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閑話 困惑する勇者達!③


 前回までのあらすじ


 勇者は信義が全てらしいです!


□□□□ ~ブラザー・ショック~ □□□□


───バァン!


 部屋に響き渡る、勢いよく開けられたドアの衝撃音。


「姉貴。邪魔するぜェ」


 それは本当に突然でした。

 なんの前触れも、アポイントメントもない、突然の来訪でした。


真人(まさと)......。せめてノックぐらいして欲しいですの」

「んな細けェたァどうでもいいだよ。お前もそう思うよなァ、文乃?」

「......」


 左右に首を振り、「やれやれ、仕方がないですの」と大きい溜め息を一つ吐く姫華。


 私に()()()()を送っておられるこの方は『鳳凰寺(ほうおうじ) 真人(まさと)』様。

 姫華の血の繋がった弟であり、鳳凰寺家の跡取りでもあり、幼馴染みでもあります。


 そして、十傑においては第四席次でもあります。


「チッ! またダンマリかよ。文乃、お前は相変わらずだよなァ。......あァ?」

「......」


 私は真人様がとても苦手です。

 粗暴な態度や横柄さ、傲慢さがどうしても好きにはなれないのです。


 とは言え、昔は素直で純情な子だったんです。「僕はね、文乃お姉ちゃんと結婚するんだッ!」なんて、嬉しくもかわいらしいことを言ってくれていた時期もあったんですよ?


 ですが、いつの頃からか(すさ)み始め、それは年を重ねるごとに顕著になっていくことに......。


 それでも、今でも真人様から好意を向けられていることは分かっています。

 事あるごとに私に突っ掛かってきたり、目で私を追っているのは、その表れなのでしょう。


「真人。文乃をいじめないで欲しいですの」

「あァ? 姉貴の目は節穴かよ? 俺のどこがいじめているように見えるんだァ?」

「文乃が怖がっていますの。それで十分ですの」

「怖がってるだァ? そんなことはないよなァ、文乃?」

「......」


(申し訳ありません! どうしても怖いんです!)


 私は真人様から隠れるように、ソッと姫華の背後に移動しました。

 そんな私を見て、姫華のポニーテールがピコピコと嬉しそうに動いています。


(......姫華、なんで喜んでいるんですか?)


「チッ! ムカつくぜェ!!」


 隠すこともせず舌打ちをして、氷点下-20℃のような凍てつく視線で私を睨む真人様。


(うぅ......。私を好きだと言うのなら、もう少し優しくしてくださいよ......)


 とは言え、私には既に家同士で決めた『麒麟崎(きりがさき) 拓馬(たくま)』様という婚約者がいらっしゃいますので、どうあっても真人様のお気持ちにお応えすることはできないのですが......。


「......」

「......」


 真人様に怯える私と、そんな私の様子を見て不機嫌そうに睨む真人様。

 そんないつ終わるとも分からない膠着状態を破ってくれたのは、やはり姫華でした。


「それで、真人は何の用なんですの?」

「ふんッ!......姉貴、聞いたぜェ。また応竜淵(あのくそやろう)に十傑がやられたんだッてなァ?」 

「......」

「おィおィおィ。本当に大丈夫なのかァ? 姉貴ご自慢の十傑様はよォ。ぎャははははは!」


(どうして、その情報を? 真人様のお耳には極力入らないよう情報の規制をしていたはずですが......)


 と思いましたが、恐らくは姫華に不満を抱く五席か七席辺りが、直接真人様のお耳に入れたのでしょう。


 狙いは───そうですね、『真人様を姫華にけしかけて、無理矢理にでも波瑠様の蛮行を防ぐ対策を立てさせる』といったところでしょうか?......本当に余計なことをしてくれます。


「大丈夫ですの。姫華がなんとかしますの」

「あァ? なんとかッてなんだよ? 具体的に言えよ」

「誠心誠意説得すれば、波瑠達も分かってくれますの!」


 声高に、ハッキリとそう言い切る姫華。


 しかし、その表情は苦渋にまみれていました。

 ポニーテールもへにゃっと、どこか元気なく萎れています。


「まァた、それかよ」


「今まで一緒に頑張ってきた仲間ですの! 話せば......ちゃんと話せば、きっと分かってくれるはずですのッ!!」


 それはもはや絶叫に近いものでした。

 心の叫び、魔勇者に堕ちた波瑠様達を今でも信じたいという願いそのものでした。


(姫華......)


 そんな悲壮な訴えをする姫華を見て、私の心はぎゅッと締め付けられる思いです。


 ただ......。正直、姫華のこの考え方には賛同致しかねます。

 波瑠様達は多くの人々の命を奪い過ぎました。今更改心するとは到底思えません。


 そして、それは真人様も同じ考えだったようで・・・。


「あのよォ、姉貴。もういい加減にしろよ?」

「「!?」」


 真人様より発せられた怒気───とは少し違う、それでも逆らい難い高貴なオーラが、この部屋を、そして私達を問答無用に包み込んでいきます。


 その様に、私と姫華は思わず息を呑んでしまいました。


「一体、いつまで仲良しごっこをしていれば気が済むんだァ?」

「な、仲良しごっことはなんですの!!」


「キンキン騒ぐなよ、うるせェなァ。......姉貴よォ、ちッたァ考えろよ? 応竜淵(あのくそやろう)達を野放しにすることは、姉貴の『正義』にもとるんじャねェのかよ?」


「......くッ!」

「もう一度言うぜェ。いつまで仲良しごっこをしているつもりだァ?」


 仲良しごっこ。

 言い得て妙なのかもしれません。


 それと言うのも、私達正統勇者には『ある決まり』が存在します。


 例えば、対魔物戦においては、その脅威を取り除くべく徹底した排除が求められます。

 一方、対魔勇者戦においては、可能な限りの捕縛が()()()()()()()()()()


 理由は単純で、姫華が改心するよう説得に励むからです。


 実を言いますと、姫華は今でも波瑠様達を敵だと、魔勇者だとは思っていません。

 共に過ごしてきた仲間だと、今は(異世界という非日常的な状況で)一時的に混乱しているだけだと、本気でそう思っている───いいえ。思い込んでいるのです。


 そうなってしまった原因は波瑠様達が離反したあの日です。

 あの日、心の嘆きを絶叫した姫華の中で何かが壊れました。


 そして、その日以降、姫華の中に存在する『正義感』及び『仲間意識』は、誰の目から見ても異常とも思える程に極端なものへと変化してしまったのです。


 それは親友である私が説得してもどうにもならない程の深い爪痕となって......。


 だから、姫華は対魔勇者戦においては、異常とも言える程の情熱をかけています。

 故に、他の正統勇者や十傑にも、魔勇者の殺害ではなく捕縛を厳命しているのです。


 ちなみに、今まで姫華の説得に応じた魔勇者の数は『(ゼロ)』です。


 当然ですよね? 姫華の以前のやり方に不満を持って離反した人達が、更に極端となってしまった今の姫華のやり方に賛同するはずがないのですから。


「それによォ、()()()()()()()のせいで犠牲になる勇者だッているんだぜェ?」

「そ、それは! 人々の......人々の笑顔を、生活を守るのが勇者の使命ですの!」

「人々の笑顔を守ッてもよォ、その対価として勇者が犠牲になるのは違うんじャねェかァ?」

「だ、だから、姫華が積極的に動いて......」

「そういうことを言ッてんじャねェ。現実を見ろよ。無駄な犠牲者が出ている現状を、それがもたらす可能性を鑑みろ」

「......」


 やれやれといった表情で姫華を諌める真人様と、完全に論破されて俯く姫華。


 私は戦場に赴く機会が少ないのでよく分からないのですが......。


 捕縛というものは殺害する以上にかなりハードなことだと、他の正統勇者や十傑の方々から伺ったことがあります。

 その為に掛かる犠牲もバカにならないほど甚大であるとも。


 それを姫華のわがまま───『(魔勇者の)説得に失敗したら(魔勇者を)解放する』をされたのでは、納得のいかない人々も出てくることでしょう。

 

 信じられますか? 拘留すらしないんですよ。

 姫華の「考えを改めさせる為には時間と環境が必要ですの」という考えのもとで。


 真人様はその(魔勇者に対しての)異常な寛容性と再び(姫華の陣営より離反が)起こりうる危険性を姫華にコンコンと説いているのです。


「一応、言ッておくぜェ。俺は今後応竜淵(あのくそやろう)達をぶッ殺す。もう捕縛はしねェ」

「なッ!? ダ、ダメですの!」

「ダメだと言うのならよォ、解決策を提示しろよ。「ダメだ」で解決できる問題なんて無いことぐらい、姉貴も分かッているよなァ?」

「真人は......真人はしばらく待機───」

「その命令には従えねェなァ。俺は俺の正義で動くからよォ」


 元々、真人様が荒れるようになって以降、姫華と真人様は仲の良い姉弟関係では無くなってしまいました。

 それでも、真人様はある一定の尊敬の念を持って姉である姫華の言うことには大人しく従っていたのです。


 ですが、ここにきて、遂に決定的な決裂状態を迎えてしまうとは......。


(姫華......)


 私は親友として、姫華の胸中を思うと心が張り裂けそうになります。


「とりあえず、俺はまた戦場を求めて出掛けるぜェ。......そうそう、文乃よォ」

「!?」


 矛先を急に向けられて、心臓が飛び出しそうになりました。


 恐らく、真人様は気付いておられないのだと思いますが、私はその獲物を狙っている猛獣のような視線がとても怖いのです。


(姫華はこんな獰猛な眼差しによく耐えられますよね......)


 とても失礼で不謹慎なことなのでしょうが、感心してしまいます。


魔勇者(ザコども)を5人ばかり捕まえてきてやッたからよォ、そいつらから他の魔勇者(ザコども)の居場所を吐かせてくれやァ」

「!!」

「それまでは一席様のご命令通り、大人しく待機していてやるぜェ? ぎャははははは!」


 さ、さすがは真人様と言うべきでしょうか。

 困難だと言われている魔勇者の捕縛をこうもあっさりと......。しかも、5人も!


 真人様は粗暴な態度や横柄さ、傲慢さで勘違いされがちですが、決してバカでも無能なお方でもありません。


 そこはあの四瑞家筆頭である鳳凰寺家の次期当主となられるお方ですので、姫華同様才能に恵まれ、なんだかんだ言っても、波瑠様が離反された後の姫華の片腕となられていた程なのです。


 ちなみに、個人的な武力ならば、姫華や波瑠様にも決して見劣りはしません。

 ただ、真人様が第四席次に位置しておられるのは、偏に素行の悪さからですかね。


 そう、実力は確かなお方なのです。荒れた部分が目立つだけで......。


「よ、よくやりましたの、真人! 今後も姫華に協力して欲しいですの!」

「バカ言ッてんじャねェ。さッきも言ッただろ? 俺はもう協力(ほばく)はしねェよ。応竜淵(あのくそやろう)達は全員ぶッ殺す」

「だから! ダメですの!!」

「だからよォ! ダメダメ言ッてねェで、解決策を出せやァ!!」


(......)


 デスクを挟んで睨み合う二人。

 姫華と真人様の姉弟関係はますます混迷を深めていきました。




 次回、閑話『困惑する勇者達 終話』!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 今日のひとこま


 ~俺は絶対に諦めねェ!~


「僕はね、将来文乃お姉ちゃんと結婚するんだッ!」

「まぁ、真人様。とても嬉しいです。......ですが、私なんかでよろしいのですか?」

「なんかじゃないよ! 文乃お姉ちゃんじゃなきゃ嫌なんだ!」

「真人様......。私をそこまで......」


「文乃お姉ちゃんもそれでいい?」

「はい。婚約できる年になりましたら、ぜひ真人様のお気持ちをお受けさせて頂きたいと思います」

「やったぁ! 約束だよ? 絶対だからね! 指切りしよ!」

「はい。絶対です」

「「指きりげんまん♪ 嘘ついたら針千本飲~ます♪ 指きったっ♪」」


───数年後。


「父さん! これはどういうことなんですか!? なんで僕の婚約者が......」

「お前には応竜淵家の息女を娶ってもらうことになった。これも優秀な遺伝子を───」

「そんなことはどうでもいいです! 僕は文乃ちゃんを......霊亀川さんと結婚の約束を───」

「真人! お前は将来鳳凰寺家を背負って立つ男だ。霊亀川家の娘などとは釣り合いが取れん!」


「......釣り合いって何ですか? 僕は文乃ちゃんを愛して───!?」

「この馬鹿者がッ!!」

「......(え? 殴......られた? 今まで一度も父さんに殴られたことないのに!?)」

「真人。よく聞きなさい。鳳凰寺家の嫡男として、お前にはやらなければならないことがある。それは『鳳凰寺家の興隆』と『優秀な遺伝子を遺すこと』だ。肝に命じておきなさい」


「......」

「応竜淵家の息女はなかなかの器量良しだという。お前もきっと気に入るはずだ」

「......」

「真人。鳳凰寺家の嫡男として生を受けた以上、自由恋愛などまかり通らん。......それにな、霊亀川の娘には既に婚約者がいるぞ」


「嘘だッ!!!」

「嘘ではない。麒麟崎家の子息と婚約を結んでいる。これは両家間で取りまとめられた正式な婚約だ」

「そ、そんな......。文乃ちゃん、どうして......」

「伝えたぞ。お前の婚約者は応竜淵家の息女だ。今度の婚約パーティーではちゃんと挨拶をするんだぞ?」


───婚約パーティー。


「はじめまして、真人様。わたくしは応竜淵家の───と申しますわ」

「......」

「真人様? どうかなさいまして?」

「......」


「僕は......僕はお前を婚約者だとは認めない!」

「......仰っている意味が分かりませんが?」

「僕の婚約者は文乃ちゃんだけだ! お前なんか好きじゃない!」

「......奇遇ですわね。わたくしも真人様のことは好きでもなんでもないですわ。わたくしが愛しているのは波瑠お兄様ただお一人だけですもの」


「実の兄妹で......? き、気持ち悪い!」

「おほほほほ。愛の形に正解などありませんわ。それにしても、真人様はお子様ですのね」

「な、なんだと!?」

「これは家同士で決められた婚礼です。真人様の意思など聞く耳持たれません。それに、既に結ばれることが叶わないと分かっている相手をいつまでも想う。とても女々しいお方ですこと(嘲笑)」


「ッ! 僕は......俺はお前を絶対に愛さない!」

「ご自由にどうぞ。わたくしも真人様を愛することはありませんわ。ですが、しきたりには従わないといけませんので、嫁がせては頂きます。どうぞよしなに」

「ふんッ! 勝手にしろ!」

「えぇ。勝手にさせて頂きますわ」


───魔勇者離反直後。


「あァ? 応竜淵(あのくそやろう)が姉貴に反旗を翻えしただァ?」

「はい。報告では『鷹の目(鷹乃鳴 美帆)』、『女王(佐渡島 玖奈)』、『敏速(四ノ宮 柚希)』他、多数の勇者も同時に離反したとか」

「ぎャははははは! さすがの姉貴も堪えたんじャねェかァ?」

「相当憔悴しているご様子で、『聖女(霊亀川 文乃)』様が付きっきりだとか」


「へェ。文乃が付きッきりということは余程だなァ」

「それに『大賢者(麒麟崎 拓馬)』様もかなり憔悴しているご様子です。私もお見舞いに伺いましたが、命の息吹が弱く感じました」

「なにィ!? それは本当だろォな!? 嘘だッたらぶッ殺すぞ!」

「......ひぃ! ほ、本当です。あれはケガというよりかは寿命的な何かと......」


「ぎャははははは! それはいい! それはいいなァ!」

「あの......四席?」

「いやァ、悪りィ。気にすんな。一応聞いておくがよォ、応竜淵(あのくそやろう)の妹はどうしたァ?」

「あの方なら、『真の勇者(応竜淵 波瑠)』と一緒に離反していますね」


「......(ニチャァ)」

「四席? 婚約者様が離反したというのに嬉しそうですね?」

「バカ言ッてじャねェ。悲しいに決まッてらァ!......だがよォ、俺は勇者だぜェ? 非道を行う奴は絶対に許さねェ! それが例え婚約者であッてもなァ!」

「私情よりも義憤ですか! いやー! 四席は勇者の鑑ですね!」



 ぎャははははは! ツイてきやがッたぜェ!

 勇者の名目で応竜淵(あのくそやろう)の妹を殺して、死に損ないの拓馬(じャまもの)も殺す。


 これで文乃は俺のものだッ!!


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