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第193歩目 しあわせなキス!彼女ニケ②


8/11 タイトルを変更しました。


(変更前)しあわせなキス!彼女ニケ⑫ → (変更後)しあわせなキス!彼女ニケ②


なお、本文の内容の変更はございません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


前回までのあらすじ


ファーストキスは失敗するし、ニケさんは泣いちゃうし、どうしてこうなった!?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


評価・感想を頂きまして、誠にありがとうございます。

とても励みとなります。


今後も、評価・感想頂けたら嬉しいです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


令和初日一発目に恥じない内容のお話となりました。

主人公とニケの甘いやりとりをお楽しみください。

□□□□ ~涙の真相~ □□□□


 俺のファーストキスは『歯がぶつかってしまう』というなんとも情けない王道展開を迎え、幕を下ろすことになった。結構、イメージトレーニングを頑張ったのに残念だ。ちくしょう!


 それはいい。それはいいのだが.....。


「.....うっ。.....うぅ。.....ひぐ」

「.....」


 ニケさんが泣いている理由が全く分からない。

 こういう場合、「嬉し涙に決まっているだろ? ハァ.....。恒例の鈍感系主人公かよ、やれやれ」みたいなツッコミが入ってきそうなものだが、いくらなんでも『嬉しい』という感情の機微ぐらいはさすがに分かる。


 確かに、キスができて嬉しいという感情が全く無い訳ではないようだ。


「.....うっ。.....う、嬉しい、です。.....ひぐ。.....やっと、やっと.....うぅ。.....歩様の.....すんっ。.....本物の彼女に、なれたような、気がします」


 ニケさんも、こう言ってくれていることだしね。

 だからと言って、「おぉい!? お前、分かってないじゃねぇか!」というツッコミはご勘弁願いたい。大丈夫。ニケさんのこの言葉が無くともちゃんと分かっているからさ。いや、本当だよ?HAHAHA。


 ただ、何度も言うが、ニケさんの涙の理由は嬉し涙では決してない。

 それは、目の前のニケさんの姿を、表情を見ていれば誰の目にも定かだと思う。


「.....うぅぅ。.....くぅぅ。.....すんっ」


 俺の前でも少しも隠すことなく、悔しそうな残念そうな表情をしているニケさん。

 こういう姿のニケさんを見るのは何気に初めてかもしれない。ちょっと新鮮かも。


「.....うぅぅぅ。.....うぅぅぅぅ。.....くぅぅぅぅぅ」


 なんだろう? 

 少しずつ、少しずつ、唇を噛み締める度合いが強まってきているような?


 そして───。


「.....もう!.....もう!.....もう!」


───ギシッ!

───ギシッ!

───ギシッ!


「「!?」」


 遂には、溜まり溜まったものを爆発させるかのように感情を顕にして、ベッドを勢いよく叩き出し始めた。

 これには俺もびっくりしたし、狐寝入りしていたドールもさすがに驚いたようだ。ぴくぴくとかわいく動いていた耳が、なんとか振るまいと必死に抑えていた2本の尻尾が、急なことで逆立ってしまっている。それでも起きてこない辺りは、ニケさんのただならぬ空気を感じているからだろう。なんともデキた12歳である。


「.....すー。.....すー。.....(^-ω-^)Zzz」

「.....くー。.....くー。.....くー」


 ちなみに、アテナとモリオンに起きる気配は全くない。と言うか、この程度のことで起きるようなら苦労はない。この二人を起こすだけでも一苦労だし、毎日が戦場なのである。

 欲望に忠実というか胆が座っているというか、そんなところが二人らしくて苦労もするが、そこがまたかわいらしいのである。うん。完全に毒されてるな、俺。HAHAHA。


「.....もう!.....もう!.....もう!」


───ギシッ!

───ギシッ!

───ギシッ!


「.....」


 そんなちびっこ3人組はともかく、今は猛烈に悔しがっているニケさんが問題だ。

 ニケさんが、何に対してそんなに悔しがっているのかが皆目見当がつかない。


 ファーストキスが無様に終わった件だろうか?

 いや、それにしては、その後随分と情熱的なキスをされたような.....。う~ん。だけど、考えられることはそれしか.....。


 このまま考えていても埒が開かないので、ニケさんに涙の真相を、悔しがっている理由を尋ねてみた。と言うよりも、このままではベッドを壊しかねないので尋ねてみる他はなかった。

 さすがに部屋を借りているこの状況下でベッドを壊してしまったら、好意で部屋を提供してくれた現地勇者に申し訳が立たない。


 それに、ベッドの惨状を見られて「昨夜は()()()お楽しみでしたね」とか、変な誤解をされてしまってはたまったものではない。むしろ、ベッドを壊すぐらい、ニケさんと気兼ね無く楽しみたいところである。ハァ.....。俺に一欠片の勇気さえあれば、今頃ニケさんと.....。


「ニケさん。ニケさん。落ち着いてください」

「.....はっ! も、申し訳ありません。見苦しいところをお見せてしまいました.....」

「それはいいのですが、どうしたんですか? その.....俺とのキスにどこか不満でも?」

「い、いいえ! 歩様とのキスは、それはもう天にも昇る心地でした。嬉しくて、嬉しくて、私の一生の記念です。本当にありがとうございます」


 その時の光景を思いだしているのか、にへらっと笑っているニケさんに嘘はないようだ。

 いや、嘘などあろうがない。だって、目の前のニケさんの表情は、それはもうだらしなくふにゃ~と蕩けきってしまっているのだから。なにこのニケさん!?かわい過ぎるんですが!?


 それに、ここまで幸せそうにされてしまったら、ファーストキスが無様に終わったことなど些細なことのような気がしてくる。むしろ、キス冥利に尽きると言っても過言ではないだろう。

 でも、だからこそ、ニケさんが何に対して悔しがっているのか理由が分からない。ファーストキスの結果に不満が無いというのなら、何が原因なのだろうか.....。


「それなのですが.....怒りませんか?

 わがままな私を嫌いになったりはしませんか?」


 先程までの幸せモードが一変し、真剣な表情でそう語り出すニケさん。

 その表情の裏には、大いなる悔しさと少しばかりの不安がちらほらと見え隠れしている。


「何のことだがよく分からないですが、ニケさんを嫌いになったり、怒ったりはしませんよ」

「本当.....ですか?」

「本当です。それとも、俺の言うことは信じられませんか?」

「むぅ! その言い方はズルいです!.....歩様のことは信じたいんです。でも、怖いんです」


 おいおいおいおいおい。

 なんだよ!?なんだっていうんだよ!?


 これは余程のことだと思っていい。

 ニケさんを、あの俺大好き神様のニケさんを、ここまで不安にさせる要素とは一体なんなのか.....。うぐぅ。俺には何一つ思い当たる件が全く無い。


 だからこそ、ニケさんから放たれる次の言葉が待ち遠しい。

 だからこそ、ニケさんから放たれる次の言葉が怖すぎて聞きたくない。


 そんな戦々恐々としている俺に、ニケさんから放たれた言葉は衝撃的なものだった。


「キスはとても嬉しかったのです」

「はい」


「ですが.....」

「?」


「キスをして頂けるなら、ファーストキスが良かったな、と.....」


 ファーストキスが良かったな.....?

 どういうこと?.....え?ニケさんはファーストキスではなかった?


 しかし、どうやら俺のこの考えは見当違いだったようで、「むぅ! 私が歩様以外とキスするはずがありません!」と、むしろ俺がニケさんを怒らせてしまった。す、すいません。ニケさんは間違いなくファーストキスらしい。と言うことは、俺.....?


 いやいやいや。ちょっと待って欲しい。

 俺だって、正真正銘ファーストキスだ。嘘は全く付いていない。何だったら神様に、ニケさんに誓ってもいい。


「.....そう言えば、歩様はご存知ないのでしたね」

「.....え?」


 なに、その言い方.....。

 ちょっと怖いんですけど!?


 ニケさんの言い方から察するに、どうやら俺はファーストキスではないらしい。

 でも、思い当たる節が全くない。もしかしたら、俺がう~んと小さい頃の話だろうか。それこそ物心つく前とか。

 仮に、その時だとしたら可能性は十分に有り得る。なんたって俺は一人っ子である。それはもうお袋にかわいがられた。物心つく前から、そして物心がついた後も.....。


 なんたって、今でもお袋からは「あっくん♪」とか言われているんだぜ?俺はもう26歳だっていうのに.....。信じられるか?信じられないだろ?

 そもそも「あっくん♪」とか、「お袋は俺の幼馴染みかよ!?」と、ツッコミを入れたくなる心境だ。ハァ.....。本当に勘弁してくれよ。


 そんな俺LOVEなお袋だ。物心つく前だったら「かわいい。かわいい」を連呼して、俺にキスしまくっているような気がする。

 そして、もしそれが俺のファーストキスだと言うのなら、俺は断固否定をする。身内の、それも母親のキスは「ノーカンである!」と、声高に。


「あっ。いえ。お義母(かあ)様ではありません」

「お、お義母様!?」


 なにその、お袋の脳汁がブシャーしちゃいそうな呼び方は.....。


「い、いずれは私の義母(はは)となられるお方です。

 私は歩様のつ、妻...../// で、ですので、今からそうお呼びしても問題はないはずです」


「.....」


 顔を赤くして、いやんいやんと悶えているニケさんがかわいらしい。.....じゃなくて!

 あまりにも気が早過ぎる。いや、俺もそういう対象としてニケさんを見ているし接しているから、ニケさんの言う通り問題ないのか.....?


 とりあえず、お袋が俺のファーストキスの相手ではないことが確定した。

 だとしたら、誰だというのか.....。え?ま、まさか親父とかじゃないよね?そんな悲しい過去は認めないぞ!?


「ふふっ。お義父(とう)様でもありませんので、ご安心ください」

「よ、良かった.....」


 いやいや。ホッとしている場合ではない。

 依然として、俺のファーストキスの相手が不明なままだ。と言うか、俺のファーストキスを奪いやがったふてぇ野郎はどこのどいつだ!?少なくとも、俺が物心ついた以降では誰ともキスをしていないはずなのだが.....。


「.....教えてください。俺のファーストキスの相手を.....」

「.....」


 彼女であるニケさんに、こんな酷なことを尋ねるのは些か配慮に欠けているのかもしれない。

 しかし、それでも俺は知りたかった。知らぬ間に俺の青春の1ページを奪った相手を.....。知らぬ間に俺とニケさんの甘酸っぱいサクセスストーリーに茶々を入れた不届き者の正体を.....。


 ・・・。


 しばらく静寂が続いた後、遂にニケさんが沈黙を破った。

 それ即ち、俺のファーストキスの相手が判明したこととなる。


「アテナ様ですね」

「ア.....テナ?」


───ゲシッ!


「ふぎゃ!?.....すー。.....すー。.....(^-ω-^)Zzz」


 俺は無意識の内に、隣で寝ていたアテナを足蹴にしていた。

 そう、まるで息を吸うかのごとく、ごく自然と無意識の内に.....。仮に、裁判沙汰になったとしても、恐らく検察側が故意だと立証すら敵わぬほどに無意識の内に.....。


「お、お止めください! アテナ様も悪気があってしたことではありません。

 あれは仕方がないことだったのです。確かに悔しくはありますが.....、それでも感謝しておりますので」

「感謝.....? どういうことですか?」


「本当に私の単なるわがままなのです。だから、私さえ我慢すればいいのです」

「.....」


 俺はそういうことを聞きたいんじゃない。それに、ニケさんに我慢なんてして欲しくはない。

 アテナが俺にキスしやがった理由と、なぜそれを彼女であるニケさんが感謝してしまうのかの意味を知りたいのだ。事と次第によっては、アテナとニケさんにブチ切れる可能性すら有り得る。


 仮に、アテナがふざけて俺にキスをしたというのなら、それこそおしおきものだ。頬をつねるとかそんな生易しいものではない。ブチ切れ度によってはげんこつ(俺が女の子にできる最大限のおしおき)すら有り得る。


 そして、主人だから仕方がないという理由で、ニケさんがアテナのその行為を認めているのだとしたら、それこそニケさんの俺への愛を疑う他ない。俺を本気で好きだというのなら、本気で愛しているというのなら、例え主人であるアテナであっても怒って欲しいところである。それこそ、悔しがっている場合ではないと思う。


 それぐらい、俺はニケさんのことを本気で想っているし、本気で将来を考えてもいる。

 だからこそ、ニケさんのことを大切にしたいと思っているし、大切にしていくつもりだ。キスを何度も躊躇っていたのは、それが原因である。決して、俺がヘタレだったからではない。


「.....歩様?」

「.....」


 ご、ごめんなさい。

 俺がヘタレだったからです。


 でも、俺がニケさんを大切にしたいと思っているのは本当だ。だからこそ、真相を.....。

 そう、もはやこれは事件だ。『俺のファーストキス強奪事件(深刻度から言って、サヌデー側ではなくマガジヌ側)』の真相を知りたいのである。


「詳しく教えてください」

「はい。歩様はバットとの戦闘で死なれた時のことを覚えていますか?」

「はぁ.....? それなら覚えていますが、それが何か?」


 自分が死んだ時のことを忘れるようなおとぼけ野郎はそうそういないと思う。

 いや、普通は覚えていないものか。そもそも、生き返るってこと自体が有り得ないことだし。


「その時です。その時、アテナ様はキスをなされたのです」

「つまり、俺が死んでいるのをいいことに悪戯した、と?」

「いえいえ。悪戯ではございません。治療でございます」

「治療?.....ん?」


 そこまで言って、何か引っ掛かるようなものを感じた。

 しかし、その引っ掛かるものの正体がイマイチよく分からない。確か、重要なことだったような.....。


「覚えておりませんか?

 確か、ヘカテー様からは「伝えたよー」と聞き及んでおりますが.....」


「ヘカテー様から?」


 ヘカテー様との思い出を少しずつ思い出していくも、どうにも思い出せない。

 そもそも、俺はヘカテー様の大きな鎌でゴッチンコー☆してもらわなかったら、ヘカテー様とのことを忘れていたぐらいだ。覚えていなくても仕方がないのではないだろうか。と、開き直ってみる。


「えっと.....。歩様が、どのようにして生き返ったかの経緯も思い出せませんか?」

「う~ん。なんかそれっぽいことを言われたような、言われていないような.....」


 ごめんなさい!本当に思い出せません!!

 第一、それとアテナがキスをしたことと何の繋がりが?


「歩様が生き返れた要因は二つあります」

「二つ.....ですか」


「一つはヘカテー様が迅速に救出なさったことです。

 これが無くば、歩様は今頃天国に行っていたことでしょう」


 あっ。俺ってば、天国に行けるんですね。


 思い返してみれば、いつも無難に過ごしてきたような気がする。冒険はおろか、危険なこともせずに平々凡々と。

 それこそ、「楽しい人生だったか?」と問われれば「どうだろう?」としか答えられないようなものだが、それでも天国に行けるのなら、まずまずな結果なのではないだろうか。とは言え、天国でも平々凡々と過ごしていそうだが.....。HAHAHA。


「そんな悲しいことを言うのは止めてください。私は歩様ともっと一緒にいたいです」

「ニケさん.....」


 ちょっとジーンときた。

 思わず、抱き締めたくなる衝動に駆られた。と言うか、抱き締める。キスまで済ませたのだから今更だ。


「あ.....」

「ありがとうございます。そうですね、俺もニケさんとずっと一緒にいたいです」

「.....嬉しい、です。いつまでも一緒です。と言うか、一生離しません」

「.....」


 俺の胸の中にすっぽりと収まっているニケさんからの衝撃発言。

 そ、そういう(うれし)いことをさらっと言うのは止めてくれませんかね?


「歩様.....」

「!?」


 不意に、ニケさんと目が合う。

 その燃え盛るきれいな灼眼がうるうると揺れ、ぷるぷるな潤い唇からは切なそうな甘い吐息が漏れている。そして、その表情からは、まさに.....。


「キス、して欲しいです.....」

「.....(ごくっ)」


 説明するまでもなく、彼女(ニケさん)からお願いされてしまった。

 あまりのかわいさに心が跳ねる。もはや『俺のファーストキス強奪事件』のことなど、目の前のニケさんのかわいさにあてられてしまって、既に頭から抜け落ちてしまっていた。と言うか、もうどうでもいいかも!


「.....」


 ニケさんが両目を閉じ、キスの態勢に入る。

 抱き締めたままでのキスというものは俺の恋愛経験値では意外と難しいものだが、それでもできなくはなさそうだ。


 そして───。


「「ん.....」」


 二回目にして、今度こそ俺が理想とするイメージした通りのキスをすることができた。



『しあわせのキス』、『しあわせの味』というものはこういうものだったんだな.....。



□□□□ ~ファーストキスの真実~ □□□□


「ふふっ。歩様。歩様」


 俺の胸の中でしきりに甘えてくるニケさん。

 先程のキスはニケさんも納得いくものだったのか、今は恐ろしくご機嫌だ。と言うか、こんなにもご機嫌なら、もうファーストキスうんぬんのことなどどうでもよくなっているのではないだろうか。むしろ、ぶり返させるメリットは何もないような.....。


 しかし、ニケさんはそれで良くても、俺が気になって仕方がない。

 いや、正直に言えば、それを知らずしては収まらないというのが本音である。と言うのも、このままでは、俺のアテナを視る目が変わってしまいそうだからだ。


 今までは、なんだかんだ言っても、恋愛感情はなくとも親愛感情は抱いていた。

 しかし、このままではそれすらも失いかねない。アテナをゴミのように、それこそ軽蔑した対象として視かねないのだ。


 ・・・。


 うん。しあわせに浸っているニケさんには申し訳ないが、ここはやはり解決すべきだろう。

 俺はニケさんに、俺のファーストキスの件の続きを促すことにした。


「確か、二つの要因があるって言ってましたよね?」

「仰る通りです。そして、その二つ目がアテナ様なのです」


 これは話の流れから考えて、そうなんじゃないか、とは思っていた。

 問題は、どういった経緯があったのか、だ。


「歩様が死なれてすぐ、アテナ様が(ヘリオドールの)蘇生の為に、歩様に神薬を投擲されたのです」

「あっ。なんか思い出してきました。そう言えば、ヘカテー様がそんなことを言ってましたね」


「はい。通常の怪我だけならば神薬は振り掛ければ問題はないのですが、蘇生ともなると体内に取り込む必要があるのです。そして、歩様は死なれておりましたので.....」

「そうですよね? だとしたら、どうやって俺の体に.....。え? も、もしかして.....」


 俺の中で一つの仮説が首をもたげる。


 俺の死.....。

       アテナのキス.....。

                治療薬の投擲.....。

                         体内摂取の必要性.....。


 いや、間違いなく『そう』なのではないだろうか。

 そもそも、『それ』を否定できるだけの根拠が全くない。むしろ、『そう』でなくては色々と辻褄が合わない。


 俺はニケさんをちらりと見遣る。


「はい。ご想像の通りかと」


 さすがはニケさん。

 俺の表情だけで、全てを悟ってくれたようだ。


「そうか。そういうことだったのか。

 アテナは俺の為に.....。俺を蘇生する為にキス(人工呼吸)を.....」

「そ、そうですね」


「ん? あれ? 俺、何か変なこと言いました?」

「い、いえ。何でもありません」


 露骨に目を逸らされてしまったが、これ以上ない考察だと思われる。

 そんなニケさんの様子がどこか気になりつつも、今は良しとする。そんなことよりも、今は全ての謎が解けて晴々とした気分だ。


「ですので、歩様のファーストキスはアテナ様なのです。

 本当に、本当に悔しくはありますが、それでアテナ様を恨んでなどおりません。

 むしろ、(ヘリオドールのついでとは言え)歩様を助けて頂いたことに感謝しているぐらいです」


「.....」


 ニケさんは本当にえぇ娘やなぁ。


 本当は相当悔しいはずなのに、それを懸命に抑えて主人を立てている姿とか、あまりにも健気過ぎる。

 それに、ニケさんは数々の言動から検証するに、恐ろしくはヤンデレ寄りな気がする。そんな愛が激しいニケさんですら愛に溺れず、あんなしょうもない主人を敬愛しているとか、主従関係としても美しすぎる。


 さすがはニケさん。

 さすがはデキるお姉さんだ。


 俺は胸の中に収まっているニケさんを力強く抱き締めた。


「歩様?」

「あなたを好きになれて、俺はしあわせ者です」

「え? えぇ!? わ、わがままな女だとか、あさましい女だとか思われないのですか?」


 そんなこと、1mmたりとも思わない。思ったりしない。

 もし、そんなことを思う人がいたら、そいつが理解するまでニケさんの魅力をこんこんと説教をしてやるつもりだ。それでも理解でないというのなら、体に分からせる用意もある。


「ご安心ください。歩様の敵は私の敵も同然です。

 そんな愚か者、このニケが跡形もなく消滅させてみせましょう。

 それこそ、産まれてきたことを子々孫々まで後悔させてみせるとお約束致します!」


「イケメン過ぎる!」


 ここまで愛を貫かれてしまったら、もはやそれでいいような気がする。

 この容赦の無さもまた、ニケさんの魅力の一つなのだろう。うん。それでいいな。未来の子々孫々とやらは頑張ってくれ!


 さて、そんな健気でイケメン過ぎるニケさんには俺からご褒美をあげることにした。


「ご褒美.....ですか?」

「はい。まぁ、所謂一つの真理ってやつです」


 そもそも、ニケさんは勘違いをしている。

 やはり、俺のファーストキスの相手はニケさんなのだから。


「どういうことですか?」

「いいですか? 『親のキスと人工呼吸のキスはノーカン』なんです。

 つまり、キスをした内には含まれないんですよ。それを含めないのは常識中の常識なんです」


 異論は認めない。(※主人公の勝手な思想です)

 いや、男女愛のある親とのキスの場合だけは百歩譲って認めよう。(※主人公の勝手な思想です)但し、倫理的には誉めないぞ?


 それからしたら、人工呼吸のキスなんて、もはやキスでも何でもない。(※主人公の勝手な思想です) 人工呼吸という名のキス(人工呼吸)だ。(※主人公の勝手な思想です) これをキスとか言っちゃう人は妄想も甚だしい。(※主人公の勝手な思想です)「どんだけ陰キャなんだよ!?」とツッコませて頂く。(※主人公の勝手な思想です) 陰キャ寄りの俺が言うのだから、より信憑性があると思ってもらいたい。(※主人公の勝手な思想です)


 おっと。だからと言って、ニケさんが陰キャだとは一言も言ってない。

 単純に、ニケさんはそのことを知らなかっただけなのだから仕方がない。


 むしろ、ニケさんは陽キャそのものだ。

 陰キャ寄りな俺を、明るい人生へと照らし続けてくれる陽キャ(太陽)そのものである。


「ほ、本当なのですか!?」

「本当のことですよ。探せば、雑誌にもそういう記述があるんじゃないですかね?.....多分」


 目を輝かせ、「絶対に探します!」と鼻息を荒くするニケさん。

 まぁ、女性雑誌なら有りそうだよな。.....あれ?あるよね?まさかないとかはないよね?


「で、では、歩様のファーストキスの相手は.....」


「まぎれもなく、ニケさん、あなたですよ」

「!!」


「そして、こんな俺のファーストキスを貰ってくれてありがとうございます。

 相手がニケさんで本当に嬉しいです。ニケさんと同じで、俺も一生の思い出にしますね」

「!!!」


 ちょっと照れ臭いが、これが俺の本音だ。

 ファーストキスをしてからずっと伝えたいと思っていた、俺の本心である。


「.....うっ。.....うぅ。.....ひぐ」


 俺の胸の中にその美しい顔を埋め、溜め込んでいた感情を爆発させるかのようにむせび泣くニケさん。お、おぅ.....。ふぁ!?ちょっ、服を引っ張らないで!締まるぅ!首が締まるからぁ!ちょっと苦しいです!!

 ふぅ~。色々と大変ではあるが、今度こそ「嬉し涙である」とはっきりと言える。良かったですね、ニケさん。そして、安堵してんじゃねぇぞ、俺!当然の結果なんだからさ!!


 ・・・。


 そして、ある程度感情を吐き出したニケさんがぽつりっと一言。


「.....もう無理です」

「え?」


「.....もう抑えられません。歩様を好きで、好きで、大好きで、愛し過ぎてしまって、この気持ちを抑える手段がこれしか思い付きません。.....歩様? こんなはしたない私でも好きでいてくれますか?」

「それはどういう.....んむぅ!?」


 それから先、俺の言葉が綴られることはなかった。

 だって、俺の唇には、満面の笑顔を花開かせた愛しい彼女の唇が添えてあったのだから。



 そして、この日以降、ニケさんによるスタンピートなキスが繰り広げられようとは、この時の俺は思いもしなかったのである───。




ありがとう『平成』。ようこそ『令和』。


新しい時代の変遷を迎えた訳ですが、令和になった今後とも『歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~』をよろしくお願い致します。


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次回、本編『スタンピートなキス』!


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今日のひとこま


~マザコンなんですか?~ 


「あっくん.....」

「ぶふっ!?」

「なんかかわいい響きですね。えっと.....」

「ダメですよ? 絶対にダメですからね?」


「むぅ! なにも言ってないじゃないですか!」

「いえ、なんとなく予想できまして。.....そう呼びたいんですよね?」

「はい! かわいいですし、特別感がすごいです!」

「えぇ.....」


「ダメ.....でしょうか?」

「うぐぅ。さ、さすがのニケさんでも、それはダメです」

「マザコン.....ということですか?」

「ふぁ!?」


「あれ? 違うんですか?」

「違いますよ! 断じて違います! そもそも、なんでそう思ったんですか?」

「『あっくん』は、お義母様専用の呼び方なのかと推察致しました」

「な、なるほど。別に専用って訳では.....」


「では!」

「だから、ダメですって!」

「むぅ。理由をお伺いしてもいいですか?」

「は、恥ずかしいなぁ、と.....」


「大丈夫です! 私はちっとも恥ずかしくはありません!」

「俺が恥ずかしいんですが!?」

「それは慣れれば問題ないのではないでしょうか?」

「慣れの問題ではないような.....。とにかくダメです!」


「そうですか?.....やはり、歩様はマザコンなのでは?」

「違いますって!.....そうだ!」

「いかがなされました?」

「俺はニケさんの『歩様』呼びが好きなんです! 愛していると言っても過言ではありません!」


「まぁ...../// 歩様ったら、大胆なんですから。でも、嬉しいです」

「だ、大胆? どういうことですか?」

「私を愛しているって言ってくれたじゃないですか! わ、私も愛していますよ」

「えぇ......」



ま、まぁ、マザコンよりかはいいか。と言うか、ニケさんはマザコンの意味を分かっているのだろうかか?


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