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第141歩目 久しぶりのあいつ!

前回までのあらすじ


授業員を雇いに奴隷商館へとやってきた!

□□□□ ~奴隷の実情~ □□□□


 薄暗い道を奴隷商人とともに進んでいく。

 そんな俺と奴隷商人を、好奇に満ちた視線、品定めするような視線、憎しみに溢れた視線などなど、様々な反応で檻の中から見つめてくる複数の視線。

 本来なら、俺が檻の中の存在を見て回るという状況が正しいのだろうが、今は逆で、俺が見世物になっているようなそんな不思議な感覚だ。


 現在、俺は『とある奴』に会いに行くため、奴隷達が日々を暮らしているという部屋へと案内されている。


「へぇ~。思っていたのと少し違いますね」

「私どもにとっても大事な商品でございますから」


 奴隷達の部屋は刑務所のそれと同じで、檻の中で奴隷達は生活している。

 かと言って、決して劣悪な環境ではない。衛生環境はそれなりではある。


 1人に1部屋、1ベッド。

 大きさはおよそ6畳程で、当然風呂はないが、トイレはしっかり常備している。


 中に居る奴隷達の身なりはそれなりで、薄汚れた感じは一切ない。

 やつれたり、頬コケている様子の奴隷はいないことから、食事はしっかりと与えられていると推測できる。


 ぶっちゃけた話、想像していた奴隷像とは大きくかけ離れている。

 ここでの生活は決して良いものとは言えないが、それでも悪いものとも言えない至って普通のものだ。

 贅沢さえ言わないのであれば、あいつが「三食昼寝付きの最高の場所」と言うのもなんとなく理解できる。


「私ども奴隷商人には、奴隷達をある一定の環境で保全に努める義務がございますので」


 それはフルールの奴隷商人からも聞いている。

 奴隷は販売されるまでは国の所有物となっている為、その管理保全に努める義務があるとかなんとか。


 但し、何事にも例外は存在するもので.....。


「.....あれ?獣人はいないんですね」


 見渡す限りの範囲内では獣人の存在は確認できない。

 一番多いのは人間族で、次いでエルフ、そしてほんの数人のドワーフといったところだろうか。


「当然でございますよ。あいつらはいくら商品といえども人にあらざるモノですから」

「.....え?」

「死なない程度で最低限の管理に努めれば良いのです」

「そ、そうですか.....」


 つまり、ここの奴隷達のような待遇をする必要はないらしい。

 そう言えば、この奴隷商人が先程連れてきた5人の内の2人だけ異様だったのはそれが原因という訳か。


 それにしても、なんとも胸糞悪くなる話だ。

 昔、魔王の手先だったというだけで、ここまで扱いに差が出るとは.....。



 そして、改めて思った。


 自己満足であろうとなんであろうと、俺の下した決断は間違ってはいなかった、と。



□□□□ ~再会!?~ □□□□


 奴隷の実情になんとももやもやしつつ、奥へ奥へと歩みを進める。

 すると、先程のいかにも『奴隷ゾーン』といったエリアを抜けた先には驚くばかりの光景が広がっていた。


「.....え?こ、ここはなんですか!?」

「ここには市場では決して出回らない『特別な奴隷』だけが住まう特別な部屋となっております」


 なんと言っていいのか.....。開いた口が塞がらない。

 自分の語彙力が無いのがとても悔やまれる。とにかくすごいの一言だ。


 きらびやかで豪華。部屋全体が明るくきらきらしている。

 更には、ここはまるで王宮の一室かと思われるような贅を尽くした高級品っぽい調度品が多数。

 極めつけは、そこに住まう奴隷達.....いや、呼び捨てなんてとても畏れ多い、まるでどこぞのお姫様のような出で立ちをしている奴隷様方の奴隷とは思えない圧倒的自由度。


 これを見て、ここに住まう住人が奴隷だと見抜ける人がいるとしたら、その人は真の意味での変態だと思う。

 少なくとも、まともな脳みそを持っているとは到底思えない。頭のネジが全部抜けていると言っても大げさではないだろう。


 そんな、あまりにも異様な状況に驚いていたら、


「これ。そこの薄汚い男は何者ぞ?」

「はっ。こちらのお客様は巷で有名な『竜殺し』様であらせられます」


 "やんごとなき"出で立ちをした"やんごとなき"様子の"やんごとなき"奴隷?が、"やんごとなき"仕草で奴隷商人に俺の素性を尋ねていた。

 それに、まるで王族に対して接するかの如く、恭しく拝礼までして対応する奴隷商人。


(奴隷の定義とはっ!?.....と言うか、薄汚いって俺のことかよっ!?)


 意外な事実にちょっとショック。

 アテナやドールのような超美少女に囲まれて生活している為、身だしなみだけは最低限整えていたつもりだったのだが.....。


「ふむ。そうか。わたくしに釣り合うとは到底思えないが.....。まぁ、ゆっくりしていくがよい」

「HAHAHA。そ、それはどうも.....」


 謎の圧倒的貴人オーラに思わず跪きそうになりつつも、それをかろうじて回避することに成功した。

 もし俺が、ニケさんの絶望的な女神オーラを経験していなかったら、絶対に跪いていたことだろう。


(ありがとう!ニケさん!!俺はあなたにだけ跪ければそれでいいんです!)


 今のでもわかる通り、ここに住まう奴隷様方は何かが違う。

 奴隷であることは間違いないのだろうが、誰も彼もが身に纏う雰囲気がそこらの奴隷とは全く違う。


「ここの奴隷.....?の方々はなんなんです?」

「.....竜殺し様。世の中は知らないほうが幸せなことも多々あります。どうか察してくださいませ」

「.....」


 怖すぎるだろっ!?

 なんだよ!?その含みのある言い方は!


 とにもかくにも、ここにいる奴隷様方は訳有りなご様子。

 見たところ、4~5人しか?と言ったほうがいいのか、それとも4~5人も?と言ったほうがいいのかわからないが、訳有りなお姫様っぽいのが悠々自適に暮らしているようだ。

 とにかく、深くは追及しないでおこう。


 そんな絢爛豪華な部屋にある大きな天蓋付きベッドにすやすやと眠る一つの影。

 遠目でもわかる小さな体の割りに大きな尻尾がとても特徴的である。


「もしかして.....」

「はい。あちらがお探しの方でございます」


 やはりそうらしい。

 どうりで大きな尻尾に見覚えがある訳だ。


 それはいい、それはいいのだが.....。

 問題が残る。


「なんであいつがこんなところにいるんですか?」


 確か、あいつは獣人だったと思う。

 多少不思議なところはあったが、少なくとも、こんな絢爛豪華な場所に居ていい存在ではないはずだ。


「と、仰られましても.....」

「はぁ.....?」


 しかし、奴隷商人から返ってきた答えは的を得ないものだった。


「奴隷.....なんですよね?」

「その通りでございます」


「あいつは獣人でしたよね?」

「その通りでございます」


「獣人なのにここに居てもいいんですか?」

「そう仰られましても.....」


 はぁ?


 訳がわからない。

 先程「獣人は死なない程度に最低限の管理に努めればいい」と言ったのはこの奴隷商人だ。


 それなのにこの対応。

 これでは言っている事とやっている事が矛盾してしまっている。


 このまま奴隷商人と話していても埒が開かないので、当の本人に接触を図ってみる。

 すやすやと気持ち良さそうに寝ているところに体を揺すって起こす。


 すると───。


───バシーン!


「へぶっ!?」


 半円を描くかのように、鮮やかに振られた見事な尻尾攻撃をお見舞いされた。


 思わず、2~3歩後退りをしてしまう程の強烈な一撃。

 倒れなかったのは竜殺しとしての世間体の意地だ。側に奴隷商人にも居るしね。


 体力:6240【↓3321】


「くぉぉおおお!?いってぇぇえええ!!」

「りゅ、竜殺し様!?大丈夫でございますか!?」


 大丈夫な訳あるか!

 俺の体力の3分の1を削っていったんだぞ!?


 そして、ここまでされてようやく思い出した。

 こいつの寝相と寝起きの悪さは尋常ではなかったこと。

 それと、何気ないお触り(攻撃)の一つ一つがシャレにならない程の威力を誇っていたことを.....。


(.....そ、そうだった。

 俺が本格的に付き人のレベルアップを望むようになったのもこいつが原因だったよな.....)


 涙が出そうになる程痛いのを賢明に堪えつつ、こいつ専用の起こし方で起こす。

 そもそも体を揺する必要などなかったのだ。言葉一つで簡単に起こせることをすっかり忘れていた。


「お~い。ご飯だぞ~。起きろ~」


 しょうもない起こし方だが、これが一番効果的なのは確かだ。

 その証拠に───。


「.....くぁ?.....ご.....はん.....なのだ.....?」


 よだれを垂らしつつ、もぞもぞと起き出してきた。


 別れてから数ヵ月以上も経つというのに、こいつときたら全然変わっていない。

 相変わらずアホ面をしているものの、その顔は一度見たらそうそう忘れられるものではなく、どこか愛嬌のあるかわいらしいものだ。


 そんなこいつを見て、様々な思い出が走馬灯のように思い出され、懐かしさが込み上げてくる。

 そして、親心として思わず抱き締めたくなる欲求が出てくるものの、その前に人として、(自称教育)親として、当然やっておかなければならないことがある。


 それは───。


「おはよう、モリオン」


 人として当たり前の行為である『挨拶』だ。


 これは人として生活していく上では基本的なものだ。

 俺が何も知らないモリオンに、(自称教育)親として最初に教えたのも挨拶からだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『挨拶は基本だ。できないやつは認めてもらえんからな』

                    (by)ウロタウコ・ミツタ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そんな俺の挨拶に当然モリオンは───。


「.....お前、誰なのだ?」



 えええええぇぇぇぇぇ!?そりゃないだろ!?モリオンさん!!



□□□□ ~礼儀の先にあるきつい洗礼~ □□□□


 まさかの覚えていないという最悪の再会を果たした俺とモリオン。

 ここまで育ててあげたのは俺なのに!(育ててない)という悔しい感情が沸々と込み上げてくる。


 それでも.....。


 例え、モリオンが本当に俺のことをこれっぽっちも覚えていなかったとしても!

 例え、忘れられていたショックで、俺のガラスのハートにヒビが入っていたとしても!!


(自称教育)親としては果たさなければならない義務がある。

 それは───。


「こら、モリオン。起きたら、まず最初に何て言うのかちゃんと教えただろ?悪い子にはご飯をあげないぞ?」

「!!」


 驚くモリオンに、基本である『挨拶』を促す。

 例え、俺のことは覚えていなくとも、ご飯に繋がることならば恐らくだが覚えてはいるだろう。


「お、おはよう.....なのだ?」

「そうだ。おはよう、モリオン」


 そして、教育を行う上で大切なことは、


───ぽふっ。ぽんぽん


「ちゃんと覚えていたな?いい子だぞ」

「我はいい子なのだー!」


 どんな些細なことであろうとも、ちゃんと出来たら誉めてあげること。

 叱るよりも、誉めてあげたほうが何倍も効果的なのは、営業時代に後輩の指導にあたった経験があるのでよくわかる。


 と言っても、当時は単純に怒れなかっただけだが.....。


 相手が女性だったというのも怒れなかった原因ではある。

 公私混同は良くないことだが、それでも根幹にある『女性とのコミュニケーションが苦手だ』という部分はどうしようもなかった。


 結局、怒れない代わりにどうしたかと言うと、些細なことでもとにかく誉めていくことにした。

 一つの失敗があったら、大したことのない失敗のように装って軽く指摘した後に二つの美点を誉めていく。

 二つの失敗があったら三つの美点を.....。三つの失敗があったら四つの美点を.....。


 とにかく、指摘する数よりも多く誉めることに注力した覚えがある。

 心労とまではいかなかったが、それでも当時は本当に気を遣って後輩に指導していたものだ。


 そして、それをひたすら繰り返していった結果───。


 後輩を他部署に引き抜かれてしまうという、後輩からしてみれば出世ものだが、俺からしたら上司に大目玉を喰らうという惨憺たる結果になってしまった。


 それ以降、俺が後進の育成を任されることはなくなった。

 と言っても、そもそも俺の存在自体が忘れかけられているけど.....。HAHAHA。


(あの時の後輩ちゃんは元気にやっているかな.....)


 そんな過去を思い出しつつ、なのだー!とかわいく万歳しているモリオンを見て、やはり俺の育成方針は間違ってはいなかったのだと改めて.....。


「どうだ?少しは思い出したか?」

「なにがなのだ?」

「えぇ.....」


 改めて.....。うぅ.....。

 やはり俺の育成方針は間違っていたのだろうか。がっくし。


「お前、早くご飯をよこすのだ!」

「.....。(はぁ.....。2ヶ月も一緒にいたのになぁ.....)」


「早くするのだ!早くするのだ!早くするのだー!」

「.....。(所詮はたった2ヶ月.....ということか.....)」


「んぅ?お前、聞いているのだ?」

「.....。(でも、俺が教えたことはちゃんと覚えてはいるんだよなぁ.....)」


 別にモリオンを無視している訳ではない。

 ただ、あまりのショックに項垂れてしまっていたので、モリオンの言葉が耳に入ってこなかっただけだ。


 その結果───。


「お前!うそついたのだー!」

「!?」


───ガブッ!!


 モリオンの怒りを買うと同時に、左腕に凄まじいまでの痛みが襲ってきた。


 モリオンのギザギザな歯が俺の左腕を喰い千切ろうと肉という肉にのめり込んでくる。

 更には、まだ到達はしていないだろうに、骨が軋んでいるような激痛が脳を麻痺させる。


「ッッッッッ!?」


 本当の痛み、恐怖とは言葉にならないものだ。

 言葉にする余裕がないというか、そんなことには構っていられなくなるというか.....。


 とにかく───。


(痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!)


 このことしか考えられないぐらいに俺は混乱しきっていた。


 大きな天蓋付きベッドのシーツが徐々に朱に染まっていく。

 それはまるで数分後の俺の未来を暗示しているかのようにゆっくりと.....。


・・・。


 意識が朦朧としてきて、もうこのままモリオンに食べられてしまうんだろうな、と諦めかけていたその時。


「!?」


 まだ痛くはあるものの、激痛が襲ってこない不思議な感覚に包まれる。

 苦痛からの解放がこんなにも心地好いものだなんて.....。開けてはいけない扉をちょっと開けてしまいそうになった。


 当然、激痛から解放された原因はというと.....。


「この味.....。思い出したのだー!お前はアユムなのだー!」

「味で思い出すなよ.....」


 途端に、「アユムなのだー!アユムなのだー!」と俺の周りをうろちょろし出すモリオン。

 思い出してくれたのは嬉しいのだが、とりあえず、先に回復させて欲しい。俺の体力は0寸前だ。


 体力:240【↓6000】



 まさか2度目の死をモリオンで迎えそうになるとは夢にも思わなかったよ.....。



□□□□ ~モリオンシンドローム~ □□□□


 回復も終わり、モリオンにも思い出してもらった俺はここに来た本来の目的を果たす。

 当然、その目的というのはモリオンを雇いにきた。


「またお別れしに来た」


 .....のではなく、別れの挨拶をしに来たのだった。


 とは言え、当初の目的は違った。

 当初は雇うつもりだったのだが、こんな贅沢な暮らしを目にした今となっては考えが大きく変わってしまった。


 そもそも考えてみれば余計なお世話だったのかもしれない。

 もともとモリオンは奴隷生活を「三食昼寝付きの場所」と言っていた程だ。当然、不満などはなかったのだろう。


 それに、こんな絢爛豪華な部屋にて悠々自適な生活をしているぐらいだ。

 今さらあくせく働くようなシャバの世界などには戻りたくはないだろう。


 以上の結果から、『雇う』ルートから『別れの挨拶』ルートへと変更した訳だ。

 モリオンも俺が連れてきた奴隷?の一人ではあるから、別れの挨拶をする名分は十分にある。


「またバイバイなのだ?」

「そう、バイバイだ」

「こんどはいつ会えるのだ?」

「う~ん.....」


 時尾さんやナイトさんが居るから、いずれは戻ってくるつもりではある。

 ただ、いつ戻ってくるのかは正直運任せというか、アテナ任せというか。


「どういうことなのだ?」

「旅に出るんだよ。だから、いつ戻ってくるのかはわからないんだ」

「たび.....なのだ?たびってたのしいのだ?」

「ここの生活よりかは遥かに厳しい。でも、少なくともここよりかは遥かに楽しいだろうな」


 それは何気無く言った言葉(しんじつ)だった。

 俺は『旅』というものの『実態(げんじつ)』を語ったに過ぎないが、モリオンはそう受け取らなかったようで.....。


「おー!たのしそうなのだ!我もいきたいのだー!」

「.....え?」


 どうやらモリオンは『旅』というものを『実態(ゆめ・きたい)』と捉えてしまったようだ。


(あ~.....。これはあれですわ~。一緒に行きたいとか言い出すパターンですわ~)


 その証拠に、モリオンの無垢できれいな漆黒の瞳がきらきらとより輝きを増している。

 しかも、モリオンの大きな尻尾がゆったりと左右に揺られているのがとてもかわいらしい。


 恐らくだが、嬉しい時に無意識にしてしまう仕草なのだろう。

 そう言う意味では、嬉しい時にぶんぶんと激しく尻尾を振るドールとは対照的でちょっと興味深い。



 何はともあれ、俺の出す答えは決まっている。


「ダメだ」

「なんでなのだ?」

「責任が持てないからだ」


 俺には既に、ひと一人の、ドールの人生を預かっている責任がある。.....あっ。この際、アテナはいいとする。

 この上、モリオンの人生をも預かれる自信は全くない。第一、そんな自信があるのなら情が沸いていた前回で購入を決意していたことだろう。


 これは犬や猫のようなペットと同じという訳では決してないが.....。

 それでも、いくら金銭的な余裕があろうとも、むやみやたらに奴隷を購入するのは違うと思う。購入する以上は、ひと一人の人生をきちんと考えてあげるべきだ。


 だから、その自信がない俺はモリオンを一緒に連れていかないし、そもそも購入するつもりも一切ない。


「んー。よくわからないのだ」

「そうだな。モリオンにはまだ『責任』という言葉は難しかったな。とにかくダメということなんだ」

「だからなんでなのだ?」

「う~ん.....」


 これが意外と悩ましい。

 難しい言葉を使わずにモリオンを説得することのなんと大変なことか。


 ある言葉を使えば簡単なのだろうが.....。

 出来ることなら、モリオンを悲しませたくはない。


 そんな悩む俺に、モリオンの「なぜ?なぜ?」攻撃が容赦なく襲いかかる。


「我は悪い子だからいけないのだ?」

「そ、それは違うぞ!モリオンはとてもいい子だ」

「じゃー、なんで我はダメなのだ?」

「う~ん.....」


「アユムは我のこときらいなのだ?」

「き、嫌いじゃないぞ!モリオンのことはかわいく思っているぞ」

「じゃー、なんで我はダメなのだ?」

「う~ん.....」


 モリオンを手っ取り早く諦めさせる方法は、「悪い子だから」「嫌いだから」のこの二言で済む。

 だが、俺はそれをすぐさま否定した。


 断る方法は俺が思い付かないだけでいくらでもあるのかもしれない。

 それでも、モリオンを傷付ける方法だけは絶対に選択したくはない。


 だから悩む。

 すごく悩む。


・・・。


 その結果どうなったかというと───。


「あー!もうー!我はわかんないのだー!」


 いつまで経っても納得できる説明をしなかった俺に、モリオンがどうやら痺れを切らしてしまったようだ。

「のだー!のだー!」と両手を上げてぷんすかと怒っている。


 そして───。


「我はアユムといっしょにいくのだ」

「はぁ.....」


 当然、俺は断る。

 ここまでは先程までと同じ流れだ。


 しかし、ここから先が今までとは大きく異なる。


「我はアユムといっしょにいくのだ」

「何度言われようともダメなものはダメだ」


 モリオンの要求を撥ね付ける。


「我はアユムといっしょにいくのだ」

「ダメったらダメだ」


───ィィ。


 ん?


 微かな違和感を感じる。

 しかし、すぐにその兆候が消えたので気のせいだと気にも留めなかった。


「我はアユムといっしょにいくのだ」

「少ししつこいぞ。いい加減にしないと.....ん!?」


───ィィィン。


 明らかに感じるこの異常な違和感。

 ぬめっとまとわりつくような不快感が全身を駆け巡る。

 恐らくだが、状態異常耐性Lv.3持ちの俺だからこそ、この時点で異常性に気付けたのだろう。


 当然、この不可思議な現象を起こしているのは.....。


「こ、これをやっているのは.....モリオンなのか?」

「そうなのだ」

「な、なんで?」

「我はアユムといっしょにいきたいのだー!」

「!!?」


───キィィィィィン!


 まるで最終通告とでも言うべきその言葉と同時にモリオンの漆黒の瞳が妖しく光る。

 すると、先程よりもずっと強い違和感が、俺の全身を、意識を、甘く淫らにどんどん侵食していく。


(ま、まさかこれは───!?)


 状態異常耐性Lv.3を持ってしても、一切抗えぬ強力な力。

 弱者が強者に蹂躙される気持ちというのはこういうものなのだろう。






・・・。






 そして、俺は絶望と不安に駆られたまま意識を失ってしまった。



□□□□ ~完全アウェイ~ □□□□


 アテナ達が待つ部屋へと歩を進める3つの影。

 当然、俺と奴隷商人、そしてモリオンだ。


「.....はむはむはむはむだ!」

「食べながら喋るな。行儀悪いぞ」

「なのだ!」

「よしよし、いい子だ。モリオンはどこぞの駄女神なんかよりもよっぽどお利口さんだぞ」


 モリオンは一度教えたことはちゃんと守るお利口さんなのだが、どうしても食べながら話してしまう癖がある。

 これはこれから一緒に旅をするなかで改善していくしかないだろう。


「いいか?これから向かう先にいる人達にちゃんと挨拶をするんだぞ?」

「誰なのだ?」

「モリオンと一緒に旅をする仲間だ」

「なかま.....?友達なのだ?」


 仲間は知らなくとも友達は知っているのか.....。

 俺と出会う前のモリオンの生活がどういうものだったのか、なんとなく思い知れる。


「友達になってくれるかどうかはモリオン次第だ。だからこそ、挨拶はしっかりとな」

「わかったのだ!友達うれしいのだー!」


 そう期待に心を踊らせ、なのだー!とかわいく万歳しているモリオンならば問題ないだろう。

 俺はそう思うのだった。



・・・。



 しかし、現実は違ったようで───。


「そんなことはどうでもよいっ!その(ドちび)はなんなのじゃああああああああああ!!」


 応接室に入るや否や、ドールが鬼の形相で喰ってかかってきた。

 ただ、怒られているのは俺の模様。.....なんで!?


「ど、どうした?ドール」

「どうしたもこうしたもない!なんなのじゃ、そやつは!?」

「オ、オークションで見たことあるだろ?あの時の子だよ。名前はモリオン」


 近い!近い!顔が近い!!


 今まさにキスできそうなまでに超至近距離に迫っているドールを押し返す。

 そもそもモリオンの何がそこまで気に入らないのか俺には甚だわからない。挨拶はちゃんとできていたし。


「名など聞いておらぬ!どうしてそやつが一緒に旅に.....ちょっと待つのじゃ」

「どうした?」


「今、そやつを何て言うた?」

「.....?モリオンだけど?」


「.....」

「ド、ドールさん?」


 ドールの様子がまるで般若の如くみるみると変化していく。


 明らかに怒っていらっしゃる。

 そして、このあと何が原因かもわからずに怒られてしまう未来が容易に想像できる。


 今の俺は、かの有名な「俺、何か○っちゃいました?」な気分そのものだ。



 座してドールさんの怒りを待つ。

 原因はよくわからないが、恐らく、俺が何かをしたことは間違いないだろう。


 だが───。


「.....も.....もう.....良.....い。(ぐすっ).....主には心底愛想が尽きた」

「ちょっ!?ま、待ってくれ!せめて理由を教えてくれ!!」


 ドールさんからお見舞いされたのは、怒りでも呆れでもなく、純真な少女の涙だった。


 これにはさすがの俺もびっくり。

 正直、泣かれるよりも怒られるほうがずっと気が楽だ。こ、心が痛い.....。



 そして───。


「あー!歩がコンちゃん泣かせたー!あやまれーヽ(`Д´#)ノ」

「お、お、お客さん.....。そ、それ、それはどうかと思いましゅ.....。さ、さい、最低でしゅ」


 さ、最低!?

 アテナはともかくナイトさんまで!?


 アテナのみならず、まさかのナイトさんまでドールに同情する始末。



 更には───。


「最低です」

「最低.....ニャ」

「最低にゃ」


 君らも!?

 と言うか、お前ら誰だよっ!?


 誰だかわからないエルフと猫の獣人らしき2人もドールに同情しているようだ。



 まさに完全アウェイ。

 心なしか、モリオンからの視線も痛い気がする。.....おかしくね!?



(なんなんだよ!なんなんだよ!!なんなんだよ!!!

 俺が何をしたって言うんだよっ!?誰か俺を助けてくれええええええええええ!)



 こうして、モリオンとアテナ達の初顔合わせは前途多難から始まることとなった。




次回、本編『獣人姉妹』!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日のひとこま


~涙の理由~


「お、俺が何かしたのか?」

「したもした。大罪なのじゃ!」

「大罪!?.....ど、どういうことだ!?」

「.....『名』じゃ」


「『名』?」

「そうじゃ!なぜ妾に承諾なく、そやつに『名』を与えたのじゃ!」

「えぇ.....(と言うか、ドールに承諾もらう必要があるのか?)」

「主?今「妾に承諾もらう必要があるのか?」と思うたであろう?」


くっ!?さすがドール、鋭い!!


「ともかく!妾に相談もなく『名』を与えたことが気にいらぬのじゃ!」

「なんでそこまで拘るんだよ?」

「決まっておろう!『名』こそが、妾と主を結ぶ確かな絆だからじゃ!」

「あぁ、なるほど。それは悪かった」


「それなのに主ときたら.....(ぐちぐち)」

「と言われてもなぁ.....。そもそも俺はモリオンに名前なんて与えてないぞ?」

「はぁ?名を口にしておるではないか」

「いや、もともとあったんだよ」


「なにをバカな.....。奴隷は奴隷となった瞬間に名を奪われるのじゃ。そんな訳なかろう」

「いや、それが割と本気で」

「.....む?そやつは奴隷なのであろう?」

「だと思うんだけど.....どうなんだ?モリオン」


「奴隷じゃないのだ!」

「こうなんだよ」

「いやいやいや。訳がわからぬ。奴隷でないのであれば、なぜこんなところにおるのじゃ?」

「三食昼寝付きなのだ!」


このやり取りも懐かしいなぁ。


「懐かしいなぁ、ではない。そもそもそやつはなんなのじゃ?」

「モリオンだな」

「モリオンなのだ!」

「いや、名を聞いておるのではなくて.....」


「第一、主は奴隷にあまり関わり合いたくなかったのではないのか?良いのか?」

「まぁ、モリオンは奴隷じゃないし、そもそもよくわからないんだよな.....」

「わからない.....とは?」

「そこにモリオンがいるから連れてきた、みたいな?」


「はぁ?訳がわからぬ」

「だろ?俺もわからん。ただ.....」

「我もアユムといっしょにたびにいくのだー!」

「.....ハイ」

「主!?」


またしても不思議な感覚。


なにがなんだかわからないが、一つだけわかったことがある。

それは、奴隷に名前を付ける時はドールの許可がいるということだ。もう買う気はないけど!



.....あれ?なにかもっと大切なことがあったような?


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