特別編 はじめての馴れ初め!後輩 須藤澄香③
前回の特別編のあらすじ
突如現れた強敵!
□□□□ ~うちの好きな先輩が入院する不気味な病院~ □□□□
───アイーナ特別総合病院。501号室。
「あっ。挨拶が遅れてごめんなさいね。私はあっくんの母、舞日桂子です」
うちが勢い余って病室の扉を開けると、そこに居たのは舞日先輩のお母様でした。
ハァ.....。これは迂闊でした。
そうですよね。お母様からの連絡後すぐに飛んできましたので、ここにお母様がいらっしゃるのは当たり前なんですよね。それなのに、こんなはしたない姿を見せてしまうなんて.....大失態です。
そして、それはお母様の言葉からも薄々と感じ取れます。
「よろしくね、かわいい後輩さん?」
「あぅ.....」
どこかトゲのようなものを感じるこの言い方。
言外に「病室だから静かにしてね?」どころか「あなた、常識ないの?」と言われてそうで、とても気まずいです。
ハァ.....。本当、少し前のうちに注意したいぐらいです。
まず間違いなく、将来義母となる方のうちへの第一印象は最悪だと言えるでしょう。
「須藤さん.....だったかしら? あっくんのお見舞いに来てくれたのよね?」
「は、はい!」
とにかく、このままでは非常にマズいです。
なんとか名誉を挽回しないと.....。うちはお母様との良好な嫁姑関係を望んでいるんです!
うちはお母様に勧められるままベッドの横の椅子に腰掛け、舞日先輩の様子を窺います。
ちなみに、お母様が「うふふ。せっかくお見舞いに来たのだから、私のあっくんの手を握ってもいいのよ?.....握れるならね?」と勧めてくれましたが、なにやら後の言葉が怖かったので丁重にお断りさせて頂きました。.....と言うか、「私の」ってなんですか!?
(舞日先輩.....。もう! 心配したんですからね! バカッ!!)
ベッドに横たわっている舞日先輩はいつもよく見る舞日先輩そのものでした。
そればかりか、目の前の舞日先輩は今にも目を覚まし、「おはよう。須藤さん。もしかして.....迷惑掛けちゃったかな?」なんて優しい言葉を掛けてきてくれそうな程、生気に満ちています。.....って、あれ?
「あ、あの.....。先輩は意識不明の重体だと伺ってきたのですが.....」
「意識不明の重体? 確かに意識不明ではあるけれど、命に別状は無いそうよ」
「そうですか.....。良かったぁ」
「うふふ。須藤さんはからかわれたんじゃないの? なんかからかいたくなっちゃう気持ちが分かるもの」
うっ.....。お母様、そんなこと分からないでくださいよ。
それと、詩子先輩! うちに重体だなんて嘘付いたこと許しませんからねッ!!
とりあえず、お母様に舞日先輩の容態について詳しく聞いてみました。
まず、舞日先輩は意識不明ではあるけれど、傷一つ無い健康体そのもので命に別状は無いとのことです。
但し、原因不明の昏睡状態で、それは現状の医療レベルでは到底解明に至るまでには非常に困難な症状みたいです。
「げ、原因不明って.....。それだと重体となんら変わりないじゃないですか!」
「須藤さん。落ち着いて、ね? 私のあっくんを心配してくれる気持ちは嬉しいのだけど、大丈夫なのよ」
『健康体そのもので命に別状は無し』との天にも昇るような嬉しい事実からの、『原因不明の昏睡状態』との地獄に堕とされたかのような信じたくない事実。
この落差で、もはや半泣きになっているうちに、優しく「大丈夫だから」と諭してくれているお母様。
ただ、先程からずっと「私のあっくん」とか聞き捨てならない.....いや、親子だから当然?のような言葉が何度も聞こえてきていますが、今は良しとしましょう。それよりも、今は舞日先輩のことです!
「大丈夫とは、どういうこと.....でしょうか?」
「ここ【アイーナ特別総合病院】なら大丈夫らしいの」
「はぁ.....?」
お母様曰く。
ここ【アイーナ特別総合病院】は数百年の歴史を持つ日本でも屈指の病院らしいです。
そして、この病院の最大の特徴は、舞日先輩のような『原因不明の昏睡状態』への対処にのみ特化した施設であり、特化した機器及び人員が集められた、それこそ特別総合病院の名に恥じぬ病院とのことです。
それも優れた医療実績を残しており、過去数百年において医療ミス『0』、死亡患者『0』の、まさに完璧な医療機関。.....いいえ、とても信じられないような医療実績を叩き出している病院なのです。
「先生方も仰っていたのよ。「ここならば、私のあっくんも100%大丈夫ですよ」ってね」
「100%.....? 原因不明なのに、ですか?」
「えぇ。100%」
「!?」
まるで催眠術にでも掛けられているかのように疑うこともなく、先生方の言葉を完全に信じきってしまっているお母様の狂気な姿を見て、うちは何か言い様の知れない寒気に晒されました。
そもそも、原因不明だというのに100%大丈夫とは矛盾しているのではないしょうか。
いいえ、もっと言えば、この【アイーナ特別総合病院】の存在自体が謎に包まれています。
まず、数百年の歴史を持っていて、治療率100%という割りには、あまりにも知名度が低すぎます。少なくとも、うちは知りませんでしたし、詩子先輩の反応からも有名な病院という認識は無かったと思います。
それに、舞日先輩のような『原因不明の昏睡状態』の患者しか受け入れないというのも、メディアで報道されている今の病院事情で果たして有り得るのでしょうか。
こんな異質な病院はもっとメディアで取り上げられ、多くの人々に認知されるようなものだと思うんですが.....。でも、タクシーの運転手はここの存在を知っていたんですよね。.....うちが情弱なだけ?
とりあえず、現状はこの不気味過ぎる病院に任せる他はありません。
本当に治療率100%だというのなら、きっと舞日先輩のことも治してくれるはずですから。
そんな感じで自分自身を納得させていると、お母様から驚きの質問が.....。
「ところで、須藤さんは私のあっくんとはどういう関係なのかしら?」
□□□□ ~うちの好きな先輩の気になる母親~ □□□□
それは突然でした。
いいえ、もしかしたら、必然だったのかもしれません。そんな兆候はいくつもあったのですから.....。
「え、えっと、会社の後輩.....」
「ただの後輩という訳では無いわよね? こんな時間にお見舞いに来るんだもの」
今の時刻は10時少し過ぎです。
お昼休憩.....というには時間的に少し苦しく、会社が休み.....というにはスーツ姿では無理があります。
「それで、どうなのかしら?」
「!?」
それに何よりも、お母様のまるで鷹が獲物を狙うかのような鋭い眼差しと、なぜか悪鬼羅刹の恫喝としか思えない微笑みが、問答無用で「話すまで帰さないわよ?」と語っているようで、うちを恐怖に至らしめました。
この優しそうなお母様からは想像もできない程のお姿です。
それと言うのも、舞日先輩のお母様は一言で表すなら『田舎のお母さん』又は『寮母さん』といったイメージがしっくりとくるからです。
お母様の身長は161cmのうちよりも少し低めで、髪を後ろでお団子状に一つでまとめています。
そうですね.....。ぽたぽた焼きのイラストにあるおばあちゃんのイメージがピッタシです。言うまでもないと思いますが、さすがにそこまで老けてはいないですからね?
そして、うちも人のことは言えませんが、ちょっとふっくらしている体型で、それが柔和な表情や態度と相まって、どこかほのぼのとした雰囲気を醸し出しているのが特徴的です。
まず間違いなく、他人から見たお母様の第一印象は『優しそうなお母さん』又は『かわいらしいお母さん』といった感じでしょうか。.....そう、うちの前以外では、ですが。
(ハァ.....。うちはお母様に嫌われてしまったのでしょうか? 別に、そんな嫌われるようなことは.....し、してましたね。乱暴に病室の扉を開けたり、病室内で大声を上げたり.....)
お母様から見たら、うちは非常識極まりない人に見えているのかもしれません。
だから、先程からずっと「私のあっくん」と、うちに牽制をかけているのでしょう。親として、非常識極まりないうちに、息子である舞日先輩を奪われまいと必死に.....。
現状、これ以上下がりようがない程、うちへの印象は最悪と言ってもいいでしょう。
でしたら、うちも覚悟を決める他はないです。覚悟を決めた上で、お母様と向き合っていきたいと思います。
「.....(ごくっ)。.....せ、先輩とは、こ、好意を持ってお付き合いさせて頂こうかと───」
「あっ! ちょっと待って! あなた、須藤さんと言ったわよね?」
「は、はい。そうですが.....」
「じゃあ、これを見てくれる?」
そう言って、お母様がうちに見せてきたのは一つのスマホでした。
ですが。.....あれ? このスマホはどこかで見た覚えのあるような.....。
「これね、あっくんの【すまーとふぉん】なんだけど、私はいまいち使い方が分からないのよね。一応ね、看護師さんに使い方を教えてもらったのだけど、おばさんだからすぐ忘れちゃって。ごめんなさいね」
「お、おばさんだなんて! そんなことはないですよ!」
「あら、そう? うふふ。お世辞でも嬉しいものだわ。私も頑張れば、あっくんと同い年ぐらいに見えたりするものなのかしらね?」
「あははは.....」
そ、それはどうでしょう.....。
お母様は舞日先輩の年齢である26歳から考えると、恐らくは50歳を越えている可能性が非常に高いと思われます。
そういう意味からすると、お母様は40代前半のようにお若く見えるのは確かです。そうですね.....。お母様補正ありきで見ても、良いとこ30代後半といったところでしょうか。.....さすがに20代はきついです。
しかし、無邪気に喜んでいるお母様を前にそんなバカ正直なことを指摘する程、うちは空気の読めない人間ではありません。これでも、うちは結構モテたりしていたんですよ?
とは言え、男性とお付き合いした経験は無いですけどね。だって、父が厳しい人でしたから.....。
と、うちの話は別にいいんです。
問題は舞日先輩のスマホがなんだということです。
お母様からは「着信履歴を見てくれる?」と言われたので、早速履歴を見ていきます。
2月14日。
【市柳商事】。【市柳商事】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。
2月15日。
【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【市柳商事】。【市柳商事】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【有楽山さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。【須藤さん】。
これと言って、何の変哲も.....。
あっ! ありました。詩子先輩が何度か連絡を入れていますね。さすが詩子先輩です。いや、舞日先輩と同期だからですかね? それにしては、連絡を入れすぎなような気もしますが.....。なんか怪しいです。
そんな事実を目の当たりにし、うちが詩子先輩に疑惑の目を向けていたら、お母様から衝撃の言葉が出てきました。
「このたくさん連絡を入れてくれている【須藤さん】というのは、あなたよね?」
「は、はい。うちです」
「やっぱり。須藤さん、あなた.....」
「な、なんでしょうか?」
「もしかして、あっくんの彼女だったりするの? さっきもお付き合いがどうとか言っていたわよね?」
「!?」
そして、うちが出した答えは───。
□□□□ ~うちの好きな先輩との馴れ初め~ □□□□
「いえね、実はそんな気がしていたのよ」
「えっと、どういうことでしょうか?」
「あっくんったら、お正月休みになっても帰って来ないのよ? 「彼女なんていない」とか言っているのによ? ずっと怪しいと思っていたの」
あっ。こんにちは。
舞日先輩の『彼女』須藤澄香です。
結局、うちが出した答えは『舞日先輩の彼女である』ということでした。
嘘といえば嘘かもしれませんが、事実といえば事実ですよね。
そもそも、うちと舞日先輩はいつも一緒にいましたし、うちは舞日先輩のことなら何でも知っています。
それに、舞日先輩は何度もうちに微笑んでくれましたし、何度も誉めてくれましたし、何度も「好きだよ」と愛を囁いてくれました。
これは、もはや恋人関係(仮)と言っても過言ではないのではないでしょうか?
更に言うのなら、うちは舞日先輩に告白するつもりでいましたし、詩子先輩からは「大丈夫よ。絶対に成功するわ」とのお墨付きをもらっていました。
これはつまり、このようなこと(=舞日先輩が原因不明の昏睡状態)が無ければ、今頃うちと舞日先輩は晴れて恋人関係になれていたと思うんです。
これは、もはや恋人関係と言っても過言ではないですよね!
「今度のお正月はあっくんと一緒に来てくれたら嬉しいわ。そこで色々とお話ししましょう。今後の為にね?」
「はい。その際はお世話になります」
なにやら歓迎.....? されているようです。
お母様に嫌われていると思ったのは、どうやらうちの勘違いだったようです。良かったぁ.....。
「それで、あっくんとの馴れ初めを伺ってもいいかしら? どうやって、私のあっくんを奪ったのか、非常に気になるの」
「そうですね。うちと先輩が初めて出会ったのは───」
そして、ここからうちと舞日先輩の馴れ初めが始まるのでした。
・・・。
うちと舞日先輩が初めて出会ったのは今から二年前のことです。
以前にも紹介しましたが、元々うちは営業課志望で今の会社に入社しました。
そして、その新人指導に当たってくれたのが、当時から既に成績優秀だった舞日先輩だったのです。
とは言え、当時の舞日先輩はお世辞にもカッコイイと思えるような先輩ではありませんでした。
あっ。いえ、別に容姿のことではなくて、成績優秀な社員だからと紹介された割りには、挙動不審な態度というか落ち着きがないというか、一言で言えば女性慣れしていないのが一目見て分かる程でした。
「分かるわ。あっくんったら、結構男前に産んであげたのに、いつも女の人の前だとビクビクしているのよね。女の人が恐いというか.....」
「どちらかと言うと、自分に自信が無い、といった感じでしょうか?」
「そうそう。そんな感じ。須藤さん。あなた、あっくんのこと良く分かっているじゃない」
「いつも先輩を見ていましたから」
ぬふふ。なんか誉められちゃいました。
それに気のせいか、お母様からの謎の圧力が少し和らいだ気もします。
そんな女性慣れしていない先輩でも、お客様の前ではとても素敵な先輩に早変わりするのはとても驚きました。
とは言え、相手がもの凄く美人なお客様だと、いつもの先輩に戻ってしまうところはどこかかわいいとさえ思ってしまいました。
「そう。あっくんは美人さんが苦手なのね。.....あっ! だから須藤さんなのかしら?」
「どういう意味ですか?」
「ごめんなさいね。別に、須藤さんをバカにしている訳じゃないのよ? でも、妙に納得してしまったの」
「あ~。気にしないでください。昔からよく言われていましたので」
そう、うちは昔から「バタくさい顔」とか「芋っぽい顔」、「田舎だったらモテそうな顔」とかよく言われていました。事実、うち自身もなんとなくそう思っているだけに今更感が凄いです。
でも、いいんです。
そんな「バタくさい顔」を、「芋っぽい顔」を愛してくれる存在がいるのですから。当然、親ではないですよ? 誰かって? 舞日先輩に決まっているじゃないですか!
それと言うのも、舞日先輩と一緒に営業回り中又は昼食時によく言ってくれていたんです。
「須藤さんの笑顔は武器になるよ」とか「須藤さんの笑顔は愛嬌があって好きだよ」とか.....。これは、もはや愛されていると言っても間違いではないですよね!?
舞日先輩曰く。
契約の成否は見た目で8割決まるものなのだそうです。
と言うのも、まずは話を聞いてもらうこと。これがなによりも大事で、その為には相手に警戒心を抱かせない見た目が重要であるらしいのです。
そういう意味では、うちの笑顔は営業スマイルに見えないごく自然な笑顔で、営業や受付嬢に向いていると言われました。
実際、舞日先輩と一緒に営業回りをしていた月は、契約件数が他の月よりも少し多くなったと誉められたこともあります。そして、そのお礼に初めてラーメンをご馳走になったのです。
「お礼がラーメンだったの?」
「はい。屋台のラーメンでした」
「屋台.....。うふふ。あっくんらしいわね。それで? 須藤さんはどうだった?」
「とても美味しかったですよ。先輩となら、いつでも行きたいです」
「いつでも.....ね。あっくん、喜んだんじゃない?」
「はい。そればかりか、「うちと一緒に食べるラーメンは一番美味しい」とまで言ってくれました」
「あらあら。ご馳走様。本当は喜ぶべきことなんでしょうけど、なんか妬けちゃうわね」
「なんで妬けるんですか!?」
普通、こういう場面ではお母様の態度が軟化するものばかりだと思っていましたが、先程よりも硬化したような気がします。.....のろけ過ぎということでしょうか?
嫁姑問題は難しいとよく聞きますが、その一端を垣間見た気がします。
・・・。
その後も、うちと舞日先輩の馴れ初め話は続いていきました。
その度に、「うんうん。須藤さんはあっくんをよく見ているのね」と凄く誉められたり、「.....ふーん。少し、あっくんといちゃいちゃし過ぎじゃない?」となぜか窘められたりもしました。
「それでそれで? 須藤さんがあっくんに惚れた切っ掛けは何なのかしら?」
「色々とあるのですが、一番の理由は───」
実はうち、入社するまでPC関連に触れた経験が一度も無かったのです。
あっ。でも、機械が苦手とかという訳ではないんですよ? ただ、興味を持たなかったと言いますか、PCが無くとも携帯及びスマホで十分だったと言いますか.....。
そんな訳で、PC関連によるトラブルが後を絶ちませんでした。
経理二課への進捗報告ミスなんて毎度のことでしたし、経過データ入力保存のミスや酷い時なんてうちのデータだけではなく、舞日先輩やその他の営業課の方々のデータまで全消去してしまうことも.....。
一応、その時は、うちのデータ以外はバックアップをしてあったので事なきを得ましたが、あまりのことに顔面蒼白になったものです。
そんな時、いつも最後まで付き添ってくれたのが舞日先輩でした。
そんな時、いつも最後まで味方でいてくれたのが舞日先輩でした。
そんな時、いつも怒るどころか「最後までよく頑張ったね」と誉めてくれたのが舞日先輩でした。
その時から、うちは、うちの視線は、ずっと舞日先輩に釘付けになっていたんだと思います。
そして、それ以降、うちの【舞日先輩観察日記】は1ページまた1ページと綴られていくことになるのです。
「分かるわ。あっくんはとっても優しいものね」
「はい。むしろ、優し過ぎて損をしてしまう性格かと思うんです」
「そうね。そこがあっくんの良いところなんだけど。でも、そんなあっくんを須藤さんは選んだのよね?」
「はい。そういう先輩がうちは好きなんです」
お母様の前でもハッキリと「舞日先輩が好き」だと胸を張って言えます。
少しも恥ずかしいだなんて思いません。うちがどれだけ舞日先輩を想っているのかをお母様に伝えたいのです。
そして、不思議なことに、お母様の前だと想いを伝えないといけないというか、絶対に想いを伝えるべきだと、うちの第六感が、女の勘がそう訴え掛けてくるのです。
「そう.....。分かったわ。須藤さん。また時間があったら、お見舞いに来てちょうだい。あっくんも喜ぶわ」
「はい! 毎日でも来ます!」
こうして、お母様の初めての【お嫁さん審査試験】は、無事うちの知らないところでひっそりと幕を閉じることになりました。
はてさて、結果はお母様のみぞ知るといったところでしょうか.....。
□□□□ ~うちの好きな先輩の衝撃的な事実~ □□□□
うちが舞日先輩のお見舞いに通うようになって約1週間。
そして、舞日先輩が原因不明の昏睡状態に陥ってから、既に10日が過ぎようとしています。
「.....すぅ。.....すぅ」
「舞日先輩.....」
いまだ舞日先輩が目覚める様子は全くありません。
もっと言うのなら、なにか治療らしい治療を受けている気配も全くありません。点滴すらもなく、ただただベッドの上で寝かせられているだけなのです。
それでも、うちの心は落ち着いていました。
全く焦ることもなく、心配になることもないのです。
不思議だと思いますよね?
でも、看護師さん達と話しているとなぜか安心するのです。きっと大丈夫だと思ってしまうのです。
「あら? 澄香さん。今日も来てくれたの? ありがとう」
「桂子さん。こんにちは。うちは先輩の彼女ですからね。毎日お見舞いに来るのは当然のことです」
この約1週間の間で、うちとお母様はすっかりと打ち解けることができました。
今では、お母様はうちのことを「澄香さん」と名前で呼ぶようになり、うちはお母様のことを「桂子さん」と呼ぶ間柄になりました。
ちなみに、当初は「お義母様」と呼んでいたのですが、桂子さんからは「.....うふふ。私はまだ須藤さんのお義母様ではないのよ? 気を付けてね?」と、それはもう凄まれてしまったのは内緒です。
「でも、澄香さんにもお仕事があるでしょう? 別に、毎日お見舞いに来る必要はないのよ?」
「いえいえ。先輩のお世話をするのは彼女であるうちの役目ですから。桂子さんこそ、実家から通ってくるのは大変ですよね? ここは全てうちに任せてください」
「.....うふふ。あっくんは私のあっくんなのよ? 他人に任せられるはずがないじゃない」
「.....あはは。うちと先輩は将来を誓い合った仲です。もう他人ではないのですよ? お義母様?」
そうそう。打ち解けるだけではなく、こうして軽い嫌みを言い合うような仲にもなりました。
切っ掛けは、桂子さんが異常なほど子離れできていないことが分かったその時からです。息子を愛しているのは世間一般の親御さんなら当たり前なのでしょうが、桂子さんはその度を越えすぎているのです。
それと言うのも.....。
ある時、舞日先輩の体を拭く機会がありました。
当然、入院している以上、舞日先輩の体を拭くのは看護師さんの仕事であり、うちもそのつもりでいました。
ところが、桂子さんは鳶が油揚げをさらうかのように看護師さんからタオルを鮮やかに奪い去り、いかにも「これは私の仕事よ!」と言わんばかりに威嚇をし始めたのです。
そして、まるで恋する乙女のようにうっとりと恍惚な表情を浮かべながら、舞日先輩の体を隅々と、そうまるで堪能するかのように隅々と拭き始めてしまったのです。
桂子さんの、そのだらしがない表情を見た瞬間、うちはこう思いました。
『この人、子離れできていないな』と、『この人、息子を一人の男性として見ているな』と。
その時からです。
うちと桂子さんの、彼女とお母様の、女と女の、名誉を掛けた熾烈な戦いが始まったのは.....。
「でもね、澄香さんには感謝しているの」
「きゅ、急にどうしたんですか!?」
「私もパートで忙しい身だから、なかなか都合がつかなくてね。だからと言って、誰もお見舞いに来ないなんてそんな悲しいこと、あっくんにはしてあげたくないのよ」
桂子さんは実家から2時間も掛けて、なるだけ可能な限り舞日先輩のお見舞いに来ています。
さすがに2時間も掛けてのお見舞いは大変でしょうから、しばらく舞日先輩のお部屋を使っての滞在を勧めてみたのですが、「しーくんが寂しがるからダメね」と断られてしまいました。
ちなみに、『しーくん』とは舞日先輩のお父様のことであり、桂子さんの旦那さん、そして、将来うちの義父となられる方のことで、名前は『舞日 獅童』さんと言います。
桂子さんから詳しく聞いた話ですと、舞日先輩のご両親は今でもラヴラヴで、お互いにできることなら片時も離れたくないという熱愛ぶりなんですとか。.....なんとなく、舞日先輩があまり帰省したがらない理由が分かったような気がします。
「だから、お礼を言わせて。澄香さん、本当にありがとう。そして、無理はしないでね。毎日じゃなくてもいいの。本当に時間がある時だけでもいいのよ」
「桂子さん.....。うちは大丈夫ですよ。近いですし、彼女として当然のことをしているだけなのですから」
桂子さんは女として一人の強敵ではあるけれど、それでも舞日先輩だけではなく、うちの心配もしてくれている優しいお母様だというのはよく伝わってきます。
だからこそ、うちも時間のある限り舞日先輩のお見舞いに来て、桂子さんの心配を少しでも取り除けるお手伝いができればいいな、と思っているのです。
「.....」
「.....」
「.....すぅ。.....すぅ」
なんとも言えない空気が、それでもどこか優しい空気が病室を、うち達を包んでいきます。
そして、しんみりとは違う状況なのに、なぜか言葉を掛けづらいこの状況。どうやら桂子さんも同じようで、お互い目が合う度に苦笑い。.....いいえ、照れ隠し笑いをするばかりです。
「.....えっとね。つまり、あれよ」
「なんでしょうか?」
「いくらあっくんと二人っきりだからと言っても、エッチなことは控えるようにしなさいということよ」
「桂子さん!? もうッ! 台無しですよ!」
しかし、桂子さんが「うふふ。そう? でもね、「しないように!」とは言っていないのよ?」と言っている辺り、明らかにうちをからかいにきているのでしょう。
「あら、残念。澄香さんはからかうとかわいいから、つい」
「つい。じゃないですよ」
「でも、なんだかんだ言って、本当はあっくんとしたいくせに~。 別にいいのよ? 私に気付かれないようにさえしてくれたらね」
「し、したくは!.....なくもないですけど.....。からかわないでください!」
ちなみに、もし臥せっている舞日先輩に手を出したことが、仮に桂子さんに気付かれてしまった場合は「うふふ。荒れ狂っちゃうかも?」とのことらしいですので、迂闊に手を出せそうにはありません。
とにもかくにも、桂子さんの気さくな冗談のおかげで、いつもの和やかな雰囲気に戻ることができました。
きっと、このまま本日も舞日先輩を巡って、うちと桂子さんの間で熾烈な、それでも下らない攻防が始まるのでしょう。
そう思っていたのですが.....。
「───!」
「───!」
なにやら、病室の外から騒がしい声が聞こえてくるではありませんか。
ここは病院ですよ? 騒ぐなんてもっての他です。常識がないのでしょうか?
「澄香さんも結構騒々しかったわよ?」
「.....う、うちはいいんです! もう過去のことですから!」
そんな感じで桂子さんの余計な茶々を軽く受け流していると、その騒々しい一行が、この501号室へと入ってきました。
「ここでいいのー(。´・ω・)?」
「間違いございません。愛菜様」
騒々しい一行は総勢6名。
しかも、みんな、うちが見たこともない女性ばかりです。
「え、えっと.....。桂子さんのお知り合いの方達ですか?」
「いいえ.....。澄香さんのお知り合い.....ということでもなさそうね」
うちも桂子さんもお互いに困惑した表情で、病室に入ってきた面々を眺めていました。
この方達は病室を間違った.....という訳でもなさそうですが.....。えっと。どちら様でしょうか?
すると、その内の一人で、とても美人な方がこちらへとやってきました。
そして、うちのことはちらりと一瞥し、そのまま桂子さんに向かって自己紹介を始めました。
「アユムさんのお義母様ですよね? 私はアユムさんの彼女の一人、瑠璃と申します。以後、お見知りおきください」
「「え!?」」
思わず、うちと桂子さんは同時に驚きの声をあげてしまいました。
あまりのことに理解が追い付きません。と言うか、この瑠璃.....さん? は外国人の方でしょうか? こんなきれいな瑠璃色の髪、今まで見たことがありません。
(.....じゃなくて! あなたは誰ですか!? 舞日先輩の彼女!?)
ですが、そんな錯乱しているうちと、何がなんやらと困惑している桂子さんのことなどお構いなしに、次々と自己紹介が始まっていきます。
「初めまして。お義母様。私は仁菜。歩様の彼女の一人でございます。末長くよろしくお願い致します」
「私は愛菜だよー! 義母~。よろしくねー( ´∀` )」
「義母上様。妾は妖子なのじゃ。主ともどもよろしく頼みますのじゃ」
「我はモリオン.....じゃなくて、森音なのだ! 義母様、よろしくなのだ!」
「私はねー、紫緑だよー☆ お義母さーん、よろしくねー!」
「は、はぁ!?」
開いた口が塞がりません。
みんながみんな、このうちを前にして「舞日先輩の彼女である」とハッキリと公言してやがるんですが!?
「あらあらあら。これは困ったわね。みんな、あっくんの彼女なのよね?」
「だねー! でもー、結婚するのは私だけだよー( ´∀` )」
「お義母様。仰る通りでございます。.....それと、愛菜様? 結婚の件は歩様に一任しておりますので、勝手なことは仰らないでください」
「急なことで驚いているでしょうが、全て事実のことですよ」
「うむ。妾は主の奴隷なのじゃ」
「我はアユムの友達なのだ! ずっと一緒なのだ!」
「ねー! みーんな歩君の妻にしてもらったんだよねー☆」
「.....」
なんか微妙に違う子もいますが、瑠璃さんと仁菜さんでしたか?
この二人からは本当に舞日先輩の彼女であるというただならぬオーラを感じます。うちのなんちゃって彼女であるオーラとは比較にならないほどの圧倒的なオーラを.....。
恐らくですが、この二人だけは本当に舞日先輩の彼女である可能性は高いと見ていいでしょう。認めたくはないですが.....。って、二人!? どういうこと!?
他の子はお遊戯程度の愛.....というのも烏滸がましい程のものしか感じません。現時点では、本当の彼女として確立していないうちと同等。.....いや、それ以下と見ていいでしょう。
「そうなると.....あっくんったら、澄香さんも入れて八股をしていたってことになるのかしら? これは母親として怒ったほうがいいのかしら? それとも、モテる息子であることに怒ったほうがいいのかしら?」
そうですよ! 舞日先輩!!
これは一体どういうことなんですか!?
一難去ってまた一難。
再び、うちの前に多くの強敵が現れることになりました───。
次回、特別編『後輩 須藤澄香 終話』!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今話で傍点(『ーー』←これのことです)がふられている箇所は、そのままの意味であったり、違った意味であったりします。
どういった意味があるのかは、ぜひ考えてみてください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日のひとこま
~母親の苛烈なる愛情~
「ねぇ、澄香さん。あなた、本当にあっくんの彼女なのかしら?」
「ど、どういう意味ですか!?」
「あっくんが女性慣れしていないことは、澄香さんも知っているわよね?」
「え、えぇ。それが何か?」
「そんなあっくんが彼女なんて作れるのかしら? と思っただけよ。一つ質問してもいいかしら?」
「ど、どうぞ?」
「あっくんと澄香さんはどこまでいったのかしら? キス? それとも男女の関係?」
「えぇ!?」
「恥ずかしいことなのは分かっているつもりよ。でもね、大切なことなの」
「え、えっと.....。(うぅ.....。な、なんか嘘をつけない雰囲気です.....)」
「澄香さん。お願い」
「う、うちと先輩はまだ.....です。キ、キスも.....」
「つまり、何もしていないと?」
「は、はい.....(さ、さすがに、これでは彼女だというのが嘘だとバレますよね.....)」
「.....ふーん。どうやら本当にお付き合いしているようね」
「え!?」
「なんで驚いているの? 女性慣れしていないあっくんなら、当然の結果じゃない」
「で、ですよね~! (えっと? つまり、キスやエッチしていると言ったほうが嘘っぽいと?)」
「でも、そうなのね。あっくんは澄香さんとお付き合いしているのね。.....残念だわ」
「残念.....とは?」
「しーくんから聞いた話なんだけどね。あっ。しーくんというのは私の旦那様ね。とってもカッコイイのよ」
「は、はぁ.....。それで、何を聞いたんですか?」
「なんでも男の人は魔法使いになれるみたいじゃない?」
「魔法使い!?」
「そうなのよ。30歳になるまでに、女の人との経験が無い場合になれるらしいわ」
「へ、へぇ.....。うちは初めて聞きました」
「私も初めて聞いた時は「凄いわ!」と感心したんだけどね。なんでも不名誉なことらしいのよ」
「でしょうね。少なくとも、本当に魔法使いにはなれないと思いますし。恐らく、蔑称の類いかと」
「さすが澄香さん。賢いわ。伊達に一流の会社に就職している訳じゃないのね」
「一流じゃなくて市柳ですよ? そこ間違えると社長がうるさいんです」
「そうなの? それでね、あっくんが魔法使いになったら嫌じゃない? だから、心配していたのよ」
「そこはご心配なく! うちが責任を持って、彼女の役目を果たしますから!」
「だから、残念なのよ」
「はい? 意味が分からないのですが.....」
「いえね。あっくんに彼女さえできなければ、私が全うしようと思っていたのよ」
「えぇ.....。そ、それはさすがに冗談ですよね?」
「うふふ。どうかしらね?」
「ちょっと、それはどうかと思いますよ? 親子でってのは.....」
「むしろ親子だから、じゃないかしら? あっくんの母親としての責任というやつね」
「うちがします! 桂子さんは絶対にしないでください!!」
本当、この人はヤバいぐらいに怖い強敵です。




