第216歩目 女神のけじめ! side -ニケ-
前回までのあらすじ
エプロンには様々な使用方法がある!
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今回はちょっと悲しいお話です。
誰が......というのは、話をお読み頂いた後にお考えください。
□□□□ ~赦しましょう、その罪を~ □□□□
デート最終日。
時刻は間もなく24時を迎えようとしている頃。
「それでは、歩様。失礼致します。とても素晴らしい7日間でした」
「歩君、ばいばーい! アーちゃん達によろしくねー☆」
「はい。ニケさんも、ヘカテー様も、ありがとうございました」
とても名残惜しいですが、私とヘカテー様は歩様に別れを告げて帰界することになりました。
時刻が時刻なだけに、アテナ様達は既にご就寝中。
ですので、お別れの挨拶は夕食後のお風呂の時に済ませておきました。
そう、もう帰界しなければならないのです。
「......」
「んー? ニケ姉、行かないのー?」
「ニケさん?」
ですが、なぜか体が動こうとしません。
いいえ、体が動くことを拒否しているのかもしれません。
(あともう少し......。あとほんの少しだけ歩様とともに......)
その想いが、私の体を支配し、私の『勝利』の力にも勝り、私をこの場に留めているのです。
しかし、規定上、24時を過ぎることは許されません。
とは言え、過ぎたところでどうということもないのですが・・・。
神界規定でそう定められているから、それに従うだけなのです。
「ニケさん?───って、そうか。俺がうっかりしていました」
「歩様?」
そんないつまでも未練たらたらな私に、ふっと優しく微笑みかける歩様。
「えっと。ヘカテー様の前ですけど、アテナ達はいないし、今回は特別ですよ?」
「え?───きゃ!?」
すると、歩様は私の腰に手を回し、グイッとご自身の体に密着させるように引き寄せました。
私はそれに抗うことなく、されるがままに。
歩様に触れられて抗うことなどできようはずがありません。
見つめ合う私と歩様。
これから起こることへの期待感と意外なサプライズに心が跳ねます。
「うーんと? この場合は、いってらっしゃい......でいいのかな?」
「はい。いって参ります!」
そして・・・。
「ニケさん......」
「歩様......」
───ちゅッ。
情熱的......とは言えないまでも、それでも心が絆される優しい別れの挨拶を歩様から戴くことができました。
私の中の寂しい気持ちが、幸せな感情で塗り替えられていくのをハッキリと感じ取れます。
正直言いますと、寂しい気持ちが全く無くなる訳ではないのです。
ですが、もう大丈夫。
またお会いできるその日まで我慢できる勇気を歩様から戴いたのですから。
「ニケ姉、いいなー☆」
「や、やっぱり、見られていると恥ずかしいですね」
「そうですか? 私は今とても幸せですよ」
もしかしたら、ヘカテー様の前で私だけキスをして戴いたのも大きいのかもしれません。
(私だけが歩様にとって特別な存在......)
そう思うだけで心が満足し、とても幸せな気分になれます。
嬉しくて、嬉しくて、心が踊り始めてしまうのです。
「ニケ姉、幸せそうー! よかったねー☆」
「ありがとうございます、ヘカテー様」
それに、ヘカテー様が私の恋敵ではないと分かったのも幸せな一因なのかもしれません。
ヘカテー様は確かに歩様に好意があるようです。
しかし、それは『恋』というよりかは『好き』というもの。
ヘリオドール───はちょっと怪しいですが、モリオンが歩様に抱いている感情と全く同じものなのです。『意中の男性』というよりかは『親しい男性』みたいな。
ヘカテー様は今まで一人ぼっちでした。
忙しく遊んでくれない大人しか存在しない冥界で、子供はヘカテー様ただお一人。
そんな中で、同じ子供であり、遊んでくれるアテナ様の存在はヘカテー様にとってはとても眩しいものだったのでしょう。
ですが、アテナ様が有給休暇に旅立たれたことで、再び一人ぼっちに・・・。
そんな時に現れたのが歩様という存在なのです。
大人にして、遊んでくれるという稀有でもの珍しい存在。
ヘカテー様からは一言「遊んだ」と説明されましたので詳細までは分かりませんでしたが、アテナ様と遊んでいた時のことを思い出すに、いつものあれなのではないでしょうか。お馬さん的な。
つまり、ヘカテー様にとって歩様は『ただの仲の良い大人』でしかないのでしょう。
そして、今はただ、数少ない友達に依存しているに他ならないのです。
だからこそ、私は安心することができ、ヘカテー様の罪を赦すことにしました。
恋敵ではないのなら、アテナ様のお友達ですし、十分に尊敬に値する女神様なのですから。
「歩様。それでは行きますね。......それに、寄りたい所もありますし」
「寄りたい所、ですか?」
「あっ。いえ、こちらの話です。それでは、とても名残惜しいですが、失礼致します」
「歩君、じゃーねー☆」
「はい。ニケさんも、ヘカテー様も、帰りはお気を付けて」
「気を付けて? ふふっ。歩様ったら、ご冗談もお上手なんですから───では、【召致召雷】!」
空いっぱいにバリバリ!と激しく鳴り響く遠雷、轟雷。
しかし、それに驚き、飛び起きてくる人間は誰一人いません。
当然です。時が止まっているのですから、起きようものがありません。
「これ、時が止まっているなら、雷はいらないですよね?」
「これが帰界時の正式な手続きとなりますので......」
「そ、そうですか。神様ってやつもなんか大変なんですね」
こうして、苦笑されている歩様に見送られながら、私とヘカテー様は帰界することとなりました。私達の姿が見えなくなるまで手を振って見送られていた歩様のお姿にうっとりしつつ・・・。
(あぁ。次にお会いできる日が待ち遠しいですね。たった1年や2年を我慢するだけだというのに、こんなにも切ない気持ちになるだなんて......)
□□□□ ~赦せません、その過ちは~ □□□□
漆黒に染まる暗闇の中を、私とヘカテー様はひたすら突き進んでいきます。
お互いに言葉を掛けることもなく黙々と、私を先頭にしてただひたすらに・・・。
「んー? 神界に帰るんじゃないのー?」
「......」
さすがに気付かれてしまいましたか。
とは言え、神界とは行き先が全く異なりますので、当然といえば当然なのですが。
「帰界する前に寄りたい所があるのです」
「寄りたい所ー?」
「はい。ヘカテー様にもぜひご協力を仰ぎたいところですので、しばらくお付き合い頂けませんか?」
「ふーん。いいよー」
ヘカテー様のご許可も得られましたので、私達は再びその場所に向かって突き進み始めました。
・・・。
飛来すること数分、ようやく目的地に着きました。
馬車では2時間掛かったその場所も、【浮遊魔法】を使えば数分で事足ります。
「ここはー?」
「ここは数日前に歩様と一緒に訪れた貴族の屋敷です」
いま、私とヘカテー様の眼下にそびえているのは、数日前に歩様と一緒に訪れた貴族邸です。
まぁ、そびえていると言っても、上空より見下ろしている今では「こんなものですか」という印象でしかありませんが・・・。
馬車から見た時は「無駄に広い」という印象だったんですけどね。
ともかく、ここに来た理由はただ一つ。
それは『私なりのけじめを付けること』です。
確かにあの時の私は、間違いなくできる範囲内で最善を尽くしたつもりでいました。
ですが、ヘリオドールから言わせれば、下策も下策とのこと。「これならば妾が付いていった方がマシだったのじゃ」とまで言われてしまいました。
その上で、「過ぎたことを言うても何も始まらぬな───良い。ニケ様の失態は妾が取り戻す。引き続き、魔勇者の排除だけをお願いするのじゃ」と失笑交じりに頼まれたのです。
しかも、お慕いする歩様の前で、ですよ!!
こんなに悔しい思いをしたことは、こんなに惨めな思いをしたことはありませんでした。
恐らく歩様の目が無かったら、私は渦巻くドス黒い感情に身を委ねて、きっとヘリオドールを八つ裂きにしていたことでしょう。怒りのままに・・・。
しかし、ヘリオドールの言うことはどれもこれもが納得できるものばかりでした。
頑張ったから、最善を尽くしたから、は言い訳になりません。
目に見える脅威を排除する為には、頑張りや最善などの過程よりも、結果が求められるのです。
そう、全ては結果だけが求められ、結果だけが唯一無二の評価となるのです。
だから、ヘリオドールの言う通り、今回の貴族邸での一件は私の失態でしかありません。
そして、これもヘリオドールの言う通り、それを挽回する機会は(神界規定上では)私には残されていなかったのです。
だからこそ、神界規定の禁を冒してまで、私は貴族邸までやってきました。
全ては私なりにけじめを付ける為に。
自分の失態ぐらい、自分で責任を持って片付ける為に。
そして、その方法は至極簡単なものなのです。
「ヘカテー様にお願いがあります」
「なにー?」
「今から私の記憶を渡しますので、そこに映る全ての人間の記憶を改変していただきたいのです」
「記憶の改変ー?」
失態は原因となるものがあるからこそ失態となりえるのです。
だったら、その原因ごと無かったものにしてしまえば良いのです。
(いいえ、都合良く改変さえしてしまえば、失態は手柄というけじめになりえるのではないでしょうか?)
「記憶を消すぐらいならニケ姉にもできるよねー?」
「仰られる通りなのですが......。私が望むのは『記憶の消去』ではなく『記憶の改変』なのです。確かに消去する程度なら簡単なのですが、都合良く改変するとなると私の手には余りますので」
大きすぎる力は弊害をもたらします。単一作業なら簡単なことでも複数の工程を経るとなると、人間という生き物は余りにも脆弱過ぎます。
下手したら、改変中に人間の頭がボンッ!と破裂してしまう可能性も・・・。
別に歩様以外の人間がどうなろうとどうでもいいのですが、どこに他人の目があるか分かったものではありません。
私はこれ以上、失態に失態を重ねる愚行は許されないのです!
だから、魔術に長け、魔術の天才であるヘカテー様がこの場は最適だと言えるでしょう。
「ふーん。別にいいんだけどさー。でもー、それ相談したのー?」
「......」
「えー!? してないのー!? 勝手にしたら怒られるんじゃなーい?」
「......」
「いくらニケ姉のお願いでもやだー! 私も怒られるじゃーん!」
くっ......! やはり、こうなりましたか。
ある意味、こうなることは想定内と言わざるを得ません。
実を言うと、本当は【転移】を使えば貴族邸には一瞬で来れました。
ですが、ヘカテー様が断ることも考慮に入れて、(ヘカテー様が納得してくれる)最もらしい理由を考えるのに数分の時が欲しかったのです。
だから【転移】を使わずに、わざわざ貴族邸まで飛来してきたのはそういう理由があったからです。
(......仕方がありませんね。やはり、ここはあの手を使う他はないようです)
私はぶー垂れた顔で渋るヘカテー様に向き直って、こう告げました。
「もし、ヘカテー様がご協力いただけるのであれば、ご褒美も辞さない覚悟です」
「ご、ご褒美ー!? ご褒美ってなにー!?」
ご褒美という魅惑の言葉に、ガバッ!と喰いつくヘカテー様。
ふふっ。こういう部分は本当にアテナ様によく似ています。
ちょろ───ごほん。とても扱いやすいです。
「きっとお気に召していただける内容かと」
「なになにー!? 早く教えてよー!」
「では───今後、私が下界に降臨する際には、ヘカテー様の同行も許可することと致しましょう」
「ふぇぇえええ!?」
目を見開いて驚愕するヘカテー様。
本当は神界規定に抵触する内容なのですが、私の力をもってすれば隠蔽など容易いこと。
それに、今は神界規定を遵守することよりも、失態の後始末をすることの方が重要です。
その為には、ヘカテー様のご助力は必要不可欠。
となると、ヘカテー様が一番興味のありそうなご褒美を用意するのは当然の流れでしょう。
「え......? じゃー、またモーちゃんに会えるのー!?」
「1年や2年後でしょうが、ヘカテー様がご協力さえいただけるのであれば、また会えますよ」
「するするー! またモーちゃんに会えるならなんでもするよー!!」
「では、取引成立ですね。ご協力感謝致します、ヘカテー様」
思わず、悪い笑みが溢れそうになってしまいました。
想定内というか、あまりにも私の筋書き通りの展開です。
そして、ヘカテー様のお言葉の中に歩様のお名前が無かったことにも、思わず小さくガッツポーズをしてしまいました。
(ふふっ。思った通りでした。ヘカテー様はモリオンにベッタリなようですね)
モリオンがヘカテー様にベッタリだったのは、私達の間では周知の事実です。
ですが、私はそれとなく気付いていました。
ヘカテー様がモリオンに強く依存していたことを。
それと言うのも、ヘカテー様とモリオンは境遇がとてもよく似ているのです。
まず、二人とも長い間(周りに子供がおらず)一人ぼっちだったこと。
次に、歩様という(二人からすれば)稀有にしてもの珍しい唯一無二の大人を得たこと。
更に、二人とも『死』の属性を持つ非常に近しい存在であること。
そして何よりも、お互いに『姉妹』という確かな繋がりをもてるようになったこと。
ヘカテー様からすれば、ベッタリと依存してくるモリオンはかわいい妹なのでしょう。
それは友達よりも確かな繋がりで、ヘカテー様をヘカテー様に足らしめるもの、ヘカテー様自身の存在を証明足らしめるものでもあります。
故に、私のこの提案をヘカテー様が頷かないはずはないのです。
「それでー? 私はどうすればいいのー?」
「まずは、私の存在と私の行った行為全ての記憶を消去していただきたいのです」
「ふむふむー! ちょーと待ってねー!」
ヘカテー様はそう仰られると、おもむろにまるでピアノを引くかのような仕草をしました。
すると・・・。
───ブオンッ!
「え!?」
「でーきたー! できると思ったんだよねー☆」
突如、ヘカテー様の前に表れた『キーボードらしきもの』と『ディスプレイらしきもの』。
(これは......もしや魔術ですか?)
魔力の流れはしっかりと感じます。
ですが、こんな魔術は初めて見ました。
「アーちゃんが小さい板でぽちぽちしてるのは知ってるー?」
「はい。【スマフォ】とかいうやつですね」
「そーそー、【スマフォ】ー! あれでねー、いーっぱいの知識を整理してるんだってー!」
「そのようですね」
「でもねー、私には操作できないんだってー。つまんないよねー!」
元は歩様ので、現アテナ様の【スマフォ】は、アテナ様の膨大な知識の改変によって恐ろしいまでのセキュリティを誇っています。それ自体が神代の魔道具と遜色ない程に。
試しに勝利してみたのですが、この世界に勝利するよりも遥かに難しい難易度だったことにはとても驚かされました。
私でもこうなのです。
ヘカテー様では扱えないのも無理はありません。
「だからねー、「誰でも使えて同じようなものないー?」ってー、歩君に聞いたんだー☆」
「なるほど。それがこれだった、という訳ですね」
「うんー! 【パソコン】とかいうやつー!」
パソコンというものは私でも知っています。
歩様がお仕事やご家庭などでよく使用されていたものです。
ちなみに、歩様のことをよく知る為にも、少しだけ覗かせてもらったことがあります。
その際、(パソコンに勝利した結果偶然にも)見つけたいかがわしい女どものデータは全て跡形もなく消去しましたが・・・。ふふふふふ。
ただ、さすがはヘカテー様です。
例えパソコンを知らずとも、誰でも使えるように調整して創造しているとのこと。
「これでニケ姉にも使えるよねー? あとはー、改変の内容だけを打ち込んでくれたらいいよー!」
「畏まりました。それでは、しばらくの間お借りします」
「はーい! じゃー、私はその間に迷える魂の浄化と回収をしとくねー!」
実に冥界の案内人らしきことを言うヘカテー様。
それにしても、迷える魂の浄化と回収ですか。
誰か未練を残して死んだりでもしたのでしょうか?
(まぁ、今はそんなことどうでもいいですね。私はこちらをしなくては)
私は「あれー? なんでこの魂は浄化できないのー?」と言っているヘカテー様のすぐ隣で、キーボードに改変内容を素早く打ち込んでいきました。
(まずは、私の存在と私の行った行為全ての記憶を消去ですね)
私の行った行為だけを全て消去しても不十分かもしれません。
一応、緘口令はしっかりと(屋敷にいた全ての人間に)強いたつもりではありますが、ヘリオドール曰く「人の口には戸が立てられぬ」とのこと。
ならば、徹底的にやるまでです。
つまり、私の存在そのものの記憶を消去さえしてしまえば、自然と私の行った行為は全て消去されることでしょう。
これで、『歩様お一人だけで貴族邸に訪問した』という記憶が残るはずです。
しかし、これだけではまだまだ不十分だと言えましょう。
なんたって、歩様は貴族の申し出をハッキリと断ったのですから。
きっと、歩様に対して良からぬ印象を持っているはずです。
(では、歩様に対して好印象を持つようにするべきですね)
好印象を持った理由など、どうとでもできます。歩様は素晴らしいお方ですしね。
ここは無条件で、歩様に対して好印象を持っていただくことにしましょう。
ですが、この好印象という条件に対して、私は一つの懸念を抱いております。
思い起こされるのは、私の歩様と結婚したいなどと妄言を吐いていた小娘達の存在です。
いいえ、小娘達だけではありません。
歩様はどの女性に対してもお優しく、紳士的なお方です。
それは歩様の魅力のお一つでもあるのですが、『私にだけ......』と秘かに願う私にとってはとても残酷なもの。
つまり、歩様のお優しさに絆されるのは、なにも小娘達だけとは限らないということです。
それと言うのも、歩様は間違いなく給仕達にもお優しく接していました。
結果、給仕達が「竜殺し様って、思ったよりも紳士的なお方のね」とか「竜殺し様は案外幼い顔付きでかわいいわよね」とか噂していたのを、私はバッチリと拾っています。
(明確な好意を伝えていたのは小娘達だけでしたが、これでは......)
故に、ただ『歩様に対して好意を抱く』という内容だけでは危険かもしれません。
ここは全てをリセットした上で、適当な理由をもって好意を抱いてもらうのが無難でしょう。
そうなりますと、最終的な改変内容は・・・。
(あの日起こったことは───いいえ、指名依頼があったこと自体も含めて全て消去した上で、会ったこともない歩様に対してはなんとなく好印象を持っていることに致しましょう。それも歩様から何か頼まれたら、無条件で協力する程の好印象です。しかし、あくまでも良き友人というスタンスであり、男女の関係には決してならない好印象と致します)
どうでしょうか? なかなか良い感じに仕上がっていると思いませんか?
私の失態を揉み消すばかりではなく、歩様の今後の為にもなる措置を設け、更には(私や歩様にとっても)鬱陶しい恋敵の存在すらも排除できました。
(ふふふふふ。完璧ですね)
私は己の仕事の完璧ぶりに酔いしれました。
「ヘリオドールいかがですか!?」と思わず叫びたくなる衝動に駆られました。
そして、ふんすッ!と鼻息荒く、そのままの勢いでヘカテー様に記憶の改変をお願いしたのです。
「うーん。なんか複雑だねー」
「申し訳ありません。大変でしょうが、よろしくお願い致します」
「はーい! これぐらい余裕余裕ー! まっかせてー☆ でもー、ちゃーんと約束は守ってよー?」
「もちろんです。そこはご安心くださいませ」
「やったー☆ これでモーちゃーんにまた会えるー!」
モリオンに再び会えることが(確定したことが)よっぽど嬉しいのか、アテナ様のお株を奪うかわいらしいにぱー☆をするヘカテー様。
この笑顔が曇ることのないよう、私は約束をきっちりと守るつもりです。
そして、遂にその時が訪れました。
「じゃー、いっくよー! えーいッ☆」
ヘカテー様のかわいらしい「えーいッ☆」の一言で、遥か上空より来たりし死霊達。
その姿はがしゃどくろのそれですが、萌えキャラ化していて全く不気味さを感じません。
「じゃー、みんなー、よろしくねー☆ 内容はここにあるよー!」
「「「「「オオオォォオオォォォオオォォォオオオォォ」」」」」
「こらー! 食べるだけじゃないのー! ちゃーんとしないと浄化しちゃうからねー!」
「「「「「オオオォォオオォォォオオォォォオオオォォ」」」」」
ヘカテー様の指示(?)に戦々恐々と従う死霊達。
(いつ見ても異質な魔術ですね)
ですが、これが意外と勝手が良いのです。
なんでも、生き物の記憶は死霊にとっては良い餌となるようです。
故に、輪廻転生させる前には死霊達に記憶を食べさせ、まっさらな状態で生き物を新しき世界に送り出すようにしているとかなんとか。
つまり、手を下さずとも死霊達が勝手に色々とやってくれるらしいのです。
私は死霊達が闇夜の中を嬉々として駆け巡っていくのを眺めながら、記憶の改変が終わるのを静かに見守っていました。
・・・。
そして、待つことしばらく───。
「みんなー! お疲れ様ー☆ もー、返っていいよー! ばいばーい☆」
「「「「「オオオォォオオォォォオオォォォオオオォォ」」」」」
どうやら、全ての人間の記憶を改変し終えたようです。
そうそう。ヘカテー様にきっちりと挨拶をして冥界に返っていく死霊達の姿は、なんともシュールな光景でした。
ちなみに、ここまでわずか数分の出来事です。
数十人はいたであろう人間の記憶を改変させるのに掛かった時間がわずか数分。
これこそが、『魔術の天才』であり『魔女』とも謳われるヘカテー様のお力なのです。
「さすがはヘカテー様ですね」
「にへへー☆ ありがとー!」
「それでは、今度こそ私達も帰界すると致しましょうか」
「そだねー! 今度来れるのは1年か2年後だよねー? 楽しみー!」
こうして、私は自分の失態の後始末を終えて、満足した気持ちで帰界していくのでした。
後の話となりますが、これこそが私の最大の失態ともなると、この時の私は知る由もなく───。
第五部第6章『力を求めて』 完
次回、閑話!
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これにて、第五部第6章『力を求めて -再臨ニケ編-』の本編が終了となります。
いかがでしたでしょうか?
約70話近くと長らくお付き合い頂き誠にありがとうございます。
ちなみに、今章におきましては『×.5章』はありません。
それでも、強いてあげるのなら『アメジスト』でしょうか?
この後は閑話を幾つか掲載した後に、第六部第7章『躍進 -???編-』へと舞台を移します。
よろしくお願い致します。




