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第177歩目 小市民っぽい神様!類友神①

前回までのあらすじ


ちょっとまともそうな神様が出てきた.....?

□□□□ ~報われない神~ □□□□


「はじめまして。僕は『鍛冶』を司っている神ヘパイストスだ。

 突然のことで驚いたが、久々の人間の訪問だ。君を歓迎しよう」


 どっひゃぁぁあああ!と、まるでコントのような倒れ方をしたヘパイストス様が、まるで何事も無かったかのようにしれっとした表情で普通の挨拶をしてきた。


 端から見れば独り言で愛を囁いていたり、神らしからぬ驚きをした等々、黒歴史を無かったことにしたいのだろう。

 そういう思いが、ヘパイストス様の俺を見る目からひしひしと伝わってきたので、ここは大人の対応をすべきだと判断した。


 まぁ、俺としてもヘパイストス様の気持ちは痛いほどよく分かるので協力してあげたい。

 俺なんて『幹事の舞日さん』で、どれほどの黒歴史があるか分かったもんじゃないしな.....。HAHAHA。



 さて、目の前のヘパイストス様だが、失礼だとは思うが、強烈な特徴以外は至って取り上げるべき点がない。


 恐らく、身長は170cmあるかないかぐらいだ思われる。

 俺よりかは確実に低く、エリス様と同じぐらいか、気持ち低いようにも感じられる。


 派手な神様が多い中、ヘパイストス様は薄いというか、色の抜けかかった灰色に近い黒髪をしている。

 ただ、鍛冶の炎が原因なのかは分からないが、髪がチリチリになっていて傷んでいるにも見える。

 頭には職人らしく手拭いのようなものを巻いていて、THE・職人という気骨さがそこからは窺い知れる。


 しかし、鍛冶の神様というには少しみすぼらしい体型をしていて、まるで草食男子を思わせるような線の細さだ。

 そのせいか、どうにも頼りなさそうではある。とは言っても、俺のような素人目でも先程の鍛冶の腕前は素晴らしいと分かるぐらいなのだから優秀な神様ではあるのだろう。


 つまり、見た目で判断してはいけない典型例だということだ。


 ただ、仮に職人達の中に紛れてしまったら、探し出すのが困難な程に地味である点はどうしても拭えない。

 こう言ってしまうと失礼だが、神様らしくないというか、人間くさい素朴な印象だ。


 以上、これといって突出した特徴がないヘパイストス様ではあるが、ただ一点だけどうしても目がいってしまう部分がある。それが.....。


「あぁ、これかい?.....やはり気になってしまうよね」

「い、いえ.....すいません」


 俺の視線に気付いたのか、ヘパイストス様は仕方がないよねという感じで苦笑してみせた。

 当然、俺としても気を遣うべきものなのだと分かってはいたが、それでもどうしても目がいってしまう。


「あ、あの、治療はされないのですか?ここには『神薬』がありますよね?」

「『神薬』でも治らなかったんだ。なんというのかな?不治の病というか、呪いといったものらしい」

「不治の病.....。魔法でも、ですか?」

「そうだね。一応、魔術の天才とも呼ばれる神に診てもらったが、これを見たら気分を害してしまったんだ」


 魔術の天才.....?


 恐らくだが、ヘカテー様のことだろう。

『魔術の女神』も司っていると言っていたような気がする。


 そして、それが仮にヘカテー様だとしたら、ヘパイストス様の言っていることも何となくだが分かるような気がする。


 比較例がアテナなのが申し訳ないが、きっとヘカテー様もグロ.....(ごほんっ)思わず目を背けたくなるような光景はあまり好きではないんじゃないかと思われる。

 むしろ、(いくら濃密な人生経験をしているからと言っても)平気なドールがおかしいぐらいだ。


「君はこれを見ても平気なのかい?」

「.....」


 正直、きついっす.....。


 ヘパイストス様には失礼ではあるが、思わず目を伏せてしまった。


 ヘパイストス様の指差す先にある、俺が思わず目を伏せてしまった強烈な特徴というのが、包帯で体をぐるぐる巻きにしているということだ。

 包帯男というべきか、某マンガの京都編に出てくるラスボスのような感じだと想像してもらえるとありがたい。


 但し、そのラスボスと決定的に違うのが、包帯の巻き方がまるで自分で巻いたかのように雑で、赤黒い部分が大部分顔を出してしまっているところだ。

 最終的には、某ジ○リアニメの野戦病院に運ばれた患者あたりが最も近いかもしれない。


 しかも、包帯の隙間から見えているその赤黒い部分が微かに脈打っているような気もする。

 何なのかは分からないが、それが呪いと呼ばれるものの正体なのだろう。そもそも、火傷程度なら『神薬』や魔法で治せるはずだし。


「僕は生まれつき奇形児でね。

 そのせいか、家族には嫌われているんだ。母さんなんかには特にね。ははは.....」

「.....」


 いやぁ、さすがに笑えないっす.....。


 ブラックジョークのつもりなのだろうが、俺は目だけではなく顔も伏せてしまった。


 正直、見ていて痛々しい。

 目を背けたくなる光景だ。


 それは、ヘパイストス様の怪我を?.....いや、違う。


 ヘパイストス様曰く、母親に嫌悪されているせいか、その後の治療は困難を極めたらしい。

 結局、治す手段もツテも断たれてしまった今となっては、治療を諦めたとのこと。


「あ、あの.....」

「なんだい?」

「よろしければ、俺が巻き直しましょうか?」

「!?」


 ヘパイストス様が心底驚いた表情をしている。

 アテナを除いた神様の中で、ここまで人間らしい驚いた表情を見せてくれたのはヘパイストス様が初めてかもしれない。


 ニケさんやアルテミス様はどこかまだ余裕がありそうだし。.....いや、ニケさんは少し怪しいかも?


「い、いいのかい!?自分で言うのも何だが.....、気持ち悪いと思うよ?」

「ヘパイストス様さえ良ければ、ぜひに」


「目的は.....。いや、失礼なことを言った。済まない。

 頼めるかい?仕事中、露出している部分がチリチリと焼けて気になっていたんだ」


 チリチリとって.....。

 そんな生易しい熱量じゃなかったですよ?


 そんな俺のツッコミに、「僕はこれでも一応神だからね」と軽快に返事を返してくるヘパイストス様。

 神様という絶対的存在であるにも関わらず、人間である俺にすらも、どこか気を遣わせまいとする心遣いが見てとれる。


 だからと言って、ヘパイストス様は優しい神様なんだな、とは素直に思えなかった。

 優しい神様というよりかは、陰のある神様、人の目を気にして生きてきた神様なんだな、というのが率直な感想だ。


 正直、見ていて痛々しい。

 目を背けたくなる光景だ。


 それは、ヘパイストス様の怪我を?.....いや、違う。境遇に、だ。


 才能で『区別』されてしまうのは、ある意味仕方がない部分もあると思う。

 それは何もこの世界に限らず、地球でも当たり前のように行われていることなのだから。


 しかし.....。


 障害で『差別』されてしまうのは、何か違う気がする。

 特にヘパイストス様の場合は、才能があるにも関わらず、正当な評価を得られていないのだから。


 例え、醜い姿であろうとも、才能があるのなら評価されて然るべきだ。

 例え、存在が薄かろうとも、才能があるのなら評価されて然るべきだ。


(もしかして.....。存在が薄く感じるのは、敢えてそうなるように努めているからか?)


 嫌われている家族に、これ以上、嫌われないように.....。

 嫌われている母親に、これ以上、嫌われないように.....。


 もしそうだとしたら、あまりにも見ていて痛々しい。

 才能ある者がここまで報われない世界なんて、あまりにも虚しすぎる。


 だから.....。


「助かる。気持ち悪くなったら途中で止めてくれていいからさ」

「正直申し上げると、(呪いの部分は)気持ち悪くはあるんですが、(ヘパイストス様は)そこまで不快には感じないんですよ」


 これは、同情でも憐れみでもなんでもない。

 ましてや、偽善でもなければ、優しさでもなんでもない。


「.....そうか。君は変わった人間だね。そして、優しくもある。

 そう言えば、まだ名前を教えてもらっていなかった。名を聞かせてくれるかい?」

「申し遅れました。俺は───」


 これは、単なるお節介に他ならない。

 ただただ、俺にできることをしているだけに他ならない。


 世渡り下手で、不器用な性格の神様が、どこかの誰かに似ているようで.....。


 それがもどかしいというか、腹立たしいというか、どうにも見ていられない。

 ただ、それだけだ。



 俺はヘパイストス様の包帯を巻き直しながら、どこかのバカに似たこの神様にお節介を焼き続けていった。



□□□□ ~結婚事情~ □□□□


 やはり、ヘパイストス様の包帯は自分で巻いているらしい。

 あまり良くはないのだろうが、「神様権限で付き神や天使ちゃんに巻いてもらえばいいのでは?」と尋ねてみたところ、驚愕の答えが返ってきた。


「いないよ?」

「.....え?いない?」


「言ったろ?僕は家族に嫌われているんだ。

 それは最高神である父さんも例外じゃない。ははは.....」


 その昏い笑いは止めてください!

 気が滅入ります!!


 つまり、こういうことらしい。


 父親であるゼウス様からも嫌われている、いや、存在自体を鬱陶しがられているヘパイストス様には、本来サポート要員として付けられるべき付き神を付けてはもらえなかったらしい。

 そればかりか、ヘパイストス様の地位は一応オリンポス12神の1柱とはなっているものの、実質名ばかりで権限はほとんどないとのこと。


「そういう背景があるからね。僕はどこの世界も管理していないんだ。

 ただひたすらここで『神具』.....あぁ、アイテムや神器のことだが、それを創り続けるよう言われているんだよ」

「それって.....軟禁されているのと同じなのでは?」


「そうだろうね。父さんも母さんも、僕なんて居なかった、そういうことにしたいんだと思う。

 ただ、なまじ使い道があるからこそ、今のような状況が好ましいと考えたんだろうね」

「.....」


 故に、神様をサポートすべく配置されている天使ちゃんすらも使うことはできないらしい。

 下手したら、天使ちゃんと同等、もしくはそれ以下の可能性すらありえるとのこと。


 それにしても、ちょっと酷いどころの話ではない。

 昨今、日本でも育児放棄や育児虐待が騒がれているが、まさか神様の世界でも行われているとか.....。


 子供は『親を大切にする義理』があるのは当然だが、逆に親は『子供を大切にする義務』があると、俺は思う。

 言い方は悪くなるが、親は子供を選ぶことができても、子供は親を選ぶことができないのだから。


 故に、親の勝手な都合で産んでおいて、「気に入らないから」とか「大変だから」というくだらない理由だけで、育児放棄や育児虐待をするのは筋違いだと思う。

 だったら産むなよ!とついついツッコんでしまいたくなる。


 元々、どうにもゼウス様が好きになれなかった俺はヘパイストス様の言葉を聞いて、改めてゼウス様を始めとした神様連中に不信感を募らせるのだった。

 そして、同時にある一つの疑問が沸いた。


(.....あれ?でも、ヘパイストス様は結婚されていたんだよな?)


 アテナの言葉が真実なら、確かヘパイストス様は『愛と美の女神』アフロディーテ様と結婚されていたはずだ。

 もう離婚したとのことらしいが、それでも結婚されていたという事実は変わらない。

 俺はアフロディーテ様とはお会いしたことはないが、愛と美を司るぐらいなのだから相当な美人だと思われる。

 そんな美人を、嫌っているヘパイストス様に嫁がせるものだろうか。ゼウス様が狙いそうな気もするが.....。


(もしかして.....。意外とかわいがられているんじゃないのか?)


 ヘパイストス様の被害妄想なのでは?との疑念が沸き起こったが、さすがに尋ねるのは地雷を踏みそうな気がしたので、折りを見て聞いてみようと思う。


 ・・・。


 俺がヘパイストス様についてあれこれと考察をしている一方、ヘパイストス様はヘパイストス様で何やら思案をしているようだ。

 しきりに、俺の名前を何度も反芻して呟いている。


「う~ん。間違っていたら済まないんだけど.....」

「なんでしょう?」

「君はあれかな?アテナ嬢の付き人をしている例の人間で間違いないのかな?」

「.....」


 やっぱり、その話題かぁ.....。


 実はヘパイストス様には、名前を打ち明けはしたものの、アテナの付き人であることは伝えていなかった。

 当然だ。打ち明けることなんてできるはずがない。


 なんたって、目の前のヘパイストス様はアテナの元婚約者なのだから。

 そして、俺はその簒奪者(仮)である。


 アテナ曰く、ヘパイストス様との婚約が破棄されたことは神界でも伝わっているらしい。

 そして、それに代わる新しい婚約者が、俺であることも同時に広まっているとのこと。.....勝手に広めんなや!


 元婚約者と簒奪者(仮)の対面とか、どう考えたって不穏な雰囲気になること間違いなしだ。


「あれ?違ったかな?確か、そんな名前だったような気がしたんだが.....。済まない。

 僕達神はあまり人間に興味がないんだ。だから人間の名前とかなかなか覚えられなくてさ」


 実際、その通りなのだろう。

 アルテミス様は仕方がないとは言え、俺を神界からずっと見ているあのニケさんですら、ドールやモリオンを狐やドラゴン呼びしているぐらいなのだから。


 それはいいとして、非常に困った。


 ヘパイストス様が確信を得られていないのであれば、今回はこのまま嘘を突き通すことは可能だろう。

 しかし、何かを切っ掛けに嘘がバレてしまったら、恐らく今後のガチャは地獄を見る可能性が高くなる。

 

 かと言って、真実を話したから状況が好転するかというと.....。


 結局、いずれバレてしまう恐れがあるというのなら、問題となるのは今回だけだ。

 その今回に、『誠実を貫くのか』はたまた『不実を貫くのか』、要は俺次第ということだろう。


 だったら、俺の答えは決まっている。


「ヘパイストス様の仰られる通りです。

 アテナの付き人をさせて頂いている『舞日 歩』と申します」


『誠実を貫く』こと、これ一択である。


 そもそも、普通の俺が、神様相手に隠し事なんてできる訳がない。バレるのがオチだ。

 そして、どうせバレるなら、どうせ嫌われるなら、最初から悪足掻きをしないに限る。


 ヘパイストス様は恐らくだが、アレス様やエリス様のように理不尽ではない神様だと思われる。

 

 だったら、少しでも印象を良くする行動に努めるべきだ。

 そうしたら、もしかしたら神の慈悲というものに巡り会えるかもしれない。


(だったら、いいなぁ.....。HAHAHA。

 さ、さすがに無理かな?婚約者を奪っていることだし.....)


 しかし、俺の心配とは裏腹に、ヘパイストス様は意外な反応を見せてきた。


「やはりそうか!.....なるほど。君がここに来れた理由がようやく分かった。

 付き人ならさもありなん、ということか。.....どうなんだい?アテナ嬢は元気にやっているかい?」

「は、はぁ.....。無駄に元気と言いますか、迷惑を掛けられていると言いますか.....」


「ははは!アテナ嬢は噂に聞いた通りなんだね」

「噂.....ですか?」


 何か違和感を感じる。


 アテナはヘパイストス様にとっては妹にあたる。

 それを、「噂に聞いた通り」とか表現するだろうか。


 それに、俺がヘパイストス様からアテナを奪った張本人であることは既に分かっているはずだ。

 それなのに、ヘパイストス様からは少しも怒りが伝わってこない。


 これではまるで.....。


「僕はね、アテナ嬢に一度も会ったことがないんだ。

 いや、正確には、ニケ嬢に抱かれたアテナ嬢としか会ったことがないんだ」

「えぇ!?」


 ニケさんに抱かれたアテナってことは、アテナが赤ちゃんの時ということだろう。

 アテナが幾つかなのかは正確には分からないが、それでも10000歳はゆうに越えているはずだ。


 つまり、10000年近くもアテナには会っていないということになる。


(アテナもヘパイストス様を嫌っていた.....?)


 どうにもピンとこない。

 

 あのアテナが、醜い姿だから、というくだらない理由だけで、ヘパイストス様を嫌ったりするものだろうか。

 確かに、目を背けたくなる姿ゆえにあまり近付こうとはしないだろうが、それでも嫌いになるとは到底思えない。


(アテナは、そういう奴じゃないはずなんだがなぁ.....)


 そして、同時にヘパイストス様にも疑念を抱く。

 

 赤ちゃん時のアテナしか知らないならば、何故アテナを婚約者に選んだのか。

 そして、アテナを婚約者に選んでおいて、何故その簒奪者である俺に怒りを覚えないのか。


 これではまるで.....。


 百歩譲って、赤ちゃんの時のアテナに一目惚れしたというのならまだ分かる。

 ヘパイストス様はロリコン神であるという不名誉な称号は消えないが、それでも恋の形は十人十色だ。

 それが何事も非常識な神様ともなれば、赤ちゃんの時に一目惚れしてしまったというのも、理解できなくとも納得はできる。


 しかし、婚約者に選んだ以上は、何かしらの感情があっての事だと思う。

 だったら、怒って然るべきなのではないだろうか。目の前に簒奪者がいるのなら、吼えるべきではないのだろうか。


 これではまるで.....、アテナを愛していないようにも思える。

 いくら婚約を解消したとはいえ、これではあまりにもアテナがかわいそうだ。


 俺はいまだ童貞で、それ故に結婚というものを神聖視していることは否めない。

 ただ、それでもやはり、結婚はお互いの愛を育んだ結果のゴール地点であり、スタート地点でもあると思っている。


 少なくとも、俺の両親はそうだったし、俺もそうでありたいと願っている。

 だからこそ、ヘパイストス様の考えがイマイチよく分からない。


 もし俺がアテナを説得していなかったら、アテナは愛の存在しない不幸な未来を迎えていた可能性がある。

 そう考えるだけで、恐ろしいと思う反面、怒りも沸いてくる。


 (.....あれ?俺って意外とアテナのことを.....?)


 そんな俺の穏やかならぬ気配を察したのか、ヘパイストス様は困惑しているようだ。


「.....一つ、確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「なんだい?」


「.....俺に対して怒りはないのでしょうか?

 .....婚約者に選んだアテナを愛してはいないのでしょうか?」

「困ったね。それは一つではなく二つだ」


「.....」


 えぇ、分かりますよ?

 場を和ませる軽い冗談だってことぐらいは.....。


 相手がカッカしている状態では、まともな話なんてできたものではない。

 だから、通常は相手の頭が冷えるまで待つのが最上なのだが、そうもいかない場合だってある。


 では、どうすればいいのか.....。


 単純だ。一度相手を激昂させればいい。

 激昂させた相手は実に乗せやすく、また一気に冷静にさせやすい側面がある。


 但し、これが使えるのは、相手が絶対にその場から逃げられないという枷がある場合に限られる。


 俺だって、営業マンだったんだ。

 ヘパイストス様の真意ぐらいは分かる。ここは少し落ち着こう。.....ふぅ~、らしくない。アテナ如きに怒りすぎだろ。


「.....失礼しました。それにしても驚きました。

 ヘパイストス様は感情の機微にお詳しいんですね」

「小さい頃は、父さんや母さんの顔色をいつも窺っていたからね。ははは.....」


 やべっ!?

 地雷を踏んだか!?


 俺の謝罪を聞いてホッとした表情を一瞬見せるも、再び昏い笑みを見せるヘパイストス様。

 お互いに気を遣い合うというのもなかなか大変である。と言うか、自嘲するのは止めてくださいよ.....。


「あぁ、それで君の質問に答えよう。

 思うことは色々あるだろうが、それでも最後まで聞いてほしい」

「分かりました」


「一つ目の質問に関しては、全く怒っていない。むしろ、感謝しているぐらいだ」

「.....」


 感謝.....?

 どういうことだ?


 ヘパイストス様が「最後まで聞け」と仰っているのだから、口を挟んだりはしない。


 聞くときは静かに相手の言葉に耳を傾ける。これ基本。

 営業で失敗したり、相手の機嫌を損ねる人の多くが、聞くべき時に相手の話を聞かずに口を挟むことが多い、というのが案外共通している。


 尋ねたいことがあるのなら、最後にまとめて聞けばいいだけなのに.....。

『良しと言うまで待て』の精神は意外と大事である。


「二つ目の質問に関しては、申し訳ないが全く愛していない。異性としてすらも見てはいない」

「.....」


 愛はないのか.....。


 多分、ヘパイストス様が言っていることは本当なのだろう。

 例え、相手が神様であろうとも、嘘か本当かぐらいは何となくだが分かる。


 だとしたら、どうして.....。


「言いたいことがあるなら聞こう」

「一つだけ。どうして、アテナを婚約者に選んだのですか?」

「そうだね。言い訳がましくなるが、僕なりのお節介というやつかな?」

「お節介.....ですか?」


 アテナを婚約者にすることが、どうしてお節介になるというのか.....。


 正直、全然よく分からない。

 ただ何故かは分からないが、きっとそれは必要なことだったんじゃないかと、俺は思う。


 どうしてそう思うのかは分からない。

 でも、ヘパイストス様とは波長が合うのか、その言葉に偽りなく、それは必要なんだと思わされた。


「君は、僕とアフロディーテ嬢が以前結婚していたことを知っているかい?」

「はい。それはアテナから聞いています」

「では、思ったはずだ。嫌われている僕が、何故アフロディーテ嬢と結婚できたのか、と」

「.....」


 奇しくも、聞いてみたいと思っていたことが話題に上がってしまった。

 それがアテナとどう関係あるのかは分からないが、この話題も気になって気になって仕方がないのも事実だ。


「切っ掛けは罰ゲームみたいなものだったんだ」

「罰ゲーム?」


 ヘパイストス様曰く、アフロディーテ様は『愛と美の女神』を司っているだけであって、その美しさは神界でも三大美神の一柱に数えられていたらしい。

 この三大美神とは『女神ヘラ』・『女神アフロディーテ』・『女神アテナ』の三柱を指すのだとか。.....ふーん。まぁ、アテナは顔と体だけは女神級だしな。


「と言っても、当時はまだアテナ嬢は産まれていなかったんだけどね。

 そこで、三大美神の一人は姉さん.....長女でデメテルというんだけど、彼女が認められていたんだ」

「はぁ.....?」


 ヘパイストス様が何を伝えたいのかよく分からない。

 ただ、デメテルというと、父親であるゼウス様に強姦された女神様だったはず。.....おや?


 当時の三大美神とやらが、『女神ヘラ』・『女神デメテル』・『女神アフロディーテ』ということは、ゼウス様はその三大美神の内の二柱を手に入れたということになる。

 正確には、奥さんであるヘラ様はともかく、デメテル様は手に入れたことにはならないが。


(.....え?ま、まさかな!?そういうことなの!?)


 嫌な考えが頭をよぎる。


 欲望とはキリがないものだ。

 ましてや、絶対的権力者ともなれば、欲望の大きさなんて底がないのではないだろうか。


 そして、俺のそんな考えが見事に的中することになる。


「色々あって、母さんだけではなく姉さんも手中に納めた父さんは、

 次に僕の妹であるアフロディーテ嬢をも手に入れようと動き始めたんだ」

「.....」


 どんだけ節操のない神様だよっ!?


 ただ、強姦の部分を「色々あって」で誤魔化したヘパイストス様はさすがだと思う。

 身内の不祥事など単なるお笑い草でしかないのだから。いや、ゼウス様からしたら不祥事でもないのか?


「ただね、これは上手くいかなかったみたいなんだ」

「と、言いますと?」


「アフロディーテ嬢は『愛と美の女神』というだけあって、プライドと気位が高かったらしくてね。

 父さんを激しく拒んだらしい。それだけでは不安だったのか、母さんに助けを求める徹底的ぶりだったとか」


 ざまぁ!

 ゼウス様、ざまぁ!!


 すごいスカッとした。

 絶対的権力者であろうとも、何でも手に入るとは限らないということだ。ゼウス様の悔しがる顔が目に浮かぶ。まぁ、お会いしたことはないんだけどね。


 しかし、どうやら、ここからが本題のようだ。


 ヘパイストス様曰く、面子を潰されたと思ったのか、怒り心頭になったゼウス様は、アフロディーテ様に一つの罰とも言えるものを科したらしい。

 それが、忌み子であるヘパイストス様への許へと嫁ぐことだったんだとか。


(あぁ、罰ゲームってそういう意味か。ゼウス様は子供かよ?大人気ないなぁ.....)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 よく分からない人の為に、一応説明しておこう。

 所謂、『嘘の告白』、『遊びの告白』の延長上にあるものだと思ってもらいたい。

 クラスのブサイクな人や地味な人に『嘘の告白』をして、からかって遊ぶタチの悪い遊びである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この場合、ゼウス様は忌み子であるヘパイストス様に敢えて嫁がせることで、アフロディーテ様のプライドをズタズタに引き裂こうと目論んだに違いない。

 事実、輿入れしてきたアフロディーテ様は、それはもうすごく傷付いていたらしい。


「そういうことを自分で言わないでくださいよ.....」

「ははは.....。まぁ、事実だしね」


 この神様、ブラックジョークが好きなのか?

 気が滅入るから止めてほしいな.....。


 プライドや気位が高い人を追い詰めるには、その人の尊厳を完膚なきまでに徹底的に破壊する。

 これが何よりも有効的であることを、ゼウス様は知っているらしい。


 アフロディーテ様の場合は『愛と美の女神』としてプライドや気位が異常に高いからこそ、敢えて存在すらも否定されているヘパイストス様への許へと嫁がせることが、何よりもアフロディーテ様の神としての自尊心を壊すのにふさわしいと判断されたのだろう。


(こんなのが最高神とか.....。世界は大丈夫なのだろうか?

 神様ですらこんな調子なんだから、貴族がアホなのも仕方がないってか?)


 自分の子供にすらも容赦のないゼウス様に、俺はどこか寒気と嫌悪感を覚えたのだった。



□□□□ ~ヘパイストスの想い~ □□□□


 とりあえず、アフロディーテ様との馴れ初め?はよく分かった。

 しかし、失礼かもしれないが、俺が本当に知りたいのはそんなことではない。


 なぜ愛もないのに、アテナを婚約者に選んだのか。


 その理由を知りたい。

 ヘパイストス様はお節介だと言ったが、果たしてどういう意味なのだろうか。


「さっきの話と関係なくはないんだよ」

「どういうことですか?」

「僕はアフロディーテ嬢と結婚した。だけど、彼女には一切手を出してはいないんだ」

「はぁ.....?」


 アテナに対して愛がないように、またアフロディーテ様にも愛はなかったらしい。

 当然、アフロディーテ様もヘパイストス様には愛がなかったようで、そういう行為は一度も行われなかったそうだ。


 だから、なんだと言うのか.....。


「そこにアテナ嬢が産まれてきた。会ったことはないが、それは美しい女神だと聞き及んでいるよ」

「そう.....ですね。少なくとも、俺が今まで見てきたどの女性よりも抜群に優れた容姿ですね」

「そうか。.....だからなんだろうね。父さんがアテナ嬢を狙うのも必然だったのかもしれない」

「.....」


 ほぼ引きこもり状態であるヘパイストス様ですら知っているということは、アテナが父親であるゼウス様に狙われているのは確実なのだろう。どんだけ見境がないくそ親父なんだよ.....。


「だから、僕が婚約者に立候補したんだ」

「.....?イマイチ話がよく分からないのですが?」


「僕達神もいずれは結婚する。それは当然、アテナ嬢も例には漏れない。

 そして、一応相手がいる者には手を出してはいけないという決まりも存在する」


 つまりは、ヘパイストス様がアテナの婚約者になることで、ゼウス様の魔の手から守ってくれたということになるのだろうか。

 とてもありがたいことだが、何故そこまでアテナに肩入れをするのだろうか。


 それに、意外でもある。

 

 わがままの限りを尽くす神様が、決まりをちゃんと守っているなんて想像がつかない。

 てっきり、そんなことをしているのは、超規則バカなニケさんぐらいだと思っていた。


 だが.....。


「まぁ、父さんは守っていないんだけどね」

「はい!?」


 守られていないんかいっ!


 だったら、ヘパイストス様がアテナの婚約者になっても意味がない。

 第一、考えてみれば色々とおかしい点がある。


 そもそも、ゼウス様がアテナを狙っているのだとしたら、ヘパイストス様との婚約を認めたりなどはしないはずだ。

 なのに、アテナから聞いた話では、ゼウス様公認だったはず。


(アテナを狙っているのに、ヘパイストス様との婚約は認める.....?)


 訳が分からない。

 ゼウス様は一体何を考えているのだろうか。


「それも訳がある。実はね、父さんはもうアフロディーテ嬢には興味がないんだ。何故だか分かるかい?」

「う~ん?言うことを聞かないとか、生意気だからとかですかね?」

「そういうのもあるだろうが、正確には違う。父さんは処女が好きなんだ」

「.....」


 うわぁ.....。

 処女厨かよ.....。


 ヘパイストス様がここまで情報通なのには訳がある。

 ただ、それでも、おっさんの性癖を暴露されても困るというか、気持ち悪い。


「だから、アテナ嬢の処女を守る為にも、父さんは僕との婚約を認めたんだと思う。

 婚約者さえいれば、一応他の神はアテナ嬢には手出しできない決まりだからね」

「でも、ヘパイストス様が手を出してしまう可能性だってありますよね?」


「忘れたのかい?僕はアフロディーテ嬢にすら手を出してはいないんだよ?

 当然、アテナ嬢にも手を出すつもりはない。だからこそ、父さんも安心して認めたんじゃないかな?

 いずれは僕からアテナ嬢を取り上げるつもりなんだと思うよ」

「つまりは、ヘパイストス様をいいように利用している、と?」


「だろうね。僕の使い道なんて神具を創ることとそれぐらいしかないからね。ははは.....」

「.....」


 だから、そういうふうに自分を卑下するのは止めてくださいって.....。


 とりあえず、ヘパイストス様がアテナを婚約者に選んだ理由は大体分かった。

 要は、ゼウス様の魔の手からアテナを守る為に婚約者に選んだということだ。


 どうして、ヘパイストス様がそこまでアテナに肩入れするのかは依然不明なままだが、一応決まりに則って、できる範囲でアテナを守ってあげていたらしい。

 但し、悲しいことに、ゼウス様にはあまり効果的ではないようだったが.....。


 無意味といえば無意味ではあるが、それでも、できる範囲でなんとかしようとするその心意気は嫌いじゃない。

 いかにも小市民っぽさが出ていて、すごく親近感が沸く。


「これで、君に怒りを感じない理由も分かってもらえたと思う。

 むしろ、アテナ嬢が心から君を選んだということなら、兄として嬉しい限りだ」

「.....いや、アテナが勝手に言っているだけですよ?」


「それでもいい。.....いや、案外君も満更でもないのでは?

 アテナ嬢の為にあれほど怒っていたのだからさ。少なくとも、僕よりかは君のほうが全然いい」


 何だか、アテナとの結婚を応援されてしまった。

 俺としてはニケさん一筋であり、アテナはかわいい娘程度の認識しかないのだが.....。


 それでも、今後もできる範囲でアテナを見守ってくれるらしいので、お世話になることにした。



(ありがとうございます。ヘパイストス義兄さん.....でいいのかな?)



次回、本編『神剣と聖剣』!


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今日のひとこま


~最強の諜報神~


「ヘパイストス様って色々とお詳しいんですね。驚きました」

「生き抜く為にも情報は必要不可欠だったからね。本当に苦労したよ。ははは.....」

「だから、その笑いは止めてくださいって.....。気が滅入るんですよ」

「僕は普通に笑っているだけなんだが.....。そんなに変かい?」


マ、マジかよ.....。

素で昏い笑顔とか悲しくなるわ。


「そんなことより、どうやって情報を集めているんですか?引きこもりなんですよね?」

「引きこもりって.....」

「引きこもりじゃないんですか?」

「いや、引きこもりではあるけどさ.....。そこは神として否定したいというか.....」


「そんな小さいプライドは捨てましょう!引きこもり大いに結構じゃないですか!

 自立できる力と愛しい娘達さえいれば満足なんですよね?」

「まぁ、その通りなんだが。君もそれを望むのかい?」

「いえ、俺は外に出ます。趣味がウォーキングなんで」

「家の中でも歩けるじゃないか」


「それはウォーキングとは言えません。ウォーキングとは歩くだけにとどまらないんです。

 風景を楽しんだり、行き交う人々と挨拶を交わすのもウォーキングの醍醐味ですから」

「ほほぅ。ちょっと面白そうだね。僕も神界をうろついてみようかな」

「ぜひやってみてください。運動不足の解消にも繋がりますよ?」

「いや、毎日鍛冶をしているし、運動不足は問題ないよ。と言うか、運動不足とかならないしね」


運動しなくても不健康にならないとか、神は不健全過ぎるだろ!

アテナも食っちゃ寝ばかりしているが、一向に太りもしないし。


「それで、どうやって情報を得ているんですか?」

「まぁ、秘密にしている訳でもないし、別にいいか」

「自分で言っておいてなんですが、そんな簡単に教えちゃってもいいんですか?」

「構わないよ。そもそも、こんなことを尋ねてきたのは君だけだしね」


「そうなんですか?情報とか、とても重要だと思うんですが.....」

「神は自己完結できる生き物だからね。他人に頼ったりしないんだよ。

 だから他人からの情報なんて必要ない。必要なければ興味も持たない。そういうことだ」

「相変わらず無茶苦茶なんですね、神様は.....。では、差支えないようなら教えてください」

「僕はね、会話をしているんだよ」


いきなり引きこもりとは無縁な単語が出てきたな。


「会話.....ですか?どなたと?」

「僕が創ったもの全てだね。

 僕は武器だけではなく、創ったあらゆるものと意思疎通を諮ることができるんだ」

「あらゆるもの!?」

「そう、『創鳴』という神護でね。

 創ったあらゆるものに命を与え、意思疎通を諮ることができる神の力なんだよ」


「神護?」

「加護の上位版だと思ってもらってもいい。

 それぞれの神は、必ず神護と呼ばれる加護よりも強力な力を有しているものなんだ」

「!!!.....お、俺も手に入れることはできますか!?」

「ははは!君は神にでもなるつもりかい?神なんてつまらない存在だ。絶対、止めたほうがいい」


それを神である貴方が言いますか!?

と言うか、言外に無理だと言われたのだろうか?


「とりあえず、僕はここに居ながらにして神界のあらゆる情報をいち早く入手できるんだ。

 なんたって、神界にあるあらゆるものは僕が創り出したものだからね」

「!?」


『情報を制する者は全てを制す』という言葉がある。

意外とヘパイストス様は神界の裏番長的な地位にあるのではないだろうか.....。


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