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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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「嘘」⑧

 日は落ち、夜の帳が下りる。空は無数の星々が輝いていた。月が放つ淡い光が足元を照らし、暗闇の中でも薄らと景色を見ることが出来た。

 俺は昨日訪れたあの丘に立つ。誰の目にも止まる事がない人気のない場所と言ったら、やはりここしか思いつかなかった。


 夜に関わらず町はいつもより明るく、広場方面は特に強い光を放っていた。昼間の暴動は熱を引かないまま続き、他の区域も騎士が警戒に立っているようだ。


 どこか冷めた目で町を見下ろす俺の胸は不安で占められていた。これは内乱に対してのものではない。確信と、それに伴う痛みが心臓を圧迫する。出来る事なら否定したい。だから俺は、彼に確かめなければならない。

 草木を踏みしめる足音と共に後ろの藪が揺れる。振り返り、その見慣れた姿を瞳に映した。


「どうしたの、アイク。こんな所に呼び出して」


 困惑した表情を浮かべながらフリットが俺の正面に立つ。


「来てくれたんだな」


 言うと、フリットは薄く笑いながら首を傾げた。


「当たり前だろ。話したいことがあるなんて置手紙まで残しておいて」


 それは変わらない親友の姿。以前と同じ俺への態度。昨日話した時と、何の違いもない。青い瞳は波立つことなく穏やかな顔で俺を見る。


「で、話したい事って?」

「ユーフェミア王女の暗殺未遂事件について話がある」


 話を切り出すがフリットの表情は変わらない。


「当事者として話が聞きたいって事?」


 彼は腕を組み考える仕草を取る。今日初めて俺に疑念の目を向けた。


「でもそれは術師協会の管轄じゃないだろ」

「……俺が個人的に調べてるだけだよ」


 なかなか言い出す事が出来ず、俺は曖昧に答えていく。胸の内では暴れるように心臓が脈打ち、その鼓動が耳の奥でうるさいくらい反響していた。震えそうになる声を抑えるのに必死で表情に気を使う余裕などない。俺は今、どんな顔をフリットに向けているのだろうか。彼は小さく笑い声を零す。


「あまり首を突っ込みすぎない方が良いよ。ただでさえこの国は色んなことが起こってるんだから」


 その声色はいつもと同じだった。俺がフォリシアを離れる前のような、あの日常の中に居た時のような。不自然な程変わりがない。この不自然さを俺は知っている。覚えが、確かにあった。


「でも、姫の暗殺を依頼した人物をフリットは知ってるんだろ」


 俺の問いにフリットの顔に不快感が浮かび上がる。


「あれは革新派が仕掛けた事でしょ」

「違う」


 彼の言葉を即座に否定する。


「これは俺の憶測に過ぎない、けど」


 否定した事で、もう戻れないことを実感する。


「革新派が暗殺を企てたとしたら、何も捜査をしないのは疑問が残る。指示した人物を見つければ革新派を黙らせる事ができるのに」


 ここまではマルティナが言った事。


「でも、彼らは敢えて追及しなかった。何故なら、」


 一瞬、続きを話すのを躊躇う。後悔を飲み込みフリットを見据えた。


「ユーフェミア王女の暗殺を依頼した人物は国王だから」


 俺の言葉が耳に届くと、フリットの表情が固まった。だがすぐに、それを打ち消すかのように軽やかな笑い声を響かせる。


「わざわざ呼び出して変な事言うんだね。そんな、国王が実の娘の暗殺なんてする訳ないだろ」

「幼い王女を革新派が殺そうとしたことにすれば一部の国民から革新派へ不満が生まれる。実際に抗議活動は一時的に自粛の流れとなった」


 柔和な笑顔を浮かべるフリットの眉が僅かに動く。俺は構わず続ける。


「ユーフェミア王女を殺そうとしたのは内乱の勃発を遅らせるためだったんだよ」


 フリットは話さない。ただ黙って俺の話を聞いている。俺の推測に口を挟まず、瞳に冷たい光を湛えながら。否定の言葉も、何も、零さない。


「あとこの前、俺にこう言ったよな? ユーフェミア王女を狙った奴を許すつもりはないって」

「それが何?」


 冷ややかな空気が肌を叩く。その冷たさが痛みに似た感覚を伴って染み込んでいく。続く言葉を躊躇い、そして口にする。


「フリットは、国王を殺すつもりなんだろ」

「俺が王を殺すなんて冗談じゃない」


 フリットはそう言って笑っていた。

 彼は見かけによらず短気だ。昔ならこんなことを言ったら怒るはずなのに。それなのに、笑って流そうとしていた。


「これはユーフェミア王女から直接言われたんだよ」


 昨日の彼女の言葉についてずっと考えていた。何もなければ冗談として流していただろう。しかし、意味を理解してしまった。暗殺未遂事件の首謀者に気が付いてしまった事で。


「なんで王女がこんなことを言ったのかずっと引っかかってた。でも、こう考えれば全部繋がるんだ」


 フリットの手の僅かに動く。目で追い、その先にあるものを見て表情を歪めた。

 彼の左手は剣の鞘に触れていた。お願いだ。反論してくれ。そんなはずがないと。全部、ユーフェミア王女のいたずらだと。

 フリットは顔を伏せ、長く、永いため息をついた。俺達の間を埋めるように風が通り抜けていく。冷気と共に静寂が残り、距離だけが際立った。


「そっか」


 呟くと顔を上げ、俺を見る。


「それで?」


 そう言って彼の口は半月状の歪みを作った。鳥肌と共に心の底から不快感が沸き上がる。


「それでってお前、」


 込み上げる激情に言葉が絡まる。


「否定、しないのかよ」

「しないよ」


 フリットは喉を鳴らし笑った。


「だって事実なんだから」


 彼の言葉にただ立ち尽くす。胸の奥で覚悟は固めていたはずだった。しかし、目の前の現実に殴打されたような痛みが走り、視線だけが虚空を彷徨う。


「それで、君はそれを確認して何がしたいの?」

「お前にそんな事させる訳にはいかない」


 俺の返答に対して「分かった」と呟き剣の柄に手をかけた。未だに動けずにいると彼は鋭い眼差しを向けた。


「呼び出した時点でどうなるか分かってたくせに」


 抜刀し、切っ先を俺に突き付ける。


「力ずくで止めに来た。そうだろ?」


 声は低く、沈むようにこの丘に溶けてく。フリットの言う通りだ。そのためにここに来た。分かっている。分かっているのに、判断を躊躇わせる。

 どれ程の感情を抱えようが、それが事態を止めることはない。やるしかないのだ。剣を抜いた瞬間、フリットの足が動く。

 二つの刃が旋回し、激突。甲高い金属音と共に火花が散る。


「わざわざこうやって呼び出したって事は術師協会じゃなくて個人的に片付けようとしたんだね」

「分かってるならこんな事やめろ!」


 剣を押し返し水平に振るも、垂直に立てた剣で容易に受け止められる。今度はフリットが剣を弾き懐に潜っていく。距離を詰められる前に後方回転。着地と同時に体を横に逸らすと、放たれた刺突が胸の前を通過していった。回避の勢いのまま旋回、そのまま上段回し蹴り。俺の動きを予測していたフリットは屈んで躱し、後方へ跳躍する。体制を立て直し、二人同時に地を蹴った。


「自分なら、幼馴染の言葉なら踏み止まると思ったの?」


 再び刃が交差する。剣を挟み視線が交じり合った。


「思い上がるなよ」


 フリットが吐き捨てる。俺は何も言えない。幾重にも斬撃が放たれ受け流していく。フリットの刃は俺に届いていない。しかし、言葉が俺の胸を抉る。


「お前、自分が何をしようとしてるのか分かってるのか!?」


 俺の問いにフリットは表情を変えない。


「きっと無事では済まないし、死ぬだろうね。良くて相打ちかな」


 刺突を刀身で受け止め弾く。即座に振り下ろす動作へ。半身で躱したフリットは駆け抜けすれ違いに斬りかかる。剣を後ろに回し受け止め半回転。横に振られる剣をフリットは見切り後退する。同じだけ進み距離を詰めていく。


「だったら、なんでそこまで……!」

「そこまで? ユーフェミア様は実父によって殺されようとしたのに? 俺が守らず殺されても良かったって事か?」


 斬撃に刺突、刃の嵐の中、フリットの顔が歪む。


「そんな事言ってないだろ!」

「同じだ!」


 フリットの叫びと共に俺の足元に術式の光が浮かぶ。刃を弾き返し後ろへ跳躍。直後、地面が隆起したかと思えば二人の間に背丈ほどの氷柱がそびえ立つ。フリットの得意とする氷系術式『純凍壁(グラキエム)』の魔法だった。

 術式を解除したフリットが一歩で距離を詰める。


「俺は彼女をたった数日の延命のために使ったあいつ等を絶対に許さない!」


 斬撃に激しい憎悪を重ね振り下ろす。剣がぶつかり合い、弾かれ、再び衝突。鍔迫り合う刃の向こうに、暗く淀んだ瞳が見えた。


「革新派に国が渡ればフォリシアはなくなる! フリットだってそれくらい分かってるだろ!」

「分かってるよ」


 予測で半身を逸らすと、強烈な冷気と共に氷柱が付き上げた。回避が遅れた右上腕が裂け、血が伝うのを感じる。しかし足を止める訳にはいかない。そのまま位置を微調整しながら後方回転で後ろへ。地面を割り次々と『純凍壁(グラキエム)』による氷柱が隆起していく。着地し正面を向くとフリットは切っ先を俺に向け新たな術式を展開していた。


「なくなればいい、こんな国」


 白い息と共に呪詛を吐き捨てる。フリットの正面に五つの術式が同時に出現。輪が一瞬光り、中央から『氷針(ステリア)』による氷の矢が射出される。

 剣を振り叩き矢を叩き落とすが、一本だけ剣の隙間を通り抜け、頬に一筋の傷を作った。痛みより言葉の衝撃に囚われる。


「じゃあ、俺達の約束はどうなるんだよ」


 俺は問う。フリットが言い放ったのは過去に交わした約束を踏みにじるものだった。頬を血が伝っていく。血と共にあの時の記憶が溢れ出る。問いに対して表情を変えないままフリットは新たに『氷針(ステリア)』を展開。

 三連の魔法を横に飛び回避。そのまま前進。目前に迫る矢を叩き落としながら疾駆する。四本、五本、手首を返し受けきっていく。九本斬った所で跳躍。進行方向に出現した氷柱を飛び越え空中で縦旋回。矢が肩に刺さるも関係ない。遠心力を乗せた刃を振り下ろす!

 剣で受けたフリットの膝が沈む。弾き返し後ろに着地。旋回し腕に『強法(スティル)』を発動。フリットが防御のため剣の軌道上に『純凍壁(グラキエム)』を発動するも構わない! そのまま叩き切る!

 破砕音と共に氷が砕かれ刃が進む。剣と剣が衝突し轟音を響かせた。フリットの体が浮き真横へ飛ばされる。が、フリットは出現させた氷柱に着地。逆に距離を取られ、再び氷の狙撃術式を紡いでいく。


「それを言うなら君も同じじゃないか。先に約束も何もかも投げ出して消えたのはそっちだろ」


 フリットの術式による冷気の中、さらに冷たい声で投げかけられる。答えられない。俺が答えられないのを見てフリットは顔を歪ませた。


「今も国を守るためじゃなくて惰性となけなしの正義感で戦ってるくせに」

「違う、俺は……!」


 言葉に詰まる。それは耳を通して直接胸に突き刺さっていく。一瞬手が緩み、矢が剣をすり抜けた。今度は利き手、左前腕に突き刺さる。


「違う? 何が違うんだ?」


 着弾を確認しフリットが前に出た。


「君だってこんな国なくなっても良いと思ってんだろ!」

「そんな事……」


 横に薙がれる剣を一歩引き避けるも、手首を返し下から切り払う動作へ。フリットは即座に刺突の構えに入り屈んで躱す。そのまま地面を転がると『純凍壁(グラキエム)』が突き立った。冷気が肌を掠めるのを感じながら右腕の力だけで後方転回、立ち上がった所で剣を振り氷の矢を薙ぎ払う。魔法に紛れ接近したフリットの斬り下ろしを両手に持ち替え何とか受け止めた。

 斬撃を受けるも負傷のせいで押し負ける。フリットの言葉を否定しようとするが、口が震えるだけで音にならない。胸の中の焦燥は痛みに変わっていた。


「嘘つくなよ! 逃げ出したくせに!」

「違う!」


 反射的に出した声は叫びに等しかった。『癒法(ティオ)』を展開しようとするも術式がもつれ構築した先から崩壊していく。フリットの糾弾が頭を支配し動きを阻害し続けた。掠める刃が肌を裂き血に染まる。俺が声を上げる度にフリットの表情は怒りを滲ませていく。


「だから何が違うんだよ! じゃあはっきり言ってやるよ!」


 その先を言わせてはならない。止めるには、彼を殺すしかない!

 否定を繰り返す頭で『強法(スティル)』の術式を展開、発動。フリットの刃を押し返すと僅かに彼の体が傾く。胸倉を掴み頭突き。そのまま引き寄せ投げの体制へ移行。しようとした所で視界が揺れる。力が、入らない。至る所に受けた傷はいつの間にか致命的な出血をもたらしていた。フリットが俺の手を振り払い体制を立て直す。

 腰を落とし、剣を下げるのが見えた。彼の口が、残酷な事実を告げようと開かれる。


「憎んでるんだろ! この国を!」

「俺は、」


 違う、違う、違う! 違うと言え! なんで今出てこないんだよ!

 俺の口は戦慄くだけ。ただ掠れた母音を漏らす。自分を形成していた何もかもが崩れていく感覚。夢が、思いが、黒く塗り潰される。自分の感情に狼狽え思考もままならない。当然動きも、手も止まる。フリットの手首が翻り斜め上へ刃が走った。そして、噴き出す鮮血と共に俺の左腕が落下していく。


「俺は……!」


 言わなければ。言わないと俺は。だが、どうしてもそこで言葉は止まる。腕の痛みより、胸の方が苦しい。息が吐けず喘鳴のような音が漏れる。

 フリットの表情が国への、そして俺への憎悪に満ちる。


「お前に俺を止める資格なんてない!」


 右腹部に衝撃。身体を貫く異物感。熱。痛み。血液の感覚。時間が止まったかのような静けさの中、そこへ目を向ける。

 人体の急所へ、剣が突き刺さっていた。

 フリットが力を込めさらに押し込むとくぐもった声が漏れる。そのままゆっくり引き抜き、栓を失った傷口からは噴き出すように血が零れた。出血により頭が眩み膝を付く。口からも大量の血液が溢れていく。起きていられず頭から地面に倒れる。

 それでもと、伸ばした右手の甲に衝撃。フリットが踵で踏みつけ足首を捻った。最早痛みなど感じない。

 やっとの思いで顔を上げる。暗転しかけた視界。意識が途切れる前に見たのは、かつて親友だった人物の凍える様な眼差し。そして、彼の背後にある女性の影だった。


三節「嘘」 了

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