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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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一節 「遊んでる訳じゃない」

 爆音。

 エドガーによって紡がれた三連の『爆炸(ボルス)』による衝撃と爆炎が襲う。爆発術式を飛び退き避けるも、着地地点に俺の退避先を読んだ『爆炸(ボルス)』の赤色の術式が浮かびあがる。剣にマナ抵抗術式『拒魔干渉(スぺクルム)』を纏わせそのまま剣と共に水平回転、爆発によるダメージを無効化する。


 立ち込める砂塵の先に何かが反射した。剣を盾にし弾く。『槍弩(ザギッタ)』の術式で生成された銀の槍が軌道を変え後ろの床に突き刺さった。

 この視界の悪さでも、向こうは探知術式を使用し俺の場所を特定している。だがそれは俺も同じ。狙撃術式が放たれた方向へ走行を開始。直進中も複数の槍が飛んでくるが体を傾け難なく回避。


 少年の人影が目視できる距離まで近付く。が、彼の目の前に身長程の赤い術式が展開された。発動される前に横へ退避。その直後、術式から炎が放たれた。『火竜灼吼(フランマ)』の術式による床をも溶かす高熱の炎が波濤となって押し寄せる。

 エドガーが術式を操作し炎の向きを調節、俺はさらに地を蹴り後ろへ。着地しもう一度跳躍。読み通り再び『爆炸(ボルス)』が放たれた。追撃の『槍弩(ザギッタ)』も剣を振り弾く。


 目標から離れすぎた事に気が付き、次に来る術式を予測し足に強化術式『強法(スティル)』を発動する。そして前に跳躍。同時に『爆炸(ボルス)』や『火竜灼吼(フランマ)』とは比べ物にならない程巨大な術式が床に浮かびあがった。ぎりぎり効果範囲外!


 高位爆撃術式『爆炸爆壊塵破(エールプロティオ)』術式が発動され、耳をつんざく轟音と共に爆炎が立ち上がる。なんとか範囲から逃れるも、衝撃によって飛び散った床の破片が皮膚を裂いていった。

 強化術式の効果が切れる前に再び前へ。足を踏み込み、地を蹴る!


 一気に距離を詰め剣を振りかぶる。が、エドガーが見えた瞬間一緒に黄色の術式も見えた。これはやばい。咄嗟に横回転。高位術式『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』による直径三十センチメートル程の砲弾が体の横を通りすぎていく。少しでも掠めていたら体の一部を削り取られていただろう。


 着地した先でエドガーを見ると彼の顔にも二連の高位術式を使った疲労の色が見えた。だが彼はそのまま『(スクード)』を展開。盾を生成したと思えば自分の前に『爆炸(ボルス)』を発動。無理やり俺から距離を取る。


 エドガーは盾を解除し本型の魔具を掲げた。隠蔽術式が解除され再び黄色の術式が展開されると同時に俺の頭上に影が出現。影は徐々に大きくなり質量を持った巨大な岩となった。高位術式『石巌創落撃(モンスペトラ)』の術式が落下を開始する。


 この距離では回避は不可能。そう来るなら。

 腕に『強法(スティル)』、さらに剣にも『拒魔干渉(スペクルム)』を発動。俺を押しつぶそうと迫る岩に剣を立てた。


 腕が軋み激痛が走る。圧倒的質量に膝が折れる。思わず口の端が吊り上がった。

 さらに強化術式を二重展開、腕の痛みは増すが無視! 腕を振り切り巨大な岩を両断する!

 切断面から『拒魔干渉(スペクルム)』によるマナ抵抗作用によって粒子に変わっていく。岩が完全に霧散すると同時にエドガーは膝をついた。


「今ので死なないとかおかしいだろ」


 息は荒く、顔は青白い。エドガーが成し遂げたのは高位魔法三連発。そこらの術師ならこれだけで重度のマナ中毒に陥っているだろう。しかし、俺だって簡単に叩き切った訳ではない。


「十分死にそうだったよ。腕にヒビが入ってる」


 言いながら左前腕に触れる。実際すごく痛い。強化魔法は便利だが体への負担が大きく諸刃の剣である。

 この怪我はそのままにしておけないので『癒法(ティオ)』の術式を展開。痛みが引いていく。医術師程完璧な治療はできないが、俺でも多少の骨の修繕なら可能だ。

 エドガーは一度大きく息を吐き立ち上がる。呼吸は落ち着いたが顔色はまだ良くない。


「こんな命がけの訓練に慣れてきたのも嫌になるな」


 そう言いながら俺の後ろへと目を向ける。

 床は爆撃術式によって所々爆ぜ、一部が融解していた。この惨状を一人の少年が作り、また一人の技術者が再生する。やはり魔法は恐ろしい。

 エドガーはもう一度息を吐く。そして俺を見た。


「きついし痛いし、おまけに死にかける」


 そう言いながら、視線は咎める様ものへと変わる。その裏にあるのは極度の疲労。

 確かにこの一戦前にも何度か武器を交え、数回も刃を突き付けている。エドガーの魔法により傷を負っているが、俺も支障が出ない程度の裂傷は与えていた。不満が出るのは分かるが、その言葉には反論しなければならない。


「実践と同じようにやらないと意味ないだろ。それに、」

「訓練を怠るやつは実戦で死ぬ」


 だろ? とエドガーは先に続く言葉を奪う。言ってやったぞ、と言わんばかりの得意げな表情を浮かべた。怪我に対する腹いせなのだろうか。言いたかった事を言われ黙るしかない。


 しかし、グラウスに入った当初、訓練とは言え攻撃する事を躊躇っていたエドガーも、このように当たったら即死の魔法を連発するように成長し喜ばしく思う。

 実践と同じ様に訓練しなければ意味がない。そして、その訓練を怠る奴は実戦で死んでいく。俺は死んではならない。班長として、皆を残し危険に曝す訳にはいかないのだから。班を率いる者の重圧を感じつつ、責任としてそのまま背負う。


「それにしてもさっきの岩、切るとかおかしいだろ。なんで避けようとしなかったんだ?」


 緑の瞳に浮かぶのは何故あの選択に至ったかという疑問だった。


「この前、強化と抗マナ術式を同時に使ってみて意外といけたから」

「だからやってみたってか?」


 頷くとエドガーの顔が歪んだ。眉を顰め、口元を引きつらせる。明らかに引かれていた。


「途中で術式の展開が崩れたり押し負けたりしたらどうなると思ってんだよ」

「それは……」


 短い沈黙。しかし答えは決まってる。


「死んでただろうな」


 俺の回答にエドガーの眉間の皺がさらに深くなる。数秒の間を開けてため息をついた。


「よく試したな」


 そう言って向けられるのはありえないものを見る様な視線だった。

 奇異の目を向けられ静かに不満が募る。俺だってそこまで無謀や変人ではない。今までの経験から多少できるかな? くらいの確信でやっている。

 エドガーこそ避けられない状況に陥れといて、と言いたい所だがギリギリで術式を解除して勝利宣言をするつもりだったのだろう。術式制御に絶対の自信を持つエドガーと逆境に挑む俺が生んだすれ違いだった。


「こんだけ無茶苦茶な事出来るんだから、そろそろアイクも一級の声がかかるんじゃないか?」

「一級か……」


 それは誰もが憧れる術師の頂点だった。


「まだまだだよ、俺は」


 二級資格を持ってはいるが、一級との間には天と地の差がある。ある程度の実力と術式制御力があれば二級まで上がる事は出来るが、その上となれば術師協会に認められるような功績がなければその資格は授与されない。

 そんな機会はなかなか訪れないため、一介の術師である俺には縁のないものだ。そう考えると、すでに一級であるスヴェンは途轍もない実力者と言える。全くそう見えないのだが。


「さてと」


 治療も終わったため剣を鞘へ戻した。腕に触れ痛みの有無を確認。問題ない。


「今日は終わりか?」


 俺の動作を見てエドガーは問う。その表情は何故か明るい。


「ああ、魔具の整備にそろそろ来いって言われてて」

「うわっ……」


 嬉しそうな顔が一変、憐れむ様なものとなる。俺だってなるべく行きたくないが定期的な整備は義務なので行かなければならない。


「まあ、頑張れよ」

「武器を出すだけなんだけどな」


 思わずため息が零れた。俺達の安全のために行われる行為を、普通なら覚悟して行く場所ではない。



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