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第134歩目 ニケの帰界!女神ニケ⑦

前回までのあらすじ


ニケさんの手作り弁当は愛情が溢れすぎていた!

□□□□ ~意外な事実~ □□□□


始めは初デートということもあり、中高生みたいな甘酸っぱく初々しい関係だった俺とニケさん。

しかし、お弁当事件以降、俺達の関係は随分と変化した。


「むぅ。お弁当「事件」だなんて酷いです!」


頬をぷぅと膨らませ、ちょっと拗ねた様子で抗議してくるニケさん。かわいい。

この子供っぽい様子から、今はデキるお姉さんモードではなく、あどけない少女モードなのだろう。


かと思いきや、


「あはは。冗談ですって」

「もう、歩様ったら!覚悟してくださいね?

 今度は歩様を「ぎゃふん」と言わせるような、おいしいお弁当を作ってきますから!」


「それは楽しみです。.....と言うか、お弁当でぎゃふんって表現おかしくありませんか?」

「ふふっ。いいんです♪」


今度はデキるお姉さんモードの美しい笑顔。

その笑顔に思わずドキッとさせられてしまった。美しい。


デキるお姉さんとあどけない少女の一面が、ころころと忙しなく移り変わるところもニケさんの魅力の一つだと言ってもいい。

こればっかりは雑誌を参考にした完璧なニケさんでは見られなかった一面だろうから、勇気を振り絞って「ありのままのニケさんを見せて欲しい」とお願いしたことは正解だったと心から思う。


(はぁ~。マジ幸せ。まさか初デートで、ここまで親密になれるとは思いもしなかったよ)


先程のやりとりでもわかる通り、今や冗談を言い合えるぐらいまで俺とニケさんは仲良くなっている。

数時間前までの俺なら、ニケさんを気遣って「お弁当事件」だなんて絶対に言葉にしなかっただろう。

しかし、それを言えるようになったのも、ニケさんが冗談だと理解してくれているのがわかっているからだ。


王道といえば王道だが、トラブルが俺達の仲を急接近させたことは間違いないだろう。


だからだろうか、時間が経つのが早く感じる。

楽しい時間はあっという間に過ぎるものだが、この年になってそれを感じるとは思いもしなかった。


(こんなに時間を名残惜しんだのはいつ以来だろう?)


少し考えても思い出せないぐらい、ここまで楽しい時間はなかったのだと改めて感じた。



時は夕方。


既に陽は暮れ始め、カラスだと思われる鳥がカァーカァーと寂しげに鳴いている。

市場を行き交う人々の数もまばらとなり、代わりに酒場を求める人々がちらほらと見受けられる。

家々はまるで花弁が花開くようにぽつぽつと明かりが灯っていき、また、おいしそうな炊煙を上げ始め、否が応にも空腹を誘ってくる。


炊煙のせいではないが腹が空いてきた。

そろそろ夕飯を食べようかと考えていたその時。


「歩様、大変申し訳ありません」


先程までるんるんとしていたニケさんが、急に曇った表情で申し訳なさそうに謝ってきた。


ニケさんのこの急激な感情の変化に戸惑いつつも、俺は至って冷静に努める。

どんな訳があるのかはわからないが、ニケさんの態度から何か重要なことを伝えられるような気がしたからだ。


「どうしました?」

「大変心苦しいのですが.....」

「はい」

「そろそろ帰界しないといけない時間となりました」


は?


ニケさんの意外な申し出に、理解が追い付かなかった。

口をだらしなく開け、茫然としてしまっていた。


(帰界しないといけない時間?.....と言うか、朝から夕方までって公務員かよっ!?)


しかし、規則バカ、マニュアルバカなニケさんだ。

ちょっと考えてみればわかることだった。


「え、えっと.....。そ、それは神界規定ってやつで決められているとかですか?」

「仰る通りです」

「そ、そうですか.....」

「申し訳ありません」


そして、申し訳なさそうにぺこりっとお辞儀を華麗に一つ。

その姿から察するに、デートを楽しんでいたあどけない少女のニケさんから、公私分別を弁えたデキるお姉さんのニケさんへと変貌したに違いない。


つまりは説得不可能。

帰る気は揺るがないという意思表示でもある。.....うぐぐっ!


しかし!


この楽しい時間を終わらせたくない俺は無理だと諦めずに説得を試みた。

諦めたらそこでデートは終了ですよね!アテナ先生!!


ーーーーーーーーーーーーーーー

「よんだー(。´・ω・)?」

「呼んでない!」

「ふええ(´;ω;`)」

ーーーーーーーーーーーーーーー


「さすがにまだ早すぎませんか?」

「申し訳ありません。.....ですが、規則に早いも遅いもありませんので」

「そ、それはそうですが.....」


言いたいことはたくさんあるものの、ニケさんの能面とはまた違う表情が読み取れない.....いや、全くの無表情といったほうが正しいような凍りつくほど冷たい表情に、さらに他者の意見を全く受け付けることなどないといった毅然と.....いや、女神然といったほうがしっくりくる態度に怯んでしまってなかなか言葉にならない。


元々、このデキるお姉さんモードのニケさんを説得することなど不可能なのだ。

ゆえに『説得』にこだわっていてはいつまで経っても埒が開かない。


ここは.....。


「.....俺と一緒に居るのがそんなにつまらないですか?」

「そ、そんなことはありません!」

「でしたら、もう少し一緒に居て頂けますね?」


『泣き落とし』に賭けるしかない!


使えるものは何でも使うに限る。

特に、めんどくさいセリフランキングに必ずランクインする『私と仕事、どっちが大事なの?』はニケさんには有効的だ。


(規則バカ、マニュアルバカなニケさんには、愛と仕事の板挟みで悩んでもらおう)


めんどくさい男だと思われてもいい。

それでも俺はニケさんと一緒に居たいのだから。


しかし.....。


「.....申し訳ありません」

「!?」


ニケさんからはまさかのお断り。


対女神においては、人間のめんどくさいセリフですら敵わないというのか.....。

ニケさんの遵法精神はまさに神クラス。女神だけに。


ただ、『泣き落とし』が失敗したからといって、俺も諦めるつもりはない。

『説得』も『泣き落とし』もダメなら、これまたウザいランキングにランクインする『理詰め』でいけばいい。


「えっとですね。アルテミス様はもっと滞在していましたよ?」

「アルテミス様はそういう女神様ですから」

「いえ、俺が言いたいのはそういうことではなく、

 ちょっとぐらいなら遅れても大丈夫なのでは?ということです」


神界規定についてはよくわからない。

ただ、アルテミス様が2度目に降臨された時は普通に1日以上下界に滞在していたのは事実だ。


つまり、神界規定に降臨時の制限時間があるとしても、それは法的義務ではなく努力義務ということになるのではないだろうか。


仮にそうだとしたら、後はニケさんの気持ち次第ということになる。

ニケさんの俺への想いが強ければ強いほど、少しでも長く一緒に居たいと思うはずだ。


事実、俺はそうだ。

強制するつもりはないが、ニケさんも俺と同じように想っていて欲しいと願う。


「.....」

「.....」


ただ、願望と現実は違うようで、ニケさんは苦悶の表情を浮かべつつ押し黙っている。

そんなニケさんの姿を見て、ちょっとホッとした俺がいる。


もしニケさんが、俺が怯んでしまった女神然とした表情のまま押し黙っていたとしたら、恐らく俺は愕然としていただろう。

もしかしたら、このままニケさんの帰界をすんなりと受け入れていた可能性すらあり得る。


しかし、実際のニケさんは苦悶の表情を浮かべつつ押し黙っている。

好意的に捉えるのならば、相当悩んでいると受け取ってもいいはずだ。うれしい。


・・・。


だからこそ、俺も冷静になることができた。


「.....なにか理由があるんですか?」

「.....」


ニケさんからの返事はなかったものの、こくんっと頷き返された。


苦悶の表情を浮かべるぐらいだから、ニケさんも俺と一緒に居たいのはやまやまなのだろう。

それに神界でのダーツの件もあることから、ニケさんなりに柔軟な行動を取ろうとしている節もある。

それなのに、ここにきて頑なに神界規定を守ろうとしている。.....おかしい。


以上の考察から、何か理由があるでは?と思い至った訳だ。


「理由を聞いても?」

「はい。実は.....」


そして、ニケさんから語られた内容はまさに青天の霹靂だった。


「実は.....、私はいま神行猶予中なんです」

「あ~、なるほど。それなら仕方がな.....はぁ!?執行猶予中!?」

「いえ、神行猶予中です。.....とは言いましても、同じようなものですが」

「ど、どど、どういうことですかっ!?」


同じようなものならどっちでもいいがなっ!

.....と言うか、あ、あの執行猶予だよな!?


ニケさんからの予想外な答えに、「例え、どんな理由だろうとニケさんを責めるまい」などと、一社会人らしくじぇ~んとるまんぶっていた俺の化けの皮が剥がれてしまった。


だが、俺の衝撃はまだ続く。


「それがよくわからないのです」

「.....へ?わからない?」

「いえ、正確には「どうして神罰を受けることになったのか」がわからないのです」

「.....?」


正直、ニケさんの言っていることがよくわからない。

これは一から説明してもらわないとアカンやつだと思う。


だから、説明してもらうことになった。

現状、かろうじてわかっていることは以下だ。


○ニケさんは神行猶予中である。

○神行猶予となった原因は全くわからない。


「そもそも、神罰ってのはなんですか?」

「字の如くですね。神による刑罰を指します。

 通常、神罰は神から下界のものに下されるのが一般的です。

 ですが、稀に上位の神が下位に当たる神や神獣、天使などに下す場合もございます」


「あ、いえ。そういうことではなくてですね.....」

「.....?」


ニケさんが、あれ?、みたいな表情で小首を傾げている。

その仕草がいちいち可愛くて、今すぐにでも抱き締めたくなる。


そもそも、俺は神罰の意味を知りたかった訳ではない。

神罰の意味などは、なんとなくだが連想できるからだ。


ただ、ニケさんが親切で教えてくれたその気持ちは素直に嬉しい。

これは感謝せずにはいられないだろう。


だから、


「ニケさん、ニケさん」

「はい?」


───ぽふっ。ぽんぽん


「あっ.....」


俺の手招きに応じて近付いてきたニケさんに不意打ちのぽんぽんをプレゼント。


(あれ?大人の女性にぽんぽんは失礼だったか?)


一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

だが、ニケさんにどんな感謝がいいか尋ねて「キスがいいですっ!」とか言われるよりかはマシだろう。


「教えてくれてありがとうございます」

「えへへっ」


頭をぽんぽんされたニケさんは嬉しそうに、でもどこか恥ずかしそうに頬を赤く染め、少女のようなあどけない笑顔ではにかんだ。美しい。



(俺の彼女は生真面目だけど、そこもまたかわいいんだよなぁ)



□□□□ ~意外な事実の結末~ □□□□


さて、読者様に俺の惚気話を延々と聞いてもらいたいところだが、僻まれるのも嫌なので話を進めよう。

ぽんぽんされてよほど嬉しいのか、犬のように甘えてくるニケさんに本当に知りたかったことを尋ねてみた。


「神罰って、誰に何をされたんですか?」


そもそも、ニケさんは勝利の女神だ。

しかも、アルテミス様の言うことが正しければ、ニケさんは相当の実力者となる。

そんな実力者に誰がどんな罰を与えたのか気になる。


・・・。


ごめんなさい。

嘘をつきました。


本音を言えば、ニケさんが何をされたのか非常に心配だ。


神という存在は、俺ら人間には理解し難い部分が多い。

家族内で結婚するのも然り、親が子を強姦するのも然り。


人間界での倫理感が適用されない神社会で、自分の彼女から「罰を受けた」なんて言われたら、誰でも心配になるのは仕方がないだろう。

あ~んなことやこ~んなことなどされていたらたまったものではない。同人誌みたいにっ!


だが、そんな俺の心配を見透かしたのか、


「ご安心ください。歩様が心配されているようなことは何もされてはおりませんから。

 そ、その.....。わ、私はいまだ純潔のままです.....///」


ニケさんがにっこりと、それでも顔を赤くして優しく微笑んできた。

それを見て、俺は安堵すると同時に恥ずかしくもなった。


ニケさんの様子から、見透かされたというよりかはガッツリと心を読まれてしまったに違いない。

まず間違いなく、あ~んなことやこ~んなことがニケさんにバレてしまったことだろう。


その証拠に、


「あ、歩様は特殊なプレイがお好きなのですか?

 は、恥ずかしいですが、歩様が望まれるなら私は.....///」


何かで見たことのあるベタな展開を、全身を真っ赤にしたニケさんがもじもじしながら繰り広げていた。


誤解が無いように一つ言っておきたい。

俺はノーマル派だ。アブノーマルに興味は無い.....とは言わない。


ニケさんとなら、あ~んなことやこ~んなことをやってみたい願望はあるが、今は話の途中だ。

自分の世界に入っていたニケさんを落ち着かせて話を進めていく。


「結局、神罰とはどういったものだったんですか?」

「恐らくは.....私の記憶の一部を消去したのではないかと思われます」

「記憶の消去!?」

「はい。ここ数ヵ月の記憶が全くないのです」


またしても、とんでもない内容が出てきたものだ。


(記憶を消去するとか.....)


神様ってのは人権?神権?を無視しすぎではないだろうか。

以前、バットの時にも記憶を改竄していたのは記憶に新しい。


「記憶ってことは.....。またヘカテー様ですか?」

「いえ、恐らくゼウス様でしょう。

 案件が案件だけに、ゼウス様自身が動かれたものと推測されます」


ふーん。

さすが最高神ということか。強姦魔だけど。.....いや、強姦神?


(.....あれ?)


ニケさんの言葉を聞いて、アテナのくそ親父に悪態を付いていた時にふと違和感を感じた。

明らかに矛盾してはいないだろうか。


「えっと?ニケさんは神罰を受けた原因を知らないんですよね?」

「仰る通りです」

「では、先程の「案件が案件だけに」というのはどういうことですか?」


神罰を受けた原因を知らないのであれば、案件自体も知らないはず。

でも、ニケさんの口ぶりから案件については知っているような印象を受ける。


「私は覚えていないのですが、案件についてはバットに教えてもらいました」

「.....え?バットに?ニケさんの事なのに、なぜバットが知っているんですか?」

「恐らくですが、神界全体にアナウンスされたのではないかと思われます」

「個人情報とは!?」


神界は色々とガバガバ過ぎる。

記憶を消去しなければならないような案件を神界全体にアナウンスするとか正気の沙汰とは思えない。


もしかしたら、見せしめの一環のつもりでもいるのだろうか。

みんなよく反発しないものだ。俺だったら息が詰まりそうで耐えられない。



楽園は意外にも身近にあったことをしみじみと感じつつ、話の核心に触れていく。


「それで、その案件とやらはなんだったんですか?」

「『不敬罪』ですね」

「『不敬罪』?ニケさんが?」


信じられない。

規則バカ、マニュアルバカなニケさんが不敬罪を働くとかちょっと想像できない。


「誰に不敬を働いたかはわかっているんですか?」

「はい。バットが言うにはアルテミス様らしいんです」

「アルテミス様!?.....え!?なんで!?」

「.....それがわからないんです」


あ、なるほど。そういうことか。

神罰を受けた原因がわからないというのはこういうことだったのか。


所謂、(神罰を受けた)結果は知っているけれども(神罰を受けることになった)過程がわからないというやつだ。


「バットも知らないんですか?」

「いえ、知ってはいるようですが.....、どうやら口止めされているみたいですね」

「そうですか.....。となると、もう知る手段はないですね」


ここ数ヵ月ということは、テディは知らない可能性がある。

仮に知っていても、バットのように口止めされているのがオチか。


当然、な"ーも知らないだろう。.....と言うか、な"ーは元より戦力外だ。ただの猫だし。

もちろん、アルテミス様は当事者だから口を割ることはないはずだ。


(これは完全に詰みだな。事実は闇に葬られるってか?

 それにしても、ニケさんがアルテミス様に不敬ね~。まさかあれが原因じゃないだろうな?)


思い当たる節があるようなないような複雑な気分だ。


「そこで、歩様にお尋ねしたいことがあります」

「!?」


すると、ニケさんから今度こそ見透かされたのではないかと思われるような一言が降り注いできた。


「アルテミス様となにかありませんでしたか?」

「な、なにか、と言うと?」

「そうですね.....。例えば、キ、キス.....とかでしょうか?」

「!!!」


す、するどすぎる.....。


本来なら狼狽する必要など全くない。堂々としていればいいだけだ。

そもそも、アルテミス様も酔っぱらっての余興のつもりでキスをしてきたに違いない。しかも、されたのは頬だし!


「好きだ」と言われはしたが、こんな普通な俺をアルテミス様が好きになるとは到底思えない。

第一、男として見られているかどうかも怪しいものだ。良くてアッシー君、最悪いいおもちゃぐらいにしか見られていないだろう。


だから浮気ではない。

そう、浮気ではないのだが.....。


ニケさんから感じる物凄い圧。

まるで浮気を問い詰められているようで、緊張して喉がカラカラだ。背中なんて汗でびっちょり。


「い、いえ。してないですよ。(されただけだから嘘ではない!)」

「そう.....ですか」

「ど、どうして、そう思ったんですか?」


そこから綴られたニケさんの言葉は客観的かつぐぅの音も出ない正論だった。


「自惚れる訳ではないのですが、私がアルテミス様に不敬を働くなどとても考えられないのです。

 確かにアルテミス様は多少いい加減なところがある女神様ではあります。

 ですが、そのようなアルテミス様とも何事もなく何万年と付き合ってきました。

 ですので、いくら思うところがあるとはいえ、今さらアルテミス様に不敬を働くなど有り得えないのです」


思うところはあるのか.....。


そう言えば、アルテミス様もニケさんが苦手なような印象を受けた。

真面目なニケさんと常時テキトーなアルテミス様。まさに水と油の関係なのだろう。

ただ、それでも喧嘩するほど仲は悪くないようだ。



ニケさんの考察は続く。


「.....ですが、私が神罰を受けたのもこれまた事実なのです」

「.....」


ニケさんがしょんぼりしている。

規定を遵守することはニケさんにとってのアイデンティティーなのかもしれない。


「その事実から目を背けることはできませんので、そうなってしまった原因を追求していきますと.....」

「.....(ごくりっ)」

「歩様に行き着くのです」

「なんで!?」


あまりにも的確な追求に声が裏返ってしまった。

原因なんて、それこそ星の数にもありそうなものなのに.....。


「普段の私がアルテミス様に不敬を働くことなど有り得ません。これは私自身が保証します。

 ということは、不敬を働いた当時は正常な状態ではなかったと考えるのが妥当だと思われます」

「そ、そうですね.....」


「しかし、私が取り乱すようなこともまた有り得ません。これも私自身が保証します。

 ですが、ただ一つだけ取り乱してしまいそうな件があるのです」

「?」


「それが歩様のことについてなのです。

 今回とは別に、以前一度だけアルテミス様に不敬を働いてしまったことがありますので.....」

「!!」


驚いた。

あの規則バカ、マニュアルバカなニケさんが過去にも不敬を働いていたとは.....。


(そう言えば、ニケさんは嫉妬深いってアルテミス様が言っていたような気がする)


ニケさんにその『過去の不敬』について尋ねてみたところ、どうやらアルテミス様が1度目に降臨された時の去り際のキスについて揉めたとのこと。

その時は、ニケさんの為にキスをしたと説得され(丸め込められ)納得したんだとか。


どんな説得だよっ!?

と言うか、ニケさん純真すぎ!そんなテキトーな言い訳を信じないでっ!!


とりあえず、そこまでは百歩譲っていいとしよう。

ただ問題なのが、その後だ。


「いくら私の為とはいえ、私の歩様にキ、キス.....をするなんてやはり見過ごせません。

 ですので、アルテミス様とは「今後、歩様にキスをしない」との約束をさせて頂いたのです」

「.....」


おいおいおいおいおい!

やばいよ!やばいよ!やばいよ!?


アルテミス様はおもいっきり約束を破ってしまっている。

規則バカ、マニュアルバカなニケさんのことだから、約束を守るということは相当比重の重い大切な意味合いになる可能性すら有り得る。


とその時、この場が一瞬にしてシンと静かになった。

いや、正確には道行く人々の喧騒が耳に入ってくるが、心情的に静かになったように感じた。


「歩様」

「はい!?」


ニケさんから抑揚のない声が届く。


思わず、心臓が口から飛び出そうになった。怖いぃ.....!

震えるほど寒気すら感じるのに、背中は冷や汗を掻きまくりだ。


だが.....。


「アルテミス様とは本当に何もなかった。.....信じてもいいんですよね?」

「.....」


心胆寒からしめている俺とは対照的に、当のニケさんは今にも消え入りそうな悲しそうな表情をしている。

信じたい、信じさせて欲しい、勘違いでいさせて欲しい、そう訴えかけるような儚げな眼差しで俺を見つめてくる。


こういう時、世の彼氏諸君はどういう行動に出るのだろうか。

彼女の為に敢えて優しい嘘を付くのか、はたまた、良心の呵責に耐えかねて正直に白状をするのか。


彼女を傷付けたくないと考えるのならば嘘を付くという選択肢以外はないだろう。

ただ、彼女に嘘を付いてしまったという罪悪感は拭えない。

それに、いくら彼女を傷付けない為とはいえ、不誠実な対応には変わらないだろう。


.....では、正直に白状するか?


そうなると、良心の呵責に悩むことはなくなるはずだ。

ただ、誠実な対応をした結果、彼女が傷付くことにはなるだろう。

それに、せっかく記憶が消去されニケさんとアルテミス様の関係がリセットされたにも関わらず、再び二人の関係が悪化することは想像に難くない。


どちらも一長一短ある難しい問題だ。


・・・。


そして悩んだ末、俺が出した答えは.....。


「安心してください。何もありませんよ」

「っ!」


ニケさんの表情が一気に華やぐ。


一点の曇りもないその笑顔はまさに女神。

俺だけに許された、俺だけが見ることのできる特別な笑顔だ。美しい。


結局、俺は嘘を付くことにした。

俺が罪悪感に苦しむだけなら問題ないが、ニケさんが事実を知って悲しむ姿は見たくない。


俺が我慢すればいいだけのこと。

この秘密は墓場まで持っていくことにしよう。うん、そうしよう。


と言うよりも.....。


(なんで俺がアルテミス様の尻拭いをしなきゃいけないんだよ!?

 自分のミスぐらい自分でしっかりと対処してくださいよ!アルテミス様!!)



□□□□ ~キスは突然に!~ □□□□


ニケさんが規定に従って帰界しなければならない理由はよくわかった。


現在執行猶予、いや、神行猶予中なので、大人しく規定に従ったほうが賢明だと判断したらしい。

悪いことをしたら、しばらく大人しくするのは人間でもよくあることだ。


それに今後のことも考えたら、今回は規定に従うのが無難な選択だろう。変に目をつけられても困るし。


「それだけではありません」

「.....と言いますと?」


ニケさんはそう言うと、アイテムボックスからある物を取り出して俺に手渡してきた。

それを見た瞬間、俺は思わずヒュッと息を飲んでしまった。どう見ても既視感があるものだったからだ。


「え!?こ、これってまさか.....」

「はい、歩様がご想像されているものです」


俺の手の内で、煌々とまるで燃え盛るかのように赤く輝く一つのクリスタル。

どうにも信じられなかったが、ニケさんからお墨付きを頂くことで確信へと、喜びへと変化した。


そう、この赤いクリスタルは『アルテミス様のクリスタル』だ。


「で、でも.....、どうしてこれをニケさんが?」

「アルテミス様と密約を結んだ際に頂いたものです」


密約ってなんだよっ!?


アルテミス様に、またうまいこと利用されているのではないだろうか。

純真すぎるニケさんがちょっと心配になる。


(もうアルテミス様の尻拭いは勘弁して欲しい。

 なんか、ニケさんは怒ると怖そうなんだよなぁ.....)



若干鬱々とした気分になるも、何はともあれ、こんなに嬉しいことはない。


せっかくニケさんと親密になれたのに、今度はいつ会えるかわからないのだけが心残りだった。

だから、ニケさんの帰界を少しでも遅らせようと色々と計画したのだが.....。


それが『アルテミス様のクリスタル』を手に入れたことで、一気に将来の展望が大きく開けた。


「これを渡すという目的もありましたので、

 名残惜しくはありますが、今回は規定に従ったほうがいいと判断しました」

「確かに.....。でも、大丈夫なんですか?」


「そこは問題ございません。

 報告内容は改竄しますし、念のため、デメテル様にもご許可を頂くつもりです」

「そ、そうですか.....」


ブラックニケさん登場!


にこやかな笑顔で、とんでもないことを口走るニケさんはどこか晴れやかだ。

規定バカ、マニュアルバカなニケさんからは想像できないほど丸くなった印象を受ける。


「本当にありがとうございます!これで、またすぐにでもニケさんに会えますね!」

「歩様.....。ありがとうございます」


俺の過剰なほどの喜びようが伝わったのか、ニケさんがソッと寄り添ってきた。

ニケさんからは嬉しいような、恥ずかしいような、そして.....寂しいような、そんな複雑な気持ちが伝わってくる。


「ニケさん.....」

「歩様.....」


なんとなく気付かないように努めてきたが、別れの時が近いのだろう。

ニケさんから「帰界する時間だ」と申告されてから、随分と時間が経ってしまっている。


顔を伏せ、涙は見せまいと体を震わせ懸命に堪えるニケさんがとてもいじらしい。

そんな愛しいニケさんを俺は.....。


───ギュッ!!


「あっ.....」


強く、強く抱き締めた。


ニケさんは勝利の女神だ。

どこかの駄女神とは違って、強く抱き締めても壊れることはないだろう。

だから、俺の思いの丈を伝える意味でも強く抱き締めた。


そして、俺の胸に顔を埋めているニケさんの耳元で優しく囁く。


「.....すぐ迎えに行きます」

「.....嬉しいです。お待ちしております」


それに応えるように、ギュッと抱き締め返してくるニケさん。

ニケさんも俺同様、思いの丈を伝えるかのように強く抱き締め返してきている。い、いたたたたたっ!!


背中が押し潰されそうになるぐらい痛いものの、ここは我慢。

女性がオシャレで寒さを我慢するのなら、男性は愛情表現による苦痛は我慢するものだ。

そう自分自身に言い続けて、ひたすら我慢した。


とその時、ニケさんがまるで意を決したかのような芯の強い表情で語りかけてきた。


「歩様、一つお願いがあります」

「は、はい。な、なんでしょうか?」


痛さを悟らせないように自然と答える。


「このままで.....。このままで帰界させてもらってもよろしいでしょうか?」

「え?それは構いませんが.....。帰界時の正式な手続きみたいなものがありましたよね?」


俺の記憶が正しければ、アルテミス様が初めて降臨された際の帰界時にやっていたような気がする。

俺以外の全ての人々が、時が止まったかのように停止するやつ。


しかし、


「報告内容を改竄します」

「.....」


またしても、ブラックニケさん登場!!


いまこの瞬間は規定よりも愛に溺れていたいらしい。

女神様といえど、こういうところは人間となんら変わることのない一人の女の子なんだな、と改めて思った。


・・・。


「.....」

「.....」


しばらく無言の抱擁が続いた後、


「お別れです、歩様」

「はい。名残惜しいですが.....」


軽く別れの挨拶を済ます。


もう会えない訳じゃない。

だから『さようなら』は不要だろう。


いま必要なことは、


「今日はありがとうござました。またデートしましょう」

「はい。本当にありがとうございます。また会いに来てくれることを楽しみにしております」


笑顔で再会の約束を交わすこと。

そんな遠くはない未来に夢を繋げる為にも。


「!?」


徐々に意識が遠くなる。

気のせいか、体が思うように動かない.....。って、なんで!?


もう顔は動かないので、視線だけ動かして周りを見てみる。

すると周囲の人々はまるで石像かのように動かなくなっていた。つまり、時が止まってしまっている。


この現象は.....。


間違いなく、帰界時の正式な手続きだろう。

いや、それはいい、それはいいのだが.....。なぜ俺もそれに巻き込まれているのだろうか。


そんな状況に俺が困惑していると、


───ちゅっ!


唐突に、頬に温かい感触が.....。


「.....え?」

「えへへっ。キ、キス.....しちゃいました///

 これでアルテミス様とおあいこですね。か、彼女としての面目が立ちましたっ!」


(気にしていたんですね。.....すいません)


ニケさんはそう言うと、あどけない少女のように微笑んだ。

そして、華麗に優雅に美しく、まるで女神様のように帰界していってしまった。女神だけに。


「.....HAHAHA」


急な展開に唖然とし、ぽつんっと取り残された俺。

残ったものはニケさんを抱き締めていた時の確かなぬくもりと微かに香るニケさんのかをり。


それと.....。


頬に感じる温かくも柔らかいキスの感触だけだった。


(ニケさんは奥ゆかしいかと思っていたが意外と大胆なんだな。

 はぁ.....。結局、キスのお礼を言えなかった。いや、ここは言葉じゃなくて行動で示すべきか.....)



キスされた頬に触れ、にやけそうになる余韻に浸りながら、ニケさんが消えていった空を見上げた。

そして、沈み行く夕陽を眺めながら、「今度は男らしく俺からキスをしよう」と心に誓うのだった。




次回、本編『5.5章』!


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これにて『第5章』が終了となります。

この後は告知通り、『5.5章』へと突入致します。


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また、幾つかの謎を回収させて頂きました。


Q、テディ戦が何ヵ月も遅れた理由。

A、ニケとアルテミスが揉めていた。

  それを終結すべくゼウスに仲介を頼むものの、ニケの今までの功績から信じず。

  ゼウスが一から調査することになる。結果、大幅に遅れることに。


Q、アテナがアルテミスを訪問した時に自室に居た理由。

A、既に謹慎中だった。


Q、アテナがアルテミスを訪問したにも関わらずテディ戦が遅れた理由。

A、監視の目がきつく、アルテミスが自由に行動できなかったため。


以上です。


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今日のひとこま


~現実は甘くないんですっ!~


「いや~。クリスタル、本当にありがとうございます!」

「いえいえ。元よりそういう密約でしたので」

「これですぐにでもニケさんを迎えにいけそうです」

「ありがとうございます。私も楽しみです。.....と言いたいところですが」


「!?.....な、なにか問題でも?」

「当分はそのクリスタルを使えませんよ」

「え!?なんで!?」

「私が神罰を受けたように、アルテミス様も神罰を受けられたみたいなのです」


おおぅ.....。

喧嘩両成敗ってやつか?


「アルテミス様はどんな神罰を受けられたんですか?」

「自室にて謹慎ですね。1年間の監視付きみたいですよ」

「なるほど.....。だから、クリスタルが使えないという訳なのですね」

「仰る通りです。ですので、この機会に力を蓄えられてはいかがでしょうか?」


「あ~。そうですね。すっかり忘れていました。.....ちなみに、ニケさんなら可能ですか?」

「もちろんです。『付き人』どころか『ウォーキング』すらも昇華可能です」

「おぉ!加護もできるんですね!」

「クリスタルではなく、運良く、私になった場合はお力添えいたしますね?」


「あ、いえ。そのときはデートでお願いします。力を得るよりもニケさんと一緒に居たいです」

「歩様♡」


せっかく掴んだチャンスも、現実はそう甘くはないようだ。

ニケさんの言う通り、しばらくは力を蓄えていこうと思う。

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