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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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「嘘」⑥

「彼の国……まぁここでは名前を出して良いわね。結論から言うと、アウルム帝国はこの国を巨大な魔具の実験場にするつもりなの」

「どういうことですか?」


 ユーフェミア王女の言っている意味が分からず首を傾げる。彼女は俺を見据えたまま動かない。


「貴方達は資料を読んでいるはずよ」


 言われ、考える。思い当たるものが一つあった。それは昨日マルティナが見つけたアウルム帝国が新技術と謳う資料。明らかに事件とは関係のないものだったためよく覚えている。顔を上げるとユーフェミア王女の口の端がゆっくりと持ち上がった。


「もしかして、あれは貴女が忍ばせたのですか?」

「そうよ。手に入れるのも苦労したんだから」


 口元に浮かぶ笑みは子供のように無邪気だが、どこか寒気を覚えた。どこで入手し、どうやって忍ばせたのか。そのような疑問が浮かぶがここで聞いても無駄だろう。


「人工的に魔石が作れるのだとしたら、世界は大きく変わって行くでしょうね」


 ユーフェミア王女はそこまで言って口を閉じた。細められた目は俺を見つめ、反応を測るかのように揺れる。


「……魔石の価値が下がるのと同時に、多くの人々が手を出しやすい物に変わります」


 期待に応え、予測される事を述べていく。


「それは魔具による文化の発展を示し、更なる文明の進化に繋がるでしょうが……」


 彼女を見ると「そうね」と頷いた。一先ず及第点には届いたらしい。

 魔石、魔具の普及率が上がれば人々の生活水準は上がっていくのだろう。聞こえは良いが大きな懸念が残る。


「でも、人工的に魔石を作るなんて可能なんですか?」


 魔石はマナが長い年月をかけて自然と発生する物。以前も思ったが、それを人工的に製造する事など不可能としか思えない。


「一応可能らしいわ」

「一応?」


 含みを持つ言い方だった。理由を話し始める前に、ユーフェミア王女の顔に若干の陰りが生じる。


「勿論何もない所から魔石が作られる訳がないわ。吸い上げるの、マナをね」

「それは……」


 思わず言葉を失った。深く考えなくてもそれは拙いことだと、魔具に疎い俺でも分かる。混乱しそうになる思考をまとめ、なんとか言語にしていく。


「結晶化する程と言ったら膨大な量のマナが必要なはず。そんな事をしたら環境にも影響が出るのでは?」

「勿論」


 確信はない。俺が口にするのは想定の内容である。しかし、ユーフェミア王女は確かな自信を持って肯定していた。


「豊かな自然と広大な森が広がるこの国は良質なマナに溢れている。だから、この地は実験に最適なの」


 穏やかだった口調が僅かに硬くなっていく。抑えきれない感情の棘が鋭く突き刺さる。


「内乱に革新派が勝ったらいずれこうなるわ。魔石とマナを搾取し、必要がなくなったらすぐに切り捨てられる都合の良い場所へと」


 語られるのは滅びの未来だった。マナが枯渇し、人の住めなくなった土地。それがどのくらいの経過で訪れるのかは分からない。しかし、鮮明に想像できる事柄にじわじわと心の奥から不快感が広がっていく。


「確かに、あの魔具が設置されれば国の事業は増え、国民達の暮らしは格段に良くなるでしょうね」


 ユーフェミア王女も新技術がもたらす国益を分かっていた。分かっているからこそ止められないと理解している。

 今の王政は国民への負担を強いすぎた。だからこそ革新派は国民達の生活を守るために戦っているのだ。

 政治を変えるため、明日を生きる保障を作るため。国と対立するには悪魔との契約を結ぶしかない。それが、革新派の掲げる正義なのだから。


「王族が国民を苦しめた責は確かにある。私は処刑だって甘んじて受け入れましょう」


 王族として生まれた決意を静かに口にする。あまりにも清冽で気高い意志だった。

 揺るぎない瞳は俺を越え、その先の山々を見た。


「でも、愛するフォリシアがなくなるのだけは絶対に許せない。この景色が失われ、その上にこの文化を、森を冒涜する物が建つなんて許せない。絶対に許せない」


 ユーフェミア王女は革新派がもたらす未来を繰り返し否定する。彼女が掲げるのも、また違う正義だった。

 確かに新技術への警鐘は、革新派を止め、アウルムの支援を拒否する理由になるだろう。魔具の危険性が正式に示されれば術師協会も新たな法を作り介入する事だって出来る。しかし、


「でも内乱終息後、アウルムの支援が国民の生活に安定をもたらすのは確実です。ミルガートやイスベルク、術師協会の支援により王政が内乱に勝利しても、体制が変わらなければ内乱は繰り返し起こるでしょう」

「そうね」


 俺の発言に小さく同意を漏らし俯いた。それくらい彼女も分かっていた。ユーフェミア王女の意志は、言葉は所詮甘言にすぎない。

 現にフォリシアとアウルム間には確固たる貿易関係がある。今更他の国がそこに介入するのは難しい。大国であるアウルムに睨まれる行為は術師協会すら避けているのだから。

 再び顔を上げた彼女の顔には寂寥感が浮かぶ。


「だから、それ以降は彼らの選択に委ねるしかないの」


 その表情は決意と諦め、異なる二つが同時に存在しているかの様だった。


「国民達が何を選び生きていくのか。私は、私の役割を終えた後、見守る事しか出来ない」


 俺達の間に一陣の風が吹き抜けた。乾いた音を立てて枯れ葉が宙を舞い、軽やかな踊りのように遠くへ運ばれていく。

 遠くに消える葉を見送った後、ユーフェミア王女は告げる。


「だから、貴方を呼んでこうして話しているの」

「どういう意味ですか?」


 話の繋がりがいまいち分からない。悩んでいると彼女は喉の奥で静かな笑みを零す。


「いずれ、分かるわ」


 瞳に寂寞を湛えた悲しい笑顔だった。何故ここまでこの国を想えるのか、俺には理解できない。


「どうしてそこまでこの国を守ろうと思うのですか?」

「それは、遠回しに言ったら貴方のおかげね」

「俺の?」

「そうよ。まあ、貴方達と言った方が良いかしら」


 どういう意味なのか。彼女の真意を問うはずが余計に謎は深まってしまった。

 思いを馳せるように彼女は再び王都に目を向けた。俺も同じものを見る。人々の営みと自然の雄大さが交じり合う、この壮麗な景色は相変わらず美しい。しかし、俺の思いは先程の話を聞こうが変わらない。ただの景色として目に映る。

 ユーフェミア王女は振り返り、そして微笑んだ。


「どうか、私の愛する国を守ってね」


 それは、どこか見覚えのある表情だった。全てを諦め、それでいて強い意志を持つ表情。いつ見かけたのか、すぐに思い出す。彼を忘れるわけがない。俺に言葉を託した時の、あの気高い決意を映した表情がユーフェミア王女の背後に重なった。

 彼女も既に何かを覚悟しこの地に立っているのだ。俺には彼女が眩しく見え、思わず目を細めた。

 何故、自分の命を糧に愛する者を守ろうとする人々はこんなにも強い輝きを持つのだろうか。献身や自己犠牲など、残された者への呪いでしかないのに。


 俺の後ろで茂みが動く。目を向けると、丁度手が出る所だった。藪を掻き分け、俺達を追ってきた人物が顔を出す。


「探しましたよ」


 ため息交じりにそう呟くのはフリットだった。鋭い目が俺を捉え非難を語る。


「王都がどんな状況か君も分かってるだろ。それなのに、こんな場所に連れ出すなんて」

「……悪い」


 罪悪感が喉を塞ぎ、顔を伏せた。出かける前にフリットに連絡するべきだったが、俺は安全より自分達の利益を優先した。何の弁明もしようがない。頭上から重く静かなため息がもう一度降り注ぐ。その次に聞こえるのは小さな笑い声。


「どうせ、君の事だからユーフェミア様の強引な誘いに断れなかったんだろうけど」

「まあ、それは……」


 しかしフリットもユーフェミア王女の事をよく知っている。事情を察し仕方がないと笑っていた。だが、強引な誘い、と言うのは嘘ではないが、俺は内乱についての情報を得るという取引の下ここに連れてきている。僅かな齟齬が胸を刺す。ユーフェミア王女を見ると俺達二人を見て微笑んでいた。

 フリットは俺と並び、丘の先の景色を見る。


「君とこうしてここに立つのは久しぶりだね」

「そうだな」


 子供の頃は何度も遊びに来ていたが、騎士学校に入ってから次第に減り、ついには二人で訪れる事はなくなった。一人で来ることはあったが、彼の言う通り二人でと言うのは本当に久しぶりだった。

 フリットは、この景色を見て何を思っているのだろうか。立場も、本心も、あの頃とは何もかも違う。ここで抱いた思いはいつの間にか俺から零れ落ちてしまった。じゃあ、今の俺には一体何が残っているというのか。分からない。

 分からないため横目でフリットを見ると、俺の視線に気が付き目が合った。切れ目の瞳が柔らかく歪む。


「約束、覚えてる?」

「忘れるわけないだろ」

「そっか」


 穏やかな笑みの中にどこか影を落とすような憂いが滲んでいた。視線の先を変え、ユーフェミア王女へ声をかける。


「帰りますよ、ユーフェミア様」

「はいはい」


 彼女は一歩踏み出し動きを止めた。俺を見て手招きをする。


「アイク、ちょっとこっちに来て」


 ユーフェミア王女の元に寄ると屈むように促される。言われるがまま動作に移すせば、俺の耳元に彼女の顔が近付いた。


「────────」


 小さな声で投げかけられる言葉。衝撃に息を飲み、体が一瞬硬直する。俺の脳は、その意味を受け入れることを必死に拒んでいた。

 呆然とする俺に蠱惑的な笑みを向け、ユーフェミア王女はフリットの元へ歩き出す。


「また変な事企ててるんじゃないですよね?」

「ふふっ違うわよ」


 帰路につこうとする二人に対して、俺は未だ動けずにいた。理解しようとする意志が空回りし続ける。胸の中では凍える様な痛みが芽生えていた。

 不審に思ったフリットが振り返る。


「どうしたの?」

「なんでもない」


 無理矢理体を動かし立ち上がる。二人の後を遅れて歩いて行く。

 脳内ではユーフェミア王女の言葉が意味にならない音として反復していた。彼女が態々俺を指名した、本当の意味を。


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