第289歩目 私のどこが一番好きですか? 甘々編①
前回までのあらすじ
みーんなきらーいヽ(`Д´#)ノ
歩の膝上は私のだっていってるでしょー(○`з´○)
目覚めると既に朝になっていて、俺はベッドの上で寝転がっていた。
記憶は曖昧な点が多いものの、昨日のことはなんとなくだが覚えている。
故に「これは......やっちまったなぁ」との後悔の念が非常に強い。
だが、後悔の念とは別にあることに気付いた。
(ニケさんはどこだ?)
いつもなら必ずそこに居る女神様が今はいない。
俺が起きるその瞬間まで必ず寄り添っていてくれるニケさんがいないのだ。
今までこんなことは一度もなかったので胸騒ぎを覚えた。
「サクラ、ニケさんはどこだ? キッチンか?」
「──」
「サクラ?」
「──」
おかしい。サクラからの返事がない。
まるで俺の声が聞こえていないかのようだ。
(一体全体どうなっている?)
うんともすんとも言わない不気味な静寂が流れ、そのことが俺の不安をより一層煽る。
ともかく、サクラを頼れない以上はアテナ達を頼る他はない。
確認すると、アテナは俺に寄り添い、ドールとヘカテー様はモリオンの尻尾に包まれている。
(......ん? 何だか違和感が......いや、いつも通りか?)
だが、アテナ達を頼りにするとしても、気持ち良さそうに寝ているのをわざわざ叩き起こしてまで、ニケさんの所在を尋ねるというのはあまりにもかわいそうだ。起こしたら起こしたでうるさそうだし。
(ニケさん......)
きっと怒っているに間違いない。
なんたって、毎朝恒例のお目覚め枕を投げ出しているぐらいなのだから。
とは言え、品評も約束もどちらも果たさずに朝まで眠り呆けてしまった俺が悪いのだが。
(とにかく一刻も早くニケさんを探さなくては!)
俺はベッドから体を起こして、まだ起きているであろう人の元へと駆け付ける。
(エ......体が重い......!!!!)
しかし、体が思うように動かない。
頭では走れている感覚なのに、実際は体が鉛のように重くて全く走れていない。
スローモーションのような動き、千鳥足も何のそのと言わんばかりの覚束なさだ。
そればかりか──。
(き、気持ち悪い......)
まるで二日酔いにでもなっているような気持ち悪さ。
あまりにも酷い嘔吐感と頭痛、その他様々な不快感が一気に押し寄せてきた。
「ハァ......ハァ......ハァ......やっと着いた」
それでも懸命に力を振り絞って、ようやく目的地へと到着した。
二日酔いのような不快感と力を振り絞った後の疲労感、それに押し寄せる不安感と、ここまで苦労したのは久々だ。事態だけではなく俺自身もどこかおかしくなっているような、そんな違和感を覚える。
扉を開け、中に目的の人物が居るのを確認した後、俺は声を掛けることに──。
「アルテミス様、ニケさんがどこに居るのかご存知ですか? サクラに尋ねてみても返事がなくて」
「おはよう、アユムっち。よく眠れたかい?」
「あ、はい。おはようございます。おかげさまでぐっすりと」
俺の姿を見つけ、パァッと花開いたような表情を見せるアルテミス様。
どうやら昨日も酒宴を開いていたようだ。相変わらずだなぁ。
というか、一晩中呑んでいたであろう痕跡が見て取れる。あちらこちらに散らばった空いた酒瓶の山やら、アルテミス様に付き添った(酒か花かは定かではない)であろう倒れている大勢の騎士団員やら色々と......。
ともかく、今はそれらのことなどどうでもいい。
妙な胸騒ぎがするし、一刻も早くニケさんの所在を知りたいのだ。
「えっと、それでニケさんがどこに居るかご存知ですか?」
「ニケちゃん? ニケちゃんなら帰ったよ」
「......は? 今なんて?」
一瞬、アルテミス様の仰った内容が理解できなかった。
いや、アルテミス様までどこかおかしくなってしまわれたのかと疑ったほどだ。
だが混乱している俺に、アルテミス様は現実を突きつけてきた。
「だからさ、ニケちゃんは帰界したっての。何度も言わすんじゃないよ」
「はぁぁあああ!? き、帰界!? なぜ!?」
「なぜだって? それはアユムっちが一番わかっているんじゃないのかい? まぁ、あたしは詳しくは知らないけどさ」
「うッ......」
心にグサッと突き刺さる一言だ。
あまりにも思い当たることが多すぎる。
そして、アルテミス様は仕上げだとばかりに罪の十字架を突き立ててきた。
「ニケちゃんは帰る際、歩様はお約束を一つも守っては頂けなかった、と涙ながらに嘆いていたよ。相当ショックだったんだろうねぇ、(下界滞在の)権利を途中で放棄してまで帰界するぐらいだしさ。......何を約束したんだい、アユムっち? できない約束なんてするもんじゃないよ。肝に命じておきな」
「な!? あなたがそれを言いますか!?」
まるで他人事のようにあっけらかんと言い放つアルテミス様に怒りを覚えた。
更には「何言ってんだい。あたしには関係ないだろ」と言わんばかりの態度も腹立たしい。
元はと言えば、今回の一件はアルテミス様に原因がある。
俺はたかだかアルテミス様の脇をペロリッと舐めたに過ぎない。これは罪か?
なのに何をトチ狂われたのか、いきなり肘打ちをかましてきたのはアルテミス様だ。
百人に問えば、恐らく百人が「アルテミス様に非がある」と答える案件間違いなしだろう。
それを如何にも他人事のように......。
(俺の自由を奪っておいて「俺に非がある」だなんて......やめてくれよ、さすがに卑怯過ぎないか?)
今まで知っているつもりで何も知らなかった。
アルテミス様には、こういう責任転嫁する姑息な一面があるということを......。
それでも、ニケさんが帰界してしまったことだけは事実だ。
(もう一度、せめてもう一度チャンスがあったのなら......俺は......)
「これはもしかしたらさ......ニケちゃんに嫌われちゃったかもねぇ、アユムっち? あひゃひゃひゃひゃひゃw」
「ハッ......!?」
「どうされました、歩様?」
「ニケ......さん?」
「はい。私はここに」
目が覚めると、そこにはいつもの日常があった。
いつものように俺を膝枕しているニケさんの姿が、そこにはあったのだ。
(今までのは全て夢......?)
夢は目覚めると、その内容を忘れてしまうという。
だが、今でも俺は夢の内容をハッキリと鮮明に覚えている。
とすると「これは夢の続き......いや、いまだに夢の中なのでは?」とも思ってしまう。
(ここは夢......? それとも現実......?)
ニケさんが居る日常。
ニケさんが居ない日常。
全てが夢幻で、一体どれが本物の日常なのかがわからない。
......恐い。恐い。恐い。
「歩様? 何やら恐い夢でも見られましたか?」
「......」
黙りこくる俺を心配そうな表情で見つめてくるニケさん。
だが、くすりッと柔らかく微笑んだ後、俺の頭を愛おしそうに撫でながら、まるで母親が怯える子供をあやすかのように優しい口調で語りかけてきた。
「ご安心ください、歩様」
「......ニケさん?」
「私が側に控えていますので、これ以上恐い思いをされることはありません。この私が歩様を現実の世界だけではなく、夢の中の世界までもお守りします。ですから、ごゆっくりとお休みくださいませ」
「......」
ほろりと涙が溢れた。
心の中に温かい何かが流れ込んでくる。
と同時に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(あれは......夢なんかじゃない)
本当は俺に山ほど言いたいことがあるに違いない。
心の内には、必ず膨大な不平不満を抱えているはずだ。
それなのに、ニケさんはグッと我慢して俺に尽くそうとしてくれている。
いつもと変わらない日常を、いつまでも変わらない愛情を注いでいてくれているのだ。
(俺は本当に幸せ者だ)
だが、それに甘えていてはいずれ夢のようになってしまってもおかしくはない。
そういう意味では、もしかしたらあの夢はそのことを暗示してくれたのかもしれない。
「ありがとうございます」
俺は体を起こして、ニケさんの唇に自分の唇を重ね合わせた。
おはようの挨拶の軽いキスをした後、感謝を込めたキスをたっぷりと時間を掛けて──。
「はぁ..................幸せです、朝からこのような愛を頂けるとは。私こそありがとうございます」
「朝食の準備までまだ時間はありますよね? 秘密の小部屋に行きましょうか」
「まぁ!!」
驚いた表情を見せた後、嬉しそうに華やいだ声を上げたニケさん。
秘密の小部屋へと向かう足取りが非常に軽やかだったことは言うまでもないだろう。
恋にはいくつもの選択肢がある。後悔しない選択を──。
■■■■■
秘密の小部屋へと移った俺は完全に甘えん坊モードに突入していた。
部屋に入った瞬間ニケさんに抱きつき、いつもの日常があることへのありがたさを噛み締めていた。
「ふふ。何だかいつもとは反対で、とても新鮮です」
「あ、甘えている自覚はあったんですね?」
ハッと気付きの表情を見せた後、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまったニケさん。
あぁ......俺のバカ。余計なことを言ってしまった。
ここは「そうですね」、と肯定だけしておけばよかった。
「いやいやいや。どんどん甘えてくれていいんですよ? そのほうが嬉しいですし、俺もまたニケさんに甘えやすくなるので」
ただ、やはり慎ましい一面を覗かせるニケさんは本当に好ましい。
甘えることが当然だと言わんばかりの態度を見せるどこかのアホとは大違いだ。
(......いや、あれはあれで別にいいんだけどさ? 意外と甘えられるの嫌いじゃないし? ただ、俺は甘えられるよりも甘えたい派なだけで)
ひとしきりいつもの日常を堪能した俺は、ニケさんにベッドに座るよう促した。
ベッドに腰掛けたニケさんの隣に、俺もまた同じように腰掛ける。
──ギュッ。
たとえ体は離れていても、物理的な距離は離れない。
俺とニケさんは手を繋いだままなのだから、恋人繋ぎで。
「それでは歩様、お話とは何でしょうか?」
朝食の準備まであまり時間がない中、ニケさんを秘密の小部屋へと誘った目的は二つある。
まず一つ目は純粋に『謝罪』だ。
ニケさんだけ品評できなかったことや、夜の約束を果たせなかったことへの謝罪である。
きっと楽しみにしていたことは間違いないと思う。俺もそうだったし。
その期待を裏切ってしまったことに対して素直に謝りたいのだ。ごめんなさい、と。
「お気になさらないでください、歩様。結局叶いはしませんでしたが、歩様も楽しみにされていた......その事がわかっただけでも私は満足です。もう何も思うところはございません」
「思うところはない......? そんなことはないですよね?」
「......」
俺の追及に、ニケさんは無言と儚げな表情を見せるのみ。
無言なのは思うところがある証拠。
それを言い出さないのは俺に遠慮しているところがあるからだろう。
ニケさんは俺に嫌われるのを極端に恐れている。故に、という感じなのだろうが......。
(うーん。まだまだ課題は山積みだな)
本来だったら、もっと厳しく追及すべきなんだと思う。
俺とニケさんはそういう段階に、言いたいことを言い合える仲になる必要があるのだから。
だが、今回に限っては強く出ることが難しい。
俺は許しを得る立場で、ニケさんは許す立場なのだから。
故に課題は課題として認識した上で、次回に持ち越す他はないだろう。
「わかりました。これ以上は何も言いません」
「......ありがとうございます」
ホッと安堵した表情を見せるニケさんに、俺は思わず苦笑い。
次回へと持ち越した課題は想像以上に困難なようだ。
■■■■■
とりあえず、ニケさんが気にしていないというのだから許しを得られたと見ていいだろう。
となれば、目的の二つ目へと移りたいと思う。
ニケさんは既に諦めているようだが、だからこそ叶えてあげたい。
俺は恋人繋ぎしていた手を一旦解き、そのままニケさんの背中へと手を回した。
もう一方の手は「失礼しますね」と断りを入れた後、ニケさんの膝裏へと差し込む。
「あ、歩様!?」
そして、驚くニケさんの体を何の苦もないようふわっと(※ここ重要!)持ち上げ、そのまま俺の膝上へと誘うことに──。
これで膝上抱っこの完成だ。
あの時、品評会でアルテミス様がされた【膝上お姫様抱っこver】そのものである。
だが、見た目は全く同じ【膝上お姫様抱っこver】だったとしても、アルテミス様が自ら行動された結果である【膝上お姫様抱っこver】とは全く異なり、俺から行動した結果である【膝上お姫様抱っこver】という点が大きなポイントとなっている。受動的か能動的か、ということだな。
ほんの些細な違いではあるけれど、その些細な違いこそが重要なんだと俺は思う。
この思いがニケさんに伝わるかどうかはわからない。
いや、別に伝わらなくてもいいのかもしれない。
ただ、それでも「俺にとってニケさんは特別ですよ」ということを示したかっただけだ。「同じ状況に見えても、待遇は全く違うんですよ」と明確にしたかっただけだ。まぁ、なんだ......単なる自己満に過ぎない。
「あ、あの、歩様?」
「諦めるのはまだ早いんじゃないですか? ニケさんらしくないですよ?」
「そ、それでは!」
期待の籠った眼差しを向けるニケさんに、俺は「えぇ」と強く首肯した。
「今からニケさんの一番好きなところを挙げていきますね」
こうして、ニケさんを秘密の小部屋へと誘った最大の目的である『ニケさん一人だけの為の一番好きなところを挙げる品評会』が幕を開けることとなった。




