第211歩目 貴族邸の動乱!⑨
前回までのあらすじ
主人公の安全を図る為には鬼へと変化するニケ!
□□□□ ~貴族邸の顛末~ □□□□
「ヘルメス様、ですか?」
「恐らくはそうだと思われます」
貴族邸からの帰り道、俺は馬車に揺られながら今回の詳しい経緯をニケさんから聞いていた。
・・・。
そうそう。貴族邸ではあの後どうなったのか、簡単にだが説明しておこう。
まず、応接室の間には惨状ともいうべき空間がまことしなやかに出来上がっていた訳なのだが、さしてそこまで大きな騒ぎにならずに済んだ。
それと言うのも、ニケさんの「黙りなさい」の一言で、貴族邸に存在する全ての人間が───いいや、全ての生き物が、まるで金縛りにでもあったかのようにひっそりと息を潜める結果となったからだ。
人間の息遣いはおろか、鳥の囀りや虫の鳴き声さえも全く聞こえない完全なる無音空間。
俺は産まれてこの方、『無音の世界』というものを体験したことがなかった。
しかし、その場には確かに『無音の世界』というものが広がっていたのである。
いやー。正直、緊張したね。音の無い世界というものが、あんなにも時の流れが(良い意味で)遅く感じる空間だったとは思いもしなかったよ。
ちなみに、俺もニケさんの「黙りなさい」の一言で、まるでご主人様に命令された忠犬の如く喜んで───いやいやいや。ニケさんの圧倒的な強さに見惚れてしまって、貴族邸に居た生き物同様沈黙してしまったことはニケさんには内緒だ。
その後、貴族邸では貴族邸で色々とやることがある(当然といえば当然だが)とのことだったので、俺とニケさんはブタ貴族の代理として指示を出していた跡取り息子に暇乞いをして今に至る。
・・・。
「ヘルメス様って───確か、アテナの兄弟の方でしたよね?」
「仰る通りです。オリンポス12神の1柱にして、アテナ様の兄に当たられるお方です」
「なるほど。それで、今回はそれが原因だったと?」
「まず間違いないでしょう。女神である私の感知能力をして途中まで特定に至らなかった点を鑑みますと、それぐらいしか見当がつきません」
ただ、「相手の存在が矮小過ぎて特定に至るまでには苦労しましたが」と、ニケさんは続けた。
(ふーん。思っていた以上に厄介な相手だったんだな)
そもそも、俺は全く気付いてはいなかったのだが、どうやら監視されていたらしい。
しかも、冒険者ギルドに居た時からニケさんが暴れ回るその時までずっとだと言うから驚きだ。
つまり、貴族邸に向かう道中、ニケさんがずっと神妙な顔をしていたのは、常にその監視の目に注意を払っていたかららしい。
とは言え、本当は監視者の特定をする気満々だったとのことだが・・・。
それなのに俺ときたら、側にニケさんが居るから安心だと油断しきり、その上バカ面を晒してニケさんとのちょっとした小旅行気分を満喫してしまっていた。
「それはそれで嬉しかったですよ?」
「嬉しい、ですか?」
「だって、あの時の歩様はずっと手を繋いでいてくれましたから」
そう言って、少し照れた表情で少女っぽい笑顔を見せるニケさん。
HAHAHA。多分、そういうことなんだろう。
ニケさんにしてみればそんなつもりはなかったのだろうが、恐らく無意識に出た言葉なのかもしれない。
俺は隣に座っているニケさんの手をさりげなく握った。
「あっ......」
「......」
そう、さりげなく、さりげなくだ。
「え? どうしました?」ぐらいのさりげなさが重要だ。
じゃないと、(いくらニケさんからの無意識的なお願いだったとはいえ)こんな気障ったらしい行動は恥ずかし過ぎて、ニケさんの顔をまともに見ることができない。
多分、今の俺は耳まで真っ赤に染め上がっていることだろう。
あれだ、あれ。意識しての行動だと、なんか恥ずかしくなるあれだ。
「歩様......」
「な、なんですか?」
ニケさんから熱い視線を感じる。
いや、視線だけではない。
ニケさんと繋がっている手からも、ぎゅっと握り返される反応が・・・。
「ふふっ。ありがとうございます。そういうお優しいところも愛しています」
「......」
うん。本当にかわいらしいな、この女神様は。
□□□□ ~脅威の正体~ □□□□
俺はずっと監視されていたらしい。
そうなのだとしたら、それはそれで疑問が残る。
「俺の【感知】スキルには、なんで何の反応も無かったんですかね?」
「それこそがヘルメス様のお力なのです」
「と言いますと?」
ニケさん曰く。ヘルメス様はなんでも『情報』を司る神様らしい。
そして、その『情報』の示す範囲とは、良い意味で言えば隠密作業に適していたり、情報処理能力に適していたりするものなんだとか。
「では、悪い意味というのは?」
「【聞き耳】スキルや【盗視】スキルなど、所謂盗聴や監視目的に使われるものですね」
「なるほど。それらも『情報』といえば『情報』ですしね。
となると、そんな力が使える以上、相手はドールの言っていた通り───」
ニケさんが「はい」と力強く頷いた。
「......マジかよ。やだなぁ。なんで俺なんだよ。
じゃあ、ドールが言っていた『魔勇者』である可能性もあるんですかね?」
「申し訳ありません。そこまでは分かりませんでした。
ですが、歩様をつけ狙う愚か者が『勇者』だったのは間違いございません」
ヘルメス様が俺と敵対する道理は全くない。一度もお会いしたことがないしな。
だとしたら、今回の敵(?)はヘルメス様の力を授かった者───この場合は『勇者』である可能性が最も高いと断定していいだろう。
(いや、本当に凄いな......)
俺はただただ感心するばかりだった。
ニケさんに?
いいや、ドールに、だ。
それと言うのも、ドールはここまで状況証拠となりうるたくさんの判断材料が揃っていなかったあの状況下で、既に今回の一連の首謀者は『勇者』の仕業であると───いいや、『魔勇者』の仕業であると言い切っていた。
結果として、『魔勇者』の仕業かどうかまでは現段階では断定しようがないものの、それでもニケさん曰く『勇者』の仕業であることは間違いないとのこと。
つまり、ドールの推察はほぼほぼ確かだったことが立証された訳だ。
「ドールのやつ、本当に13歳なのか? 賢過ぎだろ......」
「さすがはアテナ様が見込まれた妹とでも言うべきでしょうか。
恐ろしき智謀です。人間のままにしておくのは惜しい逸材ですね」
「え!?」
「どうされました?」
驚いた。あのニケさんが、俺にしか関心を示さなかったあのニケさんが、俺以外の人間を認めていることに度胆を抜かされた。
ニケさんが何やら穏やかならぬことを口走っていたのを聞き流すぐらいには・・・。HAHAHA。
それと同時に嬉しくもあった。
というのも、俺以外の他の男性を認めるのは論外だが、男性以外の人間───この場合は女性になる(※第三の性別の方々は話がややこしくなるのでカウントしません。申し訳ありません)が、それに関心を寄せることはとても良い傾向だと思う。
別に人間のことを好きになって欲しいとまでは言わないが、それでも少しずつでもいいから人間のことを知っていって欲しいとは思う。
それは俺とニケさんの将来に向けて、きっと必要なことだと思うから・・・。
とりあえず、きょとんとしているニケさんに、今の俺の気持ちを伝えたい。
───なでなで。
「大変良くできました」
「えぇ!?」
いきなり誉められて訳が分からず困惑しているニケさん。
それでも、しっかりと擦り寄ってくる辺りは「さすがだなぁ」と感心してしまう。
・・・
ニケさんとひとしきりいちゃいちゃを堪能した後、話を再び『魔勇者(仮)』に戻していく。......と言うか、いかんな。既に脅威が去ったと知ると、どうにも気が抜けてしまう。
自制しないと、かの大泥棒のように見事なダイブをニケさんに決めてしまいそうだ。
「まぁ、歩様ったら....../// でも、ご安心ください。
その勇者は既に捕捉してありますので、万が一にも危険はございません」
「そうですか。ありがとうございます」
あれ? あのニケさんにしては珍しいような?
俺の知っているニケさんなら、今頃は何かしらの手を打っていても良さそうな気がするが・・・。
(あれか? 勇者といえど、ニケさんからしてみれば矮小な存在だから上手く対処できないとかか?)
「いえ、今は泳がしている最中ですね」
「泳がす?」
「はい。他にも仲間が居ることでしょうから、集まったところで一網打尽にする予定です」
「なるほど。今回の敵(?)は斥候役なんでしたね。さすがはニケさんです」
ちなみに、どうやって勇者の動向を確認しているのか尋ねてみたところ、「勇者の存在に勝利しました」とか言われてしまった。......うむ。全く分からん。
ニケさん曰く。元々、このパルテールという世界自体に勝利しているので、『何が』起こったのかは全て把握しているらしい。
ただ、『誰が』起こしたのかまではこと細やかに勝利しないと特定できないものなんだとか。
原因は何度も言われている通り、ニケさんの力が強大過ぎる故だ。
そもそも『大は小を兼ねる』という言葉があるが、ニケさんの場合はそれがあまりにも大きすぎてしまって、小のようなちっぽけな存在は埋もれてしまうものらしい。
(と言うか......あれ? これに似たようなことがどこかで───って、あー!!)
思い出したことで、苦笑してしまった。
なるほど。似た者主従という訳なのか。
俺は今は亡きアテナを(───誰が今は亡きよーヽ(`Д´#)ノ)思い描く。
あの駄女神もまた、膨大な知識(笑)の中で特定の知識を引き出すのは困難だと言っていた。
だから、スムーズに知識を引き出せるよう俺のスマホをあげたのは、今にして思えば懐かしい思い出だ。(※第3歩目 参照)
多分、俺には一生縁が無いことなのかもしれないが、『過ぎたるは猶及ばざるが如し』ということなのだろう。
そんな訳で、『勇者の存在に勝利した』ニケさんは、この世界でならその勇者の動向を全て把握できるようになったらしい。
しかも、その気になれば、勇者の一言一句から今履いている下着の種類や色、健康状態はおろか体を構成している物質の正確な働きまで把握できるんだとか。
(うん。もう滅茶苦茶だな、それ)
ちなみに、ニケさんからの監視の目を逃れる為には、この世界から逃亡する他はない。
しかし、ニケさん曰く「逃がしませんけどね。私の歩様に迷惑を掛けたのです。例え、地の果てだろうと、異世界だろうと、どこまでも追い掛けていきますよ」とのこと。
へへへへへ。ニケさんからの重い愛になんか照れる。
そして、敵(?)である勇者は、その......なんというか御愁傷様である。
「それでですね。その勇者についてなのですが───」
「いえ。大体事情は分かりましたので、もう結構です」
「え? 本当にもうよろしいのですか?」
「はい。それに何かあっても、ニケさんが何とかしてくれるんですよね?」
「は、はい! お任せください!!」
だったら、もう知る必要のない情報だ。
俺はニケさんのことを信じているし、ニケさんならば上手く対処してくれるのは間違いない。
既に人事は尽くされた。
後は天命を待つのみ───いや、天命に全てを任せるのみ。
それに、全く意味は異なるが『果報は寝て待て』ともいう。だから───。
「すいません。色々あって疲れたので、少し寝ますね」
「畏まりました」
膝をどうぞと言わんばかりに、サッと素早く膝を差し出してくるニケさん。
ここで「私の方が色々とあったんですが?」とか文句を言ってこない辺り、さすがというかなんというか最高の彼女である。
「おやすみなさい」
「はい。おやすみなさいませ」
だから、俺は遠慮なく、本当に寝て待つことにした。
ニケさん、後は全て任せました。......ぐぅ。
次回、本編『貴族邸の動乱⑩』!
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今日のひとこま
~貴族邸の人々の顛末~
これはニケによる調教が済んだ後(=主人公達が暇乞いする前)のお話である。
「さてと、では詳しい経緯を話してもらいましょうか───と思いましたが、まずはこの状況を何とかしないとですね」
「はい? 何とかするとは?」
「......え? このままというのはさすがにどうかと......」
「??? そこで寝ている給仕だけを起こせば良いと思いますが?」
「いやー。さすがに治療ぐらいはしてあげた方が良くはないですか?」
「目が見えなくとも死ぬ訳でありません。生活できない訳ではありません」
「それはそうでしょうが......」
「そもそも、他人に利用される己の愚かさに罪があるのです。自業自得ですね」
「......では、ニケさんは治療するつもりはないと?」
「ありません。治療する必要性も、義務も、義理も、意思もありませんので」
「お、おぅ......。じゃあ、俺がお願いしたら───」
「歩様の頼みであろうとお受けできません」
「即答!?」
「私の力は歩様やアテナ様の為にあるものでございます。ですので、いくら歩様のたってのお願いであったとしても、力の使いどころを誤る訳にはいきません」
「そ、そうですか。分かりました。では、メイドさんだけお願いします」
「畏まりました」
「ヒール!───どうでしょう? 痛みは引いたと思うんですが......」
「......た、助かった。お、恩にきる竜殺し殿! んっふっふ」
「すいません。私の力では失明までは治せないもので......」
「そ、そうか......。───いや、痛みが引いただけでもありがたい」
俺の治癒魔法はレベル3だから、ここまでが限度だ。
ちなみに、ニケさん曰く、現代医療に則してみると・・・。
レベル1 → 擦り傷や切り傷のような簡単な軽傷のみを治せる。
レベル2 → 軽傷を含む、骨折やねんざなどのような中傷を治せる。
レベル3 → 蘇生や欠損などを除く、ほぼ全ての重傷を治せる。
レベル4 → 欠損を含む、蘇生以外の全ての症状や病状を全て治せる。
レベル5 → 蘇生を含む、ありとあらゆる奇跡を起こせる神秘の力。
となるらしい。
・・・。
結局、失明したままのブタ貴族は家督を跡取り息子に譲って引退するらしい。
また、ニケさんによって首を飛ばされた小賢しそうな貴族の遺体は家族の元へと送られるとか。
更に、ブタ貴族と同じく失明したままの剣士の冒険者は私兵を引退。その後は未定なんだとか。
そして、凍り漬けにされたムキムキの冒険者の氷像は無理を言って、ニケさんに粉々にしてもらった。
最後に、ニケさんの慈悲によって助けられたメイドさんは恐怖体験がトラウマになったせいか、メイド業を辞して郷里に帰るとかなんとか。
お、おぅ......。
ニケさんが少し暴れただけで、多くの人の人生がこうも変わってしまうとは......。




