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第174歩目 冥界の魔女襲来!女神ニケ⑩

前回までのあらすじ


初めてのハグで舞い上がるニケさん!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ブクマ・評価・感想ありがとうございます。

励みとなります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


3/28 世界観の世界編!に一部追記をしました。

   追記箇所は、『宗教』と『恋愛相関図』と『世界の倫理感』の⑮となります。


□□□□ ~いつまでも上手くいくと思った?~ □□□□


 愛に訴えかけるナイスな作戦で、見事『自由』を一発で引き当てた俺は調子に乗っていた。


 そして、時間は残すところ10分。

 このままの勢いで、俺はドールやモリオンの分も一気に消化してしまおうと秘かにほくそ笑んでいた。


 ドールにしてみれば、初めての加護ということになる。

 今まで、俺が不甲斐ないせいで、ドールには『たわし』という悲しい結果を強いらせていた。


「妾は、また『たわし』なのじゃな」

「.....」


「なぜ主がそんな顔をするのじゃ?主のせいでもあるまいに.....。変な主なのじゃ。

『勝負は時の運』とも言う。神の恩恵もまた同じなのであろう。気にしたら負けなのじゃ」


 ごめんよ、ドール.....。

 大体は俺のせいなんです!!


 ちなみに、ドールには『俺がダーツをして、報酬を自由に選べる』ことについては一切教えてはいない。

 アテナが女神であり、俺が勇者ではないこと等は話したが、神界の事を気軽に話してもいいものなのかどうかは憚られる。



 話が逸れた、戻そう。



 ドールは結果が『たわし』であろうとも、俺の前では何事もないような平然とした態度を常に取っている。

 そういうのを気にしないタイプなのか?とも思ったが、実は陰でしょんぼりしている姿を何度か見掛けたことがあった。


 考えてみれば当たり前のことだが、力を求めるドールが、結果を気にしないはずなどないのだ。

 だからこそ、ドールのその悲しそうな背中を見るたびに、俺の罪悪感は募るばかりだった。


 しかし、その悲しみの連鎖も、ここでようやく終わりを迎える。


(やっと、ドールの喜ぶ姿が見れる.....。どんな力だったら喜んでくれるかな?

 モリオンは初の祈りで、力をGETか。お姫様でもあるし、選ばれた存在の一人なんだろうなぁ)


 俺は心を弾ませ、俺の時同様に、ニケさんに手伝ってもらえるようお願いしてみた。

 既に共同作業の説得は完了していたので、そのままの勢いでいけると確信していた。


「それはできません」

「!?」


 だが、ニケさんから返ってきた答えは耳を疑うもので、俺を再び絶望に叩き落とすものだった。.....え!?なんで!?


「神界規定に違反しますので、お受けできません」

「規定.....?いや、だって.....。さっき、共同作業の件は納得してくれましたよね?」


「はい。あれは私と歩様にとって必要な『愛の共同作業』だと判断しましたので、

 特別に規定を曲げさせて頂きました。それに、私にとっても最優先事項となりますしね」

「だ、だったら、今回も.....」


「ですが、今回の件は、果たして私と歩様にとって必要なものと言えるでしょうか?」


 うっ.....。


 ニケさんからは、「絶対に無理ですよ?」と言わんばかりの圧倒的な拒絶オーラが漂っている。

 デキるお姉さんモードのニケさんはカッコいいし、頼りになるのだが、こういう部分は案外大変だ。俺とニケさんにとってのメリットを説かないと決して承諾は得られないだろう。


 俺とニケさんにとってのメリット.....。そんなものあるか?なくね?

 ただ、敢えてあげるとしたら、これぐらいしかないような.....。


「あのですね?俺とドールは仲間でして.....」

「必要ありません」


「え!?」

「歩様には私さえ、いえ、私とアテナ様さえいれば問題ありません。

 ですので、狐などものの数に入りません。それは、今一緒にいるドラゴンも同様です」


 だから、「情で訴えてもダメですよ?」とでも言いたいのだろうか?

 ふっ。甘いな!ニケさん!!


「いえ、俺が言いたいのはそういうことではなくてですね」

「承りましょう」


「ドール達に力が備われば、ダンジョンを攻略できるスピードが比較的に.....」

「お忘れですか?

 私は常に歩様の一挙手一投足を、神界から監.....ごほん。拝見させて頂いているのですよ?」


 いま、監視って言い掛けませんでした!?


 ニケさんに途中で言葉を遮られてしまったが、そんなことは改めて言われなくとも知っている。

 だから、なんだと言うのか。俺が言っていることは、少なくとも間違ってはいないはずだ。


「現状、ダンジョン攻略においては役に立っていないですよね?」

「それはまぁ.....。ですが、力さえ備われば変わりますよ?今ではなく将来の話です」


「仮にそうなったとして、短縮できるのは僅か数日なのではないですか?

 申し訳ないですが、規定を曲げるには理由が弱すぎます。むしろ、デメリットのほうが多いですね」


 デメリット.....?


 ニケさんの話を聞くに、仮に不正を行ったという事実が露見した場合、今のアルテミス様と同じように神罰を与えられる可能性があるらしい。

 それに、オリンポス12神の1柱であるアルテミス様だからこそまだ軽い神罰で済んではいるが、これが神格の低いニケさんの場合はどんな神罰が下されるか予想もつかないそうだ。


「しかも、私は最近神罰を受けている身です。

 できますれば、リスクのある行動はなるだけ避けたいと思います」

「あぁ、アルテミス様との一件ですよね?」


「はい。お叱り程度で済むのでしたら良いのですが.....。

 最悪、アルテミス様のように謹慎を命じられて、歩様とのデートができないということも.....」


 うぅ.....。

 それは俺も困る。


 ニケさんの場合はアルテミス様の場合とは異なり、今までの功績や信頼のおかげで、神罰を受けた以降も監視の目はどうやら付いてはいないらしい。

 上というか、上層部?も、何かの間違いだったんだよね?程度の認識なんだとか。


 仮に、そこに更なる不正が露見したとなると.....。さすがにやばいか。


「まぁ、バレないように上手くやりますが」

「自信満々!?」


「不正の1つや2つぐらい完璧に闇に葬り去ってみせます。

 ですので、歩様の件はご安心くださいませ。このニケが命を持って保証致します」

「だったら、ドール達の分も.....」


「それはお受けできません。単なるデメリットでしかないですから」


 う~ん。

『俺とニケさんにとってのメリット』で考えた場合は、確かにデメリットでしかないか.....。


 それに、ニケさんの言いたいことはよく分かる。

 敢えて、虎の尾を踏むような行動はしたくないということなのだろう。


(ふぅ。万策尽きたか.....。

 むしろ、これ以上引っ張ると、俺のニケさんへの想いを疑われる可能性すら有り得る.....)


 ニケさんは、真剣に『俺とニケさんにとってのメリット』を考えた上で、俺の提案を受けられないと言ってきている。

 対して、俺はそんなニケさんの考えを否定し、なおかつデメリットになりそうなことを押し通そうとさえしている。これでは想いを疑われても仕方がないだろう。


「.....分かりました。わがままを言って、すいません」

「いえ。お力になれず申し訳ありません。

 お詫びという訳ではないですが、できる範囲でお手伝いをさせて頂きます」


 お手伝い?

 なんだろう?


 そこにはにこっと微笑みながら、憐れなる子羊()にせめてもの慈悲を賜ってくれる女神様(ニケさん)の姿があった。やっぱり俺の女神様は最高やっ!


 女神様.....。

 できることなら、憐れなる子羊の仲間に女神様の祝福があらんことを.....。



 こうして、俺は時間に追われながら、再びダーツに挑むことになった。



□□□□ ~新興宗教~ □□□□


『たわし』


『たわし』とは、洗浄のために用いる繊維を固めたブラシに似た道具のことである。

 繊維の部分を対象物にこすり付けることで汚れを落とす。

                                (※wikipedia参照)


 まず、神界で得られる『たわし』は、下界で使用される『たわし』と姿形はそっくりである。

 唯一異なる点と言えば、繊維の部分が黄金色となっていて、使用しても使用しても、その輝きを失うことがない汚れ知らずなことだろう。


 この世界パルテールでは、一家に1個は欲しい7つ道具の1つに数えられる。

 更には、高級店でもある魔道具店にて、1個100万ルクアにて絶賛販売中とされている、世の婦人方には大人気の商品でもある。


 一応、鑑定結果には『神聖なるたわし』と表示されるので、模造品でごまかすことはできない。

 と言うか、そんな事をしようものなら、民衆に袋叩きにされてしまう恐れすらある。


『たわし』であっても神が下賜された物。

 民衆にとっては神の恵みともいうべきものであって、尊敬と敬愛の念で奉られている。


 注意しておくが、奉ってはいるものの、当然使用はしている。



 閑話休題。



───ストッ。


『たわし』


「うわぁぁぁぁぁあああああ!

 モリオぉぉおおおン、ごめぇぇぇぇぇえええええん!!」


 絶叫、発狂とともに、俺は己の運命を呪い、頭を抱えた。


 またしても『おたわし様』が手に入ってしまった。

 いや、手に入り過ぎてしまった。


 ドールとモリオンの分を合わせて、計14個の『おたわし様』との迎合である。


「歩様。お疲れ様です。結果は.....(くすっ).....ざ、残念ではありましたが」

「.....今、笑いませんでしたか?」

「い、いえいえ。それはともかぷ、こういう時もございます。ど、どうかお気になさらぷに.....」

「ちょっ!?やっぱり笑ってますよね!?」


 ぷるぷると体を小刻みに震わすも、至って生真面目な表情で俺を励ますニケさん。

 いっそのこと、堪えずに吹き出してもらったほうがどれだけ心的ダメージが少ないことか。.....まぁ、いいけどさ?不快な感じはしないし。


 改めて説明するまでもないと思うが、結果は全敗.....いや、惨敗だった。


 ちなみに、ニケさんに手伝ってもらった結果である。

 いや、そもそも、ニケさんの手伝いそのものが、あまりにも予想外なものだった。


 秘かに期待してはいたのだが、ダーツに矢が刺さるのを補助してくれたに過ぎない。

 的から外れたり、刺さらなそうな場合は、前回同様やり直させてくれたのだが、それ以外は完全スルーときた。

 これでは、『たわし』にならざるを得ない。とほほ.....。


 ニケさんが7回当たったということは、当然、ドールやモリオンも7回ずつ報酬を貰う権利がある。

 つまり、合計14回分のダーツを行うことができるという訳だ。


 言うまでもないと思うが、俺の時とは異なり、個別に投げさせてもらった。

『加護』に当てられる自信があるのならまとめてでもいいが、全くない上、もしまとめて投げた結果が『たわし』だったらと思うとシャレにならない。


 だが、結局は.....。


「.....これって、何とかならないものですかね?

『たわし』の文字を見る度に、申し訳なさで胃に穴が開きそうなんですよ.....」

「そうですね。無心が一番かと思います」


 無心.....。

 無心ねぇ.....。


 そう言えば、同じようなことをアルテミス様が、いや、エリス様だったかな?が言っていたような気がする。

 だが、案外これが難しい。心頭滅却すればなんとやらってのもそうなのだが、無心になることなど人間には到底不可能だ。どうしても、些細な事がきっかけで雑念が生まれてしまう。


「まずは落ち着くことだと思います。心が乱れていては成功するものも成功しません」

「そう.....なんですよね。それは頭では分かっているつもりなんです」


「適当でいいんだと思います」

「適当、ですか?」


「はい。こういう責任を負うような場面では特に、です。

 気負ったところで、勢いこんだところで、結果は変わりません。

 でしたら、適当にやってしまうのがベストなんだと私はそう思います」


 そうか.....。

 結果が変わらないのだとしたら、気負う必要性は(全くとは言わないが)ないのか.....。


 依然、ドール達に対して申し訳なさは募るものの、それでも、心がスゥっと軽くなったような気がした。

 さすがはニケさん。デキるお姉さんは言うことが違う。


 そう思っていたのだが.....。


「まぁ、私もアテナ様からの受け売りなんですけどね」


 受け売りなんか~い!


 ニケさんが舌をちろっと出して、ばつの悪そうな笑顔でそう答える。


 ただ、仮に受け売りであったとしても、人を、俺を励ます為に言ってくれたものだ。

 それは紛れもなく、ニケさんの言葉であることに間違いはない。


 ニケさん、ありがとうございます!

 それにしても、アテナの受け売りねぇ.....。


「何でも、漫画から知識を得たとか.....。アテナ様の博識ぶりには驚嘆せざるを得ません。

 それに、遊んでいるように見えて、実は知識の収集をされていたと聞いた時には目から鱗が落ちました」

「それ、アテナに騙されていますよ!?」


 あのくそ駄女神はっ!

 俺のニケさんを誑かすとはとんでもないアホだ!!


 前々から思っていたのだが、ニケさんのアテナへの崇拝ぶりは常軌を逸している。

 よもや、最近よく耳にする『アテナ教』とやらは、ニケさんが表立って組織立てたものなのでは!?と、思わず勘繰ってしまう程だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『アテナ教』


 アテナを神として奉る新興宗教のこと。

 その名を初めて耳にしたのは農作物の町ミューロリアで、何でも王都フランジュが発祥の地なんだとか。

 一所(ひとところ)に一年以上居たせいか、アテナの女神のような愛らしさ、かわいらしさに心を奪われた同士一同(民衆)が立ち上げたものらしく、現在最も勢いのある宗教としてシンフォニアにも伝わっているらしい。


 特に、その知名度を爆発的に足らしめた原因が.....。


「はぁ.....?レムーナが改名したんですか。それで、なんと?」

「『奴隷の村』から『女神の村』へと改名するよう、王に嘆願したと聞きましたよ」

「ちょっ!?嘆願!?」

「ギルドが主体となってシンフォニアへと掛け合い、

 そこから、フランジュへと要請が入ったみたいですね」


 そう語るのは、ミューロリアの受付嬢であるトシーネさん。


 確かに、レムーナで奴隷問題は解決した。

 そして、アテナに手柄を横取りされたのは事実だ。


 それ以降、村全体がアテナに恩を感じるという何ともバカな空気が出来上がり、そして、改名にまで至ったのだとか。


「それって、内政不干渉とかにならないんですか?」

「それがですね。

 レムーナだけではなくて、フランジュを始めとした各地で同じような要請が出たらしいですよ?」


「.....各地?なんでまた?」

「それだけ信徒が広範囲にいるってことなんじゃないですか?」


「HAHAHA。.....ち、ちなみに、各地ってどこですか?」

「フランジュを中心に、コルリカやフルール、ガタツ、パレスなどですね。

 あっ!そうそう。姉妹国家であるベルジュからも要請があったみたいですよ」


 嘘.....だろ!?

 俺達が行った都市、ほぼ全てじゃねえか!?


「さすがに、王としても、この勢いは看過出来なかったんでしょうね。スピード解決したみたいですよ。

 まぁ、当然ですよね。これがきっかけで暴動なんて起こされたらたまったものじゃないですしね。あはは」


 笑えねぇよ!?

 目立ち過ぎだろ!特にアテナ!!


 こういう事情があったので、これ以降、アテナ達をお留守番にするという行動は控えるようになった。

 俺が居ない間に、アテナ達に何かあったら大問題だしな。


 それに、どうやら俺達の後を付いてきている連中こそが、その『アテナ教』の信徒であって、その中でも特に狂信者だと分かってからは余計に注意を払うようにしている。


 ただ、そのお話はまた別の機会にしようと思う。


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「まさか.....。『アテナ教』を立ち上げたのは、ニケさんじゃないですよね?」

「いえいえ。私はアテナ様を心より尊敬しているだけでございます。宗教などとは無縁ですよ」


 尊敬.....だと!?

 あの駄女神を!?デキるお姉さんのニケさんが!?


 元より、ニケさんが『アテナ教』に関わっていないことぐらい分かってはいた。

 ただ、一応念の為に確認してみたら、それ以上の答えが返ってきたのでビックリしてしまった。


「アテナ様は素晴らしい女神様です。

 このニケ、命尽きるその日まで、アテナ様に尊敬の念を捧げる所存でございます」

「いやいやいやいやいや!それは行き過ぎですって!!」


 あのバカにそこまでの価値はないですから!

 絶対に騙されていますよ!ニケさん!!



□□□□ ~迫る刻限と魔女~ □□□□


 ニケさんが色々と極端であることを改めて知ることができた。

 嬉し恥ずかしいことだが『俺への愛』、そして、何度言っても聞く耳を持とうしない『アテナへの尊敬』。

 これら二つに関しては、最早100%を突破して計測不能な領域にまで突入しているようだ。.....ぶっとび過ぎ!


 そんな純粋過ぎるニケさんに、ちょっぴり心配しつつも、どこかそういうところがニケさんらしいなぁ、なんて思っていたら、ふと体に違和感を感じた。


「ん?」

「歩様?どうされました?」


「いえ、気のせいかもしれないんですが.....。

 違和感を感じるというか、なんと言うか、体が引っ張られるような感じが.....ぅお!?」


 いや、気のせいではない。確かに、体が引っ張られている。

 今はそれほどの力ではないが、それはまるでここから追い出そうとするかの如く、体を、意識を強引に引っ張ろうとしている。.....な、なんだこれ!?


「ご安心くださいませ。それはタイムリミットが迫っているということです」

「な、なるほど。これが強制力ってやつなんですね」


 時計を見ると、残り8分。

 時間になったら、否が応でも、強制的に移す前触れというやつなのだろう。それにしても、何だか慣れないな.....。


「それでは歩様。前回同様、明日お伺いさせて頂きますね」

「はい。教会でいいんですよね?待っています」

「楽しいひとときでした。ありがとうございます」

「こちらこそ。ありがとうございます。そして、7日間よろしくお願いします」


 しばしの別れを済まし、見つめ合う俺とニケさん。

 ちょっと名残惜しい気はするが、それでも明日には会える。だから寂しくはない。



 残り7分───。



「あの.....。最後にお願いをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「も、もう一度.....。だ、だだだだ、抱き締めては頂けないでしょうか!」


 顔や耳をさくらんぼのように染め上げ、かわいらしいお願いをしてくるニケさん。

 当然、俺にNOという選択肢は用意されてはいない。


「いいですよ」


 俺の返事を合図に、ニケさんは立ったまま、まるで祈るかのように手を胸の前で組み始めた。

 そして、そのポーズのまま、顔を真っ赤に染めつつもソッと目を閉じ、更にはほんの少しだけ顎を上げ、ぽつりっと一言。


「お、お願いします.....///」

「.....」


 え?

 抱き締めればいいんだよね?


 まるで、キスを催促されているようなポージングだったので戸惑ってしまった。

 いや、このポージングは、ドラマやアニメでは確実にキスシーンだと思うのだが.....。ど、どうしよう。


 元々、今回のデートで、(ニケさんが嫌でないのなら)キスをするつもりではいた。

 それは決めていたのだが、まさか、このタイミングでキスのチャンスが巡ってくるとは思いもしなかった。


 キスはする。それは絶対だ。

 ただ、今この瞬間にしてもいいものなのだろうか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「忘れたのですか?時には強引にいくのも男らしさなのですよ?

 一気にぶちゅ~といきなさい!きっと待っているに違いありません!」


 そう、俺の中の天使が囁く。

 相変わらず、イケイケGOGOな天使のようだ。


 一方───。


「やめときな!ニケさんにだって心の準備ってもんがあるんだよ。

 されて嫌がることはないだろうが、女の子ってのはシチュエーションを好むんだぜ?」


 そう、俺の中の悪魔が囁く。

 こっちはこっちで、何故か常識的な悪魔のようだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 だから、お前ら役割が逆だろっ!

 という、ツッコミは今は置いておくとして、早急に答えを出さないといけない。


 → 『キス』

   『ハグ』

   『逃亡』


 どれが正解なんだ!?


「.....歩様?」


 ニケさんからは不安そうな声が漏れる。

 それでも、俺を信じて一向に姿勢を崩す気配はない。くぅ~!写真に収めたい!かわいすぎる!!



 残り6分───。



 しばらく(と言っても1分程だが)悩んだ結果、俺は行動に移ることにした。

 俺が出した答えはこれだ。


   『キス』

 → 『ハグ』

   『逃亡』


 まず、『逃亡』は論外。何故こんな選択肢があるのかすら理解できない。

 そして、『キス』と『ハグ』については、悪魔の囁きを受け入れることにした。


 ヘタレだと思わば、ヘタレと笑え!


 俺だって、ステキなシチュエーションでファーストキスをしてみたいという願望は当然ある。

 演出できるかどうかが問題ではない。そういう気持ちが大切なんだと思う。だから、今回はハグ!!


 時間も残り少ないので、早々にハグに移る。

 ニケさんの華奢な体を優しく労るように、それでも、想いの丈が伝わるように強くしっかりと.....。


 そのつもりで、ハグをしようとしたその時───。


「───!」


 何かが聞こえたような気がした。気のせいだろうか。

 相変わらず、体は引っ張られるような感じがするので、それなのかもしれない。


 ニケさんが待っているので、改めてハグに移ろう。

 正面に立つと、ニケさんの甘い吐息がかかり、心の鼓動が聞こえてくる。


 しかし───。


「───!」


 やはり、気のせいではない。

 ハッキリとは分からないが、何かが聞こえる。気になって仕方がない。

 

 そして、それはどうやらニケさんも同じなようで.....。


「.....ニケさん?」

「.....」


 俺の呼び掛けには応じず、不満顔で空を見上げているニケさん。

 ハグを邪魔されたことが、余程お気に召さないとみた。


 しかし、いまだ、その謎の声?の正体が俺には分からない。


 ただ、恐らくだが、ニケさんは分かっていると思われる。

 鋭い眼差しで、ある一点をずっと見つめているからだ。なんだ?なんだ?俺には何にも見えないのだが?



 残り5分───。



 ここまでくると、何も見えなかった俺でも、何となくは分かるようになってきた。


「───くーん!」


 人だ。人がこちらに飛んでくる。

 いや、神界に人はいないだろうから、神様がこちらに飛んでくる。


「───ん・くーん!」


 初めは飛んでいることに驚いた。

 しかし、神様なら飛んでいてもおかしくはないか、と勝手に納得することにした。


「───げん・くーん!」


 う~ん。

 姿形からして、アテナだろうか?


 ツインテールの髪に、神秘的な美しさを醸し出している整った顔立ち。

 そして、どこか子供っぽさが残る幼くもきれいなアニメ声。


 いや、それにしては、ちんまい気が.....。どこが、とは言わないけどね。



 しばらくすると.....。


───オオ!


「人・間・くーん!」

「ふぁ!?へカテー様!?」


 なんと姿を現したのは、『冥界の女神』、『冥界の魔女』、『お利口さんなアテナ』であるへカテー様だった。

 まだ俺との間に距離はあるものの、はつらつとした笑顔とともに、元気いっぱいな声で俺のことを呼んでいた。


───ォオオオ!


「人・間・くーん!」

「ど、どうして、へカテー様がここに!?」


 ぐんぐんと俺との距離を詰めてくるへカテー様。

 よく分からないが、凄まじい速度だけなのは分かる。だって、空気の流れ?風の流れ?というものを切り裂くように進んでいるのだから。


───ゴォォオオオ!


「人・間・くーん!」

「さ、さすがに、もう聞こえていますよ、へカテー様」


 小さいジェット機と化したへカテー様が、勢いそのままで突っ込んでくる。

 まるでブレーキなど一切かけずに俺に飛び込んでくるかの如く.....。ま、まさかな、HAHAHA。


 そして.....。


───ドゴッ!!


「人間君、会いたかったー☆」

「へぶぅ!?」


「あ.....」


 言うまでもないことだが、当然のように追突されてしまった。

 どうやら、へカテー号の終着点は、俺の胸の中だったらしい。


───ガガガガガ!


「やっと会えたー☆」

「ぐぅぅううう!!」


 もの凄い衝撃が俺を襲うが、倒れないよう懸命に踏ん張る。

 いっそのこと倒れてしまったほうが楽なのだが、俺の胸の中にはへカテー様がいる。万が一、俺が倒れでもして、その結果へカテー様に傷でも負わせてしまったら.....。


───ガガガガガ!


「人間君の匂いひさしぶりー☆」

「ぐぉぉおおお!!」


 ここで倒れる訳にはいかない。

 いくらへカテー様が女神様だから大丈夫であっても、傷を負わないとは限らない。


 俺がしっかりと()()()()()守ってあげればいいだけだ。


───ガガガ!


「あー!ごめーん!だいじょーぶー?」

「うごごごごご!!.....(ぜーはー).....(ぜーはー).....な、なんのこれしき、ですよ.....」


 気付くの遅いですって、へカテー様!


 ようやく衝撃が収まったきたので一息入れることができた。

 俺の胸の中にすっぽりと納まっているへカテー様はどこか嬉しそうで、どこか申し訳なさそうだ。


「あらためましてー、人間君、久しぶりー☆」

「はい。お久しぶりです、へカテー様」


 へカテー様は相変わらず元気で、お利口さんである。

 見た目がアテナそっくりなのに、アテナとは違って、しっかりと挨拶ができている。


 思わず、涙が出そうになった。

 なんてお利口さんなんだろう。


 さて、だいぶ落ち着いたので、自分にヒールを施しつつ、へカテー様に事情を尋ねたいところなのだが.....。


「.....」


 にこにこと笑顔なへカテー様に対して、俯いていて表情は分からないが、何かをぶつぶつと言っているニケさん。

 明らかに不機嫌なオーラが漂っている。.....な、なんで!?


 そして、この状況、つい数十分前にも同じようなことがあったような気がする。


「あ、あの?ニケさん?」

「きゃー!人間君、あぶないよー!」


 おっと!

 危うくへカテー様を落とすところだった.....。


「.....」


 俺に抱き支えられていたへカテー様が、俺の胸の中から転げ落ちそうになっている。

 アテナじゃあるまいし、へカテー様を粗略に扱う訳にはいかない。


 ()()()()()()()へカテー様を優しく地面に降ろす。


「ありがとー☆」

「いえいえ。思わず抱き締めてしまいましたが、窮屈じゃなかっ.....あー!!」


 そこまで言って、ようやく理解することができた。

 何故ニケさんが不機嫌になっているのか、その理由を.....。マ、マズいぞ!


「ニケ姉もひさしぶりー☆」

「.....」

「あれー?どーしたのー?」

「.....いえ。お久しぶりです、へカテー様」


 しかし、当のへカテー様はそんなことなど少しも気にはせず、普段通りに声を掛け始めた。ど、度胸あるなぁ。

 それとも、お利口さんではあるけれど、空気は読めないのだろうか。



 残り3分───。



 とにかく、一触即発な状況の中、表面上は和やかに会話が始まった。

 ニケさんのにっこりスマイルに、どこか寒気を感じるのは俺だけではないはずだ。そう思いたい。.....逃げて!へカテー様!!


「.へ、へカテー様はどうしてこちらへ?」

「アーちゃんと人間君が来てるっていうからー、遊びにきたんだー!」

「.....遊び、ですか。そうですか。泥棒かと思いましたよ」


 泥棒って.....。

 ちょっと直球過ぎないか?


「どろぼーってどーいうことー?」

「私から歩様を奪いにやってきたのかと.....。どうやらお二人は仲がよろしいみたいですし」

「HAHAHA。い、以前、命を助けてもらったことがありますので、それでですね.....」


 な、なんだろう.....。

 まるで、浮気を問い詰められているような、この息苦しさは.....。


 ニケさんが、俺に視線を向けないのが尚更怖い。

 へカテー様ただ一人を凝視しているというか、威嚇しているというか、何とも言えない恐怖を感じる。


「んー?奪うってどーいうことー?」


 しかし、へカテー様はニケさんの憎悪に満ちた視線などどこ吹く風といった感じで受け流している。

 いや、気付いていないだけなのかもしれない。


 これで、へカテー様は空気読めない説が濃厚になってきた。


 だが.....。


「私と歩様は将来を誓い合った仲です。

 アテナ様ならばともかく、他人に入り込む余地などない、ということです」

「ぶふっ!?」


 ここにも空気読めない()がいたっ!


 どうやら、空気が読めない人はまだいた模様。

 将来うんぬんはともかく、何故挑発するような事を敢えて言うのか。


 それに、『アテナ様ならばともかく』って部分もどうかと思う。

 へカテー様とアテナは大の仲良しで、一応ライバル関係でもあるらしい。そうなると必然的に.....。


「.....私だってー、人間君のこと好きだよー?」

「.....お戯れを(嘲笑)歩様のことを名前で呼ばずして、何が好きなのでしょうか?」

「あ、あのですね.....」


 何だか険悪な感じになってきたので、すかさず止めに入る。

 先程まではのほほ~んとしていたへカテー様も、今では深く、昏く、底が見えない剣呑な瞳となっている。

 一方、既に明確な敵意を見せているニケさんは、燃え盛るきれいな灼眼が、今では昏く淀んだ色となっている。


 正直言えば、どちらも嫌いな瞳だ。


 へカテー様の瞳は、何を考えているのかさっぱり分からない未知の恐怖を感じる。

 一方、ニケさんの瞳は、見下したような、眼中にないような、そんな寂しさを感じる。


 そもそも、こうなった原因は俺にある。

 俺がニケさんを差し置いて、へカテー様を抱き締めてしまった(仕方がない事情があるとしても)ことに原因があるのだ。


 だから、俺が謝れば済むことだ。

 なんだったら、ニケさんが嫉妬の炎を沈下する、その瞬間まで抱き締めてあげてもいい。


「ニケさん、へカテー様、俺の話を.....」

「「うるさいっ!」」


 なんで!?

 おかしいだろ!


 俺のことで争っているはずなのに、この理不尽さ。

 アテナのバカさが恋しくなる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「よんだー(。´・ω・)?」

 「呼んでな.....助けてください!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 しかし、原因が分かっている以上、ここで引く訳にはいかない。

 俺は心を引き締め、再び対立している二人に割って入る。.....と、その時。



 残り0分───。



【次の神の間へと転移します】


 は?


 変なアナウンスが聞こえたと思いきや、突如、俺は体が、意識が、どんどん重くなり、そして.....。


(じょ、冗談だろ!?

 話的にここで終了とかあり得ないだろっ!?)


 それは突然であり、必然でもあった。

 俺は二人の対立を仲裁するどころか、結末さえ見れずにタイムオーバーを迎えてしまったのだ。



 こうして、俺は次なる神様の元へと向かうべく、強制的に転移させられてしまったのだった───。




次回、『再び』!


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ニケとヘカテーのその後も気になるところではありますが.....。


 ちょうど、主人公に対して何らかのアピールをしている人物がキリのいい数字(10人)出てきましたので、ここらで主人公に対する各キャラの恋愛事情を相関図として発表します。

 ただ『好き』となっていても、それぞれのキャラによって抱いている感情は様々です。



挿絵(By みてみん)



ここでは、相関図のみUP致します。

詳しい説明は、世界観の【恋愛相関図】をご覧ください。


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