?」
「あっ、俺もっす!どうしても変換式で分からないところが……。」
ワイワイと話しかけてくるモルトとニールに意識が向き、一旦レオンに関する不安要素は置いておいてニコリと微笑んだ。
2人は初めて出会った時から変わらず、家業に対してしっかりと将来を考えており、努力は惜しまない。
そんな姿を見せられれば俺もやる気満々になって、大体ランチの時間はお勉強タイムとなっているのだが、細かい魔力操作はレオンの方が得意なので、結局俺も一緒に教えて貰っている。
────というのも……レオンは身長と比例し、このクラス、いや学院内で────ぶっっっっっ〜〜……っちぎりのトップだからだ!
密かにショックを受けて、笑顔から悔しさ満点の渋い顔へと表情を変えた。
座学は百点以外見たこと無し。
剣も満点、魔法も満点、まさに完全無欠のぶっちぎり頂点様!
さすが【英雄】、次元が違うと思い知らされる。
悔しい想いをしながら何度も挑んでは負け、そして教えてもらいながら試行錯誤の毎日なのだ!
ギリギリと口の中で歯ぎしりをしながら、今度はチラッとモルトとニールを見つめる。
モルトとニールは、やはり悔しさからか……最初はレオンに対して抵抗を感じている時期があったようだが、それも徐々に慣れ、いまやそんなモノは一切なくなった。
これはレオンという存在を受け入れ、認めた……という事実に他ならない。
おじさんは嬉しいぞ〜!
またニッコリ笑顔に戻ると、今度は周りでワイワイしている同級生達へと視線を移した。
モルトとニールを始めとして、今やクラスの9割程がレオンの存在を受け入れ、最初の頃にあった嫌な空気は完全に消え失せている。
もうこれは全員友達と言って良いだろう!
そう俺は思うのだが……レオンの人間恐怖症の根は深く、それに加えて極度の恥ずかしがり屋のレオンは俺の傍から全く離れようとしない。
『苦手な人付き合いよりお仕事している方が楽〜。』
『黙々とお仕事している時が幸せ幸せ〜。』
そんなレオンの心の声が聞こえてきてしまい、俺はどうしたもんかと日々頭を悩ませている。
レオンの人見知り改善作戦についても考え込みながら、さぁ行くか〜と教室をでようとしたその時────……。
「リーフ様、私も少しよろしいでしょうか?」
凛とした口調で、俺の背中をコツンと叩く声が聞こえた。




