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特別編 はじめての後輩!後輩 須藤澄香①


特別編1発目です。

以前、本編でもチラッと紹介しました後輩のお話です。


□□□□ ~うちの素敵な先輩~ □□□□


 はじめまして。うちは『須藤(すどう) 澄香(とうか)』。

 とある商事の()()()()に所属している、まだまだひよっこな事務員(しゃいん)です。


 まず、「経理二課とは?」と思われた方の為に、その仕事内容について簡単に説明します。


 経理二課とは、どこの会社の経理課でも同じ仕事内容だと思われる【日々の売上管理】・【仕入れ管理】・【給与・保険の管理・計算】・【税金の計算】 ・【決算書作成】などを担当する『経理一課の補助(おてつだい)を目的とした部署』のことです。


 そうそう、経理二課はそれ以外にも【問い合わせ対応】・【顧客へのアフターサービス】・【お茶汲みなどのその他雑務】なども仕事だったりしますので、割りと.....いえ、結構大変な仕事だったりします。


 つまり、とある商事の中でも選ばれた社員、そうエリートと言っても差し支えのない()()()()()()()だけがなれる一種の花形部署とも言えるのが、うち達経理二課なのです。むふー!どうです?凄いでしょう!?


「はいはい。そこのエリート社員さん。もうすぐ営業課の人達が進捗報告に来るわよ。さっさと準備をしてね」

「分かってますってば、詩子先輩!」


 こちらはうちの()()()()()()()()の一人である『有楽山(うらま) 詩子(うたこ)』さん。

 うちの憧れの先輩であり、理想の女性像でもあったりします。


 詩子先輩は髪の長さが肩までしかないうちとは異なり、腰まで届きそうなサラサラの黒髪ストレートロングで、これまたふくよかな.....(す、少し! 少しですからね!)うちとは異なり、スラッとしたモデルかのような長身ボディ。

 更には、おっとりとしたうちとは対照的な凛とした雰囲気を持つその姿に、仕事ができる女!との印象を強く受けます。いえ、実際仕事ができる先輩なんですけどね。


 そして、垂れ目のうちとは違って切れ長の目と凛とした雰囲気のせいで、どこか性格がきつそうな印象を持たれ勝ちな詩子先輩ですが、その実は優しく面倒見が良く、誰とでも気軽に打ち解ける程のコミュニケーション能力の持ち主と、才色兼備な上に性格美人でもあるのです。


 そんな女のうちですら惚れ惚れしてしまう詩子先輩とともに、うちは経理二課の大切なお仕事の一つである【営業課の方の一日の営業結果報告】を受ける時間となりました。


「お疲れ様。詩子さん。報告いいですか?」

「お疲れ~。詩子ちゃん。この後、食事でもどう?」

「お疲れ様です。詩子さん。今日の営業結果なんですが───」

「やぁ! 須藤さん。詩子さんは混んでいるし、報告いいかな?」

「ハァ.....。詩子さん、混みすぎだろ.....。須藤さん、俺ちょっと急いでるから報告いい?」


 我先にと、続々と詩子先輩の元に報告に押し寄せる営業課の方々。

 この時間の、この光景は、もはや他部署及び経理二課の課長ですら黙認している、いつものありふれた日常となっています。


 それと言うのも、幾つかの理由があります。

 まず、特に報告担当というものが決まっていないことが一つ。

 次に、他部署とは異なり、営業課の方々は諸事情によって、経理二課とは触れ合う機会が少ないことが二つ。

 そして、最後に、この時間がそれぞれお気に入りの子に報告という名のちょっとした会話を楽しむことができる唯一の機会であり、名物となっているからです。


 そういう訳で、才色兼備な上に性格美人な詩子先輩の元に営業課の方々が押し寄せるのは当然のことなのです。

 ちなみに、急いでいる方や詩子先輩争奪戦に漏れてしまった方々のお相手をするのはうちの役目です。ありがたいことに、うちはこれでも人気があるんですよ。えっへん!


「詩子さ~ん。報告したいんだけどいい~?」

「お前ら、詩子さんが困ってるだろ! いい加減にしろ!.....あっ。詩子さん、報告いい?」

「残業時間が残ってる俺氏、このバカ騒ぎを高みの見物(笑)」

「いや~。詩子ちゃんは相変わらずの人気だね。須藤さんも頑張りなよ? で、報告だけど───」

「くそッ! 乗り遅れたか。.....仕方がない。須藤さん、報告してもいい?」


 次から次へと、雲霞(うんか)のごとく押し寄せる営業課の方々。

 うちと詩子先輩の仕事はより過酷さを増していくばかりです。



□□□□ ~うちの気になる先輩~ □□□□


 飢えた大勢の猛獣を捌き終えたうちと詩子先輩は一息入れることにしました。

 この後はちらほらと(詩子先輩に)報告しに来る方々だけなので、実質うちの仕事はここまでとなります。


 後は報告対応に忙しい詩子先輩の代わりに、全営業課の方々の【一日の営業結果】を経理一課に提出すべくデータの打ち込みをしていくのみ。


「ふぅ~。ようやく落ち着いたわね」

「お疲れ様です。詩子先輩。それにしても、相変わらずの人気ぶりですね」

「いやさ? 私以外の子が空いているんだから、そっちに報告しろって思う訳よ」

「あははは.....」


 そればっかりは仕方がないと思います。

 詩子先輩のような器量良しな女性を世の男性が放っておくはずはないですし、そもそも同じ会社に勤めているのならば尚更かと.....。


「それは嬉しいんだけどさ? でも、私には婚約者がいるのよ?」

「えっと.....。まだ会社には報告していないんですか?」

「そうね。彼が「ちやほやされるのが鬱陶しいから、ギリギリまで報告はしないでおこう」とかなんとかでね」

「そうですか。詩子先輩も大変ですね」


 当然のことですが、詩子先輩のような素敵な女性にお相手がいないなんてことは有り得ません。

 分相応という言葉があるように、詩子先輩には詩子先輩に相応しいだけのお相手が存在します。それも、全女性社員が羨むような素敵なお相手が.....。


 そのお相手というのが───とその時、とある一人の営業課の方が報告しに来ました。

 当然、その方も詩子先輩に、ですが。うぅ.....。


「お疲れ様です。有楽山さん。今日の報告いいですか?」

「あら? 舞日君じゃない。お疲れ様。.....と言うかさ、詩子でいいって、いつも言ってるじゃない。舞日君ぐらいなものよ? 私を有楽山さんとか呼んでいるのは」


「いやいや。それは西澤に悪いですから。それに、いくら同期とは言え、名前呼びはさすがに.....」

「別に、彼は気にしないと思うわよ? 第一、舞日君は彼の先輩なんだし、大丈夫でしょ」


「俺は無用な争いの種を蒔きたくないんです。同じ部署なら特に、ですね」

「ふふふっ。本当、舞日君は相変わらずね」


 詩子先輩いいなぁ.....。


 いま、詩子先輩と楽しそうに会話をしているのは、営業課の5人のエースの1人である舞日先輩です。

 そして、舞日先輩はうちの.....。


 営業課には、毎月毎期必ずノルマを達成してくる5人のエース級営業マンが存在します。

 特に有名なのが『東野さん』・『南さん』・『北平さん』、そして、詩子先輩の婚約者である『西澤さん』の、よく『東西南北さん』と一括りにされる眉目秀麗・才気煥発な方々の4人で、現在この4人の働きによって我が社の業績はうなぎ登りになっている状態です。


 そんな頭2つ分突出した結果を出してくる4人の後輩の陰に隠れ勝ちですが、舞日先輩も同じく毎月毎期必ずノルマを達成してくるエースの1人なのです。

 そして、詩子先輩は舞日先輩と同期の方で、恐らくですが、舞日先輩と一番親しい同僚でもあるかと.....。


「報告はOKよ。それにしても、さすがは舞日君ね。同期として鼻が高いわ」

「HAHAHA。それを西澤の先輩である俺に言いますか? 嫌みですかね?」

「何言ってるのよ。.....あっ! でも、別にそう受け取ってもらってもいいわよ? 私と舞日君の仲だしね」

「有楽山さんには敵わないなぁ.....。本当、有楽山さんをGETした西澤が羨ましいですよ」


「.....」


 詩子先輩のくだけた物言いと茶目っ気のある冗談に、嬉しさとどこか照れを含んだ様子で頭を掻く仕草をする舞日先輩。


 これが同期同士での軽い馴れ合いであることぐらい、うちでも分かっているつもりです。

 そう、分かっているつもりなのですが、詩子先輩と心底仲良さそうに振る舞っている舞日先輩を見ると、なぜかうちの心には(もや)がかかり、チクッと痛みを覚えるのです。


 そして、同時にこうも思ってしまいます。


(詩子先輩だけズルい.....。うちだって舞日先輩とお話したいのに.....。詩子先輩だけズルい.....。うちだって舞日先輩とお話したいのに.....。詩子先輩だけズルい.....。うちだって舞日先輩とお話したいのに.....。詩子先輩だけズルい.....。うちだって舞日先輩とお話したいのに.....。詩子先輩だけズルい.....。うちだって舞日先輩とお話したいのに.....。詩子先輩だけズルい.....。うちだって舞日先輩とお話したいのに.....。詩子先輩だけズルい.....。うちだって舞日先輩とお話したいのに.....)


 そんなうちのただならぬ気配に気付いたのか、詩子先輩がニマニマした顔でこちらを見ていました。


「な、なんですか?」

「べっつに~。ね~、舞日君?」

「はい? なんですか?」


「.....」


 ()()()()()()()()()が、舞日先輩にはうちの構って欲しいオーラを気付いてもらうことはできませんでした。

 もうッ!なんなんですか!舞日先輩はッ!うちは舞日先輩の───!


「舞日君はダメね~。仕事だけじゃなく、色々と経験しなさいよ」

「はぁ.....? おっと。仕事の邪魔をしてすいません。では、俺はこれで」

「はいは~い。お疲れ様~。また明日ね」


「.....」


 そう言うと、舞日先輩は踵を返して経理二課から出て行こうとしています。

 ハァ.....。今日も舞日先輩とお話することはできませんでした。いつになったら、舞日先輩はうちに声を掛けてくれるのでしょうか.....。しょんぼりです。


「しょんぼりしてないで、自分から声を掛けなさいよ」

「だ、だって、話す切っ掛けが.....」

「何言ってるのよ。舞日君は澄香ちゃんの営業課時代の先輩じゃない。営業課時代の元後輩として気軽に声を掛けたらいいのよ」

「で、でも、今はただの後輩ですし.....」


 そう、うちは詩子先輩の言う通り、元は営業課所属でした。

 そして、新人のうちに色々と指導してくれたのが舞日先輩で、その舞日先輩のおかげで、こうしてうちは栄転して、今の経理二課に所属することになったのです。


 いいえ、舞日先輩のせいでうちは栄転して、舞日先輩とは離れ離れになってしまったのです。


 実は栄転異動を断ることもできました。

 でも、舞日先輩が「断るなんて勿体ないよ。須藤さんの頑張りが認められたんだから、新天地で頑張ってきな」と後押ししてくれたので、嬉しくてつい.....。


 だって、こんなにも舞日先輩と会えないなんて思ってもいなかったから.....。


「見てらんないわ。舞日君、ちょっといい?」

「はい。なんでしょうか?」

「澄香ちゃんももう上がりだから、一緒に帰ってもらってもいい? そうだわ! せっかくなんだし、先輩後輩同士、たまには一緒に食事でもしてきたらどう?」

「ちょっ!? 詩子先輩!?」


 こ、この先輩は突然何を言いやがりますか!?

 でも.....、GJですぅ!


「俺は別に構いませんけど.....。須藤さんはそれでいいの?」

「は、はい! お、お願いします!」

「分かった。じゃあ、一緒に行こうか。俺は一足先に会社の入り口前で待ってるよ。またね」


 ま、舞日先輩とデ、デデデデディナーデート.....。


 詩子先輩の粋な計らいで突如決まった、うちと舞日先輩のディナーデート。

 うちとしては急いでおめかししないといけないですし.....。ディナーデート後、もしかしたらもしかしてなんてこともあるかもしれないので、ここは色々と入念にチェックしておきたいですし.....。あっ。残りの仕事も急いで片付けないと.....。


「仕事は私が代わりにやっといてあげるからいいわよ」

「う、詩子先輩.....」

「その代わり! 明日、デートの結果を教えること! いいわね?」

「詩子先輩!?」



 こうして、うちは詩子先輩のいやらしいニマニマ顔に背中を押され、気になる先輩である舞日先輩とともに夜の町へと向かうことになりました。



□□□□ ~知りたくなるのは当然では?~ □□□□


 昼食時、食堂───。


 昨夜のディナーデートは、それはもう幸せな時間でした。

 ただ、残念だったのは、ディナーデート後のもしかしたらもしかしてな展開が無かったことぐらいです。せっかく、初めての覚悟と途中で立ち寄ったコンビニで用意したものが無駄になってしまいました.....。舞日先輩のバカッ!


 そんなうちの心とは裏腹に、キラキラと瞳を輝かせ期待した様子で結果を尋ねてくる詩子先輩。

 一応、そういう約束ですし、何よりも詩子先輩のおかげで舞日先輩とディナーデートができた訳なのですから、うちには話す義務があるでしょう。


「.....え? ラーメン? 嘘でしょ?」

「いえ。本当ですよ。うちが.....あっ。すいません。私が営業課に居た時から、舞日先輩にはラーメンをご馳走になっていました」


「休憩の時ぐらいは別に『うち』でもいいわよ。私は気にしないしね。.....それにしても、ラーメンか~。舞日め~、あいつにはデリカシーってもんがないのかしら」

「いえいえ。うちは舞日先輩と一緒に食べるラーメンは大好きですよ?」


「はいはい。ご馳走様。なんか随分と庶民的な幸せだから、逆にあんたららしくて微笑ましいわ」


 しょ、庶民的って.....。

 これはあれかな?屋台で食べたなんて言えない雰囲気かも.....。


 元々、詩子先輩の期待値が高過ぎるような気がします。

 そりゃあ、詩子先輩の婚約者である西澤さんは見るからに女性慣れしてそうなイケメンですし、実際詩子先輩ののろけ話を聞く限りでは性格すらもイケメンなんだと思われます。


 一方、舞日先輩は明らかに女性慣れしていないですし、26年間一度も女性とお付き合いしたことがないことは()()()()()()

 そればかりか、今でこそうちとは普通に会話できる舞日先輩ですが、会社はおろか、会社以外の女性とはまともに会話すらできない程のもやしっ子男子であることも()()()()()()


 そんな性格もイケメン男子と、もやしっ子男子を比較すること自体が、土台無茶な話なのです。

 高級イタリアン?三ツ星フレンチ?本格中華?.....いいえ、舞日先輩と一緒に食べる屋台のラーメンこそが幸せの味なのです。


「澄香ちゃんは変わっているわね。そうそう。変わっていると言えば、それもね」

「え? 何か変ですか?」


 詩子先輩が変わっていると指摘してきたのは、うちの昼食です。

 うちの昼食は、出勤前にセブヌイレブヌで購入してきた『昆布おにぎり』と『シャキシャキレタス入りサンドイッチ』という、これといって何の変哲もないものです。これの何が変わっているのでしょうか?


「いや。変わっているでしょ。だって、元々は自分でお弁当を作ってきていたじゃない?」

「そうですね。経理二課に配属された当初は確かに」


「それが、なんでコンビニで購入するようになったの? 料理得意なんでしょ? そもそも、元々コンビニで済ませていた人が自炊にてお弁当を用意するようになるパターンはあるけど、元々自分でお弁当を作ってきていた人がコンビニで購入するようになるとか聞いたことがないわよ。別にお金に困っている訳でもないんでしょ?」


 言われてみれば、確かにその通りかもしれないです。

 でも、ちゃんとした理由があるのですよ、詩子先輩。これを聞いてもらえれば、西澤さんという婚約者がいる詩子先輩なら必ずや納得してもらえるかと。


「そのちゃんとした理由って、何よ?」

「舞日先輩の好物だからです」

「.....はい? 澄香ちゃん、大丈夫? 今から病院行く?」

「うちは正常なんですけど!?」


 むしろ、詩子先輩が病院に行くべきではないでしょうか。

 今のうちの答えのどこに、疑問を呈することができる部分があると言うのでしょう。


「ちょっと待って。.....え? なに? 澄香ちゃんは舞日君の好物に合わせる為に、お弁当をやめてコンビニ食に切り替えたって言うの?」

「半分正解ですね」

「半分.....? どういうこと?」

「舞日先輩は何もコンビニ食だけしか食べない訳でも、いつも同じものを食べる訳でもないんですよ」


 詩子先輩が「それは当然よね。だから、なに?」と尋ね返してきましたが、むしろうちのほうが「え!? ここまで言ってまだ理解してもらえないんですか!?」と驚きの声を上げてしまいました。

 あれ?詩子先輩は西澤さんと円満にいっているものだとばかり思っていましたが、実はそうじゃないということでしょうか?


「だから、どういうことよ?」

「今日、舞日先輩が購入した昼食がこれだったと言うだけですよ? 昨日は別のおにぎりを購入していましたし。.....あっ! でも、サンドイッチはいつも同じなんですよね」


 うちの答えを聞いた詩子先輩の表情がどこか青ざめて見えるのは気のせいでしょうか。と言うよりも、その反応はさすがに失礼な気がします。


「え? 昨日はってなに?.....と言うか、なんで澄香ちゃんは舞日君の昼食内容を知っているの?」

「はい? 逆にお聞きしたいのですが、なんで知らないと思ったんですか?」

「いや、普通は知らないでしょ.....。と言うか、分からないと言ったほうが正しいかしら。それとも、直接舞日君にでも聞いたの?」

「お忘れですか? うちは昨日詩子先輩のおかげで久しぶりに舞日先輩と会話したんですよ。今日のはともかく、昨日のは聞ける訳ないじゃないですか」


 詩子先輩が「そう.....だったわね。あれ? でも、そうなると.....」とかぶつぶつ言いながら、顔を先程よりも青ざめていきます。と言うか、本当にそれ失礼ですからね!?


「あ、改めて聞くわね。どうやって知ったの?」

「どうやっても何も、気になる人のことなら何でも知りたくなりますよね? だから、舞日先輩が購入しているところを()()()見ましたよ」


「見た.....? 偶然、舞日君がセブヌイレブヌで購入しているところを見たの?」

「詩子先輩、からかわないでくだいよ。偶然な訳ないですよね? だって、舞日先輩の自宅から会社までの道のりに、どれだけのセブヌイレブヌがあると思っているんですか」


 私の独自調査の結果では、舞日先輩のアパート付近には2つのセブヌイレブヌがあります。

 しかし、これらの店舗での昼食購入率はあまり高くはありません。理由は恐らくですが、舞日先輩が通勤に利用する駅とは反対方向にあるからだと思われます。


「ど、独自調査って何よ.....。と言うか、舞日君のアパートの住所をどうやって知ったの?」

「舞日先輩の個人情報を見れば一発ですよね? こういう時、経理課って本当に便利ですよね!」


 でも、その2店舗は休日の利用率が結構高めなんです。理由はアパートから近いからですね。

 それと言うのも、舞日先輩は基本的に朝食は和食派なのですが、休日に限ってはたまにパンが食べたくなるのか、このどちらかの店舗にて『ヤヌザキふんわり食パン6枚入り』を購入していくのです。


 しかも、しかもですよ!会社にいる時のようなビシッとした姿ではなく、寝起きのままなのか寝癖付きで購入しにくるんです!きっと休日はあまり外見を気にしていないんでしょうね。ちょっとだらしがない舞日先輩を見られる貴重な瞬間なんですよ!


「な、なんで澄香ちゃんがそんなことまで知っているのよ?」

()()()見ているからに決まっているじゃないですか。今では、なんとなく2店舗の内どちらの店舗を利用するのかまで分かるようになりましたよ」


 それとは別に、舞日先輩が通勤に利用している駅までの道のりに1件のセブヌイレブヌがあります。

 そして、舞日先輩がここで昼食を購入する率はおおよそ70%後半台です。特に、水曜日から金曜日にかけての購入率はほぼ100%となります。

 それ以外の曜日で購入しない理由の大半は、好みのおにぎり又はサンドイッチが無い時ですね。


「な、70%後半台とか、ちょっと数字がリアル過ぎない? ま、まさかとは思うけど、統計でも取っているの?」

「当然ですよね? 舞日先輩のことなら何でも知りたい訳なんですし」


 そして、駅から出て、駅から会社までの道のりに3件のセブヌイレブヌがあります。

 この内、駅から最も近いセブヌイレブヌは絶対に利用しないんです。理由は、舞日先輩が利用する時間帯に柄の悪い人がシフトに入っているからだそうです。舞日先輩は揉め事を嫌いますし、当然と言えば当然ですよね。

 3店舗の内、最も利用するのが駅と会社の中間距離にある店舗です。ここはいつも利用している店舗の代わりみたいなところですね。ですが、帰宅時には利用率が最も高いんです。

 最後の、会社から最も近いセブヌイレブヌの利用率はあまり高くはありませんが、それでも緊急時やおにぎり2個200円フェアの時は利用していたりするんですよ。


「.....へ、へ~。く、詳しいのね」

「もうッ! 何度も言っていますよね? 知りたくなるのは当然だって。なら、調べるのは当然ですよ」

「.....あのね、澄香ちゃん。ハッキリ言うわね」

「なんでしょうか?」

「あなた。それ、ストーカー行為と一緒だからね?」

「.....へ?」


 詩子先輩の言っている意味が全く理解できません。


「えっと.....。詩子先輩、本当に病院行きますか? 大丈夫ですか?」

「その言葉をそっくりそのまま澄香ちゃんに返すわ。もう一度言うわね、澄香ちゃんのやっていることはストーカー行為そのものよ」


 ストーカー.....?

 ストーカーって、あの迷惑行為の.....?


 いやいやいや。ちょっと待って欲しいです。

 うちの何がストーカー行為に繋がるのか、さっぱり分からないです。


 うちはただ舞日先輩のことを知る為に、早起きをして舞日先輩のアパート付近に待機をしているだけです。

 うちはただ舞日先輩のことを知る為に、舞日先輩の後ろに続いて舞日先輩の行動パターンを調べているだけです。

 うちはただ舞日先輩のことを知る為に、高性能望遠カメラ機能付きスマホを使って舞日先輩の購入しているものを撮っているだけです。


「あのね、それを立派なストーカー行為と言うのよ」

「そ、それはおかしいです! ストーカー行為とは『一方的な好意を押し付けた付きまとい行為』だったはずです!」


 もしそうならば、うちは違うはずです。

 今、うちが舞日先輩に抱いているこの感情は、好意というよりかは知りたいという興味本位に近いものだと思うんです。

 この気持ちが好意と呼べるものかどうなのかがハッキリと分からないのです。だから、ストーカー行為ではない.....はず。


「呆れた.....。舞日君も大概だけど、澄香ちゃんも相当なものよ?」

「ど、どういうことでしょうか?」

「その大きい胸に手を当てて、よ~く考えてみなさい」


 お、大きいは一言余計です!

 気にしているんですから.....。


 とりあえず、詩子先輩の言う通りに従って、胸に手を当てて考えてみます。


「いい? 想像してみてよ。もしもよ? もし舞日君に彼女ができたら、澄香ちゃんはどう思う?」

「うっ.....」


「いい? 想像してみてよ。もしもよ? もし舞日君が彼女と結婚すると言ったら、澄香ちゃんはどう思う?」

「うぅ.....」


「いい? 想像してみてよ。もしもよ? もし舞日君が澄香ちゃんのことを嫌いだと言ったら、澄香ちゃんはどう思う?」

「い、嫌です!」


「ほら、決まりじゃない」

「.....」


 そうだったんですね.....。

 いいえ、実は分かっていました。


 うちは、どんな時でも誉めてくれる舞日先輩の笑顔が好きでした。

 うちは、どんな失敗をしても、それ以上にうちの良いところを誉めてくれる舞日先輩の優しい眼差しが好きでした。

 うちは、舞日先輩が「須藤さんが、こんな屋台ラーメンでも喜んでくれる女性で嬉しいよ」とはにかんだ、その姿が好きでした。


 そして.....。


 そんな舞日先輩に誉められているうち自身が、うちは大好きでした。


「気付くの遅すぎ。普通にバレバレよ。と言うか、じゃあ、ストーカー行為は意識してたのね?」

「あっ。それは全然意識してませんでした。.....と言うよりも、今でも全くそう思っていないのが不思議なんですよね~」

「嘘.....でしょ。.....本当に病院行く?」

「詩子先輩、酷いです!」

「酷いのは澄香ちゃんの頭の中でしょ。割りと本気でそう思うわ」


 そう言われると、ぐぅの音も出ません。

 実は、うちは相当ヤバい人なのでしょうか。


 その意識が全く無いというのは恐いので、詩子先輩からは「今までの罪状を洗いざらい吐きなさい」と言われてしまいました。と言うか、罪状って.....。


「えっと。そうですね。まずは───」


 軽いところでは、舞日先輩が利用している沿線と時間、よく利用する車両と場所。通る道筋など。

 ちょい重めでは、舞日先輩が利用しているスーパーや購入する品々、狙い目の半額品から使用する下着など。

 そして、激重は、舞日先輩が利用している病院や行きつけの店、普段見ているTVや好みのアダルト関連など。


「嘘.....。うちの常識、ヤバ過ぎですか?」


 衝撃の事実に驚きました。

 これら全ては詩子先輩に指摘されたものですが、まさか全てがストーカー行為にあたるとは微塵も思ってはいませんでした。


 もし、こんなことが舞日先輩に知られでもしたら.....。


「確実に嫌われるわね。正直、澄香ちゃんと同性の私ですら、ドン引きしてるくらいだしね」

「ど、どうしたらいいんでしょうか!? 隠し通せるものなんでしょうか!?」

「隠し通すのは無理ね。.....でも、解決策はあるわ」


 この時、詩子先輩の瞳が妖しく光りました。

 それは希望の色というよりかは喜悦の色に近いものと、そう感じたのはきっと気のせいではないはずです。


 そして、うちの考えは間違ってはいませんでした。


「澄香ちゃん! 舞日君に告白するのよ! 舞日君の彼女にさえなれば、全てが解決だわ!」

「ぇぇえええぇぇぇええ!? む、無理ですよ!」

「舞日君に嫌われてもいいの?」

「そ、それは嫌ですけど.....。でも、告白だなんていきなりは.....」


 舞日先輩への気持ちを確認した以上、いずれは避けて通れない道なのは分かっています。

 でも、それでも、この状況はいきなり過ぎて、頭の、気持ちの整理が追い付いてきません。しかも、うちは先日舞日先輩と久しぶりに会話したばっかりだというのに.....。


 それに、詩子先輩がこの状況を楽しんでいるような気がするのも気になります。


「えぇ、楽しんでいるわよ」

「う、詩子先輩!?」

「楽しんでいるのは本当よ。でもね、これは澄香ちゃんの為でもあるの」

「うちの.....ですか?」


 先程までは「それ、絶対嘘ですよね?」と指摘しようと思っていましたが、言おうとしてやめました。

 いいえ、やめざるを得ませんでした。目の前の真剣な表情の詩子先輩を見てしまっては.....。


「あのね、私が西澤さんと婚約したことで、残りの東西南北さんの内、フリー要員が残り2名になったことは知っているわよね」

「はい。東野さんと北平さんですよね」


「そうそう。今はまだフリー要員が2名()いるから、舞日君は女性社員に注目されてはいないけど、もし東野さん又は北平さんのどちらかに彼女でもできたらどうなると思う?」

「残りの1名に集中するのではないのですか?」


 東西南北さんの容姿は、みな他の男性社員よりも群を飛び抜けて優れています。

 だからこそ、エース級の営業マンである舞日先輩の陰が薄いというか注目されていないのはその為です。本来なら、舞日先輩は仕事のできる人間である以上、一定の人気があってもいいはずなのにです。


 それぐらい、東西南北さんの容姿と実力は他を抜きん出ているのです。

 となると、最後の1人になったら、想像だにできない争いが始まると思います。.....それぐらいでは?


 しかし、詩子先輩の見解はうちとは少し異なりました。


「確かに熾烈な争いになるのはそうだけど、現実を見だす女性社員も出てくるわよ。そうなると、次のターゲットは間違いなく舞日君ね」


「!?」


「いま争っている女性社員もそこまでバカじゃないわよ? 自分の価値というものをしっかりと分かっている子も中にはいるの。そうなると、東西南北さんの内、最後の1人になった時点で諦める可能性も十二分に有り得るでしょ?」


 諦めた後の対象が舞日先輩というのが非常に腹立たしくもありますが、多分詩子先輩の言う通りなのでしょう。


「舞日君はお酒やギャンブル、煙草はしないんでしょ? それで、仕事も.....」

「あっ。いえ、お酒は飲みますよ。普段購入するのは安い第三のビールなんですが、飲みに行くと芋焼酎を好んで飲みます。結構お酒は強いほうで、酔っても記憶を飛ばしたりしないタイプなんです」


「へ、へ~.....。意外ね。いつもお酒の席では飲まないみたいだから、さすがに知らなかったわ。まぁ、とりあえず、ギャンブルや煙草をしないで、仕事もできるとか優良物件も優良物件よ。それに、彼は無趣味らしいから.....」

「いえいえ。ウォーキングという趣味があります。休日は欠かさず、普段もできるようなら帰宅後していますよ。最近は、ウォーキング先の公園でおでぶな猫ちゃんと遊ぶのが癒しなんです」


 詩子先輩が「澄香ちゃん、さすがにキモいわ」とか言っていますが、舞日先輩に関することの間違いは見逃せません。例えキモかろうと、そこだけは絶対です。


 とりあえず、詩子先輩の言いたいことをまとめますと、舞日先輩はギャンブルや煙草をしない仕事のできる人間で、無趣味にも近いからお金を溜め込んでそうな優良物件。

 更には、容姿や性格も普通であり悪くもなく、もし刺激のない安定な生活でも満足できるというのなら、たちまち超優良物件に早変わりする、とのことでした。


「結局、お金なんですか?」

「お金でしょうね。先立つものが無いと生きられない世の中だしね」

「なんでしょうか.....。なんか、そんなどうでもいい理由で舞日先輩を取られるのは我慢なりません」

「だから、「さっさと告白しなさい!」って言ってるのよ」


 それは分かるんです。分かるんですが、でも.....。

「フラれたら嫌だな~」とか、「今よりも関係が悪化したら嫌だな~」とか、思っちゃう訳でして.....。


(ハァ.....。やっぱり、うちはダメだなぁ.....)


 せっかく、後押ししてくれた詩子先輩には悪いのですが、悪いことばかり思い浮かんできて、今のままでは踏ん切りがつかないのです。

 何か、何か踏ん切りがつきそうな出来事や事実さえあれば、うちだって.....。


「ストーカーをする大胆な行動力はあるのに、肝心な時には怖じ気づいちゃうとか.....。澄香ちゃんも難儀な性格ね~」

「うぅ.....」


「いいわ。あまり口外したくはなかったのだけど、教えてあげる。秘中の秘を」

「う、詩子先輩.....」


「いい? これは澄香ちゃんの為を思って言うんじゃないの。同期である舞日君の為に言うことだからね? そこは勘違いしちゃダメよ?」


 うちはこくりっと頷いて返事を返しました。

 うちの為ではないと言いつつも、結局うちに教えてくれるのだから、やはり詩子先輩は優しい先輩です。後は、その内容がうちの踏ん切りになれるものであることを祈るばかりです。


「他の人には内緒よ? 実は東野さんね、不倫をしているの。しかも、結構マジなやつね」

「え!? お、お相手の方はどなたなんですか!?」

「澄香ちゃん。世の中には知らないほうが良いこともあるのよ。澄香ちゃんも()()経理二課に居たいでしょ?」

「!!」


 う、詩子先輩!

 言っちゃってます!言っちゃってますから!!


 しかし、驚きました。

 エース級営業マンの一人である東野さんが社内不倫ですか。しかも、お相手は経理二課かち.....。


「澄香ちゃ~ん。察しの悪い子は嫌いじゃないけど、それ以上はダメよ?」

「.....(げふんっ)。.....(げふんっ)。す、すいません」


「とりあえず、どう? さすがに彼女という訳ではなかったけれど、それでも、澄香ちゃんが悠長に構えていられる程の余裕はあまり無いことぐらいは伝わったはずよ」

「は、はい。う、うち.....。舞日先輩に告白します! で、でも、どうしたらいいでしょうか?」


「そんな澄香ちゃんでも、簡単に想いを告げることができるイベントがまもなく来るじゃない! これよ、これ!」


 そう言って、詩子先輩がうちに見せてきたのはカレンダーが表示された一つのスマホ。

 そして、詩子先輩が指差していた、その日付というのが.....。



『2月14日』。

 St. Valentine's Dayの日です。



「う、詩子先輩。まさか.....」

「そうよ! 本命チョコを渡すついでに告白してきちゃいなさい!」


 こうして、詩子先輩の後押しを受け、うちこと『須藤 澄香』は、舞日先輩こと『舞日 歩』さんに告白することになりました。












 しかし、うちの愛を込めた本命チョコはある出来事によって、舞日先輩に渡すことができなくなるのです───。



                               to be continued.....。




次回、特別編『後輩 須藤澄香②』!


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今日のひとこま


~バレンタインデー~ 


「歩、歩。チョコちょーだーい( ´∀` )」

「なんでだよ?」

「だってー、今日はバレンタインデーじゃーん!」

「だったら、アテナが俺に寄越せよ」


「のぅ、主。その『ばれんたいんでー』とやらは何なのじゃ?」

「こっちの世界にはないのか.....。そうだな、女性の一大イベントとでも言えばいいかな?」

「どういうことなのじゃ?」

「女性が意中の男性に、本命チョコというチョコをあげるお祭りなんだよ」


まぁ、実際はキリストうんぬんというものだが、日本ではチョコ祭りだし、間違いではないだろう。

それにしても、バレンタインデーか.....。昔、義理チョコを貰ったんだよなぁ。


「ほぅ。それはなかなか趣のある祭りなのじゃな。それで? 主はその本命チョコとやらを貰ったのかの?」

「確か.....。私が調べた時はお義母様から貰っていたような気がします」

「ぶふっ。あ、あのですね、通常お袋からのチョコは、それが本命であろうとも含めないものなんですよ」

「そうなのですか? では、本命チョコはありませんね」


「ぬ? 何か引っ掛かる言い方なのじゃ。本命チョコ以外にもあるのかの?」

「一応な。義理チョコってやつで、意味はそのまんまだ。義理であげるチョコだな」

「ふむ。義理であげるだけでも良いのではないか?」

「いや~。後にお返しのイベントがあるんだが、それ目当てだったりするしな~」


通常は同等返しなのに、いつの間にかホワイトデーのほうが倍以上返しになったのは意味不明だよな。

まぁ、義理チョコですら、貰ったのは3回だけだけどな。HAHAHA。


「でも、歩様は凄く喜んでいましたよね?」

「ぶふっ!? お、俺の過去を探らないでください!」

「義理でもチョコが貰えたから嬉しかったのであろう? 主は貰えなさそうだしの」

「うるせえな! ほっとけッ!」


「いえ。喜んだ原因は相手に依るところかと.....。そうですよね? 歩様?」

「ほぅ.....。それは非常に興味深い話じゃの。どれ、話してみよ」

「ひぃ!? えっと.....。俺の同期で有楽山さんっていう、ニケさんみたいなお姉さん系の人からです」

「ご安心ください。私は過去に拘るつもりはございませんので.....(にっこり)」


拘ってる!

めっちゃ拘ってるよ!!


「まぁ、義理チョコだと言うし、問題はなかろう。(くふふ。妾が本命チョコを渡せば良いのだからの)」

「.....ヘリオドール。あなたにはおしおきが必要なようですね」

「歩~!」

「どうした?」


「サクラにねー、ほんめーチョコ創ってもらったー! いっしょに食べよー(*´∀`*)」

「なんですって!?」

「なんじゃと!?」

「はーい! あーん(〃ω〃)」


俺の人生初本命チョコは意外にもアテナでした。

あっ。でも、ニケさんのチョコ弁当も含めたほうがいいのか?



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今日のひとこまにて、第61歩目の気になる人からの義理チョコの伏線を回収させて頂きました。


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