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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
断章

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65/152

愚者と深緑の森⑥*

「またそんなもん持ってきたのかよ」


 スヴェンの呆れ声にリーナの眉が動いた。袋を胸に抱きスヴェンから遠ざける。


「なによ。食べないの?」

「食べる」


 軽蔑にも似た視線をスヴェンに向けた後、一旦足元に菓子を置いた。薪の中から特に細いものを選び四本手に取る。


「やっぱり疲れた時は甘い物食べないと」


 弾むように話しながらリーナはどこからか取り出したナイフで器用に先端を削ぎ尖らせていく。そこに子供の拳程の大きさのマシュマロを刺し、先ずヴィオラへ渡した。そして手早くもう一本同じものを作りエドガーへ差し出す。受け取ったエドガーは首を傾げた。


「これ、どうするんだ……?」


 受け取ったのは良いが次に何をすれば良いのか分からず、貰った状態のまま動けないでいた。困惑する彼に気が付き、リーナは手を止める。


「あれ、もしかして焼いた事ない?」


 無言で頷くと、リーナは得意げな顔となった。


「ふふん。じゃあお姉さんが焼いてあげよう」


 得意げに言うとマシュマロを自分の手に戻し焚火へと向かう。

 リーナは屈むとマシュマロを火に近付けた。徐々に表面が色付ききつね色へと変わっていく。先に渡されたヴィオラも串を炙っていた。


「エドガーはケンプフェル家だものね。こういう事は無縁そう」

「なんだそれ」


 そう聞くスヴェンは焼かずにそのまま食べていた。


「物凄い名家よ。本来ならあたしがこんなふうに話しかけられないくらいの」


 リーナはゆっくり回し反対側も焼く。


 エドガーの表情に影が落ちる。自分の班員には家の事は大して話をしていない。しかし、同じアウルム帝国出身のリーナは話さずとも全て分かっていた。


「お前、そんなに良い家の出身なのか。口悪いくせに」

「……関係ないだろ」


 家の事は隠す程の事ではない。だからといってひけらかす事もないため、言うべきではないと思っていた。自分が家名を背負う劣等感と罪悪感、そして僅かな怒りがその思考へと至らせる。気まずさから視線を後方へと逸らした。

 リーナが立ち上がりエドガーの前へと近付く。


「そうよ、スヴェンの言う通りここじゃ関係ないから。はい」


 顔を上げるとマシュマロが差し出されていた。甘く、芳ばしい香りが鼻を抜ける。

 受け取りそれを見つめた。表面は薄茶色と所々焦げ目が付く程度に焼き上がり、僅かに蒸気が上がる。焼くと膨れるものなのか、串に刺す前より大きくなっていた。

 初めて見た焼きマシュマロをエドガーは恐る恐る口へと運ぶ。一瞬硬いと思ったが、すぐに中の柔らかさが溢れ出した。


「……おいしい」


 思わず声が出る。広がる暖かく甘い味わいに驚きながらもう一口と齧っていった。

 リーナは自分の分も焼き、元居た場所へと戻る。


「二班は良いなー。みんな可愛くて」


 エドガーの様子を見て微笑む。エドガーは彼女の言葉に、自分も「可愛い」に含まれている事に気が付き顔を顰めた。彼にとって子供扱いする様な言葉は看過できないものだった。しかし、彼女に悪気はなく本心からの言葉だと分かっているため怒るに怒れない。

 気にも留めずリーナは空を仰ぐ。高く深い木々に阻まれ夜空は見えない。


「ヴィオラやマルティナは勿論可愛いし、アイクだって可愛いでしょ?」

「はぁ? あいつが可愛いわけねぇだろ」


 リーナの言葉に即座に反論したのはスヴェンだった。


「アイクの奴、無害そうな顔してるけど滅茶苦茶怖いからな。意外に雑だし。すぐ骨折ってくるし」

「そんな訳ないじゃない。ねえエドガー?」


 同意を求められるも、エドガーは答えられず押し黙る。確かに優しいが一部の面においてスヴェンの言う通りのため否定も肯定もできない。


「ヴィオラ?」


 エドガーの反応を不審に思い、リーナは隣に座るヴィオラへと目を向けた。彼女も無言で顔を逸らす。


「マジなの?」


 信じられないと言葉を零した。

 確かに彼の顔の作りは童顔で漂う雰囲気も柔らかく、優しそうな印象を与える。傍から見れば。

 エドガーは思い出す。まだ入ったばかりの頃、アイクに初めて訓練へ誘われた時だった。高位魔法を使っても良いと言われたが、エドガーは仲間に向かって全力で打つのは躊躇われたため手加減して使用した。だが、それを見たアイクは激怒。実践と同じようにやらなければ意味がないと説教されたのを今でも鮮明に覚えている。


 今でも彼とたまに手合わせをするが命がけである。骨を折ってくると言うのも本当だ。治癒魔法で治るからと言って手加減なしで関節を極めてくる。普段感情を表に出さないヴィオラもその時ばかりは引いた顔で治癒魔法を使っていた。

 スヴェンを見ると、昔折られた箇所と思われる右前腕を押さえている。彼もアイクの被害者だった。事実だと理解したリーナはそれ以上話を広げない。


「向こうはどうなってんだか」


 エドガーは呟く。アイクの話題を出した事で、急に不安が押し寄せてきた。おそらく、向こうは違法術師と接触し戦闘を行っている頃だろう。


「アイクとマルティナなら大丈夫よ」


 ヴィオラの表情に変化はなく、眉一つ動かない彫刻の様な顔で話す。班員を信頼している証だった。エドガーも彼らが敵に引けを取るなんて思ってもいない。一年以上行動を共にし、班員達の実力は良く知っているつもりだ。しかし、平常とは違う状況が気がかりとなり、心に影を落としていた。

 スヴェンも思う事があるのか、眉間に皺が寄る。


「あいつなら仕事は大丈夫だろうけど、ネルとシモンに釣られて馬鹿になってねーか心配だよ」

「ネルもすぐ周りが見えなくなるからね……」


 リーナもスヴェンの言葉に同意した。言葉の端々からは普段の苦労が漏れ出していた。自分の不安とは違う形の憂いに触れつつ、エドガーはスヴェンを見る。


「でも問題はこっちだろ。後衛二人と医術師二人、魔物には何とかなったけどこれで違法術師と戦えるのか?」

「樹海の魔物と戦えてんなら大丈夫だろ」


 少年の心配など気にも留めていない様子だった。彼の言う通り樹海の魔物は手強い。慣れない戦闘という事もあり辛勝となっていた。だからこそ魔物より強い術師が現れるのをエドガーは恐れている。

 スヴェンはマシュマロを食べ終え、残った串を焚火に投げ入れながら続けた。


「それに必要だったらリーナが前に出る」

「はぁ!? 出るわけないじゃない!」


 その言葉にリーナは今にも殴りかかりそうな勢いで立ち上がる。拳を握り締め睨みつけた。一方スヴェンは目を細め呆れた表情で視線を返す。


「仕込み槍付きの特注杖使ってるくせに何言ってんだよ」

「これは、その、仕方ないじゃない」


 リーナは木に建て掛けられた杖に目を向けすぐ戻した。先程まで強気だった彼女は途端にしおらしくなる。リーナの家名に聞き覚えがあったエドガーは彼らの会話を聞いて納得した。


「そういえばリーナはアーレンス家だったか」


 エドガーの言葉にリーナの顔が一瞬硬直する。その後目が泳ぎだし、口元は引きつっていた。なんとか冷静を装うとしているが、明らかな動揺が伝わってくる。


「有名なのか?」

「えっと……」


 スヴェンに問われるも答えられない。リーナを見て言葉を詰まらせた。同郷だから知っていたがこれは言ってはいけない事だったのかもしれないとエドガーは後悔する。

 リーナは座り、軽く目を閉じると息を吐き出した。


「武功で上り詰めた辺境の弱小貴族よ」

「別に隠す事じゃないだろ」


 何故動揺したのかスヴェンは疑問に思う。リーナはゆっくりと目を開けた。緑色の瞳に長い睫毛の影が落ちる。


「隠したくもなるわよ。戦争推進派の家なんて」


 その言葉に誰もが押し黙る。

 特にスヴェンはイスベルク王国出身、エドガーやリーナの生まれたアウルム帝国とは二年前エスト自治州を巡り戦争状態であった。宣戦布告をしたアウルム帝国に何かしらの感情を抱いていてもおかしくない。


「槍術も子供の頃無理矢理教え込まれたものよ。学校に入ってやっと医術師になれたと思ったら皆口を揃えてやめろって言って。武功なんて知らないっての」

「アウルムじゃよく聞く話だな」


 エドガーは自嘲気に笑い同意する。


「二年前のエスト戦争で味を占めてるのよ。あれで爵位が上がった家もあるもの。だからかしら、今でも領土拡大に賛同する貴族は多いわ」


 それがアウルム帝国の現状だった。戦争を求める声は大きく、国内を飲み込んでいた。エドガーの家も数ある派閥の中、同じ推進派だからこそリーナの家の事を知っていた。


「あー辛気臭い話はやめやめ」


 スヴェンの声が静寂を破る。


「明日は早朝から違法採掘者の所に行くんだからさっさと寝ろ」

「見張りの順番は決めなくて良いのか?」


 結界魔法が作動しているとは言え用心は必要だ。今回は久々となったが、野営だって初めてではない。エドガーが問うとスヴェンは手を振った。


「俺が起きてるからいい。お前らは歩き慣れない樹海の中歩き回って疲れただろ」


 疲れていないと言えば嘘になる。正直、体力は限界だった。だからと言って見張りをスヴェンに任せるのは罪悪感を抱く。返答に困るエドガーを見てスヴェンは笑った。


「慣れてないやつに見張らせるかよ。任せて知らない内に死んでる方が嫌だからな」


 嫌味の様に聞こえるが、それは気を遣わせないための言葉だと分かっていた。不器用な心遣いに甘えエドガーは頷く。

 熟睡しないよう体を起こしたまま、背後の木に背中を預けた。深夜の樹海の冷たい空気が顔に当たり、コートの襟に顔を埋める。


 明日違法術師と対峙する事を考えると不安に圧し潰されそうになる。今日の失敗を繰り返さないよう頭の中で何度も使用する術式を思い浮かべた。しかし疲労による眠気には抗えず、徐々に瞼が重くなっていく。葉擦れの音、虫たちの鳴き声も遠のき、意識は暗闇へと沈んでいった。


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