最速の陸上型召喚獣。
ーーー皇歴2685年 (西暦2025年) 5月21日 午前15:25 東村山競馬場。
「....大丈夫。今日こそは、勝てる。」
『...ヒィヒィィ』
まっさらな騎手の格好をした丸メガネの青年は、手のひらを茶毛馬型召喚獣に密着させて発する光を逃さないように全体に巡るように送る。
「...おい、坊主。わかってんだろうな?」
「はい。担保は預けた筈ですが?」
丸メガネの少年を監視していたいかつい眼鏡をつけたダルマのような男が彼につっかかるが、失うものに自分が入っていない彼は淡々とそう返す。
「...チッ....テメェ」
「よせ。話はついている。」
「...へい。」
「ケイスケ。どちらにせよ、後金の支払いは守れ。」
生意気な小坊主の態度に一発入れようとするダルマ男であったが、インテリメガネのスーツの男が彼を諌め、丸メガネの青年の目をまっすぐと見つめて再度契約の確認をする。
「っ...は...はい。」
「....」
それだけ確認したインテリメガネは踵を返してその場から離れる。
「....っぅ」
騎手になるために下手すれば支払いきれないリスクを負った、丸メガネの青年ケイスケ顔を下に伏せて今までと変わらない競馬場の土と芝の匂いに当たる。
『...ヒヒィ?』
「こっちの話だよ。ハウスを守るお金は残してる。」
下積みでただ働きをしていた時からずっと一緒であった緑毛に背中から足腰へと茶葉ような葉っぱを纏った馬型召喚獣チャバホースに顔を覗かられ、少なくともこの子だけは大丈夫だと言い聞かせる。
そして、レースへの時は着々と進む。
「.....整列願います!!!」
「さぁ、行こう。」
『ヒヒィィーー!』
彼とチャバホースは振り切れた晴れた顔でスタートラインへと向かう。
そう、騎手として、そして競走馬として共に走れるだけで....
....今日で終わっても、良いくらいなんだから。
ーーーー立川競馬場、強まる雨にも負けず独特の熱気に包まれています。 さあ、ファンの夢と欲望を乗せて、第7レース、ダート1600メートル戦。まもなくの発走です。
ゲート入りが順調に進んでおります。
まずは最内、このレース不動の本命か。 前走の圧勝劇が記憶に新しい、一番、メイレイクィーン。落ち着いた足取りでゲートに収まります。
続いて二番、虎視眈々と逆転を狙う古豪、アイアンタワー。 三番、四番と続いて……
さあ、そして場内がざわめき始めました。大外枠、十番です。 ご覧ください、この異様なオーラ! 今日がデビュー戦となる新人ジョッキー シバナリ・ケイスケが、その背に全てを託します。 挑むは泥にまみれて30戦30敗。勝利の女神に見放され続けた、まさに大穴中の大穴、ハウスホース!
奇跡の初勝利か、それとも31度目の無念か。 ルーキーの手綱さばきに、一発逆転のロマンがかかります!
……全馬、ゲートに収まりました。 係員が離れます。
場内、固唾を飲んで見守ります。
ーーーー態勢完了! スタートしました!
「「「おぉーーーーっ!!」」」
スタートの合図から一気に駆け上がったのは誰もが思いもよらない馬型召喚獣であった。
ーーーー十番っ!!十番っ!!スタートと同時に既に5馬身差をリードしたのは、十番チャバホースです!!
速い!速すぎる!! これは本当にあの30連敗の馬なのか!? 十番チャバホース、容赦無く降り注ぐ雨を纏う茶葉で流し、加速するー!!!
第2コーナーを回ったところで、なんと最後方の本命、雨や悪天候、悪路にめっぽう弱い!一番メイレイクィーンの背後に迫ったーーっ!!
逃げる本命、追う大穴……ではありません! これは周回遅れにする勢いだ! メイレイクィーンの白い尻尾、食いちぎらんばかりの猛チャージ!
「「「うやぁぁぁぁーーっ?!!」」」
悲鳴か、歓声か、場内がパニックに陥りかけ、目の前の現実か、夢に熱狂しています!!
あぁーーーーっと!!??
なんと、既に全開となっていた入場ゲートから、新たな影が飛び込んできたーーっ!! 白い馬……
いや、違う! 二本足だ! 鋭い爪だ! あれは……ラプトル!? いや、まさかの『プラプトル』だーーーっ!!
向かう風の抵抗を最小限にするがために、通常ラプトルとは異なる進化形態をとって、膂力と戦闘能力を全てベットし、瞬発力と速さだけに特化したプラプトル!!
その背に跨る黒いスーツ、漆黒に鎮座し市民を守る八咫烏の紋章...間違いない! 金髪の召喚獣管理官だーーーっ!!
なんという事態でしょうか! 正規のレースはここで崩壊! 審議のランプなど点灯する暇もありません! しかし……しかしご覧ください、この光景を!!
「「「うぉぉぉぉぉぉお!!!」」」
ーーー宙を舞う無数の紙吹雪!! 怒号ではありません! 観客席から一斉に放たれたのは、ハズレ馬券ではない、『無効』となったはずの夢の残骸です!! 金はいらない! 払い戻しなど後でいい!! 我々は今、歴史の目撃者になる!!
競馬の枠を超え、ルールの檻をぶち破り、今ここに新たなゴングが鳴らされます! 問われているのは血統ではない! オッズでもない!! ただ純粋な、最速の陸上型召喚獣は誰なのか!? その一点のみだぁーーーっ!!
さあ、金髪のプラプトルか、泥まみれのチャバホースか!! 立川競馬場、神話の戦場へと変貌を遂げました!!ーーーー
「ーーー・・なんだっ?!お前は?!」
「その馬を、捕らえに来た管理官だ。」
ギリギリで間に合った才亮はバチバチに睨み合っているプラプトルとチャバホースの上で、光る手を隠さずにバフを続ける丸メガネの青年ケイスケへ右手を銃のポーズにして向ける。
「っ...追っついてみろ、管理官。」
手綱を離し体幹だけでチャバホースに乗りながら、両手に赤い光を纏いバフを増してより加速した。
既に、雨によってレース場もズタズタで没収レースとなった中、他の競走馬は周回遅れになった時点で退場しており、レース場に残ったのはチャバホースとプラプトルのみ。
それでも、実況は構わず白熱する。
ーーーーーーおぉーっと!まだ加速する体力があるチャバホースっ!!!
「....やろう...」
『ケイスケ...あいつヤバいやつと取引して、騎手にまでなりやがった...違うだろ....あいつが一番嫌うやり方なんざ....』
纏っている葉が雨に濡れながら、微かに消し炭へとなっていくチャバホースの黒ずみ始めたケツが小さくなる中、そいつの事情を移動中に大体把握した才亮はずぶ濡れになっている若い騎手の背中を写し鏡にする。
こいつは全部わかってる。
わかっててやってる。この後がどうなろうとも、ただ一心に全てを賭けて勝つためだけに....
ーーーボゥっ...
若き日の過ちから、今日この日まで制御してきたそれに、火がつく。
「プラプトル。俺に構わず加速しろ」
『っ!!!...プラぁぁぁ!!』
召喚獣操法科と良好な関係性を築いているプラプトルは、無意識にブレーキをしていた所、彼の言葉と信頼からおもりが外れ、雨を風を貫くように加速する。
「っ...チャバ。行くよ。」
「ブブブブブ...ブルヒィーー!!」
背中から伝う貫くような風から、ケイスケは振り返らず再度バフを増幅し、チャバホースが纏っていた茶葉は燃え盛り、その勢いでさらに加速する。
「っ...よせっ!それ以上は」
「構うかっ!!俺らを馬鹿にしてた奴らはごぼう抜きした....最後はお前だ!!」
既に彼のブレーキはタガを外れ、燃え盛る背に炎赤く黒ずみ始めた彼の手のひらから、黒い光がチャバホースへと送られる。
『ブルルルルルルルルル...ウッルルル....ブルヒィぃぃイィ!!』
穏やかで草原で昼寝をしていても気づかないような自然と調和した、緑毛に周囲を癒す匂いを発する茶葉を纏っていたチャバホースの体表は黒い赤へと染まり、排熱の蒸気が黒煙となり外気との温度差から突風の推進力が背に発する。
「っ...やろう...」
プラプトルの理論速度へ達しようとする所、全てをかなぐり捨てたチャバホース・壊の前では追いつくのもやっとであった。
しかし、顔は見えずとも今もなお足を止めずに追いつこうともがいている召喚獣の意志は折れてなどなかった。
「...プラプトル。勝ちたいか?」
ギリギリまで前傾姿勢になっていた才亮はさらにプラプトルに身を寄せそう聞くが、聞くまでもなかった。
『プラァァァァ!!』
「っ...任せろ」
才亮は右腕に巻き付いていたイッタンモンメンを新世代ステルス擬似召喚獣型戦闘機のようにプラプトルに纏わせて、微かな空気抵抗を極限にし加速する。
「....っ?!...上等だ。追い抜いてみろ!!」
さらにバフをかけると、チャバホースの足先は進化の歯車を早めて、走ることに特化した細く柔軟でメルトリリスのように鋭利になる。
「....プラプトル。低く、加速しろ」
『プラぁぁぁ!!』
イッタンモンメンを纏ったフォームをより、低く加速したプラプトルに適応しさらに加速を増す。
ゴールテープまで残り、20馬身。雨足は強まり、彼らの熱は際限なく加速する。
プラプトルか歪な進化を前借りした馬鬼が、鼻先のくちばし先が互いに、わずかな差を交互する。
残り、10馬身。
息は切れ切れとも、加速を続け、足先が欠けようとも、飛び石が額を削り、目に泥が入ろうとも、進むは前進のみ。
残り、2馬身。
『ウルヒィィイイ!!』
『プラァァァァ”””!!!』
頂きに立った召喚獣は.....
近接戦闘力を捨て、重さを捨て、ただ速さだけに全てをかけて進化を積み続けた。
雨雲を割って、天からの光を一身に受けた白銀の恐竜型召喚獣プラプトルであった。
『...プラぁぁぁぁっ!!』
「おぉぉぉーーっ!!!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉっー!!!」」」」
勝者の咆哮と観客の歓声と共に才亮はプラプトルに抱きつきこの一瞬だけは勝利を分かち合った。
その歓喜の最中、ゴールラインから数メートル後にて、消し炭のように赤く熱を発する真っ黒な体表に変わり果てたチャバホースは地面に倒れ瀕死の状態であった。
『...シュー...シュー...』
排熱が間に合わず無理な前借りの結果、体表に落ちる雨は一瞬で蒸発する。
「っ...!!」
歓喜も束の間、一生忘れられないあの日の湿気ったアイロンの匂いが鼻腔を通った彼は反射的にその方へと駆け寄る。
「...しょうちゃんっ!」
「っ?!...は..西条?!」
自分の仕事ではないと才亮に任せて関東庁の召喚獣総合病院へと帰ったはずの西条が現れ、チャバホースへと緊急用の回復スライムを展開する。
『ヒィ....ヒィィ...』
まだレースが終わってないと思っているのか、意識などないはずの中でチャバホースは地面に倒れたまま前へと進もうとする。
「モンメンちゃんで、この子抑えて!!」
「っ...あぁ」
「っ...」
追いつけないと思い早めに退場していた時雨にプラプトルへの回復薬を投げつつ、バフを受けすぎた角まで生えたチャバホースを排熱効果のある真っ白い布で動きを抑えた。
「っ...もっと持ってきて!!」
「は、はい!!」
西条は緊急性の高い腹部や心臓部辺りへと手が爛れながらも、時雨へ追加の催促をし、彼女の救急箱に入っていた回復薬を大量にかける。
「っ....ツゥ...この中にスライム持ちはいるかっ?!」
才亮は彼女を止めようとしかけるが、緊急事態であると飲み込み出来る事をした。
「...は...はい!回復特化スライムです!!」
「来いっ!!とにかく布越しでもイイから包んでくれ!!」
「お願いっ!!早く!!」
「...は、はい!!」
手を挙げたのは20代前半くらいの医学生っぽい男子であったが、彼女らは構わず呼び寄せた。
その後、救急スライムでの移送中でも競馬場に常勤している医療班や西条の治療が続き、その日の夜明けまで雨が止むことはなかった。




