第2話
須世理琴音の意識が回復したと言う報告を受けた。俺は休日である土曜日を利用し、適当な菓子折りを手に彼女のお見舞いへ赴いた。
「調子はどうだー?」
ノックをして、俺は病室に入った。須世理に宛がわれていた病室は個室で、特に先客もいなかった。なので、病室には須世理しかいない。須世理はベッドの上で半身を起こした状態で、部屋に入ってくる俺の方を見遣った。そして、言う。
「ええ。普通よ。特に悪いところもないわ」
「そうか。そりゃよかった」
実のところ、俺は少し心配したのだ。軽い一酸化炭素中毒による酸欠。もしかしたら、脳味噌に影響が……なんて考えてたからな。でも、何もないようで本当によかった。
俺は菓子折りを台に置きつつ、口を開く。
「八上に悪夢を見せていた犯人、都鳥さんだったな」
須世理はこの情報をすでに知っている。須世理が目覚めたのは二日前――木曜日のことで、そのときに真っ先にお見舞いに行った八上からすべてを聞いているはずだ。
金曜日、学校で八上から聞いた。『須世理さんが目覚めた。須世理さんに事の顛末は全部話したよ。あと、何もできなかったってしょんぼりしてたから慰めておいた』って。
だから、俺がここで都鳥さんのことを切り出したのは、ただ会話のネタを提示したに過ぎない。
「そうね」
須世理は淡白に答えた。一昨日、すでに聞いていることとはいえ、驚いた風を装ってもいいだろうに。
「驚いていないんだな?」
俺が訊くと、須世理は答える。
「ええ。やっぱり、って感じね。実は、疑ってはいたのよ。あの人のこと。ただ、犯人と決め付けるだけの要素がそんなになかったから、口には出さなかったのだけど」
「最初から疑ってのか?」
感嘆しながら俺はそう言った。
「まあ、都鳥さんに話を聞いたときからだから、そういうことになるわね」
……さすがだ。でも、一体須世理は都鳥さんのどこに疑わしき点を見出したのだろう? あの場には俺もいたが、都鳥さんの言動に些細な違和感は覚えなかった。俺の鈍感な観察眼では見えなかったものが須世理の鋭い観察眼では見えたらしい。
「どこに違和感を覚えた?」
問うと、須世理は言う。
「あの人、私が『オカルト的見地でこの事件を調べている』って言ったとき、少し目を見開いて動揺するような仕種を取ったのよ。その後で話を聞いた七人にはなかった仕種よ。あの七人はオカルトって聞いて、バカを見るような目をしていたからね。まあ、そういうことで私は都鳥さんを疑っていた」
確かに、須世理にオカルト云々を言われたとき、都鳥さんは目を見開いた。正直、俺はあの仕種をただ訝しんでいるだけのものだと思っていた。しかし、須世理はあの仕種に俺とは違う解釈を見出していたようだ。まったく、本当に俺の観察眼は鈍感である。
「ただ……」
須世理が顎に手を当てる。
「未だに分からないことがあるのよ」
須世理にも分からないこと……たぶん、あれだ。
「どんな伝承に基づいた魔術を使ったかってことだろ?」
「そう、それ。……あと、もう一つ。一体、誰が都鳥さんに魔術を教えたのか。都鳥さんは一般人のはずよ。そんな彼女が、誰からの教示も受けず魔術を使えるはずがない」
「三枝のときと同じってか?」
「ええ。そして、三枝さんに魔術を教えた人間が、都鳥さんにも魔術を教えた可能性がある」
三枝の一件と都鳥さんの一件。どちらも一般人による魔術行使だ。
魔術とは意志の力が生み出すものだ。魔術なんて有り得ないと思っている一般人には魔術は普通使えない。なのに、三枝と都鳥さんは魔術を使った。
一般人の意志の力では魔術は行使できないが、三枝の件で一つの例外を見つけている。
憎悪の念。
これがその人の世界観を歪め、魔術を実現させる。呪いたくなるほど人を恨んでいれば、一般人でも魔術は使えるのだ。でも、呪いたくなるほど恨んでいて、それで魔術の力を手に入れても、使用方法を教えられなければ魔術なんて使えない。
つまり、三枝咲絵と都鳥さんの件には黒幕がいる。この二人の憎悪の念に付け込んで、魔術という概念を教えた黒幕が。
「放っておくわけにはいかないわね。黒幕がいるのなら。このまま野放しにしていたら、また被害が出る」
須世理の言う通りである。このまま黒幕を野放しにしていると、また誰かの憎悪に付け込んで一般人に魔術を教えて、結祈や八上のような一件が起こってしまう。
「つっても、手掛かりなしじゃねぇか」
「そこが一番の問題ね。まったく、犯人からやって来てくれれば、楽なのに」
「ふん。そんな都合のいいことあるわけねぇ。それが起こり得るのは、ご都合主義の神様に愛された主人公くらいのものだよ」
そうは言ったが、たまには都合のいいことも起こるのだ。神様に仕組まれたとさえ錯覚してしまうほど、都合のいいことが。




