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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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「嘘」⑦

「やっぱり、あれは危険なもんだったか」


 フォリシア滞在五日目。

 昨日の話を共有すると、エドガーは低く呟いた。


「自分の国ではやりたくねーからここでやるって?」


 説明に対してどこか納得した様子だが、表情には祖国に対する隠しきれない不快感が浮かぶ。


「ユーフェミア王女の言う通りなら、この国は最適な実験場とも言えるわね」


 ヴィオラが言う。普段感情を露わにすることがない彼女ですら、先程の話を聞き眉間に亀裂が生じていた。皆、思っている事は同じ。アウルムの新技術への警鐘と、自分達ではどうすることもできない無力感だった。


「そもそも、ユーフェミア王女はどこであの資料を手に入れたのでしょうか」


 話を聞いていたマリーが口を開く。


「術師協会はこの魔具について何も情報を掴んでいませんでした」


 灰色の瞳が疑問に揺らぐ。


「それなのに、革新派の敵であるユーフェミア王女が、さらに言ってしまえば一二歳の少女が何故我々の知らない情報を掴んでいるのでしょうか」

「そう言われればそうだな……」


 エドガーは首を捻った。情報の衝撃で忘れていたが、そもそもの入手経路は不明。ならば、この情報の信憑性も確かではない事になる。憶測で話を進めるにはあまりにも危険な話題だった。

 マルティナが短く呻く。


「あの王女がなにか隠蔽魔具を使って情報をかき集めてる、とかは? ここに忍び込む時だって毎回誰も気が付かないしおかしいでしょ」

「だとしても……」


 彼女の発言にエドガーは反論を述べ、討論が続いていく。俺は、どこか他人事のようにそれを聞いていた。重要な話し合いだが身に入らない。

 ユーフェミア王女は内乱を止めるためこの情報を俺に伝えた。しかしこれでは弱すぎる。術師協会が裏を取り、取り締まるまでには膨大な時間を要するだろう。

 つまり、これでは内乱を防ぐ一手には繋がらない。それまでに内乱は勃発し、俺達はそれを止める術も、必要もない。


 だが、俺の頭を支配するのは別の情報だった。ユーフェミア王女が最後に残したあの言葉。彼女の声が脳内で何度も繰り返されるが理解には程遠い。胸の奥で疑問が渦を巻き続け、混乱だけが膨れ上がっていく。

 何故あのような事を言ったのか。何故そのように思うのか。全く分からない。しかし、ユーフェミア王女の妄言とは思えない朧げな確信が俺の中にあるのも確かだった。繋がりが分からず気持ちの悪さだけが残る。


「おい、アイク。話聞いてんのか?」


 エドガーの声で思考から引き戻される。いつの間にか俺に話が振られていたらしい。


「悪い、聞いてなかった」


 正直に答えるとエドガーは眉を顰める。


「大丈夫か? 顔色も良くねーし」

「……そう、かな?」


 そのまま小言でも言われるのかと思ったが、意外にも気を使われてしまった。エドガーに心配される程酷い顔をしているのだろうか。マルティナも俺の顔を覗き込む。


「昨日返って来た後からちょっと変だし、体調でも崩した?」

「そんなことはないと思うけど……」


 体調には変わりはない。が、昨夜はあまり休むことが出来なかった。その理由は勿論ユーフェミア王女の言葉のせい。理解も消化もできないまま今に至る。


「って言っても俺達がやる事はなんもないんだけどな」


 エドガーはそう言いつつ椅子の背に体重を預けた。俺が別の事を考えている間に討論は終わり、やるせなさだけが残っていた。

 現状に抗う事が出来ない無力感が各々を静寂に誘う。遠くに聞こえる国民達の声がその感情を増長していた。


「おそらく、後数日で帰還命令が出るでしょう。流石に私達の安全のため、内乱が勃発する前には帰ると思うのですが……」


 マリーも先が見えず困惑しているようだった。彼女も俺達の案内役としてこの地に出向しているだけ。優先すべきは自分の命。この国を救わんとする使命感は誰にも必要ないのだ。


「内乱に帝国に暗殺事件にラステカ」


 エドガーがこの国が抱える問題を、指を折り数えていく。


「結局なんも解決しないままか」


 そのまま指を握りこみため息をついた。マリーも後悔の滲む顔でエドガーの手を見る。


「暗殺事件に関しては私達に関わりはなにもないですからね」

「王女の暗殺未遂で一時的に革新派が大人しくなったっつっても結局はこうだからな」


 そう言ってエドガーの視線は窓に向かう。抗議活動の声はこの数分の間に激しさを増していた。今までで一番大きな怒りの声がこの部屋まで届いている。


「一時的に大人しくなった、ねぇ……」


 マルティナはエドガーの発言を小さく繰り返す。琥珀色の瞳は思慮に沈み、長い睫毛の影が落ちていた。


「何か気になるのか?」


 尋ねると、消化不良の感情と疑念を映した瞳で俺を見た。


「これさ、違和感ない?」

「活動の自粛に関して?」


 聞き返すも首を振る。


「違う」


 マルティナは指を唇に添え考える。彼女の中でも整理出来ていない様だった。思考をまとめるため、不明瞭と思われる部分を声に出していく。


「革新派が起こした暗殺事件なら、ちゃんと捜査をして革新派の頭を潰せる機会なのにしないなんて変でしょ」

「そう言われたらそうだな」


 話を聞いていたエドガーもの発言に同意する。マルティナの言っている事は尤もだった。いくら狙われたのが疎まれている第四王女だと言っても、彼女も王室の一員である事に変わりはない。暗殺未遂事件を有耶無耶にするのは王室の威厳を損なう行為ではないのか?

 今の情勢では捜査の継続が困難、とも考えた。しかしそれなら彼女の言う通り革新派を抑える機会を失っている。何か、意図があって捜査をしないのか。

 そう言えば夜にフリットに会った時、彼も犯人が分かっている様子だった。


 犯人が、分かっている──?

 気が付けば体が動いていた。立ち上がった瞬間、全員の視線が俺に集中する。


「どうした」


 俺の突然の行動にエドガーが不審な目を向けた。だがそんな事どうでも良い。


「分かった」


 そう呟く俺の心臓は早鐘を鳴らし続ける。分かってしまった。俺達がここに来る前に起こった事件、そしてユーフェミア王女の言葉。全部、全部繋がってしまった。理解を拒んでいた彼女の発言の意味が鮮明になっていく。


 真相に気が付いてしまった事で震える口が言葉を紡ごうと動く。が、一瞬、続きを話す事に躊躇いが生じた。言っても良いのだろうか。あくまでも俺の予測、誤解である可能性もある。何より、俺がこの結論を否定したがっていた。


 皆、俺に体を向け静かに発言を待っている。ここまで言って、もう引き返せない。


「暗殺未遂を起こしたのは、」


 覚悟と共に口を開いた瞬間、外から爆発音が轟いた。

 爆風が窓ガラスを叩く。続いて恐慌と怒りが混ざり合った叫び声が響き渡った。全員窓へ近付き周囲を確認する。黒煙が立ち上る方角は広場方面。抗議活動が行われていた場所だった。呆気に囚われる俺達の横でマリーが即座に通信魔具を起動する。


「これ、まずくない?」


 マルティナが呟く。誰もがこの状況がもたらす結果と未来を分かっている。分かっているが同意する事が出来ない。同意、したくなかった。


 怒号は次第に激しさを増し、混乱は頂点へと向かっていった。喧騒の中に乾いた銃声がいくつも混ざり始める。恐慌はさらに色濃く染まり、周囲の空気を圧し潰していった。

 通信を終えたマリーが俺達を見る。


「どうやら、騎士団側が民間人へ手を出したようです」


 全員が息を吞む音が微かに聞こえた。すぐそこまで迫った内乱の気配に言葉を失う。目の前に突き付けられた現実が、全てを麻痺させていた。


「皆さん、もう荷物をまとめておいた方が良いと思います」


 誰かのため息の後、場を包むのは重苦しい沈黙。静寂は外の音を一層際立てた。悲鳴、怒号、そしてあらゆる術式が発動される音。けれども、何をすべきか分からない。俺達はどちらかの助けをすることも許されず、平定する力なんてない。ただ、その場に立ち尽くしていた。


「で、アイクは何が分かったって?」


 この空気に耐えかねたマルティナが先程の話を問う。暗殺未遂事件をと言ったが、爆音に混ざり俺の声は彼らに届いていなかったようだ。


「えっと……」


 皆の視線は再び俺へと移った。その鋭さに思わずたじろいでしまう。


「いや、俺の勘違いだったみたいだ」


 聞こえていないのならそれでいい。笑って誤魔化そうとすると、マルティナが顔を顰めた。


「やっぱり今日のアイクなんか変だよ」


 それは不自然な俺に対して訝しむのではなく、配慮を込めた表情だった。


「アイクさんだって祖国がこんな状態で落ち着くわけがありません。今日は自由時間としましょうか。もうすぐ術師協会やグラウスから帰還命令も出るでしょうし」

「そう、だな……」


 マリーの提案に頷く。俺から注目が逸れた事に少し安心した。しかし、胸を満たすこの感情が変わる事はない。


「少し、休んでくる」


 そう伝え扉に向かって歩き出す。今は、この場を離れたかった。


「アイク」


 呼び止めたのはエドガーだった。


「ちゃんと休めよ」


 振り返ると目が合った。俺を見て瞳に宿る疑念の光が鋭さを増す。


「当たり前だろ」


 それを振り払うように踵を返し扉へと向きなおす。彼の視線を感じながら部屋を後にする。

 騎士団内部も混乱に満ちていた。周囲から声が飛び交い、待機していた騎士達も暴動の鎮圧へ向かうため走り回っている。すれ違う彼らは皆憔悴した表情を浮かべ、目前に迫った内乱への不安を表していた。保っていた均衡は崩れ、今、国が傾こうとしている。

 騒乱の中、俺の足は間借している寄宿舎とは別の方向へと向かった。



***



 蒼天の下、群衆の声が入り乱れる。空の清々しさとは対照的に、地上には険しい感情が渦巻いていた。

 暴徒が手製の火炎瓶を投げると、騎士は『(スクード)』を発動し防御する。投擲した人物を見定め剣型魔具の切っ先を向けた。先端に紡ぐのは『(ザイル)』の術式。縛り上げようと術式を発動、しようとした所に雷撃術式が殺到。別の騎士が盾で防ぐ。

 怒りの形相で騎士が新たに紡ぐのは爆撃術式。切っ先を上に向け発動。上空で起こった爆発に暴徒の行動が一瞬止まる。爆風と共に火の粉が降り注いだ。

 さらに激しい罵声が沸き上がり周囲を埋め尽くす。その声は嵐のように吹き荒れ、怒りと憎悪が空気を塗り替えていた。

 広場の端、時計塔の頂上。少女と少年が立ち彼らを見下ろしていた。


「きゃはははっ! ねえ、ニギギ。今の見た? ヴィルプカちゃんがちょっと突っついたら勘違いしてやんの♪」


 ヴィルプカの可憐な顔には悪意に満ちた笑みが張り付く。彼女はこの状況を心から楽しんでいた。人々が傷付け、憎しみ合う動乱の場を。

 もう一人の少年に話を振ったはずだが返答がない。振り返り様子を見るとヴィルプカは呆れ顔となる。


「って聞いてないね」


 ニギギは乱闘を見て恍惚の表情を浮かべていた。戦場に視線を注ぐその顔には陶酔の影があり、頬は上気し赤く染まる。


「いいなぁ。ぼ、僕も混ざってきていい?」


 興奮で荒い息を繰り返しながら問う。ヴィルプカは熱の引いた眼で彼を一瞥するとため息をついた。


「それは流石に許可できないよ」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、顔から色が引き絶望に影を落とす。その陰りは瞬く間に怒りへと変わり、燃え上がるような感情が瞳と眉間に濃く刻まれた。


「はぁ!? ふざけんなよ! ヴィルプカだけ楽しみやがってよ!」


 長い前髪の間から憎悪の眼差しでヴィルプカを睨みつけた。同時にニギギの目前に白い術式が浮かび上がる。ヴィルプカに向ける感情は殺意となっていた。

 彼女は冷たい表情を崩さぬまま腕を振り上げ、ニギギの顔面を殴り付けた。甲高い声と共に術式が霧散する。


「うるせーな。ヴィルプカちゃんの言うこと聞けよ」


 顔の中央を殴打されニギギは崩れ落ちる。曲がった鼻からは取り留めなく血が零れていた。身体を跳ねらせ短く母音を上げるニギギは、痛みではなく快楽に浸っている。


「今ニギギが混ざったらここにいる奴ら皆死んじゃうでしょ」

「そ、そっか……。そうだよね……」


 ニギギは徐々に落ち着きを取り戻し、自らの言動を省みて瞳を落とした。


「でも大丈夫♪」


 ヴィルプカの顔に笑顔が戻る。ニギギの頭を掴むと力を込め、強引に下を向かせた。


「これで争いはもうすぐ起こる☆」


 四つん這いになったニギギの上にヴィルプカが飛び乗った。子気味良い音と共にニギギが声を上げ、体が沈むが彼女が気にする様子はない。灰色の瞳は広場へ向けられる。

 至る所で黒煙が立ち上り、硝煙の香りが鼻をくすぐった。破砕音が、発砲音が、爆撃音が四方から鳴り響く。叫声は絶え間なく上がり国民、騎士、どちらのものかは既に分からない。争いは勢いを増していく。

 ヴィルプカもまた、悦楽に満ちた表情を浮かべていた。


「計画が頓挫しても、次はヴィルプカちゃんの番だから♪」

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