第214歩目 譲れないこだわり!彼女ニケ⑨
8/11 タイトルを変更しました。
(変更前)譲れないこだわり!彼女ニケ⑲ → (変更後)譲れないこだわり!彼女ニケ⑨
なお、本文の変更はございません。
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前回までのあらすじ
ねこネコ猫ネッコ!
□□□□ ~こだわろうぜ!~ □□□□
ニケさんが満足したようなので、俺も自分の目的に移ろうと思う。
と言うか、周りのこちらをちらちらと窺う視線が気になって気になって仕方がない。
(ハァ......。ペアルックとか目立つもんなぁ。しかも、猫柄だし......)
「お、お似合いですよ。......くすくす」
「笑ってますよね!?」
この店員、失礼過ぎだろ!? 店長を呼ぶぞ!?
え? 貴女が店長ですか?......あっ。うん。もうどうでもいいや。
「じゃあ、エプロンを選びましょうか」
「エプロン、ですか?」
「はい。エプロンです」
「畏まりました。こちらもペアルックでよろしいですか?」
「こだわり過ぎでしょ!?───ごほん。エプロンはニケさん用のみで」
失礼過ぎる店員さん、もとい店長さんを無視して、早速エプロン選びに入る。
本当は(店長さんがニケさんのセンスを笑う失礼な人だったので)店を変えたかったのだが、ニケさんがこの店を気に入ってしまったらしく仕方がない。
え? ペアルックのことじゃないのかって?
ハァ......。ペアルックのことはもういいだろ。ほっといてくれ。
そう、ここに来た目的はエプロンを購入する為である。
料理中のニケさんを見ていて「何かが足りないなぁ」と思っていたのだが、たどり着いた答えがエプロンだったという訳だ。
色とりどりあるエプロンの中を、ニケさんが楽しそうに物色していく。
「......」
「歩様はどういうのが似合うと思いますか?」
「......」
「歩様?」
ニケさんが手にしているエプロンは普通のエプロンだ。
まるでのりが乾燥して固くなったようなごわごわしている、この世界にとってはそれが普通なエプロンなのである。
「喝ッ!」
「!?」
俺は某テレビ番組顔負けの勢いで吼えた。
テーブルがあったら悔しさのあまり、バンバンと叩いていたことだろう。
(こんなのエプロンとして認めない! 俺が知っているエプロンはこんなんじゃないやいッ!)
俺はこの世界の文化に色々と触れてみて、常々言いたいと思っていたことがある。
いや、正確には『文化革命を興している技術系の勇者達に』というべきなのだろうか。
それは・・・。
(お前ら! 自分の趣味に走り過ぎだろッ!!)
それと言うのも、この世界の文化は色々と偏っている。
いいや、尖っていると言っても過言ではない。
例えば、トイレ。
以前にも紹介したが、この世界のトイレはボットン式だ。
一部の勇者は己の自宅にのみ水洗式にしているらしいが、世界の基準はボットン式なのである。
理由は単純で、【浄化魔法】があるから。
だから、わざわざ水洗式にする必要がないらしい。
(そうじゃないだろ!? 魔法があるからとかは関係ないだろ!?)
ボットン式の大変さと苦労は分かる人には分かると思う。
と言うか、水洗式の存在自体を知られていない可能性が非常に高い。
良い例がドールとモリオンで、魔動駆輪で初めて水洗式を見た二人は面白い程に驚いていたぐらいだ。
そもそも、文化革命の歴史は数百年以上もあるという。
だったら基準と言わないまでも、もっと普及していてもおかしくはないと思う。
これは、きっと技術系勇者達の怠慢に他ならない。
技術者といった連中は、己が気に入ったものにしか興味を示さないから困ったものだ。
とは言え、そういう変人かつ情熱があるからこそ、役立つ道具であったり、世間があっと驚くようなアイデアを閃いたりできたりするものなのだろうが。
その他にも、所々「え? なんでないの!?」みたいなものがあったりする。
これがあって、あれがない、みたいな、これがあるなら存在していてもおかしくはないものがなかったりするのである。
その最たる例がエプロンだったりする。
メイド服は現代の地球のものと遜色のないレベルものが多数取り揃えられているというのに、エプロンはこの世界のもののままとなっている。
これはあれだ。きっと服飾系に携わっている勇者が『料理はメイドさんが用意するもの』とか勝手に勘違いしているからに違いない。
ふざけんなよ、勇者ッ! メイド服も悪くはないけど、そういうことじゃないだろ!?
「ですが、歩様? これでも十分かと思いますが?」
「......」
ニケさんが十分と言って見せてきたのは、ごわごわしているエプロン。
確かに料理をするだけなら、それでも十分なのかもしれないが・・・。
俺はそういうことを言いたいんじゃない。
利便性とかの問題じゃない。
意識的な、根本的な問題なのである。
これはニケさんに分からせる必要性があるようだ。
「ニケさんはエプロンをなんだと思っていますか?」
「え? 料理中に生じる汚れを防ぐ為の前掛けですかね?」
更に、「そもそも私の場合は汚れを避けられるので、エプロンそのものが不要なんですが」とニケさんは続けた。
「......全然違います。ニケさんはなんにも分かっちゃいません」
「えぇ!?」
「いいですか? ニケさんにも分かりやすく言いますと、エプロンとは戦闘服なんですよ」
「戦闘服!?」
メイドさんがお仕事をする為にメイド服を着るように。
騎士達が国と誇り、国民を守る為に騎士甲冑を身に付けるように。
ニケさん達女神様がしきたりのように女神のワンピースを纏うように。
「キッチンに立つ者が、料理に携わる者が身に付けるもの。それがエプロンなんです」
「!!」
「謂わば、料理をする者にとっての戦闘服だと言えるんですよ」
「!!!」
シェフ? シェフは知らん。
と言うか、コックコート(?)もエプロンみたいなもんだろ。
第一、ここでは一般人について語っているのだから、シェフはお呼びじゃない。
「戦闘に携わるニケさんなら、この意味分かりますよね?」
「えぇ。戦闘服なら妥協してはならない。それ即ち、命に関わることですしね」
さすがはニケさん。その通りだ。
だからこそ、俺はごわごわしたエプロンに異議を唱えたい。
「ですが、戦闘服だというのなら、歩様の世界のエプロンよりもこちらの世界のエプロンの方が(防御)性能に優れている───」
「目で楽しめないでしょうがッ!!」
「!?」
料理は目で楽しみ、鼻で楽しみ、舌で楽しむものだという。
だったら、俺は目でも(ニケさんを)楽しみたい!
「料理の話ですよね!?」
「ニケさんの話ですッ!」
背景にドン!と描かれる程に、俺は自信満々に言い切った。
そもそも、お袋でさえ「年を考えろよ......」と言いたくなる程のかわいいエプロンを着用してるぐらいだ。いわんや、彼女であるニケさんをや、というやつである。
ごわごわしているかわいくないエプロンとか、彼氏である俺が認めない。
「そこまで仰られるのなら、歩様の仰せに従おうと思います。ですが、ここにあるのは全て───」
「分かっています」
元々、店に期待はしていなかった。
あったら良いな、程度の認識でしかなかった。
だから、俺は店長さんと向かい合って、こう言い放った。
「オーダーメイドでお願いします」
□□□□ ~とことんこだわりたい!~ □□□□
勇者がエプロンにこだわりがないのなら、俺が勇者の代わりにこだわるまでだ。
とは言え、俺に技術系のスキルは一切ない。代わりに作ってもらう他はない。
そこで、重要になってくるのがオーダーメイドという訳だ。
但し、この世界にはいささか問題があったりする。
「オーダーメイドですか? 承ってはおりますが......」
「そこまで難しいものを要求するつもりはありません。ちょっとした手直し程度です」
「左様でございますか。でしたら、ご希望に添えるかと思います」
ホッとしたような表情で、恭しく頭を下げる店長さん。
この世界の問題。
それは、スキル&レベル制であるということだ。
スキル&レベルによって、結果や出来映えがモロに影響を受けるということなのである。
だから、「アマチュアがプロに勝っちゃいました! てへぺろー☆」みたいな展開は絶対に起こり得ない。
一発大逆転やアメリカンドリームみたいな夢や希望等は全くない。
スキルやレベルによる実力だけが、実力のみが評価される世界となっている。
そういう意味では、いくら服飾店であろうとも【裁縫】(......でいいのかな?)スキルを所持している者はそう多くはないはずである。
しかも、オーダーメイドともなると、スキル持ちに加えてスキルレベルも影響してくるから尚更だろう。
故に、作ってもらうというよりかは、既にあるものの中から手直ししてもらう形となる。
そもそも、一から仕立ててもらうとなると、【裁縫】スキルレベル3以上持ちの手が必要となるだろう。
さすがに、一服飾店にそこまで要求するのは躊躇われる。
そんな訳で店長さんに希望を伝えようとしたところ、唐突にクイクイッと服を引っ張られた。
「どうしました?」
「なんでしたら、私が創りましょうか?」
「え? 作れるんですか?」
「はい。アテナ様のワンピースも私が【創造】したものですし、エプロン程度でしたら造作もないかと」
「あれ、ニケさんが創ったんですか!」
アテナのワンピース。
それは服の究極形態ともいえるもの。
自動修復機能に加え、体重変化機能付き。
極めつけは、全ての攻撃を『1』に抑えるという最強の盾。
てっきり、神様が着用している服全てがそういうものなのかと思っていたら、どうやら違ったらしい。
そして、なるほど。最強の女神であるニケさんが創ったものなら納得だ。
(ただなぁ......。【創造】で創るのはなんか違うんだよなぁ......)
「どういうことでしょうか?」
「気持ちの問題、でしょうか」
「気持ち、ですか?」
「はい。俺はニケさんにプレゼントしたいんですよ」
「!!」
ニケさんが【創造】できるのなら、わざわざ店に頼むのは非効率的かもしれない。
だけど、そこは譲れないというか、譲っちゃいけない一線だとも思う。
特にプレゼントなら・・・。
「ですから、ニケさんに創ってもらうのは違うかなって」
「歩様......」
俺の肩に頭を乗せるようにソッと寄り添ってくるニケさん。
どうやら効果は抜群───いやいや、想いは伝わったようだ。
その証拠に、ニケさんのきれいな灼眼はうるうると潤い、もの欲しそうにしている。
だが・・・。
ニケさんの唇に吸い寄せられそうになるも、ここは我慢我慢。
ニケさんが「むぅ! 空気読んでください!」と拗ねていても、ここは我慢我慢。
(キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい! キスしたい!)
頭の中が欲望一色に染まるも、ここは我慢我慢。
最低でも、やることはキチンとやってから思う存分キスすべきだろう。
(俺はな、好きなものは最後にゆっくりと味わう派なんだッ!)
ということで、改めて俺の希望を店長さんに伝える。
「前掛けっぽい部分があるメイド服ありますよね? その部分を切り離して欲しいんです」
「ございますが......ヒラヒラしたエプロンをご希望ということでしょうか?」
「そうなりますね」
「エプロンでございますよね?」
「エプロンですね」
「えっと......。本当によろしいのですか?」
「よろしいのです」
俺の意図が分からず、困惑する店長さん。
恐らく店長さんからしてみれば、「たかがエプロンごとき金をかけるような代物じゃない」と、そう言いたいのだろう。
いや、店長さんが困惑する気持ちは分からなくもない。
それと言うのも、エプロンに使われている素材とメイド服に使われている素材は明らかに違うからだ。
まず、エプロンに使われている素材は、恐らくだが何らかの皮又は樹皮を使用しているものと思われる。
ごわごわしていて肌触りは最悪。見映えも悪い。所謂、着れれば何でもいいといった感じのものだ。
一方、メイド服や購入した猫シャツは(こちらの世界では)上質な素材を使用しているものと思われる。
肌触りはそこそこ良く、見映えも決して悪くはない。所謂、貴族向けってやつなのかもしれない。いちいち値段も高いしな。
つまり、「高級仕様なエプロンを作ってくれ」と注文しているのだから、店長さんが戸惑うのも無理はない。
「それで、どの素材の服のをご利用されますか?」
「最高級ので」
素材とか言われても全く分からん。
どうせ説明を聞いても分からないだろうし、ここは最高品質で。
「え!? エプロン......でございますよね?」
「エプロンですが?」
「は、はぁ......」
「それと切り離した部分については、貴族のご令嬢方が着るような華やかなドレスのように手直しをして欲しいですね。具体的にはフリルをふんだんにあしらったかわいいものです。デザインについては店長さんのセンスにお任せします」
テーマは『若妻のエプロン』ってところだな。くぅ~、夢が広がるぅ!
そうそう。あくまでエプロンだということを強調しておかないと、切り離した部分からドレスを作れとの無理難題になってしまうから、そこは気を付けないと。
「えぇ!? ド、ドレスのような!?......エ、エプロンでございますよね?」
「しつこいなッ!?......お金はちゃんと払うんで、安心してください」
「......い、いえ。そういうことではなくてですね。なぜエプロンなんかにそこまで?」
エプロンなんかって......。
この店長さん、エプロンをなめすぎだろ。
「いいですか? 店長さんにも分かりやすく言いますと、エプロンとは女性の勝負服なんですよ」
「勝負服!?」
「俺の世界ではエプロンの活用方法は多岐に渡ります。料理時に着用するだけじゃないんですよ」
「そうなんですか!? た、例えば、どんな時に使用するのですか!?」
「そんなのここで言える訳がないじゃないですか。ご想像にお任せします」
「そ、そうですか......。エプロンとは奥が深いのですね」
「それに、俺の世界で男を魅了するには『料理で胃袋を掴み、エプロンで心を掴む』とも言われているぐらいなんですよ?」
まぁ、ソースは俺の親父だけどな(笑)
ちなみに、初めてそれを親父から聞いた時なんて、思わず「変態かよ!?」とツッコんだら、「男はみんな変態だ!」と返されたのを今でも鮮明に覚えている。
ともかく、文化の違いに衝撃を受けている店長さんを横目に、俺は話を進めていく。
そもそも、手直しできないことはないだろうから、残る問題はただ一つだけだ。
それは・・・。
「仕上がりはいつになりますか?」
「あっ。はい。なにぶん初めての注文ですので、お客様にご満足頂けるものをお出しさせて頂く為にも、ある程度のお時間を頂戴したく思います」
「具体的には? おおよそでいいです」
「10日......ぐらいでしょうか」
(遅い! それでは意味がない!! ニケさんは後3日で帰界してしまうというのに......)
かと言って、店には店の事情があるだろうから「もっと早く!」などとは言えない。
仮に言ったところで、「10日掛かるところを3日以内で」というのは、さすがに無理がある。
無理なものは無理なのである。
それは、地球に限らず、異世界だってそうだ。
それに、仮に他の店に依頼しても、恐らく掛かる日数はそう大差はないものと思われる。
「やはり私が創りましょうか? 歩様のそのお気持ちだけで十分ですよ」
「......」
そう言って、溢れんばかりの優しさで、にっこりと微笑むニケさん。
(くそッ! もう、そうしてもらうしかないのか!?───ん? 待てよ?)
しょんぼり仕掛けていた俺に、突如ある一つの考えが閃いた。
そして、ブラックな仕事を無理矢理にでも平気な顔をして請け負わざるを得ない中小企業をして、思わず顔を青ざめてしまいそうになる程の依頼を口にしたのである。
「今から2日......」
「え?」
「今から2日で仕上げてもらえませんか?」
「えぇ!? そ、それはいくらなんでも無茶ってもんですよ!」
俺の提案に目を丸くして、顔には脂汗を浮かべる店長さん。
確かに普通の状況なら無理なことを、無茶苦茶なことを言っているのかもしれない。
だが、もしも普通ではない状況だったとしたら・・・?
思い描かれるのは『唐揚げ勇者』の異名を持つ現地勇者のことだ。
現地勇者達はそれを笑い話の種にしていたが、実はそうではないのかもしれない。
(サンキュー、ユッシャ!)
俺は『なんJ民』ばりの感謝を現地勇者に捧げて、閃いた提案をそのまま言葉の風に乗せることにした。
「もしも......。もしも、オーダーメイド品が出来上がるまで店を閉めて全員総出で取り掛かるとしたら、2日で仕上げることはできませんか?」
「えっと? オーダーメイド品を仕上げる為に店を開けないということですか?」
「そうなりますね」
「それだったら出来なくもないでしょうが───いや、それでも厳しい......かも?」
悩む、ということは状況次第では出来なくもないということ。
だったら、ここは一気に畳み掛ける他はないだろう。
「2億───いや、手持ちの半分、3億を出します」
「歩様!?」
「......はい?」
「3億出しますので、店を貸し切りっていうんですかね? それで」
現地勇者は料理店の1日の売上を聞いた上で、それ相応の金で店を借り上げたという。
本来なら、俺もそうすべきなのだろうが......『使える時に、必要な時にお金は一気に使うべし』という考えの俺は、ここでドーンと勝負をかけることにした。
金は使ってナンボ! 興味もない絵画や必要のない高級車に散財するよりかは、こちらの方がよっぽど賢い金の使い方だと思う。
「さ、3億......。あわわわ......。お店の3年分の売上をたった2日で......」
「それで、シフトに関係なく出勤できる店員さん総出でお願いします───あっ! そうそう。お釣りは要りませんので、余った分は頑張ってくれた店員さん達の臨時ボーナスにでもしてあげてください」
「えぇぇええ!?......ほ、本当にそれでよろしいのですか!?」
「はい。それならば、2日でできますか?」
「で、できますとも!───いいえ、やらせて頂きます!!」
店長さんの瞳にメラメラと燃え盛る炎が灯った。
鼻息も荒く、過呼吸気味で、口からは涎が......。
(......と言うか、涎!? それはさすがに隠せよ!)
大口の仕事だ。是が非にでもモノにしたいのだろう。
俺も営業マンだったからこそ、店長さんの気持ちは痛い程によく分かる。
だからこそ、ここらでもう一手打って、店長さんの度肝を抜いておく必要がある。
「じゃあ、代金は全額前払いしますので、よろしくお願いします」
「ま、前払い!?」
「えぇ。何かご不満でも?」
「いえいえいえいえいえ! ふ、不満なんてそんなッ! 滅相もないでございますですよ!!」
滅相もないでございますですよ、とかどんな言葉だよ。
あわわわと慌てている店長さんはちょっと面白い。
どうやら、店長さんには少しばかり刺激が強かったようだ。
全額前払い。これは『信用していますよ』との信頼の証。
つまりは、その人の度量の大きさを示す行為にもなり得る。
そして、売上が確定する以上、店側にとっても(代金をちょろまかされるという心配がなくなるので)安心できる要素の一つとなる。特に金額が大きければ大きい程に、その傾向は強くなる。
まぁ、その分、依頼にはしっかりと応えないといけないという義務感は生じるが。
店長さんがぽーっとした表情で俺を見つめる中、俺は颯爽と冒険者カードを取り出す。
(ふっ。店長さん、俺に惚れたらヤケドするぜ?───なんちって!)
確かに一度は言ってみたいセリフではあるけれど、その後のニケさんの嫉妬がめんどくさそうだから言わないようにしておこう。
・・・。
さて、店長さん曰く「1分1秒も惜しい」ということなので、会計を済ませて店を出る。
所持金:358,452,200ルクア【↓300,000,000ルクア】
すると、店長さん指揮のもと、まだ他の客がいるというのに、それらを追いやるようにして店を閉めてしまった。
(い、いくら貸し切りとはいえさ、それでいいのか?)
俺が呆れた様子で店の顛末を眺めていると、ニケさんから声が掛かる。
「本当によろしかったのですか?」
「はい。これで良いんです」
「ですが、3億ともなると......。私が創っても良かったんですよ?」
「言いましたよね? プレゼントしたい、と」
「それはそうですが......」
俺が良いと言っているのに、いまだ申し訳なさそうにしているニケさん。
ニケさんにとって、金の価値など無価値に等しい。
それでも、手持ちの半分を使わせてしまったという罪悪感は拭えないのだろう。
しかも、手持ちが少なくなってきている上での大量消費ともなれば尚更だ。
(さて、どうしたもんかな? 俺としては素直に喜んでくれた方が嬉しいんだけど......)
そう、全ては罪悪感によるもの。
だったら、それを払拭してあげればいい。
「えっと、ですね。これはニケさんの為でもあるんですが、俺の為でもあるんですよ」
「歩様の為? どういうことでしょうか?」
「言いませんでしたか? 目で楽しみたい、と。俺はかわいいニケさんを見たいが為に散財したんですよ」
俺にとってはマイホームを購入するような、一生ものを購入するのと同じ感覚だ。
それだけ、ニケさんのエプロン姿を拝んでみたいし、できることなら、その姿を記念に残しておきたいとも思う。
「いや! 絶対に残しますッ!!」
「歩様!?」
想像するだけで......ぐへへ、ぐへへへへへ。た、堪りませんなぁ。
思えば、親父の秘蔵コレクションに、お袋のエプロン姿の写真があったのも頷ける。
(俺も親父の子。血は争えないということか)
とは言え、若い時のお袋のエプロン姿の写真ならいざ知らず、「無理すんなよ......」時代のお袋のエプロン姿の写真を見つけた時は(変わらぬ夫婦愛に)感心するとともに、(親父キモッ! と)心胆を寒からしめられたものだ。HAHAHA。
「と、まぁ、そんな訳なので気にしないでください」
「あ、歩様は......そ、そんなに、私のエプロン姿を見たいのですか!?」
「それはそうなんですが......?」
どうにもニケさんの様子がおかしい。
顔を真っ赤にさせて、俺をちらちらと窺うばかり。
(そんなに恥ずかしがるようなことか?)
エプロン姿を見たいのは確かだが、そんな態度をされるとは思いもよらなかった。
いや、まぁ、申し訳なさそうにされるよりかはよっぽどいいんだけどさ?
この時の俺では気付きようもなかった。
受け継がれる意思、人の夢、時代のうねりというものが、ニケさんに及ぼした影響の大きさに・・・。
とにもかくにも、いまニケさんに言って欲しい言葉は別にある。
「だから、申し訳ありません、なんて言わないでくださいね? 相応しい言葉は別にあります」
「歩様......。そうですね。ありがとうございます!」
「どういたしまして。喜んでもらえて、俺も嬉しいですよ」
金なんかよりも大切なもの。
それがニケさんだ。
だから、ニケさんの為になるのなら、ニケさんが喜んでくれるのなら、金なんか───いいや、金に限らず、俺にできることなら可能な限り何でもしてあげたい。
ニケさんの笑顔を見る為にできることならどんなことでも・・・。
(......うん。改めて口にすると結構恥ずかしいな、おい!)
恥ずかしかったので、視線をニケさんから外し、ぽりぽりと頬を掻いた。
まぁ、ここまで想いの丈を綴れば、罪悪感なんてものは微塵も残らないだろう。
「嬉しいです。歩様にそこまで想って頂けるなんて......私は幸せ者です」
「彼氏ですから当然のことです。それだけ、ニケさんのことを愛───大好きですからね」
「むぅ! そこまで仰ってくださったのですから、最後まで言い切ってくださいよ!───ですが、私も歩様を愛していますッ!」
そう言って、俺に体を預けるようにしなだれかかり、首に手を回してくるニケさん。
お互いの瞳と瞳が絡み合う。
お互いの吐息と吐息が交じり合う。
「......歩様? もう我慢する必要はないですよね?」
「......人の目が全くないとは言えませんし、もうちょっと我慢できませんか?」
「できません! 今すぐ愛して欲しいですッ!」
それは俺だって同じ気持ちだ。
今までずっと我慢の子状態だったしな。
しかし、この場で、というのはあまりにも・・・。
(ええい! こうなったら最終手段だ!)
「ニケさん、失礼します」
「え?───きゃ!?」
俺はニケさんの体をすくうかのように抱き上げた。右手をニケさんの背中に回し、左手をニケさんの膝の裏に回す───まるでお姫様抱っこのように。
そして、一言。
「【転移】をお願いしてもいいですか?」
「畏まりました。───【転移】!」
どこに、とは言わない。
行き先は決まっているからだ。
転移後、俺は勢いそのままに、二人の愛の巣とも言うべき秘密の小部屋に駆け込んだ。
次回、本編『サンキュー、ユッシャ』!
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今日のひとこま
~不公平なのじゃ!~
───バンバン!
夕食後、リビングにテーブルを叩く音が響き渡った。
原因はニケさんにだけエプロンをプレゼントした件だ。
「ニケ様ばっかり狡いのじゃ! 不公平なのじゃ!」
「不公平も何も、ドールには必要のないものだろ?」
「必要かどうかではない! 無くてはならぬものなのじゃ!」
「いやいや。さすがにそれは言い過ぎ───でもないな?」
「歩様!?」
「そうであろう!? なのに、ニケ様だけに贈り物とは納得いかぬ! 妾は断固抗議するのじゃ!」
「ですが、歩様? 決して安くないものですよ? 料理をしないなら無駄になるかと」
「いや、まぁ、何度も言っていますが、目で楽しむこともできますし」
「私だけでは不満であると?」
「そういう訳ではないです。ただ、ドールにはドールの良さもありますから」
「......私が一番、なんですよね?」
「それは言うまでもないですね。俺の一番は常にニケさんだけですから」
「ふふふふふ。......ヘリオドール。良いでしょう。あなたのも許可します」
「なぜニケ様の許可が必要なのじゃ?......まぁ、良い。許可も出たことだし、妾にも贈り物をせよ!」
「うーん。どうすっかなぁ。買ってあげたいのはやまやまなんだが、金がなぁ......」
「質素倹約は美徳だがの、行き過ぎると単なる守銭奴でしかないじゃ。それに、姉さまやトカゲ、ヘカテー様も欲しかろう?」
「んー(。´・ω・)? 私はこれ(=ワンピース)があるから着ないよー?」
「我もド......ド......お姉ちゃんに貰ったやつがあるから別にいいのだ!」
「私はどっちでもいいかなー。あー、でもー、歩君のプレゼントなら欲しいかもー☆」
「ほれ、見てみよ。みな、「欲しい」と言うておるではないか!」
「みんなじゃなくね?」
「細かいことを気にするでない。......ハゲても知らぬぞ?」
「ハゲないし! 不吉なことを言うな!!」
「ご安心ください、歩様。私は歩様がどのように変わられても変わらぬ愛を誓いますから。ハゲようが、太ろうが、ゾンビになろうが、決して変わらぬ愛を捧げます」
「そ、それはそれで嬉しいのですが、俺はハゲないし、太らないし、ゾンビにもなりませんからね?」
「その為にも、「妾達にも贈り物をせよ!」と言うておるのじゃ」
「どんな繋がり!? ねぇ、それはどんな繋がりなの!?」
「知らぬ。そんなことよりも贈り物をせよ」
「分かった。分かった。だけど、ニケさんのよりかは安いやつでいいか?」
「かわいいやつであろうの? ごわごわしたやつならいらぬのじゃ」
「そこは信じてくれてもいい。俺もかわいいドールを見たいしな」
「ふ、ふんッ! 妾は主の奴隷だからの、見せろと言われれば断る訳にはいかぬ!」
「はいはい。ありがとな。楽しみにしとくよ。......で? アテナはどうすんだ?」
「いらなーい(・ω・´*)」
「いや、お前は少し着飾れ。いつも同じ服なのはさすがにどうかと思うぞ?」
「主よ。それは盛大なぶーめらん、というやつであろう?」
「うるせえな! で? モリオンは?」
「お姉ちゃん達が買うなら一緒がいいのだ!」
「はいよー。ヘカテー様はどうします?」
「ちょーだーい☆ モーちゃんと一緒のでいいよー!」
こうして、アテナ達の分のエプロンも購入することになった。
所持金:258,452,200ルクア【↓100,000,000ルクア】
ハァ......。痛い出費だなぁ......。




