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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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「おかえり」④

 通されたのは王城横、騎士団の一角。

 フォリシアのような小さな国に術師協会が常駐している訳ではない。シルディア公国にあるものが大陸東部を担う支部として置かれ、必要時派遣されている。そのため今回は騎士団の空き部屋を間借する形となっていた。

 詰所三階、隅の部屋。広さはあるが、普段使われていないため当然掃除など行き届いていない。いつ使うかも分からない物品が入るだけ詰め込まれた棚と、そこに入りきらなかった物が箱に入れられ床に並ぶ。何らかの資料も紐で括られ床に積まれていた。この部屋は俺も数回しか訪れた記憶がない。多分何か荷物を置きに来た、とかだった気がする。


「では、皆様に概要を説明します」


 マリーの良く通る声が部屋に響いた。中央の机に広がる騎士団本部の見取り図を囲う様に俺達は立つ。一階の南側、奥の部屋に赤色で丸印が付けられていた。


「見ての通り、爆発事故はこの場所で発生しました」

「ここは……第三武器庫だな。予備の予備が置かれるような場所だったか」


 当時の記憶を辿り呟く。俺のいない一年の間に大きく配置が換わっているとは思えない。マリーも頷き肯定を示した。


「話が早いですね。アイクさんの言う通り、ここは普段使われていません」


 マリーの指が机を叩く。


「爆発の起こった時間も深夜の二時。元より人の寄り付かないため、当然被害者もいません」

「それじゃまるで……」


 不可解さが疑問を生んだ。エドガーが腕を組み考える。結論はすぐ出るのだが、意図が分からず口にするのは憚られた。


「皆さんが思う通りです。被害者を生まないよう配慮されている、と言っても良いでしょう」


 なぜこんな時期に目立つ事をするのか理解できない。それはマリーも同じなのか、ため息交じりに説明を続ける。


「まあ、この話は置いておいて、次は使用された魔石についてです」


 自分の前に置かれた紙を手に取り、忌む様な視線を向けた。


「これが一番不可解で術痕がないんです」

「術痕がない?」


 思わず復唱してしまった。事件の概要より意味が分からない。


「それなのに違法術師事件って判断したの?」


 マルティナの問いは誰もが思っている事だった。もしかしたらこの事件を担当するマリーも疑問に思っていたのかもしれない。難しい顔で頷いた。


「術痕がないため違法魔石が使われているかも不明。かと言って火薬など爆発物の跡もない。使用する魔法に術痕が残ることがない魔物によるもの、と言う可能性も考えましたが出現も形跡も報告されていません」


 考える可能性を潰していく。


「で、不可解だからとりあえず術師協会に報告しておいたって感じでしょう」


 マリーは肩を竦めて見せた。最後に残ったのは、念のため術師協会に伝えるという選択肢だった。


「ここまではグラウスで聞いている通りだと思います。何か質問は?」

「特にない。でも……」


 言おうか迷う。マリーを見ると「どうぞ」と発言を促した。


「俺の個人的な意見でしかないけど、術師協会を呼ぶために起こした事件みたいだな」


 被害者が居ない、という事件の内容でこの考えに至ったが、実行犯が割れた時にアウルムとの関係を悪化させかねない。目的が不明瞭な事に変わりはなかった。他の皆も同じなのか、誰も反論しない。


「まあ、そう思いますよね」


 マリーはため息を付き、大して読んでいない資料を机に戻した。


「しかし今回のグラウスの派遣目的は示威行為です。これをまともに捜査する必要はありません。ただこの場にいるのが重要なのです」

「この国の問題はこんな違法術師事件じゃなくて内乱か」


 俺の言葉に頷く。


「その通りです。状況は皆様が思う以上に深刻でしょう」


 マリーは外へと目を向ける。窓は厳重に閉じられているのにも関わらず、微かに国民達の声が届いてくる。ここに来る途中でも見かけた抗議活動の声だった。


「国への不満はご存じの通り。古い王政は元より、不作に魔物被害。国の要と言える魔石の貿易もフォリシアに不利な条件ばかり。それでも王政を維持するためにさらに税が課せられ国民の生活は圧迫される一方」


 鋭い目をさらに細め話を続ける。


「当然起こる抗議活動を取り締まるために町には騎士が配置され、不穏分子は通報するように国民へ相互監視を強いています。さらには暴動を抑圧するために魔具の購入も制限。こちらは魔物への対抗手段が減り、生活に強い影響が出ています。かと言って騎士団の出動を増やしている訳ではありません。暴動への対処に人員が割かれているので。今の圧政により政権を維持していますが、国民の不満は増える一方です。何も改善されず、その余地もありません」


 絶望的な状況が語られていく。これを聞いたら誰もが王政に嫌悪感を抱くだろう。


「これら国民の声は元仕官であるマウリッツがまとめ上げ、革新派として活動すると共にフォリシア内で勢力を伸ばしています」

「元?」


 マルティナが問う。引っ掛かりを覚える単語に顔を顰めた。


「はい。以前から王政に対して反発しており役を降ろされています」

「じゃあこの反乱は野心からって事はないの?」


 マリーは首を横に振る。揺らぎを見せる目は背景にある複雑な関係を憂いていた。


「マウリッツは国民に寄り添いすぎたんです。確かに現王政に粗は多いです。しかしそれは国を、産業を守るためのもの。これからも存続させるための仕来りです。彼はそれを分かっていながら敢えて国民に付きました」


 意味が分かりエドガーの表情が沈む。政権が移れば国はいずれ衰退し、維持されるのなら国民が疲弊する。どちらの主張も正しい。彼らは異なる正義で対立していた。


「話を戻しましょう。マウリッツ、基革新派はアウルムの支援を受け入れる事とし、あちらもフォリシアで新たな魔石や魔具の産業を提案すると共に技術を提供する、と主張しています。まあ、聞こえは良いですよね」


 「最初の内はな」とエドガーが説明に割って入り否定する。


「支援は甘言にすぎない。その革新派ってやつに政権が移れば、間違いなくそこからアウルムが政治に介入を始める」


 エドガーの目が細まり、そこに湛えられた冷たい光が静かに祖国を拒絶していた。


「いずれフォリシアから政権を奪い、地図からこの国が消える事になる。二年前のエストみたいにな」


 その言葉にはあからさまな嫌悪と軽蔑が浮かんでいる。祖国の蛮行を強く否定していた。

 エドガーの言う通り、革新派が勝利した暁にはアウルムに都合の良い傀儡となるだろう。小国の中にある派閥が大国に適う訳がない。アウルムに吸収されたエストの様に魔石資源を食い荒らされたら後は捨てられるだけだ。

 現在国民達を苦しめる圧政はフォリシアという国を存続させるための延命措置だった。俺達の派遣も、ミルガートの介入も、全て。


「それでも、国民は先の支配と破滅より目先の生活を求める。この頻発する暴動が答えだ」


 俺は呟く。誰も反論をしない。否定も肯定もせずただ黙る。疲弊したこの国は、ただその場凌ぎの救いを求めているだけなのだから。


「違法術師事件以外にも何か事件は起こってないの?」


 重い空気に耐えかねたマルティナがマリーに話を振る。「事件ですか」と彼女は腕を組み、首を捻った。記憶を辿り、思い当たる節があったのか顔を上げた。


「確か、今回の事件の前に別の事件もありましたね」

「別の事件?」


 頷くマリーの表情はまたしても硬い。碌な事件ではないと即座に察する事ができた。


「第四王女暗殺未遂です」

「また物騒な事件だな」


 エドガーが率直な感想を述べる横で引っ掛かりを覚える。胸がざわつく様な、そんな感覚。


「未遂って事は、王女は無事だったんでしょ?」

「はい。しかし、この事件で護衛の騎士が重傷を負っています」

「ちょっと待て。さっき第四王女って言ったよな?」

「何か引っかかる事でも?」


 マリーは不思議そうに俺を見た。第四王女、護衛の騎士、そこから思い当たる事柄に心臓はうるさい程早鐘を鳴らし続ける。一年前と人員の配置が変わっていないのなら間違いない。


「その騎士の名前、もしかしてフリットか?」


 問う、と言うより確認に近い行動だった。懐かしい親友の名を上げると、マリーは目を丸くする。


「ええ、良く知って……」


 そう言いかけた時、奥の棚から物音がした。


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